memory:101 その刃、潜めて義翳す時まで雌伏せよ
本土へ向け、
独房へと繋がるモニターから、僅かに口元を上げた愚家が言葉を投げた。
『ずいぶんと大人しく従ったものだな。それでも草薙を代表する当主か? ああ失礼……お前は、宗家の純然たる血統宿さぬ俗世民上がりだったな。戦おうにも、相手が御家に仕えた元特殊部隊となれば足元にも及ばないか。』
「そんな事は、お前に言われなくとも分かっている。オレは所詮俗世上がり……ハナから宗家に準えるお歴々の懐刀に、武力で敵うなどとは奢っていないつもりだ。」
『口が減らぬ所も相変わらずだな。武力がない代わりに、その口で成り上がるとでも言わんばかり……そのお歴々とやらが気に食わぬと漏らすのも理解できる。』
しかしやり取りが示す様に、武力が無い代わりに憂う当主は知略に加えたあらゆる知見を口撃に変える、御家旧体制に変わる新世代。故に、古き体制へとしがみ付く一部の古株から煙たがられるのが、彼と言う存在である。
それを皮肉る反意の愚家は、そんな会話を片手間にすませてモニター画像を切断し、音声のみで憂う当主へと忠告を促した。
『それもここまでだ、
『正義が法を守る事さえ、偽善面した者によって晒し上げられ、悪行を悪行と思わぬ愚か者の醜態ばかりがネット画像で世にばら撒かれる。それを取り締まる法に至っては、腐敗した一部の政権所持者に歪められ、それらに餌付けされたマスコミにより事実が歪曲され世に広められる。この様な愚行が修正されぬ限り、国家が崩壊を見るのは遠くないだろう。』
まるで己の行為を蚊帳の外置いた様な物言いで、ツラツラと傲慢な音声のみが独房へと響き渡る。それを耳にする憂う当主も、視界に映らぬ存在の意図を図る様にモニターを睨め付けていた。
それは御家に属する者、そこから外れた者とが繰り出す口撃の応酬である。心理を揺さぶる口撃で、憂う当主の心が次々言葉の刃に晒されているのだ。口撃に屈すれば、如何な権威を持つ者も内に秘めた醜悪な部分を曝け出す。人類が獣より進化した霊長類であり、動物と同じカテゴリーに分類される生物でしかない故に。
霊長類とは、霊的に高度進化した大脳と言うギフトと、その根幹へ宿す抑える事のできない獣の本質を併せ持つ生命なのだ。
「……言いたい事はそれだけか?
言いたい放題の反意の愚家は、それだけで憂う当主を揺さぶったつもりである。だが……そんな他人の揚げ足取りだけで、動揺する憂う当主ではなかった。
引きこもり娘を世界へ一歩踏み出させ、命を断つ寸前の少女を救い上げ――
己の能力で振り回される少年へ居場所を与え、謂れなき武力で他者を虐げてしまった少年拳士へ償いの場所を与え――
健気に今を生きんとする兄妹を、社会の闇から助け出した男はニヤリと口角を上げた。響く口上の裏にある、反意の愚家が現在宿している本性を悟った様に。
そこからパタリと止んだ戯言を最後に、日が暮れて行く。そして愚家擁する私設部隊は湾の入り口へ。
日を置かず開始される、
†††
その上、異形発生を観測するための司令室業務さえ封じられた事態には、機関員みなが動揺を隠せずにいた。
「あなた方の、上からの命令である事は承知しています。ですが、異形発生を感知できれなければ、ここにいる者は真っ先に、異形の餌食となるのですよ? それでもよろしいのですか?」
「黙っていろ、女。我らは天月家の指示がなければ動く事叶わぬ。それまで我らの監視下で動け。」
数カ所ある小ミーティングルームへ軟禁され、普段生活もままならぬ機関員を
虚しく返される拒否の言葉。だが、それは一兵卒が持つ組織へ向けた忠誠度に団結力を図るカマかけでもあった。
「
『疑うんじゃにぇえ。これはシュリリンたんが作った特製傍聴通信端末……ASMRでもしっかり拾い上げる特別製だにぇ。』
「うわわっ……囁き声で耳がゾクリとしたぞ(汗)。えーえすなにやらに都合いいのはともかく、俺達は準備いいぜ?シュリリンたんさん。」
申し訳程度に男女別とされている点以外は、ほぼ配慮無き軟禁の中。密かにやり取りするのは
「それにしても、あの
「その
「分かってんよ。俺達はあくまでパイロット……相手はヤベェ特殊部隊で、手も足も出ねぇ。だからこそ全力でストラズィールへ走って、後は宗家の大人達に任せる……だな。」
『こっちもOKだよ。ナルナルもちゃんと走るくらいはしてよね?』
『……途中で行き倒れたら、私の屍は踏み越えてって下さいサオリーナ。』
『冗談でもそういう事言わない(汗)。』
すでに数時間を超える軟禁が続くが、それを耐え凌ぐ子供達は諦めの心など持っていなかった。そこに宿すは、自分達が返しても返しきれない恩義を抱きし存在を救うと言う、たった一つの覚悟が等しく貫かれていたから。
そしてそれを好機と襲い来る異形に、決して好き勝手などさせないという気概以外の何物でもなかった。
軟禁されるパイロット達が息巻く一方。作戦合図と共に、いの一番で動く算段であるシャルーアチームが機体内で息を潜める。施設からの動力ケーブル全てを切断し、補助動力で灯る非常灯の中集まり、携帯食を頬張りながら時を待っていた。
「ウルスラ、この自衛隊用携帯食は美味であります。姫リーナ達が真っ先に動く作戦……それまでに、腹を満たして置かねばならないでありますから。」
「カロリーマイツと何が違うで……あ、旨いでやがります。しかし思い切りやがりましたね。ゆーちゃんを食堂の配達員に仕立てての配膳で、こちらへの移動を熟すとは。」
「特殊部隊の様な者相手ならば、簡単に
「固定概念の裏をかく、発案者のゆーちゃん自ら機転を利かした必殺の策……しくじる訳にはいかないでありますね。」
食事配達に監視が付く事を逆手に取り、第二格納庫への秘匿連絡路が存在する通路経由で、配膳担当に扮した
「おい、小娘。さっさと配膳をすませろ。こちらは監視任務――うげっ!?」
「おうおう、汚い悲鳴じゃけ。おい
「はい、問題ありません。零善おにーちゃんも、ありがとうございます。」
「お……おいおい、嬢ちゃんワシへおにーちゃん呼びはよさんけぇ(汗)。そないな歳やないけぇ。」
「でも、おじさんって呼べるほどの外見ではないですよ? それに
「……調子狂うのぅ。まあええわ……急ぐけぇ。」
天月家が準備した私設部隊の練度は、確かに自衛隊や他国の特殊部隊並を誇る。だがそれでも、存在していないはずの人間を気取る事はできなかった。暴君分家の鮮やかな襲撃が見事ハマリ、大層な特殊武装服までもが仇となり不逞の優勢が覆って行く。
その中にあって、子供達は静かに……しかし怠り無く反撃の刃を研ぎ澄ましていた。
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