memory:104 人類の闇、集いて光遮らん

 時間は夕刻も近付き、夏のジリ付く日差しが宗家特区を熱気で包む。その公開公判が行われる場所にはすでに、多くの区民が押し寄せていた。さらには別区どころか、全国より参集する野次馬がごった返す様は、すでに異様とさえ感じられた。


 しかしその中でちらほら見え隠れするのは、反意の愚家烙鳳の息がかかった扇動を請け負う者達の姿である。


「こちらにも各区から続々人が集まっている。かなり広範囲の地方から、ネットのデマに踊らされて集った様だ。」


「上々だな。ここまで集めておけば、草薙の手の者も迂闊には動けまい。だが、こうも簡単にデマで動く民衆……烙鳳らくほう殿の言う国家の腐敗も大概だな。」


 物陰で密かに行動する者。群衆に紛れて、大衆の野次を隠れ蓑にマイクロ通信装置でやり取りする者。もはや日本国家の群衆は、反意の愚家に踊らされるだけの傀儡と化していた。


 そしてその群衆の声こそが、愚家の準備した草薙家の中枢へ大打撃を与える必殺の刃であったのだ。


 情報が光の速さで拡散し、起きた事象が映像と共に僅かなタイムラグで世界へと広がる現代社会の先端技術。その技術を、人類はあろうことか同胞を貶めるために駆使した。もはや先端技術を扱う現代人は、思考的な面に於いて原始人類よりも下等な次元まで退化したも同義と成り果てていた。


 やがて、扇動された群衆の視線の先へ黒塗りの車列が次々と到着し、それに護衛されたバンより、黒服に成りすました特殊部隊員に連行される影――

 草薙家は現表門当主の草薙 炎羅くさなぎ えんらが姿を現した。


 同時に湧き上がる非難罵倒。それが、真っ先に声を上げた反意の愚家の手の者による扇動で火が着き燃え上がる。今まで国家を影で支えて来た者に向けるには、あまりにも残酷過ぎる卑劣な口撃となって。


 それでも……それでも憂う当主炎羅は口角を上げていた。己の逆転を確信しているから。そんな当主を尻目に、公判場所から離れた雑居ビルの上ではスコープ越しに狙う狙撃銃が時を待つ。交錯する両勢力の思惑が、静かに宗家特区を包んで行く頃――


 海上へと舞い上がった討滅の大翼シャルーアは、想定外の妨害に阻まれていた。


 辛くも反意の愚家により占拠された、巨鳥施設アメノトリフネを飛び立った討滅の大翼シャルーアと妹嬢達。だが本土までの道のりに、大した時間を要するはずもない超技術の翼が、まさかの洋上で足止めを食らっていた。それを妨害するのは、反意の愚家が用立てた第二陣……ミサイルフリゲート艦隊の対空砲火群である。


「左舷、シースパロー群が来るでやがります! 全く、こうも空路を妨害されては炎羅えんらさんの公判には間に合わない……奴らの思う壺やがりますよ!?」


「対空防御! 弾種対物爆装でシースパローを撃墜するであります! ゆーちゃん、高度を下げてはいけないでありますよ!? 下げれば、艦主砲とCIWSの一斉射で蜂の巣であります! この機体の対魔防御は、近代兵装に対しては万能ではありませんゆえ!」


「分かったよ、姫乃さん! ウルスラさんはそのまま、シースパローへの対空防御を――」


 勢い勇んで飛び出た討滅の妹嬢雪花であったが、反意の愚家が弄した策の餌食となり孤立無援を強いられる。そこは日本の領海であるが、愚家の艦隊は、本土への到達さえも叶わぬ子供達がそこにいた。


 本来いかなミサイルフリゲートと言えど、討滅の大翼シャルーアと比べれば技術的格差は途方もない開きがある。が、そもそも人類との抗争を想定しない超古代の戦術兵装からすれば、相手が人類且つそれらにより操られる近代兵装である時点で詰んだも同然。万一その勢力を攻撃し、対人類抗争の火種を抱えてしまえば、不利になるのは彼女達であるから。


 まさに希望すら断たれる寸前の彼女達。そこへ――



 想像だにしない騎兵隊が、通信を皮切りに押し寄せる事となる。



 †††



 討滅の大翼シャルーアがフリゲート艦隊の猛攻で洋上へ足止めされる中。その遥か後方本土側より、いくつもの通信回線が乱舞していた。


『こちらアルファ3、ターゲットを捉えた! 宗家方の情報通り、天月てんげつ家とやらのフリゲート艦隊が展開し、我ら日本の誇る希望達が同空域で足止めされている!』


「アルファ1、了解! 実戦のデビュー戦としては申し分ない! 我らは武力だが、戦争で同胞を撃つなどは以ての外! 世界を守る救世主を護衛する事こそ我々……海上自衛隊の本懐! 各機散開……シースパローは全弾叩き落として構わんが、フリゲート艦は沈めるな!」

「奴らには国民として、己の仕出かした罪の尻拭いをしてもらわねばな! では各員、胸のエンブレムに誓って救世主たる子供達を援護せよ!」


 それは航空軽母艦より緊急出撃した、海上自衛隊が誇るステルス戦闘機隊の回線。しかもその母艦、軽空母へ改装された次世代航空防衛艦〈叢雲そううん型〉の壱番艦〈叢雲そううん〉を旗艦とした、ミサイルフリゲート艦隊数隻よりなる護衛艦隊であった。


 叢雲そううんは自衛隊の宗家派と、守護宗家内の草薙 炎羅くさなぎ えんら擁護派による共同開発にて生まれた特務軽航空母艦である。今後世界へと訪れる魔の異形との戦いに対して、先手を打つ形で建造されたそれは、随所へ古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーを盛り込んだ準超技術艦の扱いとされる。


 当然そこへ艦載されるF−35も、その技術によるオーバーチューンが施された対魔防衛も熟す先進機。固有名称を〈F−35X アマツ・フツノミタマ スーパーファイター〉と銘打たれる機体であった。


 すでに発艦したステルス機部隊が編隊を組み、愚家傘下の艦隊を狙い定めるやフレアを撒き撹乱する。その勇猛なる姿は正しく、戦地へ赴く戦乙女ヴァルキュリアを護衛する騎兵隊そのものであった。


「こ、これは!? ゆーちゃん、シャルーアへ通信が届いてやがります! しかもこれは……海上自衛隊!?」


「自衛隊さん!? 繋いで下さい、ウルスラさん!」


 進退窮まる討滅の妹嬢雪花へ飛ぶ通信。それはなんと、草薙派に準える自衛隊勢力。現在旗艦として海洋へ推参した、軽空母よりの物である。


『こちらは海上自衛隊、宗家護衛艦隊所属。艦隊指揮官の工藤 望くどう のぞみ 二佐です。お待たせして申し訳ありません、お嬢様方。』


「く、工藤 二佐と言えば…… !?」


参骸さんがい一佐の娘さん、ですね?お噂はかねがね。しかし一先ず何を置いても、ここを我らに任せて。あなた方が、信を置く当主様の元へお急ぎ下さい。』


 その通信回線を投げかけるのは女性。艦隊指令すらも拝命されるその名は、自衛隊が日本海軍時代……世に知られぬまま忘れ去られる所であった勇猛なる伝説残す英傑の性。、〈駆逐艦艦長の血統次ぐ女傑、工藤二佐からのものであった。


 その名を知る自衛官娘姫乃が声を上げ、そこに彼女の父さえも噛んだ事を伺わせる言葉が返される。ならば彼女達、対魔討滅機関アメノハバキリの誇る希望が取るべき行動は一つであった。


「工藤さん、ここをお任せします! ゆーちゃん達はすぐに、本土の宗家特区へ向かいますので!」


『はい、ご武運を。』


 ショートボブに切り揃えられた、大人らしさと厳しさの中へ優しさ宿す視線へ一礼した討滅の妹嬢は、自衛隊航空機支援を受けて不逞艦隊対空防御を抜けて行く。それを見送る対魔空母艦叢雲より、指令二佐が大号令をかけた。


「上がれるF−35Xを全機上げて、彼女達を全力支援します! フリゲート艦隊は、叢雲そううんを中心に輪形陣! 敵艦隊へ艦砲射撃とCIWSで牽制を! 地球を守る救世主達に、負けぬ奮闘を見せてみなさい!」


『『『イエス、マム!!』』』


 その大号令へ、自衛隊らしからぬ復唱が返され次々と、対艦装備を纏った対魔の翼F−35Xが舞い上がって行く。さしもの不逞艦隊も、自衛隊の本気の迎撃を受ければ足を止めざるを得ず――

 速度を増した討滅の大翼シャルーアは、洋上から高度を下げつつ日本本土へ。



 彼女達が何よりも信を置く、憂う当主炎羅奪還のために気炎纏い大気を切り裂いて行った。

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