memory:108 輪廻の因果に憂う天上の魔王

 巨大なる存在と共に現れた子供達を、その家族に関係者が後押しした事で、脆くも反意の愚家烙鳳の目論見は崩れ去る。歪む寸前の少年少女を真っ直ぐに持ち直させたのは紛れもなく憂う当主炎羅であり、参集した人々もその真実へ辿り着くのも容易であった。


 だが、その事態が予想だにしない展開を迎えて行く。突如として民の眼前へと現れた宙へと舞う異様なる人影。やがてそれが語る言葉通りに、今しがた憂う当主を陥れんとした反意の愚家が、おびただしい数のドス黒い瘴気を纏って藻掻もがき苦しみ出したのだ。やがてその瘴気を媒介とし、周辺上空から禍々しい暗黒が飛来し――


 やがてそれが、生み出す事となる。


「待てよオイ……こんなの聞いてないぜ!? イレギュレーダはアメノトリフネ海域上から出現するんじゃ――」


『違うでやがります! これは……この異形は、あの天月 烙鳳てんげつ らくほうがいた地上の座標へ突如出現したでやがります!』


『天月とやらさんが媒介ってことぉ!? それってまた、あのみたいな感じですか!?』


『ならヤバいっポイ!? あたしらじゃ、変に手が出せないかもじゃん!』


 そして現れた異形を目にしたが、次々に動揺を顕とする。それは無理からぬ事であり、かつて相手取った惨めな半グレとの戦いの記憶がフィードバックしていたのだ。


 そこへ一つの声が届く。その声音は、苦渋の決断とこれより訪れる事態に対する絶対の覚悟を宿して響き、通信回線越しに子供達の心を震わせる事となった。


『あれは天月 烙鳳を媒介にした異形だ! だが同時に、それを紫雲しうん……違う――、我々人類の敵! それを穿たねばオレ達は元より、この世界の明日はない!』


「え、炎羅えんらさん!? 何を言ってるんですか! 紫雲しうんさんは――」


『やめろ闘真とうま! 炎羅さんの顔を見ろ……そこから先はきっと、今俺等が口にしちゃいけねぇ! 分かったよ……奨炎しょうえん達を援護に回して、俺がこのフォイル・セイランで討滅する! ……そう言うこったろ!?』


 憂う当主の咆哮に、叢剣の子供達へさらなる動揺が刻まれるも、修羅の剣士大輝が揺らぐ空気を一刀両断する。わざわざ名を言い換え口にした当の本人が、それを拒絶する様に苦悩を浮かべていたのだ。理由はそれだけで十分であった。


 彼らのやり取りの間にも、ドス黒い瘴気は異形へさらなる力を与え、程なくそのサイズは異形の攻撃艦艇規模を超える超巨人兵装へと変貌し――


『ウガオォォーーーー!! ワレハ……セカイヲォォォォーーーッッ!!』


「マズイであります! ゆーちゃん……!」


「うん、姫乃ひめのおねーちゃん! 八尺瓊やさかに 守りがなめを全力展開……ウルスラおねーちゃん、今!」


「守るでやがりますよ! ……そこに住む同胞もっっ!!」


 人型であるも、不気味にうごめく無数の手足と巨大な二対の有機生物を模す大翼が形成された体躯胸部へ、膨大な瘴気のエネルギーが収束されるや放たれる。目標は奇しくも、訪れた惨状の中を驚愕と恐怖で逃げ惑う国民全て。それらが住まう宗家特区を始めとした、日本国の大地であった。


『ロトン・マジェクサーーーーーーーーーッッ!!!』


「守りの力、この世界を護りぬいてっっ!!」


 放たれる悪夢。されどそこには、人類の希望と共に舞う討滅の大翼シャルーアがいた。巨大な体躯を鳥の如く、軽やかに旋回させた大いなる翼が、出力最大の守り要を展開――



 恐るべきエネルギーの本流を全て弾き返した時、この世界でも伝説となる戦いが幕を開ける事となる。



 †††



 宇宙へ数多の生命が誕生するキッカケ。それを生み出さんとした者達は、人類を創造する遥かいにしえより存在し、その手によって宇宙の真理に基づいた世界が構築されたと神話は語り継ぐ。しかしある時を堺に、宇宙を構成する霊的な力有する者達による、互いの意見相違が生んだ伝説上の大戦が巻き起こった。


 光に位置する統一神の勢力と、そこへ意を唱えた闇に住まう魔の勢力との大戦。その戦いは、傲慢な人類にも似た増長する一部の光の幹部勢力による、権力や生命資源の私的独占こそが要因とされるが――


 それらを明確にするだけの記録は、低次元の生命種が生きる刹那の史実には残されていなかった。


 その真実を識る者は一握りの霊的存在のみであり、さらにそれらは闇の反逆勢力を一挙に閉じ込めた監獄である、宇宙の大獄〈万魔殿パンデモニウム〉で細々と存在するばかりであった。


 光に反逆したとされる魔の軍勢を閉じ込めた監獄。なんとそれは、影の星として太古より太陽星系の一惑星の地位を確固たるものとしていた。


「……動いたか、。そうか……もはや君と、ささやかな美酒を酌み交わす事すらも叶わなくなるのだな。魔界七大宰相の一角にして死と再生の魔王――」

「我が愛おしき弟、ベルゼビュート。君がその因果の道へと歩み出したならば、私も成すべき事をなさねばならない。これは私の代わりに、あの影の惑星にある永久地獄ジュデッカへと封印された光の兄弟……使 との約束だからな。」


 しかしそこへの投獄は、大戦時に光の軍勢総指揮を取りまとめた天使長 ミカエルによる譲歩でもあり、さらにはそこへ同胞による監視をつける事で、討滅の末路を辿る命運を回避していた魔の軍勢。加えて、ミカエルによる譲歩には今後生まれ出づる魔の存在に対する対応とし、それらへ生命としての尊厳と文化、社会を構築する倫理感の教育・伝搬が厳命付けられた。


 そうして譲歩を受け入れた魔の勢力は、指定された厳命を実現するべく想像を絶する巨大施設を生み出す。地球の衛星である月にも匹敵する規模のそれは、魔の力を根源とした古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーを以って生み出された天楼の魔界〈セフィロト〉と呼称された。


「ルシファー卿……あなたの仰っていた、魔導外郭の胎動が始まった模様。どうするおつもり?」


「そうか。ありがとう、魔嬢王 ミネルヴァ。なれば私がこのまま、このセフィトロの魔導制御強化に――」


「水くさいですよ?卿。このセフィロトは、我ら魔王に位置する者が手を取り合って事を見守っていかなければ。あの紫雲しうんがすでに、救われぬ運命を辿るは理解しております。であれば私も、それ相応の覚悟で望まねばと思っていた所ですのに。」


「全く……そういう所は変わらないな君は。では我が盟友、ミネルバ・ヴァルナグスへ協力を依頼する。魔王 ベルゼビュート本体となる魔導外郭の復活を遅延させるため、このセフィロト……魔の超技術が生み出した巨大魔導連結ソシャールエネルギーを――」

殿〈ニュクス D666〉へ向け最大放射。最低でも地球で同じく討滅の因果を選んだ子供達が、このニュクス宙域へ到着をみるまで持ち堪えさせる。」


「御意……これよりティフェレト界を支配せしミネルバ・ヴァルナグスは、セフィロト中枢へと向かいその対応へ移る事とします。」


 天楼の魔界セフィロトと呼ばれる世界の天頂に位置する世界。いくつもの階層を各世界として持つそこは〈生命の樹〉の別名を有し、生命が高みへ至るためのプロセスを表すとされる。その最下層から数えた最上層には、王を冠する世界〈ケテル〉が宇宙との境界世界として君臨していた。


 そしてケテルの最奥にそびえるは魔城。それも古の超技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーにより魔の霊的なエネルギー〈魔霊力マガ・イスタール〉を凝縮させた、光の世界で言う所の天上にして神の楽園。そんな魔の力に満ちる世界の魔城で、憂いの歯噛みと共に因果の訪れへ決断を下したのは魔王。


 魔の天上界を支配せし、魔軍の最高位たる魔神帝ましんてい ルシファーが、絆繋いだ兄弟の最後を看取る覚悟を宿していたのだ。


「私はあのミカエルが出した譲歩に基づく盟約により、光の種への干渉は不可能だ。ゆえに紫雲を止める事は……。ならば、光の意思に選ばれた子供達の希望に賭けさせてもらう。頼むぞ?日の都の暁ライジングサン達……。」


 地球で発生した異形との戦いはやがて、太陽系の何処いずこかにある魔星も巻き込む定めの戦いへ。



 それを見守る様に、灼熱の恒星が星系中央で燦然さんぜんと輝きを放っていた。

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