memory:114 炎羅、悪鬼を穿つ策を弄せ!

 守護宗家要する建設中のメガフロートで、輸送機がすでに離陸態勢を整えていた。けれど一刻も許さぬ今、宰廉ざいれんへと無茶振りを飛ばす事とした。


「輸送機のハッチを開放させろ! このままエイトで乗り込む!」


「……っ!? 速度を落としても、この勢いで飛び込めば車両破損は免れませんが……よろしいのですね!?」


「相棒には少し悪いが、今は少しでも時間が惜しい! あれだけの敵を前に、子供達だけ戦わせる訳にもいかないからな!」


「分かりました……では、少々手荒に行きますゆえご覚悟を!」


 直ぐ様飛ぶ通信で、機体が飛び立つためジェットを吹き出す。機体静止状態による車両受け入れ時間を省いてでも、オレは飛ばねばならない。この戦いに於いてキーパーソンとなるのは、確実にオレ自身の存在と確信していた故の決断だった。


『くくっ……無茶が過ぎるのぅ。じゃが、悪くはない。』


「(オレの思考に直接語りかけるか、オモイカネ! ああ、そうでもしなければならないのは理解しているからな!)」


 そんなオレの思考へクツクツと微笑を響かせるは、天津神たるオモイカネの意思。思念波とでも言えるそのやり取りへ、未体験のはずが思考で対応できた辺りは、やはり覚醒した事が影響しているのか。


 けれどそこへの疑問を置き去り、戦いの意思は前へ向ける。今も子供達が超常の機神と共に、強大なる悪鬼を抑えてくれているんだ。それをまとめるべき自身が、辿り着けずに世界が崩壊したなど笑い話にもならない。


 思考直後に響く咆哮は、開いたハッチが激しく地面と擦り合う金属音と、そこへ飛び込む車両の放つ衝撃音。同時に手足で固定した身体を激しく揺さぶる振動が襲うやつんのめり、指示した通りの強引なダイナミック入庫を決めた、我が愛機のドアがカチ上がる。


「ハッチを閉めろ! 緊急離陸……戦闘空域へ機関全開で飛ばせ!」


『了解! これより輸送機を離陸させます!』


 たかぶる気持ちを抑えつつ、パイロットへ機内通信で離陸を指示したオレは心へ覚悟を行き渡らせる。如何に後方指揮の役割とは言え、飛び込むのは巨大なる者同士の衝突渦中。この機に搭乗する者みな無事ではすなまいかもしれない戦場だ。


 なのだが、そんなオレの憂慮などお見通しとばかりに、宰廉ざいれんが、そして輸送機を駆るパイロットらまでもがしたり顔を向けて来る。視線へ、死なば諸共の覚悟をそれぞれ宿す彼らを映し、だからこそ誰も死なせない決意を胸に戦場へ。


 ほどなくジェットの爆音が撒かれ、宗家特区メガフロートを飛び立つ輸送機は子供達の下へ。さあ行くぞ……この地球には、対魔討滅の剣があると言う事実を教えてやる。オレの意思を感じ取るオモイカネもまた、いざ征かんとしているのを痛いほど感じていた。



 その間、オレと刹那の時間心を通わせた友が、止めどない憂いに暮れていたとも知らずに。



 †††



 遥かなる地で出会った光の同胞は、かつての終末の大戦で示唆された腐敗の権化とは似ても似つかなかった。光の天頂に至る者達はそれこそを危惧し、それを養護する我らへと牙を剥いた。


「……ああ、大兄者……僕は古き者達の意思を……継げただろうか。それだけが、心残りだ……――」


 もはや自我を保つだけの霊格など皆無。けれど、正しく刹那の瞬きで得た出会いが、その中にある微かな意思を繋ぎ止めてくれた。


「いいものだね、大兄者。かの光の希望に満ち溢れた者と言うのは……。」


 意識が薄れて行く。物理的な痛みを感じる事はない。けれど、霊格を形成していた心へ、かつてない激痛が幾重の刃となって突き立てられる。


 僕はもう長くはない――

 じきに、ニュクスD666最深部であるジュデッカの、自身の本体へと強制的に取り込まれるだろう。


炎羅えんら……僕の存在はこれより、この宇宙事象から全て消え去る。アトハ……タノンダヨ……――」



 刹那の幸福をくれた友を想い……僕は全ての次元から消えて行く事となった。



 †††



 海洋上空で繰り広げられる戦いは、遠く離れた日本本土からもその激闘が確認できた。まだ明るい時間ではあるはずの夏の空は、ドス黒い瘴気撒く黒雲と、その端々を切り裂く黄金光が度々世界を照らし出す。


 それを目視で、そして電子の海からの情報で目撃した民は、日本と言わず世界全土で終末の時を想像し希望にすがるしかなかった。


 黄金光をほとばしらせる、――



「待たせたな、皆! よく持ち堪えた! ここからが、我らアメノハバキリの反撃の時……観測した全てのデータをこちらへ!」


『……炎羅えんらさん! ウルスラおねーちゃん、観測データを!』


『分かってるでやがりますよ、ゆーちゃん! 輸送機へ敵個体観測データ送信……さあ、持って行くでやがります炎羅えんらさん!』


 黄金光が暗雲切り裂く海洋上空の、少しばかり離れた場所へ向け旋回しながら現れたのは、叢剣そうけんの子供達へ指揮を飛ばすべく馳せ参じた覚醒の当主炎羅を乗せる輸送機。が、巨大なる化身の激突が生む衝撃波をまともに受ければ、輸送機など木の葉の様に海中へと落とされる。


 それでも彼は、共にあるべき子供達と合流したのだ。


炎羅えんらさん! なんとか俺らで持ち堪えたけど……このヤロウ、どんどん巨大化してやがるんだ! もう部隊指揮程度じゃ埒が空かない!』


奨炎しょうえんの言う通りだぜ! こっちもムラマサを打ち込む隙を狙ってはいるが――』


「ああ、了解した! あと五分……いや、三分時間を稼いでくれるかい!」


 輸送機内で通信を交わしつつ、送られるデータを片っ端から確認する覚醒の当主。二人の男子が言う通り、すでに指揮云々では巻き返せない戦況へと移り変わっていた。黄金光撒く霊装の機神の武力が拮抗するだけでも、巨大なる異形の力は計り知れないもの。


 まさしくその姿は、あまねく人類がこれまで宇宙へ蓄積させて来た、とめどない負の情念が集合した存在といえた。


「我ら人類がストラズィールを持ってしても苦戦する異形……それを討滅するための決定打となるものは――お、オモイカネ!?」


 衝撃波で機体が揺さぶられる中、決死の思いで活路を見出さんとする覚醒の当主。それを見かねた様に、高位なる知識神オモイカネが輸送機モニターへと霊的量子体イスタール・バディを用いて顕現する事となる。


『ふむ……こんなものかの。いやはやこの神格存在たる我が、この様な些末な文明製の末端に合わせた、偽りの霊量子体へと姿を変える日がやってくるとは。それはさておき――』

『あの異形の輩を、一個体として見ていては埒も空くまいて。目に見える姿に惑わされるな。本質をも見抜く術はすでに、お主の覚醒した魂が会得しておるはずじゃて。』


 モニターの端へ姿を表すやふてぶてしくも、古き尊大な物言いへ終始する姿は、姿。それも、その時代線で流行りとなるC・Tuberコズミック・チューバーの如き出で立ちのそれが、覚醒の当主へと語りかけてきた。


「オモイカネ……その姿云々は、さておくとしよう! 今は情報が欲しい! オレは確かに覚醒はしたが、そもそも凡人上がりでは、この力を操るための経験が圧倒的に不足している!」


『難しく考える事はない。お主の魂が感じるままに、宇宙のあらゆる次元を感じよ。重なる者とは元来そういった存在ぞ。本質を己で掴み取り、そこに見え隠れする起死回生の一点を狙い撃つのじゃ。』


「宇宙の次元を……感じる、だって!? そうか……それこそがフォース・レイアーの……!」


 画面端で言葉に合わせて動く神代の存在は、一世を風靡したCライバーの如し。書物らしきものをいくつも周囲に浮かせ、モノクルの奥へ開かれた切れ長な瞳が万物を射抜く知識神。触手の様に広げた、艷やかな銀髪を揺らすヴァーチャルガールの語る言葉は紛れもない、日本国の誇る天津の神々の荘厳さを宿す。見た目に惑わされぬを体現する知識神の神託により、覚醒の当主は新たな知識領分の扉を開いたのだ。


 未だ額へ、高次元と繋がる第三の眼に当たるそれを発現する当主は、言われるままに宇宙を視る様に思考を展開。直後――


 彼の視界を覆ったのは、三次元上の物理世界を上回る高次元膜宇宙ハイレイト・ブレーン・スペースが齎す、超常の意識領域宇宙であった。


「……これが……これが宇宙! そしてそこに在る、想像を絶する気配は……地球の生命、なのか!? ならばこれは……この全ての膜宇宙ブレーン・スペースを歪に歪める存在は――」

「分かった……これが宇宙の真理! ここは、巨大なる生命の灯が集う世界! そしてそれを歪めるは、負の情念の集合体! なんて事だ……あれは、!」


 あまりの驚愕の中、しかし納得を得たとばかりに声を上げた覚醒の当主。さらに己が口にした言葉を元に、自身が培って来た知識と経験を総動員して起死回生の一手を探りにかかった。そこよりは、守護宗家は草薙家表門当主の独壇場。


 厳しき世界を知識と経験で生き抜いて来た、現代の草薙の剣の真骨頂となる。


「霊的なブラックホール……負の情念の集合体! そして迎え撃つは、いにしえの霊装機神! ヒヒイロカネの恩恵宿す超常の機動兵装と……戦場に集うのが、この次元の生命到達点たるオレ達……ならばっ!」


 天啓の如く舞い降りた閃きが直後、六体の機神への通信となって乱舞する。そう……これより振るわれる武力こそが。草薙 叢剣くさなぎ そうけんの予見した次代草薙当主の本質――



 現代社会を生きた草薙 炎羅くさなぎ えんらと、彼に見出された子供達が生み出す討滅刃の真の姿であった。

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