第5章
夫婦二人への聞き取りは、父親への負担を考えて賀原絹代の実家のある県の警察署の一室を借りて行なった。
新幹線と在来線を乗り継ぎ、タクシーで向かった。
先輩が
「絹代さんは、どんなお子さんでしたか?」
とたずねた。
「いい子でしたよ。」
「何かご趣味とか、大学の友人の話とか、恋人とか聞いてませんか?」
「イディブレインの集会には行ってたみたいだけど。恋人が居たとか、友人の話も聞いた事がないんです。」
「最近何かを始めたとかは?」
「最近ではありませんが、一年くらい前から学費のためにアルバイトをしていました。主人が療養中で、仕事を休んでるんです。」
「どこです、バイト先は?」
「さぁ、場所も名前も知りません。なんだか医療サンプルを集める仕事とか言ってました。イディブレインが勧める所は全部断って…」
「おい!もういいだろ。」
突然、父親が話を遮った。
一瞬の沈黙。
先輩が父親に向かって
「では学生時代の親しかったご友人など知りませんか?」
と問いかけた。
父親は母親に向かってアゴでお前が答えろと言わんばかりの指図をした。
母親は少しトーンを落として、
「知りません。」
とだけ答えた。
それからは何を聞いてもコレと言って特出する事は無く、コインロッカーの鍵についても知らないとの事だった。
12月15日当日の二人の行動は、母親は終日家におり、父親はイディブレインのセミナーに参加していた事が分かった。
セミナーは横浜で行われ、その後同行したセミナー参加者と東京駅で食事をして19時半過ぎの新幹線で帰宅したとの事だった。
一通りの聞き取りが終わり、二人は帰って行った。
残された先輩と自分は、賀原絹代の卒業した高校へ向かう支度をしていた。
不意に先輩が
「それにしても、えらい亭主関白だな。今時居るんだな。」
と呟いた。
確かに、母親は終始旦那の顔色を伺っている様子だった。病気の事が気掛かりなのか、時折【ご気分はいかがですか?】などと声をかけていたのも気になった。
先輩は
「高校で何か親しい友人でも見つかるといいけど、こりゃ何にも出てこんかもしれんな」
そう言いながら、二人で部屋を出た。
案の定、何も分からなかった。
親しいと呼べる友人もおらず、何とか高校3年生当時の担任に会う事は出来たが、何しろ印象の薄い生徒だった様だ。
ただ卒業後の進路についてだけは、一貫して大学への進学を希望していたので、意志の強さを感じたという話だった。
両親も教師も周りの生徒も、賀原絹代という一人の人間に対して関心が無い様に感じた。
その後、一家が参加していたイディブレインの支部に寄り、賀原絹代と両親について話を聞いた。広報担当は【三人とも真面目で非常に良い人達だ】と繰り返し、やたらと正しい考えを持った人々と言っていた。
父親と一緒にセミナーに参加したのは、組織の女性会員だった。
女性会員に電話で確認すると、その日は確かに二人でセミナーに参加して、その後横浜を観光し、東京駅で食事をとってから新幹線で帰宅したそうだ。
鬱病である父親のリハビリを兼ねてのセミナー参加で、女性は父親のサポートの為に同行したのだと言っていた。
大人しく従順で、自己主張をしない。そんな賀原絹代が殺されなければいけない理由はどこにあるのか。
身元を隠す様な処理までされている事から、突発的な物取りの末に殺されたとは考えにくい。
何か犯人との深い関係が無ければ、歯を抜き、指紋を火傷させる事まではしないだろう。
それでいて遺体はキレイに処置がされ、死者に対する敬意すら感じられる。怨恨とは考えにくい。
賀原絹代がこの街を出てから、何があったのか。
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