memory:109 勃発!光と魔の大戦!

 巨大なる魔の異形が、日本国本土を瘴気で包む。その四つ並ぶ醜い眼光は、負の霊力場ネガ・ヴィブレイト・フィールドを撒き散らして目標を見定めた。その先には討滅の大翼シャルーア……今しがた放った膨大な負のエネルギー波動を尽く弾き返した、いにしえの神が残す機動兵装が舞う。そして――


『いいぜよくやった、雪花ゆっか奨炎しょうえん……俺はどう動けばいい!?』


大輝だいきは、闘真とうま沙織さおりの連携へ続け! いつもの俺達の基本連携で、まずはこいつを本土から引き剥がす!」


『ボク達は、突撃で勢いを付ける方向だね!』


『ならあたしは、闘真とうま君とタイミングを合わせるっぽい!』


 大翼のエネルギー波防御に合わせて動いていた五体の霊装機神ストラズィールが、すでに装着する機械妖精翼マシン・フェアリーシステムの汎用高機動スラスターより気炎を吐き出す。巨大なる人型異形の攻撃が、民へ向こうと指一本触れさせない覚悟を以って。


 そしてその光景が、恐怖におののいていた国民らの双眸へ、絶望から救い上げる救世の使者さながらとなり映り込んだ。


「た、倒す敵が魔王とか……異世界ファンタジーアニメの見過ぎかよ! けど、すげぇ……本当に守護宗家は、こんなロボットのパイロットに子供達を……!」


「世界が滅ぶとかありえないし! でも私らじゃどうする事も――」


「じゃあ、あいつらがなんとかしてくれるのか!? あんなヤバいデカブツに……あの子供達なら勝てるってのか!?」


 ベルゼヴュードを名乗る魔王の言葉と、直後に訪れた恐怖を吹き飛ばす神々しき光景が、次第に国民の心へと行き渡ってゆく。かつて、社会のはみ出しものとレッテルを貼られた子供達が、今まさに蒼き星の救世主へと変貌を遂げようとしていた。


 全てが己の目指したものではない。ないが……憂う当主炎羅はその瞬間を目の当たりにする。例え望まぬ経緯だとしても、それを変えられるのが自分と、自分が育て上げた子供達であるならば――


 彼が判断を誤る事など皆無であった。


「よく聞くんだ皆! この戦いは決して負けられない……君達のためにも、この地球の未来のためにも! けれど、アメノトリフネであらゆる苦難を共に超えて来た君達ならば超えて行ける!」

「これより我らアメノハバキリは、地球とそこに住まうあらゆる生命を守護するために、神々の黄昏に匹敵するその武力を振り翳す! 力なき者達を……穏やかな日々と未来への希望を守るため! 武力たるストラズィールを、己の信じる義の心で操ってみせるんだ! 君達こそ、我ら草薙家が忌むべき巨悪へと突き付ける、現代の草薙の剣なのだからっっ!!」


『『『『『『了解っ!!!』』』』』』


 そして咆哮が、希望求める大衆の聴覚を貫いた。もはや認めざるを得ない真実。反意の愚家烙鳳のたまった言葉など、嘘偽り以外の何物でもないと。


 民のために命懸けて翳すその勇気は、かの自衛隊にも似た専守防衛にして武士道宿す魂そのもの。発された魂の言葉へ返される応答が、外部音声となって宗家特区周辺の街へと響き渡る。そこからが、彼らの戦いの本懐と宣言する様に。


 ――が、そんな正の方向へと振り切ったエネルギーを憎悪する様に、巨大なる異形から負の方向へ堕ち行く力が膨れ上がる。そこへ収束される、これまで歴史が吸上げて来た地球上の途方もない力。暴力的なまでに増大する負のエネルギーの正体……負の龍脈流ネガ・テラシュトロンが噴出する。


『さあ炎羅えんら……ここからが正念場だよ? 僕の意識はもう、そう……ナガクハ……――』


 全ての流れを天上より見下ろす魔蝿の王ベルゼヴュードが、意識を深淵へ奪われ行くなか時間だけが刻まれる。それは崩壊のエピローグか、再生へのプロローグか――



 その真実の行方は、魂懸けて戦う子供達の背に伸し掛かっていた。



 †††



 烙鳳らくほうと言う男の謀略は、当初先代に当たる天月 源清てんげつ げんせいがしでかした事件に関わる復讐劇との見当を付けていた。だが直前で発覚した事実は、彼自身の野望成就に於ける前座でしかなかったのは想像に難くない。


 それは烙鳳の行動が、復讐心から来る一連の動きと考えていた矢先の公判事件。しかし当の本人が事前にベラベラと口にした前口上に、復讐を感じさせる怨嗟など皆無だったから。直感で得た思考を直ぐ様整理すれば、そもそもオレを世間へ晒し上げるこの事件はハナから余興でしかない事実に辿り着いてしまった。


烙鳳らくほう……お前は最初から、オレなど眼中になかったのか。むしろその本懐は、草薙家を含めた守護宗家を貶めるための策略だったと……舐められたものだな!」


 思わず漏れた言葉は、今巻き起こる想定外を前にすれば何の意味もなさないのは理解している。当の本人が、


 それが紫雲しうんを起因としているなど考えたくもなかったが、眼前でばら撒かれる深淵の気配を感じたならば、現実を直視する以外になかったんだ。


 苦虫を噛み潰す様に、を見上げた。それはもはや人であった事も想像できない、ストラズィールをすら上回る巨大なる異形の兵装へと姿を変えている。形容するならば紛れもなく、オレ達アメノハバキリが今まで討滅して来たデヴィル・イレギュレーダそのもの。さらにそこから、守護宗家がいにしえより討伐して来たオロチの気配が溢れ出る惨状には、流石に目を覆いたくなる。


 それを打ち倒す事が叶うのは、自身で口にした草薙の剣たる子供達しかいないのだから。


 訪れてしまった経緯を紫雲しうんへ問いただしたくとも、判断を誤れぬ今は思考を前へ。穿つべき魔を睨め付けたオレは覚悟を決める。それを機関が誇る子供達へ任せる他ないならば、その彼らが決して命を無駄にしないための、大局的な戦略を組み上げなければならないと――


 一歩を踏み出した時、それに気付いてしまった。


「……っ、これは……! 宰廉ざいれん、民の避難を急げ! オロチの浸食が――」


 空を覆う暗雲に紛れ、地を舐める様に広がっていたのは瘴気。それも冥府より湧き出たかの、膨大な負の情念が形作る浸蝕の業火。けれどオレ達三神守護宗家はそれをよく知り得ている。それこそが、


 ネガ・テラシュトロンとも称されるそれは、この地球をガイア理論に基づいた解釈で例えた際の龍脈エネルギーの側面。この世界でこれまで存在した、数多の知的生命や動植物の生前情報と記憶を刻み、しかしそれがたった一種の、傲慢にして強欲なる生命の残留思念により変貌した力。こころざしある英傑に尊き命が清く潤すはずのそれを、醜悪に歪め深淵へと貶めた、宇宙でも現存する史上最悪の力だ。


 足元へ集約せんとするそれを視界に捉えて、戦慄と共に宰廉ざいれんへと通信を飛ばしたまでは良かった。だが奇しくも、その時身を包んだ瘴気は想像を絶する圧力を有していた。それは言わずもがな……瘴気の集束地点に、膨大な負の力を勢い巻いて吸い上げる巨大異形兵装がいたから。


「っが……がああああああああぁぁぁーーーーーーー!!?」


『当主っ!? 当主 炎羅えんら、返事を……――』


 直後自身を襲うのは、猛烈な業火で魂が焼き尽くされるかの痛み。加えて、四肢の全てを引き千切られる感覚が、刹那にオレの意識を彼方へと弾き飛ばした。


 宗家で対魔討滅を生業なりわいとする武人は、代々伝わる血脈の元、誰もが負の浸蝕に屈さぬ強靭さを得るための特殊な精神鍛錬を課されるが、残念な事にオレはその範疇ではない。御家を繋げて来たお歴々がいぶかしむほどに、オレはその面への耐性を持ち合わせていないのだ。


 故に守護宗家史上最強をうたわれた、先代たる義父の蛮勇と比べるまでもなく、この出生あれこれへ不審しか抱かれないのは当然の理なんだ。


『え、炎羅えんらさん!? どうしたっぽい!? う、あっ……!?』


『ちょっと待って、これヤバイやつじゃ! 嫌なパターンしか……ぎゃっ!?』


『おい、ナルナル……沙織!どうし――がぁっ!?』


 通信へ次々響く異変は、オレを包む物と同種の事態。アメノハバキリとしても、こんな事態は想定していなかった。恐らくその力は、そこに集まる全ての人々へと浸蝕を進めている。否――


 ……鳴動を初めていたんだ。


『ヤバイヤバイ……ヤバイでやがります! この状況は……こんなの想定してないでやがりますよ!』


『ウルスラおねーちゃん! これ、何がどーなって……あ、ああああっ!!?』


『こ、これは……確かに、マズイで……あります……!』


『うわぁぁ!! やめろ……来るなーーっっ!?』


雪花ゆっかっ! おい闘真とうまも、負けんじゃねぇ! こんなモンに……うぐぁぁぁ!!?』


 すでに飛ばした意識へ続く様に、機関が誇る子供達までもが浸蝕を受け始める。むしろストラズィール搭乗中と言う、最も力の影響を受け易い彼らが民への被害を軽減している状況。有り体に言って絶望的な事態到来だった。


『すまない、炎羅えんら……。すまない、我らを受け入れてくれた、心ある光の子らよ。モウ……モウ僕は、キミタチを……キミタチヲウヤマウコトサエ――コトサエ――』


 意識が飛ぶ瞬間、思考へ高次元からであろうそれが響いたが、そこへ答える間もなくオレは深淵に飲み込まれていた。



 やがてその身を蝕んだのは、遠い八年前……義父である草薙 叢剣くさなぎ そうけん殿に見初められる前後の悲しき記憶だった。

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