memory:112 叢剣の子供達

 六条の黄金が、悪鬼へ向けて光翼を羽撃かせて舞い上がる。眼前で未だ瘴気をばら撒く、巨大なる異形の存在を屠るため魂の咆哮と共に。


「民に被害が及ばない様、奴を海上まで押し出すのが先決だ! 沙織さおり君、闘真とうま君……突撃と剛腕の一撃で突き進め!」


『はい炎羅えんらさん! ヤバいっぽい……テンション上がって来た! ガングニール、とーつーげーきーっっ!!』


『分かりました! ミョルニル、悪を穿つ剛腕を撃ち放て! ハンマー・ナックル・ブレイカーっ!!』


 重なりし者フォース・レイアーへと変貌した覚醒の当主炎羅は、知識神オモイカネの言葉を解するや水を得た魚となる。視界に映る巨大なる異形に確認される、あらゆる変化を鋭き観察眼でつぶさに読み取るや、最優先とも言える指示を飛ばした。何をおいても、異形の都市部よりの引き剥がしを優先せねば戦いも何もないと、叢剣の子供達も弾かれた様に行動へ移す。


 貫きの戦騎ガングニール打ち砕く戦騎ミョルニルが、それぞれの擁する武装で同時に襲撃を敢行。超高速の突撃と飛翔剛腕が舞うや、異形が特区上空から一気に押し出される。巨大ではあるが、ただそこに生まれ、暴れるしか脳のない下賤なる者は、攻撃を阻害された事に怒りの咆哮で反撃していた。


雪花ゆっか君は、音鳴ななる君のゲイヴォルグをシャルーアへ載せてガングニールに続くんだ! 加えて奨炎しょうえん君は、異形……臨時個体名称〈マッド・デーモン〉へ牽制射撃と同時に、周辺海域及び空域をスキャニング! 緊急退避警報をあらゆる国際チャンネルで発しつつ、超広域に渡り安全確保を! そこからそのまま、本土防衛の最終ラインを死守だ!」


『私は航空狙撃ってワケですね! すでにぶっつけ試験は終えた様なもの……雪花ゆっかちゃん!』


『はい、音鳴ななるおねーちゃん! シャルーアをゲイヴォルグとドッキング! 航空でのホバリング狙撃へ移行するよ!』


『ああ、分かったぜ炎羅えんらさん! 対象個体名称をマッド・デーモンと登録……周辺空域・海域共にスキャニング! 船舶と航空機の状況はクリア……緊急退避警報発令と同時に防衛ライン死守! 行くぜ、フラガラッハ……期待に応えてみせろっ!』


 さらに、極めて激しい戦闘になる事を想定した安全確保のため、見定める少年奨炎へ指示が飛ぶ。応える戦騎フラガラッハが持つ指揮官システムと、超高域をカバーするレーダーシステムの実力が遺憾なく発揮されていた。


 その安全確保された空域へ、討滅の大翼シャルーアへと膝を付けてドッキングされた穿つ戦騎ゲイヴォルグが、本来ならば不安定極まりない航空での狙撃態勢へ。しかし大翼の持つ古代技術の結晶の力はそれさえも可能とし、各機散開に合わせて長距離狙撃の布陣を速やかに組み上げる。


 そして――


「敵は未知数の戦力を持っている! だが、そこへ負の浸蝕が関わるならば、我ら三神守護宗家の独壇場だ! オレとて戦う力は宿さずとも、その悪鬼の弱みを突く程度は容易い……大輝だいき君は、オレがその弱点を確認するまで揺さぶりをかけてくれ!」


『いいぜ、やってやろうじゃねぇか! 俺は炎羅えんらさんを信じる! だから俺とフォイル・セイランを信じて、その知識って言う最強の力で俺達を導いてくれ!』


「ああ、もちろんだとも! 行くぞ……我が教え子たる、叢剣の子供達!!」


 対魔討滅の志士としてあの狂犬分家零善を継ぐ勢いの修羅の剣士大輝は、スラリと大刀抜き放つ悪浄の戦騎フォイル・セイランを駆り飛ぶ。呪われた宿業さえも力と変える妖刀ムラマサが、陽光を妖しく映しながら空を裂いた。


 彼らこそが、覚醒の当主の力。彼が持つあらゆる理知に経験を無限の武力とする、蒼き地球が生んだ最後の希望。その希望に押し出された巨大なる異形が、咆哮と共に大洋上空で態勢を立て直した。もはや愚家の意識など飲まれ消滅し、ただの滅び呼ぶ悪業となったそれと相打つは選ばれし子供達。



 そこより、彼ら討滅の志士が舞う戦いの第二ラウンドが開始された。



 †††



 身体の隅々と言わず、そこへ宿る全てのチャクラが開かれたも同然のオレの体躯は、すでに第六感を超える光景を思考へ映し出す。それはオレにとって義理の弟であり、この地球で生まれながらに覚醒していたと自称する界吏から聞いていた事象に合致するモノ。


 それを自覚した時、オレは


界吏かいりは言っていた! 現代の文明では未だ理解が及ばぬ深淵の本質……それを知っていたと! それは生まれ落ちた時から、先天性フォース・レイアーだったあいつ自身を蝕む宿業の齎す情報であり、同時にこの世のあらゆる悪鬼を討滅する切り札と!」

「誰にも見えぬ深淵の正体を知るあいつは、幼い頃から宗家最強の志士として目覚め、けれどあまりの宿業の重さから現実逃避していた! だが、今は界吏かいり自身も! ならば兄のオレが、ここでこの悪鬼を討てねばそれこそいい笑い者だ!」


 オレと共に歩む事を選んだ者なら、全てを理解してくれるだろう。だが現実はそんなに甘くない。オレが草薙家を始めとした守護宗家全体を統括するためには、少なくとも義弟と肩を並べなければ示しなんてつかない。それほどまでに、現代は荒み、結果この様な悪鬼を生み出す惨状を導いてしまっている。


 ここで逃げるなどと言う選択肢は皆無なんだ。


界吏かいりの言葉を思い出せ……幾万の悪業を討滅し続けるあいつが、それらをどの様に察し、穿っていたかを!」


 洋上までマッド・デーモンを押し出した子供達が、討滅の布陣を構築する中、思考へ宿すあらゆる情報を元に戦略を組み上げる。驚く事にオレは今、その戦況が遠く離れた本土から確認できる。それは視界情報ではない、霊的に高次元へと至った事で可能になった、霊量子レベルの知覚領域が多分に影響するのは明白だった。


 そしてそれは、脳髄へ今まで見た事もない世界を映し出す事となる。


「分かる……分かるぞ! 界吏かいりが言っていた言葉の意味が! そうか……この地球地上からでさえも感じ取れるモノこそ、この宇宙の真理! フォース・レイアーだけが認識できるとされる、高次元膜宇宙ハイ・ディメンジョン・ブレーン・スペースさざなみ――」

「あいつがいつも、多くの宗家の者へ訴えるも届かなかった、深淵の正体! あらゆる生命の負の霊力ネガ・イスタールが、何ゆえ一処へと集合するかの全容! なんの事はない……個体名称マッド・デーモンは今、!」


 草薙 界吏くさなぎ かいりと言う義弟は、その人間離れした認識から多くの宗家の者は愚か、俗世の者からさえも距離を置かれていた。けれど実の姉である麻流あさるの心配を他所に、彼はその力をひけらかす事なく、あたか叢剣そうけん殿が転生したかの器を見せていた。


 そのあいつが、よくオレに向けて語ってくれていた真実。あいつの言葉を無下にしてはならないと、必死でそれを理解しようとしていた過去。オレは今、それを伝えようとしてくれていた、現代最強の武人に感謝しか浮かばなかった。


草薙 界吏くさなぎかいり……君がオレの義弟となった現実に、感謝している! オレは君の様には戦えない……戦えないが、送られた知識を駆使して後進を導く事はできる! 今も君は、この地球上の何処かでオレが相手にしている者に匹敵する、悪鬼討滅に尽力しているんだろう――」

「ならば行こう、我が義弟! オレ達こそが、宗家史上最後と言われた武人の意思を継ぐ者だ! この世界へ安寧を齎すために、魂へ宿した武士道を以って前へと進むぞっ!!」


 オレが、正式にアメノハバキリを立ち上げてから少しの時が経つ頃。それら情報を定時報告として送るため、観測者であるアリスを保護する英国は円卓の騎士会ナイツ・オズ・ラウンズへと連絡を取った。が、そこで耳にしたのは異常事態……とある事件がきっかけにより、騎士会ラウンズの有する邸宅が襲撃されたとの事実。


 幸いにも、アリスとそれを保護していた騎士会最高顧問である、ウォガート・アーサー・ヴェルン・シェイド卿は無事であり、ほどなくアリスはその身を、英国特殊防衛組織であるマスターテリオンへ寄せた事実を聞き及ぶに至る。


 そのマスターテリオンは、オレが与えられたアメノトリフネに相当する存在。戦力の中心へ、守護宗家の技術さえ関わるとされる古代機動兵装を頂く組織だ。人類最強の機動兵装……


 まさに今、この世界は巨大なる悪意を前に滅亡の危機を迎えている。それもその脅威を二つの地点で同時に相手取るなど、もはや正気の沙汰ではない。ならばオレは、覚悟せねばならない。



 名実共にこの戦いの敗北が、たちまち人類滅亡に直結すると言う現実を。

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