memory:107 草薙の剣

 一発の弾丸に込められた狂気。それが放たれた瞬間、そこに気付く事はできようとまず凌げる者はいないだろう。だがオレはあらかたを想定済みでそこに立っていた。なんなら、それを回避するべき備えも万全だった。けど――


 、予想だにしていなかったんだ。


 狂気の弾丸を避けるため、宗家製 人工オリハルコンを繊維状に編み込んだオリハルコンケブラーアームで、頭部と胸部を庇うオレの眼前。そこへ届くはずの弾丸を睨め付けていた視界を奪ったのは、あの高位なる魔の盟友だったんだ。


「……し、紫雲しうん!? 君がなぜこんなところへ――」


 まず抱いた疑問を直ちにぶつけるオレへ向け、飛来した二発の弾丸を超常的な力で空間へ静止させたまま彼が振り向いた。その瞬間の事を忘れはしない。


 目にしたのは友人となったはずの青年が、想像を絶する気配を街どころか、下手をすれば星さえも飲み込むほどの力を纏う姿。それもオレが映るであろう双眸が鮮血の如く妖しく輝き、体躯へ猛烈な魔の霊力震ネガ・ヴィブレードを伴わせ、目にした者すべての魂さえも刈り取らんとする超常の圧力を撒き立ち尽くす姿を。


 何より彼はそんな気配の中、鮮血の涙を頬に湛えてこう口にしたんだ。


「すまないね、僕を友人と呼んでくれた地球の光に満ちた人類よ。これは僕が君にしてあげられる、この世の存在としての最後の手向け。ここからはもう、。許してほしい。」


「な、何を言っている!? 紫雲しうん……君はオレの友人で、天楼にあると言う魔界が誇る魔王の一角だろう!? それ以外のなんだと言うんだ!!」


「闇、さ……。むしろそれは、君の方がよく知っているはずだよ? ……。」


「な……!? それは、まさか……オロチ……!?」


 言葉を耳にしただけで、戦慄が凍る刃となってオレを斬り付ける。彼が口にした生命の負の根源は紛う事なく、オレ達三神守護宗家が歴史の中で討伐を成して来た悪意の権化を指していたから。あらゆる生命の負の極限にして、地球歴史上最悪の厄災と言える巨大霊災。


 ――命の深淵 ヤマタノオロチ――


 オロチとは単一個体を表す名ではなく、それらの影響を受け深淵へと引き摺り込まれた生命の総称。詰まる所、深淵に飲まれた存在は余す事なくそれへと変貌し、相対するならば討滅のほか道はない。数多の人類が不安に駆られて情緒が崩壊する頃にそれは現れるとされ、万一規模の小さな内に討滅をしくじれば、霊的な側面へ向け無差別且つ爆発的に感染して行くから。


 言わばこの地球上の人類が、


 言葉を失うオレへ最後とも取れる言葉を残す魔界の友人は、勢い削がれて落ちた弾丸の音が響く間に、狂気が放たれた方向を睨め付けた。それが何かしらの合図とは取れたが、その時点ではオレも把握しきれなかったんだ。


「ひっ……なんだてめぇ……――」


「俗物が……我が兄者の友人であるお方を、この様な下賤な方法で仕留めようなど笑止千万。、この蒼き星を汚しているのだ。恥を知れ!」


「何言って……う、うぎゃああぁぁ!!? か、体が……ぁぁ!?」


「喜ぶがいい。貴様はたった今より贄だ。兄者が……我がセフィロトの誇る七大宰相が一人、魔王ベルゼビュート様が生み出す異形外郭の、卑しく醜い一部と成り果てるがいい!」


「……おおっ……ぶぎょおおおぉぉぉっ!!?」


 その時、オレと子供達、そしてアメノハバキリに集う者すべてを巻き込む歯車が回り始めていた。そう――



 あらゆる事象が、急速に勢い増して動き出していたんだ。



 †††



 憂う当主炎羅奪還と動いた対魔討滅機関アメノハバキリと子供達。それさえも己の謀略に変えんとした反意の愚家烙鳳。さらには子供達の関係者達が集い、その活躍を後押しするため声を上げる。事態が転々とする中、憂う当主へ向け放たれた銃弾が最悪の状況を呼び込むかに思われた時――


 それは転がり出したのだ。


 なんと、憂う当主を穿たんとした弾丸を止めに入ったのは、かの高貴なる魔の存在。しかしそこで最後の別れとも取れる言葉を残した彼の合図で、狙撃者の元へ巨躯が突如として姿を現した。当然、高次なる君の指示で動くは魔軍の厳格なる将、紫雷しらいこと魔王 アスモデウスであった。


『兄者、ここからは私めもお供つかまつります。ですがまずは……。』


「ああ、分かっているさ。ここであの愚物を、偽りなる魔の異形へと変貌させる。そしてそれを相手取るのは彼ら……草薙 炎羅くさなぎ えんらが育て上げた討滅の剣。。」


「待て、紫雲しうん! 一体これはなんの冗談だ! 説明を……――」


炎羅えんら、それ以上僕と距離を縮めてはならない。せっかくのお膳立てが台無しになる。これからの君は、この蒼き地球を恐怖へと陥れる魔王を打ち倒す、地球に選ばれた守護の剣でなければならない。そしてそれは、君と……君が育てた子供達にしかなし得ない。僕の言いたい事は分かるね?」


「……っ!? そんな……オレに言うのか!? そんな馬鹿な話があるか!!」


 魔導式とも言える、失われたいにしえの超技術による通信でやり取りする魔王を名乗る者達。すでに尋常の覚悟宿したそこへ割って入る憂う当主だったが、友の契りを交わした存在から悲痛なる現実を叩き付けられた。


 高貴なる存在紫雲がそう口にし、彼と子供達がそうである時点で、もはや選択の余地などなかったのだ。


「(君は僕が出した選択の、最後の一つで戸惑った。そしてその戸惑いこそが、僕と君がこれより歩む逃れられない因果の始まり。君がこんな事態は訪れなかった。けど――)」

「(けれど嬉しかったよ?炎羅えんら。もともとあらゆる悪意を吸い付くして、討たれるだけであった僕の死と再生の輪廻へ、素敵な刹那の瞬きを導いてくれた。これが……これこそが光の人類の素養なんだね? 大兄者、魔神帝ましんてい ルシファー閣下。)」


 が、選択の余地が無いはずの高貴なる存在は、憂う当主の選択により悲劇の因果へと束縛され、しかしそこで生命が持つ慈愛の心による、一時の穏やかな刹那を得た。それこそが要因となり、彼の因果へ選択の余地が生まれていたのだ。


 ただすべての悪意を憎悪し、。その生命の良き未来を信じ、の選択を――


 二つの魂が出会い、因果の歯車は勢い増して回り出す。語り終えたとばかりに高貴なる存在が憂う当主を見やり、騒動の発端となった不逞なる愚家へ足を向けた。


「クソっ、この有様はなんだ! オイ……狙撃を許可した覚えは――何だ貴様!?」


「ああ、申し訳ないけれど、君の様な下賤げせんな輩とは言葉を交わすだけでも不愉快だ。けれど安心していい……これより君は、この星を滅ぼす悪鬼外道の巨大兵装と成り果てるのだから。」


「チッ……訳の分からんクソムシが! 貴様らさっさとこのゴミを片付け……な、ん――うがああああああああああぁぁぁぁーーーーーーーーっっ!」


「……語るそばから湧き出る不快なる騒音。嫌いだよ、そう言って理知ある者を装いばら撒く、下等な悪意の傲岸不遜は。」


 すでに状況が不利であるも、悪意止まぬ反意の愚家烙鳳は本性を現し、高貴なる存在にさえも楯突いた。されどそれは、遥かに次元が異なる大いなる者の逆鱗を擦り上げるに等しく、すでに鮮血の眼光をはしらせるそのモノの怒りを買うこととなる。


 ほどなく――


「安心するといい……。これから君は、その悪意を際限なく吐き出すだけの、真性異形魔導外郭アウター・デヴィデーターの核となる。そうしたら君の好きに暴れまわるがいい。君が暴れれば、それだけでこの星の悪意がそこへ集束され、世界が浄化されて行く――」

「ただし覚悟するがいい。。」


 突如として襲う魂を焼く激痛で、反意の愚家がアスファルトでのたうち回り、それを冷酷に見下す高貴なる存在はすでにかつての温和な慈愛も吹き飛ぶ狂気を宿していた。


 愚家へ悪意の本流が流れ込むのを確認した高貴なる存在は、人の身体のまま謎の力で宙へと舞い、やがてその背へ巨大な双翅目そうしもくと思しき四枚のはねを羽撃かせた。


『ここに集う蒼き星の民よ、聞くがいい。これより我の力に飲み込まれた深淵の異形が、この星を焼く事となる。我は魔王……天楼の魔界セフィロトより降り立った七大宰相が一人にして、破壊と再生をつかさどる王 ベルゼヴュード――』

『この我は、人類が数多の争乱で生み出した怒り、悲しみ、苦しみ、そして数知れぬ傲慢こそが根源となり生まれた。撃った者と撃たれた者全ての悪意と憎悪の本流……それを穿てるのは、日本神族が誇る力を受け継いだ三神守護宗家とそれに選ばれた者だけ。さあ……滅びを受け入れぬならば戦え、人類よっ!!』


 戦いは奇しくも、の形からの形へと移って行く。



 神の意を仮りし古の霊装機神ストラズィールと、魔王の力によって悪意を集束する巨大なる異形アウター・デヴィデーターとの戦いへ――

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