memory:106 善意、舞う

 神々しき巨人は群衆の心から欺瞞ぎまんあざけりを、そして他をおとしめ愉悦に浸る醜悪な本性を吹き飛ばした。それは至極当然……元来日本国民の血脈には、万物に宿る神々を畏怖し、共存を図ると言う宇宙の真理に尤も近い遺伝子が脈々と受け継がれているのだ。


 誰もが神の如き者を目にした時抱くは、大自然とともにあった先祖の営みと偉大なる歴史。それを蘇らせる程に、群衆眼前へ現れた存在は光に満ちあふれていた。


 だがそれを視界に止めてなお、醜悪な私欲をたぎらせる影がいた。天月 烙鳳てんげつ らくほう……彼の思考には、父であった天月 源清てんげつ げんせいへの畏敬やそれを奪われた復讐心などから程遠い、自身の欲望へ忠実にある傲慢こそが満ち溢れる。彼は眼前の事態に一時は狼狽うろたえるも、すぐさまそれを己が謀略の一部へ組込まんと画策する。


「使えぬ兵が! まあいい……ガキどもがここへどうやって来たかは問題ではない。むしろ私にとっては好都合だ。のこのこ敵陣にしゃしゃり出て来た知恵もないクソガキを利用し、草薙へさらなる追い打ちをかけてやる。、あまり闇の世界を舐めるなよ?世間知らずどもが。」


 そうして思考に踊らされるまま反意の愚家は、黒塗りのBMWから降り立ち群衆へ声が届く場所まで足を運ぶ。想定外の動きをした雇い主に慌てた黒服SPらもすぐに後へと続き――


 そこから大袈裟に広げた両手で、無念をチラつかせた道化の演技で群衆へと解き放った。


「ああ、ご覧下さい……暁の国家で日々の安寧を謳歌する国民方! あの草薙 炎羅くさなぎ えんらと名乗る当主を頂いた者は、あろうことか拉致した子供達を洗脳操作し、あなた方国民に対する盾代わりに使う様です! なんとも嘆かわしい――」

「これこそが過去、国家誕生以来より暗部で社会を自在に操って来た守護宗家と言う存在! しかし全てがそうでない事を、皆様はご理解下さい! 私め天月 烙鳳てんげつ らくほうは、守護宗家の現総元締とも言える彼を法の元罰することにより、その組織を社会に見合った新組織へ生まれ変わらせる所存でございます!」


 口からでまかせとはこの事か。あからさまに、彼へ向けられた群衆の持つネット端末や携帯電話群へ向けて、ここぞとばかりに己の目的を詳らかにして行く。


 巨大機動兵装が街を包囲する状況は、あたかも彼こそが正義と言う状況さえも生み出していた。


「あ、あの天月てんげつとやらさん! 何ふざけた事を……!」


「待てナルナル! ここで迂闊に動けば奴の思うツボだ!」


「そんな……あたし達は自分の意思でここに来たっていうのに!」


 反意の愚家烙鳳の演説は、人生経験の少ない対魔討滅機関アメノハバキリの誇る子供達を戸惑わせる。確かに彼らは意思なき悪意の異形に対する戦い方を身に付けた。が、そこにいる愚家は人であり、社会の中でも理知を持ちて悪意を翳した曲者である。


「これじゃせっかく僕達がここに来ても、炎羅えんらさんが……!」


「どうしよう、おにーちゃん!これじゃぁ――」


「クソがっ! なんで俺らの周りの社会には、こんなくだらねぇ大人ばかりなんだ!」


 その曲者の言葉は、今ここにいる機関の子供達よりも群衆へ及ぼす力は絶大である。それを彼らも理解するからこそ手出しができずに狼狽えた。そんな彼らを他所に、雑居ビル上の狙撃銃が狙いをすます。だが――


 四面楚歌となった子供達を救う声は、愚家へ賛同し、思惑通りに動くかに見えた響いたのだった。


「あの、よろしいでしょうか? 烙鳳らくほうと名乗る方。その演説にはいささか納得がいかぬ所があるゆえ、意義を唱えさせてもらおうかの。」


「えっ……お、おじいちゃん!?」


 群衆の野次をものともしない、張りのある落ち着いた声の主は、なんと穿つ少女音鳴を送り出した彼女の祖父。さらにはそれを皮切りにして、機関にスカウトされた家族に関係者がぞくぞくと声を上げ始めた。そこからこそが、憂う当主炎羅の起死回生の一手。



 であったのだ。



 †††



『おじいちゃん、なんでこんなトコに!?』


「おお、この声は音鳴ななるかの。ふっふ……なんとも立派になったのぅ。これはじいちゃんも、あの炎羅えんらと言う当主様に恩を返しても返しきれん。よく、社会への一歩を踏み出したの。えらいぞ?音鳴ななるや……。」


『……ほ、褒めても何もでないじ……! 褒めても……うん、がんばったよおじいちゃん。』


 柔らかな微笑み湛える初老は娘の勇ましき出で立ちを誇り、それが憂う当主炎羅こそのお陰と深く頷く。家族からは引き籠もりと呆れられようと、祖父だけは少女の本質を見抜いていた。


沙織さおり! そこにいるんだろ、沙織! パパとママは、沙織に本当に悪い事をした! ずっとひとりぼっちで寂しい思いを……そんな事にも気付けないで!」


『うそ……パパ……ママ! 二人は仲が悪かったんじゃ……!』


「違うの、沙織! あなたが大きくなって、私達もあなたとの接し方が分からなくなって! そんな時に生活がとても大変で、共働きでも十分あなたを食べさせていけなくて! でもそんなの言い訳にしかならない――」

「今のあなたを見て思った……! 私達は、とんだ過ちを犯していたって事を! 愛してるわ……沙織!」


『パパ……ママ……あたしもだよ! ずっと二人があたしを見てくれないと思って、それで命まで絶とうと……! でも今は、力なき誰かを守るために生きてるんだ!』


 響く声に、貫きの少女沙織が願って止まなかった両親も混じっていた。それはなんの事はない……現代人が往々にして通る親子の壁こそが、彼女達を引き裂いていたのだ。


 やがて、反意の愚家の言葉で担がれていた群衆が一人、また一人と目を覚まして行く。それは紛う事なく、子供達が己の意思でそこに立つ現実こそが要因であった。


「草薙さん、こんなのは俺が弟を預けられる宗家じゃないぞ? 道化を演じてないで、さっさと弟が惚れ込んだ社会人としての勤めを果たしてくれ!」


『あ、兄貴! こんなとこまで……――』


「なんて声出してんだ、奨炎しょうえん。守るんだろ?力なき弱者を。この地球を襲う異形の存在から。ならあんな、同胞の恥晒しみたいな奴にいいようにされてんじゃねぇ。やっちまえ……俺の誇らしき弟!」


『……分かってんよ。クソ……こんな時でもあのババァはいねぇのか。俺を大事に思ってくれるのは兄貴だけ。ありがとな、兄貴。ホントに……ありがと。』


 先の二人に続き、兄弟でひと悶着を起こした見定める少年奨炎の兄……蒼太そうたが馳せ参じる。己が誇り、信じた弟のピンチを救うため。全てをその一点に込めた彼の言葉は、少年の心を大きく揺るがした。


「おい、坊主! お前さんの友達がここに来てくれてんぞ! さあ……話す事があるんだろ?」


戸来場とらいば刑事さん!? それに……たける、君!?』


「すんません刑事さん。おい闘真とうま、聞こえてるか! すごいじゃないかそのロボット! お前のこと、いろいろ聞いた! 親父さんと、いろいろあったんだってな……でも負けんな! 俺もこの通り元気だ! だから――」

「お前が格闘魂で弱きを守るなら、俺は全力で応援する! だから、さっさと大切な人を救い出しちまえ!」


『ごめんね……そして、ありがとう。本当に……ありがとう。分かったよ……君の応援は絶対に無駄にしない!』


 未だ少し包帯に包まれた体を、車椅子に預けて気さくな刑事に運ばれ現れたのは、贖罪の拳士闘真の暴行で生死をさまよった格闘少年。しかし、拳士の耐え難い苦悩を聞き及ぶ彼は、己が被った怪我など無かった様に笑顔で声を上げる。


 贖罪の拳士にとって、もはやその励ましだけで十分であった。


大輝だいきさーーん! 俺っす、俺達っす! 雪花ゆっかちゃんも……おい、押すなよ!」


「すげぇって大輝だいきさん! なんすかそのロボット! まさか雪花ゆっかちゃんもそのどれかに乗ってんのか!?」


「俺達フォイルは、いつでも大輝だいきさん達兄妹の味方っす。そのでけぇ、そんでもってすげぇロボットで……俺達の分もしっかり気合、見せてやって下さいっす!」


「なんでぇ……すんげぇのに乗ってやがんな大輝だいきよ! まあそりゃいい……お前がいつでも、ウチの職場に戻れる様手は回してっから、そいつでしっかり侠気おとこぎ見せて来やがれ!」


『おにーちゃん、ちーむの人達だよ!? それに、おにーちゃんの職場の棟梁さんが!』


『棟梁……恩に着るっす。それにお前ら、フォイルはしばらく任せる! 俺がちょっと世界を救って来るから、あの禍久みたいなクソ野郎どもから、力無き弱者を守っててくれ!』


「「「了解っす!!」」」


 善意は子供達へ、無限の力を沸き上がらせ、それを目の当たりにした群衆は責める相手を切り替えて行く。まさに今、群衆を扇動し、虚実に塗れた愚行で国家を陥れんとする反意の愚家烙鳳へと。群衆も心の根底まで愚かではなかった。眼前で繰り出された真実が見抜けぬ愚か者は、


「各員、今だ! 天月てんげつ家の私設部隊を一人残らず確保せよ! 国家転覆さえ目論んだ奴等に慈悲など不要……かかれっ!」


「「「了解!」」」


 飛び交う野次が、自分たちを騙そうとした愚家への敵意を剥き出しにする頃。今とばかりに社会派分家宰廉の大号令が飛ぶ、全てが逆転した御家騒動の顛末。


 それを目の当たりにした見えざる刺客が、想定しない状況で焦りを顕とした。直後――



 

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