memory:117 来る脅威、研ぎ澄ます心

 巨鳥施設アメノトリフネの修繕は、想像以上に時間を要する事となる。それは今後間違いなく、主戦力である霊装機神ストラズィール抜きでの消耗戦が訪れると予想されていたから。それら事態を鑑みた守護宗家陣営と、合流した宗家派自衛隊陣営は、それぞれの力を結集しての施設及び防衛武装全般の大改修に取り組んでいたのだ。


「各セクションは、この素敵可愛いシュリリンたんの指示通り、あらゆる装備を対魔防衛仕様に換装して行くにぇ。特にじえー隊所有の原潜強化は入念に。万一を鑑みて、その二艦はシュリリンたんが無人遠隔で操作するにぇ。まあ――」

「船やそこに思い入れあるじえー官諸君には悪いけど、それが原子力で動く産物ゆえの人死にを出さぬ最適解なんで、その点は大目にみるにぇ。」


 中でも施設防衛陣営に組み込まれる自衛隊艦船でも、原子力を原動力とする潜水艦二隻は運用如何で、乗員全ての犠牲が伴う可能性が存在した。万一の救難活動すら絶望的である事から、それへの対策とした無人遠隔と言う選択である。


 それを踏まえ、あくまで海上自衛隊戦力は、古代超技術防衛の支援の立場へ位置付けられた。


『おい、。こっちに運び込まれてるヤクサイカヅチは――』


「れーぜん! てめぇ、シュリリンたんの事はシュリリンたんと呼ぶにぇ! たく……そっちの個体は二機はあんだろ。ウチの連中で操作できそうなメンツを乗せる予定だにぇ。」


『……じゃかぁしいのう。耳がないなるおもたが。とまあ、おんどれらの誰かがそれに乗れちゅーことらしいけぇ。』


「はぁ……ですよね。どうします?奥生おくじょうさん。」


「はあっ!? こっちにふらないでくれるかい!? ボクは頭脳労働担当……前線戦闘ができる訳ないじゃないか〜〜!」


「……です、よね〜〜。となるとやっぱり、うち一機は私しか――」


「ならばもう一機は、自分が担当させて頂きます。」


 そんな中、施設へと運ばれた霊装機神ストラズィールよりは大きく劣るも、自衛隊艦船よりは対魔防衛機能が高い疾き雷ヤクサイカヅチが二機、大格納庫で最終調整を受けていた。現状、それら操縦に充てられた者はおらず、しかし激化する防衛戦を生き残るため投入待ちとなった対魔の剣。


 言うに及ばず、守護宗家でも兵装戦闘に最低限適正のある者へ委ねられる方向となる。


 やんわりチーフ青雲はそもそもが頭脳労働であるため、対魔戦闘を為せる機関側人員は教員分家御矢子のみ。すると、彼女が渋々了承する中、その兄である社会派分家宰廉も手を挙げる。


「お兄様……炎羅えんらさんのSP任務は大丈夫なのですか?」


「妹の御矢子みやこが前線に上がると言うのに、私だけ地上でそれを見物しろとでも? そんな腰抜けは綾薙あやなぎ家には不要。」


「ああ……ここでの、助か――」


「何か言ったか?青雲せいうん。」


「……な、何も〜〜(汗)?」


 守護宗家でもよく知られる、やんわりチーフ。なのだが……それは踏んではいけない地雷であり、結果普段落ち着いているはずの社会派分家の逆鱗を軽く擦り上げつつ、画して守護宗家側の準主力配備も滞りなく進んで行く。


 古代超技術監督者とも言えるオプチャリスカ博士に加え、自衛隊の宗家擁護から募った技術担当員が集合した事で、改修改装に必要な人員も当てが付き、やがて巨鳥施設アメノトリフネを含めた領海全域での対魔防衛戦力が増強されて行く。加えて霊装機神主力の整備も合わせて進められる最中、彼らの元へ通信が届いた。それはではなくからのもの。言わずと知れた、古代超技術の一端となる魔導技術で届けられた通信――



 時を少し置き、さらに集う予定となる魔軍勢力達からのものであった。



 †††



 防衛力増強改修の最中。頑固整備長一鉄より、機体整備は任せて心身を休めろとの指示を受けた叢雲そううんの子供達は、体力回復のための食事と現状把握を兼ね食堂へと参集していた。


 が、未だ覚醒の当主炎羅の姿はなく、それこそを憂いた彼らは食の進みもとどこおるばかりであった。


「君達が彼を案ずるのも分かる。が、私が作ったとっておきを前に箸が進まぬのは、流石にいかがかと思うが。」


「あ……と、すんません。せっかく伯豹はくひょうさんが作ってくれたのに。おいナルナルもサオリーナも、さっさと食べちまおうぜ?」


「分かってますよ。」


「つか、何故にあんたまでサオリーナ呼びっポイ?」


「すみません、。おにーちゃんもおねーちゃんも、おいしく頂こ?」


「……っ。皆樫 雪花みなかし ゆっか……その……おにーちゃんと呼ぶのはやめないか。私はその様な名であしらわれるのは――」


「ダメ……ですか?」


「……まあ、いいだろう。それよりも麻流あさる嬢……現状の詰めはそちらに任せる。」


 だた準備された料理すべてが、パイロットとして多大な成果を上げた子供達へのさやかな報酬とし、勾玉の当主伯豹が腕を振るった絶品の品々。それを前に食が進まぬは失礼と、急かされた子供達も慌てて箸を進めた。どさくさで、事あるごとに年長の者を兄姉呼びで慕う討滅の妹嬢雪花のあざとい口撃が火を吹くや、まさかの勾玉の当主までもがその餌食となる。


 柄にもなく照れを感じた当主も、話をすげ替える様に聡明な令嬢麻流へ視線を移し、そもそも現状周知をと同席していた令嬢も淑やかに粗茶を啜り場を切り替えた。


「ええ、それでは。皆さんが今心配しているのは、炎羅えんらの状態であるのは理解しています。ですが宰廉ざいれんも言った様に、あの霊言発動は本来宗家では過酷極まる試練を経て初めて発動の叶う超常の力――」

「ですので、それを覚醒後慣れる間も無く用いた彼は安静の身でありますが……身体が慣れればいずれ、その負担緩和と共に目を覚ますかと思います。」


「そういう事なら……。僕達も変に気落ちしてる場合じゃないよね。」


「ったりめーだろ。機関の皆がこれだけ防衛力の再編成に力を注いでるんだ……。こっから先は、今まで以上にヤベェ戦いになるってのは分かりきってる。だったら俺らのやる事は一つだぜ。」


 令嬢の語る通り――本来高次元覚醒に至った者のさらに高負荷となる霊言フォノンワード発動は、守護宗家でも代々の力継承のために地獄の様な鍛錬を超えた者だけが成せる行為。従って覚醒の当主の現状は当然の結果であるのだ。だがさしもの叢雲そううんの子供達も、眼の前で尊敬する恩師が昏倒する事態を目の当たりにし、影響を引き擦るも已む無しと言えた。


 しかしそれも彼らを育て上げる大人達は重々把握しており、その心身の負担を和らげるための、腕によりをかけた食事会と相成ったのだ。


 そんな大人組の配慮を受けた子供達。やはり彼らも、危険極まる戦いを超えて来た成長は明らかであり、大人達の配慮を受けたならばと落としていた視線を上げて豪華な食事に舌鼓したつづみをうつ事とした。


 和洋折衷わようせっちゅうな色とりどりの海に山の幸を、あらゆる料理仕立てで並べた勾玉の当主。八尺瓊やさかに家の当主である事さえ忘却させる絶品料理は、差詰め国賓に出される超一級料亭の品々。改めてそれを目にした子供達も、まずお目にかかれぬその豪勢な食事でくたびれた心身を癒やしていく。


「おー……すんげぇ料理が並んでやがります(汗)。」


「私もこんな料理は、とんとお目にかかった事がないであります。」


「あの……アオイまでこんな、素敵な料理のご相伴しょうばんに預かってもいいんですの?」


「良いも何も、アオイさんはこの施設防衛のため、通信管制でとても頑張ってくれたではありませんか。伯豹はくひょう殿もそれを買っているからこその招待です。遠慮など不要ですよ?」


 料理が次々子供達の胃袋へと流し込まれる中、食事のために合流したサポート組の少女達も、目を疑う豪勢な品々に驚愕・歓喜した。配慮を甘んじて受けるサポート組の彼女達を横目に、聡明な令嬢は今後のために話を続ける。


炎羅えんらの事はさて置き……ちょうど一時間ほど前に、魔界の勢力からの連絡を受けました。そのため彼らが合流して改めて、これから訪れる戦いの詰めを行いたいと思います。ただ――」

「本題は彼らと面会してからとなりますが、重要点をここでつまびらかとしておきましょう。恐らく今後、私達アメノハバキリは……言わせてもらいます。」


 ほどなく飛び出た言葉で、すでに経験済みである戦場を二分しての戦いを思考した叢雲そううんの子供達。脳裏には確かな自信さえみなぎっていたが――


 続く言葉は、彼らの想像を遥かに超えた世界を戦慄と共に叩き付けて来た。


「戦場を二分……言葉では簡単です。ですが今度は、……異形が大挙するであろうこのアメノトリフネを最終防衛ラインとし、主力であるストラズィール隊はこの地球から遠く離れた場所で戦う事が想定されています。」

「その場所とは、宗家文献でも秘匿された太陽系の擁する影の星。セフィロトが存在するとされる惑星ニュクスD666――そこへ現存する、パンデモニウムと呼ばれる数多の魔族を封印したとされる宇宙の大監獄。。」



 その時、子供達の心が途方もない絶望を覚えたのは言うまでもなかった。

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