memory:100 研ぎ澄ます剣は、誇り高き子供達

 対魔討滅機関アメノハバキリが、事前に情報を会得・対応に急ぐある日の太平洋上。突如異変は訪れた。


 それは巨鳥施設アメノトリフネ周辺海域で、異形の魔生命デヴィル・イレギュレーダとは全く異なる反応を検知した事で始まる。さらにその反応は、あろうことか施設に対する警告を発信して来たのだ。


炎羅えんらさん、周辺海域へ複数の艦影を感知した模様! それも……照合結果、艦影はと……そんな事が!」


「ミサイルフリゲート……!? 御矢子みやこ、周辺海域へソナー探知急げ!」


「そ、ソナーですか!? 了解、周辺海域へソナー探知開始します!」


 施設司令室へ緊張が走る。ポニテ姉ウルスラ討滅の翼シャルーアのサポートに回った事で、分家教師御矢子が変わってレーダー管制等へ従事する最中。そこへ異形の魔生命デヴィル・イレギュレーダを相手にして来た日々が、嘘の様な事態が到来していた。


 さらに、艦影がミサイルフリゲート艦と察するや憂う当主炎羅が指示を飛ばす。彼の思考へ走る、不穏への警戒が最高まで跳ね上がり、そこで想定される戦力を即座に洗い出していたのだ。


 間もなくそれが、揺るがぬ事実としてモニターを占拠する事となった。


「……っ!? 炎羅えんらさん、これは……まさか奴らはこんな物まで用立てて――」


宰廉ざいれんから情報は得ていたが、ここで実戦投入して来るとは! この戦力で、イレギュレーダを相手取る事など出来はしない……しないが、! 戦略原子力潜水艦……ふざけた物を準備したな、天月てんげつ家!」


 放たれた言葉へ、司令室で状況を把握した全ての機関員が戦慄した。それは本来日本国でさえも所有を禁じられている。用いられ方によっては人類の社会を脅かす兵器。否――


 すでに、


 だがそんな戦慄へ、さらなる戦慄を上乗せする声が宗家秘匿回線で響き渡る。本来宗家内の勢力でやり取りする暗号通信のそれを、事も無げに使用する時点で正体は明らかであった。


『これはこれは、日本国特務機関へ昇格されたアメノハバキリ方、多く語らずとも知る所だろうが……我が名は天月 烙鳳てんげつ らくほう。かつて宗家傘下の一角であった、天月 源清てんげつ げんせい率いる御家の成れの果て、だ。ああ……ここに訪れた理由も察しがついていると思うが――』

『なかなか驚いたぞ? わざわざステルス艦まで準備したと言うのに、対人類用の警戒網がここまで穴だらけとは。』


「御託はいい。烙鳳らくほう……。それには流石の日本国政府も黙ってはいないぞ?」


『くくっ……お前のそういう切れすぎる頭脳が嫌いだよ、草薙 炎羅くさなぎ えんら。ご明察……すでにお気付きの通り、そちらを目標に捉えている原潜二艦には、戦略核弾頭搭載の対艦弾道ミサイルを装備している。あくまでそちらの動きを牽制するものだがね。』


 司令室モニターを占拠する男は、憂う当主とさして変わらぬ年代ながら、双眸へ途方も無い野心を宿す曲者である。が、薄いグレーのジャケットを悠々と羽織るその出で立ちは、とても先代を討たれた復讐に動いているとは言い難い雰囲気を醸し出す。


 そして――

 その時彼から宣言された言葉を皮切りに、対魔討滅機関アメノハバキリの長い一日が始まる事になる。


『残念だが、我らもあの異形共の餌食になるのはごめん被る所。こちらの要件を速やかにお伝えするとしよう。草薙 炎羅くさなぎ えんら……お前はこれよりこちらへ投降し、民の面前にて法の裁きを受けるがいい。罪状は分かっているな――』

『国家の未来たる子供達を拉致監禁し、巨大機動兵装などと言うもののパイロットに仕立てて使い潰すと言う、非道なる仕打ちを始めとした諸々の、だ。』



 その一部始終を、止めどない憤怒宿し聞き及ぶ子供達がいる中で。



 †††



 巨鳥施設アメノトリフネへ不逞の輩が迫る僅か前。奇しくも子供達への、今後に於ける最終確認を取る会話がなされていた。


 司令室へ詰める憂う当主炎羅おもんばか聡明な令嬢麻流と、事態対応に動く勾玉の当主伯豹。加えて……反意の愚家烙鳳の情報範疇には存在していない者――暴君分家零善を中心とした大人側の構成でのやり取りとなる。


「すでに天月家あちらが動いているであろう状況を鑑み、最終確認を取っておきます。あなた達はこれより、あの不逞が訪れ炎羅えんらへいかな言葉をかけて来ようと耐え凌ぎなさい。本土の宗家機関に政府の宗家派も必ず動きます――」

「が、非常事態に備えて零善れいぜん殿を護衛に付けます。彼の存在は、宗家内部でもほんの僅かしか知らぬ故の人選。パイロットとそこに関わる者以外の機関員は、伯豹はくひょう殿を中心に彼らへ従う算段で。くれぐれもしないように。」


 冷静な面持ちで語る聡明な令嬢。それを驚くほど素直に聞き入れる子供達がそこにいた。それは至極当然……自身の最愛の夫が、危険極まる策の渦中へ飛び込むのを、黙って見ているしかない女性がそこにいるから。草薙 炎羅くさなぎ えんらと言う存在を大切に思うのと同じぐらいに、鞘守 麻流さやもり あさると言う女性もまた、子供達にとって掛け替えのない家族であるからだ。


 己の感情を律し、今後の詰めを進めて行く聡明な令嬢。それから程なくして、子供達は解散となり各員は第二種警戒待機へと移っていた。


 その彼らが待機中――

 巨鳥施設アメノトリフネでも特秘区画となる最深部へ降りた二人が、いつもなら犬猿の仲で言い合う問答さえ押し殺してのやり取りを成していた。


「奴らがここを容易く使用できない事は、観測者権限事項からも確認済みだ。だがそれ以前に、施設の機能不全を異形に狙われれば、この地球は簡単に深淵の餌食となる。」


「当然じゃけ。あのクソボケ共はそんな事すら分からんけぇのう。じゃが、それを指を加えて見とる訳にはいかんけぇ。ワシらでそれなりの対応は、しとかんとのぅ。」


 暴君分家が口にした不仲が嘘の様な会話。それは一重に、自分達が絶対の信を置く男に対する畏敬の念から来る同調である。憂う当主へ降りかかる火の粉あらば、その身を以って払うとの覚悟さえ宿す程の。


 最深部となる場所で、互いの役目を擦り合わす宗家の懐刀達。だが――

 他に存在していたのだ。


「ストラフォートレス シャルーア、準備は良好か? その第二格納庫は、正規のやり方で存在を判別するのは困難だが、機体の起動タイミングによっては外の原潜に探知される恐れがある。指定した合図のあるまで、そこで待機だ。いいな?」


『了解であります、伯豹はくひょう殿。ゆーちゃんがこちらに到達するまで、自分達は待機であります。』


『こっちも準備完了でやがります。せっかくの有事に有効な海中出撃が、厄介な原潜のせいで利を削がれるでやがります。あちらの戦闘能力はともかく、こちらの存在を悟られるのがネックでやがりますからね。』


「それだけ理解しとりゃ上等じゃけ。すぐにパイロットのガキ共は動けん……ならあとは、そちらに任せるけぇの?。」


 それは言わずと知れた対魔討滅機関アメノハバキリの有する子供達。ストラズィールシリーズへ搭乗する事を宿命付けられたパイロットにサポート陣営だ。だが彼女達は、聡明な令嬢よりとの指示を受けている。の、はずである子供達へ出撃準備を整えさせる――


 そこには、令嬢が発した巧妙な暗号話術から来る指示が生きていた。


麻流あさる嬢は確かに、君達へ早まった真似をせぬよう釘を指した。が、あれは天月てんげつ家の通信傍受の可能性を鑑みた、言わば暗号電文。前情報にて朱吏々しゅりりが確認したデータでは、奴らの持つ技術ではこちらの司令管制の中枢まで掌握できないのを把握済み――」


「ならば君達へ、草薙が誇る二人の司令塔からの指示を代行させてもらう。早まった真似をしない様、。」


「カカッ、ものは言い様じゃ! 確かにそれは、早まった真似じゃないけぇのぅ! 指示の元計画的に動くならば、早まって詰む様な事にはならんけぇ! ここには宗家でも、暗部事案を幾度も経験して来たワシらがおるんじゃ……気張れやガキンチョ共!」


『『はいっ!』』


 天月てんげつ家は紛う事無き、現代社会に於ける巨大国家の防衛組織並みの武力と組織力を有する危険分子である。しかしそれは、あくまででの話であった。


 暴君分家の言葉通り、裏で巻き起こる巨大霊災に関わる暗部事案は、そんな物を軽く凌駕する極めて危険なミッションである。それを国家が形成されてから今までの長きに渡り熟し、守護を成し続けたのが三神守護宗家であり、その新進気鋭が彼ら機関の大人側勢力なのだ。


 程なく、巨鳥施設アメノトリフネ周囲へ陣取るミサイル・フリゲート艦から、複数の小型艇により天月家特殊工作員上陸を許した状況へ。そこへ両手を上げて歩み出る憂う当主と、工作員になすがままにされる機関員達がいた。一切の抵抗を行わず――



 チャンス到来時に最大の動きが出来るよう、反撃の牙を研ぎ上げながら。



 †††



 施設中央塔の先端へ、霞の如く現れた偉大なる魔の存在。その双眸へ映る一部始終は、その存在へ想像を絶する憤怒を宿させた。


「彼はボクの様な存在を友として扱ってくれた。それはこの数万年の時を振り返っても、かの光との大戦以外には経験した事がない。あの光の勢力へ異を唱えた最高位熾天使セラフ……ルシフェル以来の親友、草薙 炎羅くさなぎ えんら――」


「その類まれなる尊き存在を貶めると言うなら、人類の底辺の底辺……愚物たる天月 烙鳳てんげつ らくほうとやらには相応の報いを受けてもらうしかないよ。」


 憤怒がやがて、誰にも気付かれない高次元にて猛烈に収束し、異形の気配を創造して行く。しかしそれは、対魔討滅機関アメノハバキリの索敵にさえかからぬ力に包まれていた。愚かなる人類へ鉄槌を下すため。



 己を大切な友人として慕ってくれた者へ、――

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