memory:119 光魔共同戦線再び

 足取りもなんとか持ちそうなオレの耳へ、時を見計らった様にルミナーティルの一団訪問の連絡が届く。それも彼らを代表としたあの紫水しすい嬢自らそれを伝えて来たのだが――


 通信で目にした彼女の覚悟秘めた瞳は、オレの心へ酷く罪悪感を植え付けて来たものだ。


「皆集まっているな。すまない……組織の代表たるオレがベットで昏睡するなど、これからの事もあると言うのになんたる不覚か。申し開きもない。」


「つか、なんで炎羅えんらさんが謝んだよ。俺らがあのやべぇマッド・デーモンに勝てたのは、炎羅さんのおかげじゃね?」


「そうですよ。あのがなかったら、私達も危なかったんですからね。」


「でも、目を覚まして安心したし。」


「だな。」


炎羅えんらさん、僕達はすでにミーティング準備はできてます。」


「みんなもこう言ってます。だから炎羅えんらおにーちゃんも……。」


 すでに耳にした魔軍訪問で、眉根が一層しかめられていた自分をおもんばかる子供達の声は、オレの心を許すとばかりに響き渡る。最後に添えられたお兄ちゃん呼びは、我が機関の強面らも尽く懐柔すると噂の、雪花ゆっか君必殺の一撃らしい。そしてどうやら、オレもそのくくりへ加えられたのは幸運と取っても構わないのだろう。


 ともあれこれ以上彼ら彼女らへ心配をかける訳にも行かず、今度はこちらから切り出す方向でミーティングルームの扉を潜り正面大モニターへと歩を進めた。


「ではこれより、彼らルミナーティル・マギウス訪問を前に事前の情報すり合わせを行う。とは言え、すでにオレが昏睡状態の間に麻流あさるから本質は聞き及んでいるだろう。それは今後、訪れるであろう事態に合わせた訪問である事を肝に命じておいてほしい。」


 覚悟が決まっている……と言うのはいささか酷か。オレ達守護宗家に関わる者ならいざ知らず、彼らは今までの無関係な日常からこの非日常へと飛び込んだんだ。耳にしたからハイそうですかと、事が進むはずはない。それでも彼らの心は痛いほど伝わって来る。この子達は、伊達にあの異形討伐を熟して来てはない。それだけでも、心強さは相当なものだった。


 そこまで言葉を続けて一呼吸置き、現在大気圏突入を待つルミナーティル・マギウス旗艦のドレシュナイダーより通信が入る。そこへ映し出されるのはあの紫水しすい……否、すでにと公言すべき偉大なる君の姿。


 けれども子供達も気付くその双眸は、酷く悲哀に濡れていた。


『久しぶりじゃの。まあわらわ達魔族の時間概念からすれば、この程度の時間など無きに等しいのじゃが……。あらかたはすでに耳にしている前提とし――』

『お主等光の志士たる子供らはこれより、我が魔軍と〈対腐敗の魔王共同戦線〉を張る事となる。が……、違えるでないぞ?』


 程なくその悲哀に濡れる彼女直々に、悲哀の要因が告げられる。それを聞き、彼女の背後で無念の中歯噛みするシザ君の姿で、彼女が言わんとする事を察してしまった。


「ルミナーティル・マギウスは確か、貴女と紫雷しらい殿が将を努めておられたはず。それが貴女だけと言う事は……そういう事なのですね?」


『……男前のクセにそう言う所は辛辣極まるのぅ、お主は。じゃが、そちの言う通り。わらわも覚悟が決まったわ。わらわ達が穿つのは腐敗の魔王 ベルゼヴュードと、あの方へ己を懸けて仕えると意を決した紫雷しらい……魔王 アスモデウスと断言しておくかの。』


 聞き及ぶ事態で、静寂にさえも無念が混じり込んだ様な空気が支配する。彼女ら魔族は言うに及ばずこのアメノトリフネで、たった一夜であるも共に食事を囲んで語り合った同郷の志とも呼べる者。それが敵対せざるを得ないと言う悲劇の重さに、誰も声をあげる事もできないでいた。けれども前に進まなければならないオレ達――



 選ぶ未来を取捨選択する様に、共同戦線概要説明へと移って行った。



 †††



 重苦しい共同戦線会議は引き続き、手を取り合う者達を巻き込み進められて行く。


 さらにその作戦は言わずもがな、蒼き星の最終防衛ラインと遥か太陽系の何処にある影の惑星を跨ぐ戦い。それは、どちらかが形勢不利になろうと決して助力できない、否――影の星へと赴く子供達を主戦力とする前線の霊機隊は、敗北イコール宇宙の藻屑となる定めが待っている。


 そしていずれの敗北も、人類滅亡が確定してしまう現実に他ならなかった。


「ちょっと皆が暗すぎて、話が前に進まねぇからシュリリンたんが変わりに続けるにぇ。そのベルゼヴュードとか言う魔王様を討伐するため、まずは影の惑星だとかに赴く必要があるんだけど――」

「なにせ到達目標は、間違いなく宇宙空間だにぇ。その鍵になるアメノミハシラについて、まずは話していくにぇ。ハルミン……例の画像を。」


「ハルミンかしこま〜〜。んじゃこれ画像。まずはこの地球側からねぇ〜〜。」


 重い空気で一行に進まぬ会議を、そういう場にありがたい空気を読まぬ……ピンクハッカー朱吏々双子ママハルミが仕切って行く。淡々と進むやり取りで、まず説明の必要な画像データが複数枚宙空モニターへと投影された。


「まず当面の目標は、影の惑星……固有名称 ニュクスD666とやらがある太陽系最遠宙域へ向かうのが重要だにぇ。ルミなんちゃらからのデータ提供で算出した所、恐らくは太陽系標準公転面から40度近くずれた超々楕円軌道の先。距離にして、軽く100天文単位彼方の地点……彗星の巣でもあるオールトの雲手前まで飛ぶ予定だにぇ。」


「正直ハルミンもさ〜〜、皆がこんな太陽系の果てみたいなトコに行くとか、ガチ想像できないんですけどぉ。けどそんな悠長な事も言ってられないしぃ。ってコトで、そのためのにアメノミハシラが持つ高次元跳躍の制限を開放してぇ、ちゃちゃっと理論上可能な恒星間高次元跳躍航行クロノサーフィングをしようってワケ。まあ早い話、そこまでガチワープする、みたいなぁ。」


 そして語られる、これまでの機関員の思考では全く追いつかない次元の説明を、シリアスな雰囲気に全くそぐわないギャップだらけな二人がつまびらかにする。それでも二人としては、大真面目に概要説明を行っているのだが。


 そこへ加わる魔界監査師団側ルミナーティル・マギウス妖艶な幼将ビレトの語りは、むしろシリアスな空気を引き締める方向へと働いていた。


『そこな二人の令嬢が説明した通り。じゃが問題は、仮にそち等の霊機を単独で持ち込めたとしても、肝心なパイロットの子らの生命活動へ大きな支障がある故の、我らとの共同戦線と言う話じゃ。つまる所、そちらで有する光の超技術体系とこちらの有する闇の超技術体系の融合――』

『最低でも、その宙域で戦闘に赴くまでの間の日常生活ができる程度の、技術融合が必須となるワケじゃな。すでにその準備には取り掛かっておるが、今日現在の時刻から最低一週間の猶予は欲しいかのぅ。』


 そうして話の本命が語られるや、ミーティングルームに会する一同は理解に至る。目標としては、魔王ら討伐のためにオールトの雲と呼ばれる宙域手前へ高次元跳躍で向かい、その中で戦闘中に生活ができる程度の準備のため、光と闇の両雄が所有する技術を結集させる。


 ある意味戦いに於いて基本とも言える、戦の装備と兵糧の準備を古代超技術を以て成すと言う計画であった。


「これがあらかたの作戦概要となるが、紫水しすい嬢も仰った様に準備には一週間を予定している。それまで君達は、訓練や準備への参加の合間で出来うる限り、日常生活を満喫しておく事。これは背水の陣などと言うつもりは毛頭なく、むしろ逆――」

。それは言うまでもなく、巨大な敵対存在を討伐した後に。分かるね?」


 会議の最後を締め括るは覚醒の当主炎羅。しかもそこに、叢雲の子供達の健やな日常こそを案じた指示を混ぜ込んだ。それは何より、彼自身が子供達に送りたい大切な命の証。社会の闇の底で、足掻くしかできなかった彼らへ、再び社会へと戻って欲しいとの願いそのもの。


 如何に人類最悪の厄災を穿とうとも、との宣言でもあった。


 向かう先は、人類存亡を賭けた戦いである。しかし覚醒の当主の心は、そんな時でも子供達の未来を案じてやまなかった。彼の心を聞き届けた幼き少年少女も、それこそが自分達の信じる背中であると視線を集める。



 程なくお開きとなる会議室へ、覚醒の当主とそのパートナーだけが残り解散となった。

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