memory:123 たおやかなる花と、荒ぶる修羅

 すでに決意の7日間も中盤。そこで俺達は、アメノハバキリ機関員との共同生活を満喫する。思えばこんなに充実した生活が送れるのは、間違いなく初めてと思えた。


雪花ゆっかは、ここの奴らと随分打ち解けたな。楽しいか?あいつらといるのは。」


 夏の日差しが本格化する頃。アメノトリフネ滑走路脇で、零善れいぜんさんからの指示である心身鍛錬のため模造刀構えて素振りを熟す俺。それを見た雪花ゆっかが、こんな昼日中に鍛錬は注意が必要と、水分補給のためのあれこれを準備して車椅子で居並んでいた。


 だがそれ以前に、こいつの方が体調も心配と思ったが、日除けと簡易クーラーを備えたと言う宗家製の車椅子を見るや杞憂と流す。そもそもそんな、最先端の生活用品さえ準備できる宗家と言う存在に、ただ戦い一辺倒な機関じゃない現実を見せつけられる形となっていた。


「藪から棒だね、おにーちゃん。うん、とっても楽しいよ! こんなに素敵な生活が送れるとか夢みたい!」


「そうか……そりゃ俺も安心だ。」


 日除けと簡易クーラーで涼む妹は、とてもにこやかに言葉を放つ。けれど分かってる……今妹が敢えて口にしなかったのを。分かるからこそ、素直に喜ぶ妹への相槌を返しておく。


 現在の俺達は、訪れるであろう運命の戦いの時を待つ身。それを越えなければ、本当の平和な日常なんて訪れないのを理解してるから。……ったく――今までの、考える内容とは思えねぇぜ。


 社会の大人達に抗うため……そして、後で判明した裏切りのクソ親共と同じにならないために、ただ訪れた今を懸命に生きる。だけど


「おう大輝だいき! なかなかに鋭い刀捌きになったのぅ! だがそこからじゃけぇ、肝を据えて鍛錬熟せや? なんせおんどれが目指す道のりは、途方もない険しさを持つ修羅道じゃけのぅ。」


「うっす! 零善れいぜんさん、暑い中感謝っす! 、素振りを続けたあとにまた、打ち合い稽古を――」


「お、おにーちゃん!? だめだよ今から千本とか! こんな赤道も近い何もない海で、そんなことしたら倒れちゃう! それに、午後からは夕食の前に皆集合って! それまでに体力は温存、だよ!?」


「カカッ! 焦る気持ちは分からんでもないけぇ。じゃが、おんどれにとって一番怖いんはそこの大事な妹じゃけ。ちゃんと言う事は聞く様にしとけ。」


「……まあ、零善れいぜんさんにまで言われちゃ仕方ないっす。悪りぃ雪花ゆっか、お前の言う通りだ。少し休憩を挟んで体力温存に入るわ。」


「うん! それがいいの!」


 いろいろ思考しつつ、今から違う道を考察してたら雪花零善さん師匠からダブルで休憩を取れとの注意を受けてしまった。つかこの人も、雪花ゆっかにおにーちゃん呼ばわりされたのが、まんざらでもないみたいだな。そこからまさか、その雪花の言葉優先思考で動くとかは予想もしなかったけど。


 詰まる所、師匠が言いたいのは俺の進む道に妹を連れては行けない……行けないからこそ、そこにある兄妹水入らずを無下にするなって事だ。それは紛う事なく、先達たる大人からのささやかな気遣いと理解できた。


 そうと決まればと、幾重に滴る汗を流すためのシャワールームへ向かう。軽くタオルで拭いつつ、雪花から手渡されたスポーツドリンクを喉へ流し込むと、師匠へ一礼を返す。


 返す足で雪花ゆっかの車椅子を押しながら、滑走路をあとにした。まあそのタイミングでは、想像してなかったのだけど――



 それはそれとして、師匠の指示通りに妹との一時を噛みしめる事とした。



 †††



 おにーちゃんの鍛錬へ注しを促して夜の事。ゆーちゃん達は炎羅えんらさんを始めとした方々から、アメノトリフネ最下層区画にある特殊ブロックへ集合を言い渡されていました。けれどそんな場所で何があるのかと、最初は皆も困惑の中で。そしてその内容は、まさかの集合時着用と渡された着衣で明らかとなったのです。


「おい……マジかよ。確かに日々を満喫、とは言われてたけどよ。これ――」


「あー……うん。これを着ろって事でいいはずだよ?この、。」


「……なんだぁ? 水着を着て水中訓練でも始めるってのかぁ?」


 そう。ゆーちゃん達に渡されたのは、各々好き好きに選んでいいと差し出された水着。でもこの流れからして、大輝だいきおにーちゃんが言う水中訓練との推察は誰しもが浮かべる解。なのだけど――


「ちょ……ここまで来て諦めが悪いっぽい! ナルナル、あんたカワイイんだから自信持てってば!」


「ばば、ばかな事を言わないで下さい、このサオリーナ! 私はそもそも泳げないどころか、お風呂以外で水に浸かった経験さえないんですよ!?」


「諦めるでやがります。さっさと行って、。」


「なんなら自分が、水中での任務経験を活かした教鞭を振るうでありますが?」


姫乃ひめのさん……(汗)。あなたのそれは、自衛隊の過酷な訓練を課すに相当しますの。それはナルナルさんの死を意味するですの。」


 選んでいいと出された水着は、どう見ても訓練用の統一された競泳着などではなく、女子陣で言えばフリルが付いていたり紐リボンのアクセントがあったり、シックな柄やお色気たっぷりなセクシー水着など。うん……どう考えても、これを着て海に浸かって遊べって意味だよね。


「さあさあ、皆さんこちらへ。ここは本来、トリフネの海洋浮遊を司る海水バラストブロックの一部です。が、その中で機関員の憩いの場として設けられたのが、海水を貯水・対流の元に浅瀬から海底も含めて再現した疑似海岸――」

「照明こそ魔族方に合わせて暗くしてありますが、ここは紛れもないトリフネの誇る海岸です。壁際まで行けば少し深いですが、砂地から続く浅瀬部分は足も付く。ここをしっかり堪能しなさい!」


 そして、すでに素敵な先生でもある御矢子みやこおねーちゃんの宣言で理解する事には、ここはハナから憩いの場として準備された娯楽空間だと。すごいよアメノトリフネ。


「くっ……こんな、海水……だと!? 我々の魔界にも、これを再現したものがあるにはあるが……くっ!!」


「……シザ、ここは無理に堅っ苦しい貴族ぶる必要もないんじゃないか? この国の言葉で郷に入れば郷に従えともある様に、今重要なのは協力者たる彼らとの協調だからね。」


「うむ、わっぱ!よう言うた! わらわもこの地球の海洋とやら……疑似ではあるも堪能させて頂くことにしようぞ!」


「うわぁ、紫水しすいちゃん……その水着カワイイ! ワンピースの水着にパレオ……それにキレイな褐色肌にピッタリの白フリルがいい感じ!」


「そういうゆーちゃんも、十分カワイイのじゃ。ワンピースはおそろじゃが、薄水色と小さなワンポイントの花がさしずめ、雪花の名を表しておる!いやあっぱれじゃぞ!」


 音鳴ななるおねーちゃんを引きずりながら、沙織さおりおねーちゃんが人工とは思えないほど自然な海岸へ進み、続いて双子なおねーちゃんと姫乃ひめのおねーちゃんも構わずダイブしてる。それを見やり難しい顔をする魔族さん達と、どこ吹く風な紫水しすいちゃんは私の車椅子を押して波打ち際へ。


 ゆーちゃんより小柄なのに、予想だにしないほど怪力さんな彼女に軽々と抱っこされるや、夏の夜の蒸し暑さには心地よい海水が身体をなで上げます。


「ひゃうっ!? 冷たいよ、紫水しすいちゃん!」


「ほう! 地球の海水はやはり、魔界世界で再現されているものの原型らしいのぅ! どれ、……からーーーーーーーーーいっっ!! じゃが、同じじゃ!!」


 ゆーちゃんの横で、魔界世界の海水成分との相違を確認する紫水しすいちゃん。そこから推察するだけでも、魔界と言う世界はこの人類が住まう地球に近しい所もあるのでは考察できしました。そんなゆーちゃん達を、遠くから見やるのはおにーちゃん達。けど、姿、ゆーちゃんとしてもお小言待ったなしでした。


「おにーちゃん達、! でもその後は、だよ! 紫水しすいちゃんを見て顔、歪めたでしょ! !」


「ぬあっ!? 俺は見てねーし!」


「ああ、うん……ごめん。それ以前に、ボクには刺激が強すぎた……。」


「つか、お前ら雪花ゆっかの言う通りだぜ?」


大輝だいきおにーちゃんも!」


「俺もかよっ!?」


 ちょっと言い訳も混じってましたが、? なのに紫水ちゃんが、姿ゆーちゃん許さないので。


 ともあれ、まさかのアメノトリフネ内でのナイト海水浴と言うサプライズ――



 この素敵な日々が、決して最後にならないように心へと誓う中で堪能する事となったのです。

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