memory:110 なまくら刀

 三神守護宗家――

 その時代、日本国でそれを語れば万民が知っていると返答する、伝説と名高き名家中の名家。それも、ただの金で全てを手にできる投資家や起業家など尻尾を巻いて逃亡する、研鑽と実績こそが物を言う由緒正しき総本山だった。


 けど……やはり世界の腐敗は顕著であり、そんな腐敗が守護宗家にまで及んでいた事実を、まだ当時の万民は知る由もなかったんだ。


「知っているか? あの草薙 叢剣くさなぎ そうけんともあろうお方が、まさかの宗家へ迎え入れる等と。」


「ありえんな……。御仁は宗家史上最強の武人であるぞ? その地位を継承するのが、宗家大学に属すとは言え世渡りのためのご都合取りしか脳のない若輩などと。冗談も大概にしてほしいものだ。」


 かつての巨大霊災が頻繁した時代と異なり、時は現代……あまねく先進文明と情報化社会が先端となる社会では、古き仕来しきたりの中で事を完結させる御家体系も、すでに時代遅れの風潮が見え始めていた。けれどその実は、膨れ上がる霊災が静かに爆発するのを待ち続ける予断許さぬ状況であり、しかし当の宗家内部では偽りであれ平和が続き過ぎた事で、緊張そのものが薄れかけていたのは言うまでもない。


 そんな緩んだ緊張は、オレと言う存在をやっかむ宗家お歴々へ不満を抱かせるキッカケとなり、その頃はまだ一学生の身であった自身の所まで、溢れ聞こえてくる罵倒は後を断たなかった。


叢剣そうけん殿、その……不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。オレが取り柄なき一般人上がりなために――」


「バカモノ。お主が頭を下げる必要がどこにある。むしろ他者が劣っているからと、それ来たとばかりに罵倒を始める者こそ宗家の名折れもはなはだしい。言い換えれば、そういった輩を炙り出す事ができたのは貴殿のおかげ。胸を張っているがよい。」


 なのにあの御方は、いつもオレの居たたまれなさを汲んで言葉をかけてくれていた。一番泥を被っているのは彼だと言うのに、草薙 叢剣くさなぎ そうけんと言う稀代の武人はいつも満面の笑みでオレを讃えてくれた。見定めたのは間違いではない、何者にも誇れる自慢の跡継ぎ候補だと。


 宗家専属学生時代のオレは偉大なる御仁の後押しの本、麻流あさるとの仲が順調とは行かぬまでも、確実に実を結んでいた。そんなある日――


 宇宙と言う世界から落ちて来た、たった一人の同胞との邂逅が全てを混迷へと叩き落としたんだ。


 名をエイワス・ヒュビネットと言う者。当時まだ少年であった彼が宇宙から人型機動兵装……しかもこの地球上のどの技術も及ばぬそれに包まれ、海洋を漂流した後日本近海で発見されたとの話題で持ち切りとなる。前代未聞の事件ではあったが、発端だった。


 宇宙からの同胞へ治療を施すため受け入れた未来の義父と、事態を利用し彼を亡き者にしようと企んだ天月家先代 天月 源清てんげつ げんせいによる、草薙当主襲撃事件。


 それは、オレの人生を大きく狂わせる大事件に他ならなかった。


「お、とう……御父様……!? なんで……こんな……こんなことに――」


 今でも忘れられぬ、先代の亡骸を前に崩れ落ちる麻流あさるの嗚咽。脳裏へ刻まれたそれが、八年経った今でもオレの魂をえぐり取る。


 オレが宗家外から来た無能であるから――

 オレが彼を支えられる器ではなかったから――


 そう――


「オレが……オレが彼を……! 叢剣そうけん殿を……うううっ!!? があああああぁぁぁーーーーーーっっ!!」


 長く心の奥底へ押し込めていた感情が、深淵の浸蝕を引き金に魂を蝕み始めた。自身の不甲斐なさを呪う自責の念が、鋭き刃となってこの身を切り刻んで行く。


 これこそが深淵の力。この星で蓄積された、星さえも飲み込む怨嗟に怨恨が物理的な圧力を以って――



 あらゆる生命を浸蝕するのが、オロチと言う存在だったんだ。



 †††



 神々の力借りて舞い降りた対魔討滅機関アメノハバキリであったが、反意の愚家烙鳳を取り込み暴走する異形はその威勢さえも刈り取り猛威を振るった。異形の巨人が滞空する空域へ、膨大な深淵を起因とする負の龍脈力ネガ・テラシュトロンが渦巻き、巨人へさらなる力を与えんとする。


 何より問題なのは、そこが日本と言う大地である事。人類が現代でようやく理解の一歩を始めたガイア理論と称される例えは、例えなどではない真実であるから。さらに星を生命に例えた場合、生と死の輪廻を生み出すものこそが龍脈エネルギーであり、世界で言及される解釈で言うところのマナ、気、プラーナ、ソーマ等と表現される全ての根源である。


 注目すべきは、それらが星の血管の様に大地へ張り巡らされ、傷付ければ天変地異の引き金となって大地を引き裂く点。それほどのエネルギーが、ある一点へと集約する様に流れ、集中制御されていると言われていた。集約される道は、膨大な力を一つの霊的な大地にてしずたてまつる。……


 やがて八本の龍脈は、一つの頭脳により制御され初めて九頭龍くずりゅうへと変化し、数多の生命の輪廻を構築する事で恵みと繁栄を導く力となるのだ。



 深淵に飲み込まれる憂う当主炎羅。すでに意識が負の領域へと堕ち行くか否か。なおも引き裂かんとする怨嗟の刃が、魂を際限なく切り刻んで行く。


 人類が体験した事のない、壮絶にして膨大な魂の痛み。しかしそれは、人類こそが引き起こした戦乱の世が生み出した業であり、それを否定など誰にもできはしない。


 だが――そこに集っていた。


炎羅えんらさんの……炎羅さんのせいじゃない! あなたの様な人を苦しめる者こそが、その原因なんだ! 私的に!!」


 咆哮が宗家特区へと木霊する。それは当主と同じく、深淵に飲み込まれかけていた少女の声。何もないと感じていた、くらき絶望の人生から脱した穿つ少女音鳴の声だ。


「そうだよ……炎羅さんはこんなあたし達のために、全てを懸けて答えてくれた! 人生を救ってくれた……! そんな人が苦しむなんて……あたしは認めないっぽい!!」


 最初の声に呼応した様に、さらなるたけりが響き渡る。穿つ少女に続いて声を上げるは貫きの少女沙織。彼女はまさに、名実ともに命を救われた身である。そんな懸命さの籠もる叫びは、次々と共に歩んだ同胞を感化して行く。


「ったく……ナルナルに沙織の言うとおりだぜ! それのどこが炎羅さんのせいだって!? ざけんじゃねぇぞ……草薙 炎羅って人は、力なき人々のためにその身を犠牲にできる、現代流の武人なんだよっ!!」


「ボクは、生きてることさえ辛かった! だから、この手を汚して……大切な友人まで手にかけそうに……! それを救い上げてくれたのは炎羅さんだ! だからボクは、今ある生命でちゃんと罪を償っていかなければならないんだ!!」


 生命の全てを浸蝕する力のその中心。見定める少年奨炎が、そして贖罪の拳士闘真の叫びが光纏い、膨大な本流さえも弾き飛ばして行く。それは魂の叫び……前を向いて生きようとする若き力の、熾烈なる生の足掻きであつた。


「こんな事で折れてんじゃねぇぞ、炎羅さん! 俺達兄妹は、もうあんた無しじゃ生きられないんだ! この程度の怨嗟に飲まれんじゃねぇ!!」


「そうです、おにーちゃんの言う通り! あなたにはゆーちゃん達がいる……他にも、アメノハバキリで戦ってくれる機関員に、多くの応援者がいるんです! あなたは、ゆーちゃん達にとって掛け替えのない人なんです!!」


 修羅の剣士大輝の魂が、討滅の妹嬢雪花の労りが熱を帯び、その咆哮は深淵の勢力を減退させ、変わる様に巨大なる神々の化身がへ光翼纏わせて希望を撒いた。やがて光の渦が巨大化し、一人の青年を包んで行く。そこにいたのは……憂う当主だ。


「……んな、すまない。いつも君達へ偉そうに、講釈垂れておいてこのザマだよ。全く……申し訳ない事この上ない。」


『全くでやがります。そんなのは、あんたには似合わないでやがりますよ?炎羅さん。』


『ウルスラに同意であります。さあ、アメノハバキリを代表するのはあなたであります。悪意を覆す、対魔討滅の大号令を!』


 かつて宗家の反対派に、なまくら刀と揶揄された男は立ち上がる。彼自身は確かに武器を振るう力は有してなどいない。いないが――


 何の事はない。彼には、彼自身の心が育て上げた最強の子供達がいる。それこそが、自身も口にした現代の誇る草薙の剣なのだ。草薙叢剣稀代の武人が見越したかの展開は遂に、次代の草薙当主を新たなるステージへと舞い上がらせた。


«オレはもう、己を見縊みくびらない――»


 生命は遥かいにしえ、神格存在と対等の存在として生まれた経緯を持つ。中でも、選ばれた者達は霊的高次元への覚醒を経たとの記述も残されていた。しかし、後発的な者にもその覚醒者は存在し、時代に必要とされ高みに至る者は、魂が放つ無意識の〈霊言フォノン・ワード〉により覚醒すると言い伝わるのだ。


«オレはこの目で、前を見るっっ!!»


 遥かな超文明時代、その覚醒者達は総じてこう称された。



 神格存在に選ばれた高次元覚醒人類……〈宇宙と重なりし者フォース・レイアー〉と――

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