memory:99 海原を切り裂く、天月家海上私設部隊

 夜明けを待たずに、それは動き出した。

 海洋航行を可能としているが、そもそも鈍重な速度であるメガフロートドックから、数隻のステルス・ミサイルフリゲートが錨を上げて出向した。さらに海中側では、二隻の潜水艦が随伴する。


 天月てんげつ家が準備した戦略原潜、黒龍こくりゅう轟龍ごうりゅうである。


「錨上げ、全艦ヨーイ良し! 出向、前進微速!」


 海中へ人類が生んだ強欲の権化を従え、偽りの護衛艦フリゲートブリッジに陣取るは天月 烙鳳てんげつ らくほう。付き従う不逞な自衛官魁静率いる一同を一望し嘲笑を漏らしていた。


「海上保安庁内部には、あらかた根回しは済んでいる。この日本領海で今、我ら海上部隊を抑えられる者は皆無だ。万一を鑑みての航路……それを踏まえても三日は要する所だが、大方計画通りに奴らの本拠地へと到達できるだろう。ああ――」

「奴らが有する異形探知へのハッキングは怠るな。航海途中であの化け物どもに襲われてはかなわんからな。化け物の相手は後回し……我らがあの、アメノトリフネとか言う古代施設掌握がなってからだ。ククッ……。」


 不逞なる笑みの底には、かつて御家が受けた無念への復讐などという感情は皆無の愚家棟梁烙鳳。その言葉の端々から、己の欲望に忠実に生きる醜悪さが伺えた。


「黒龍及び轟龍は正常に運行中との事。その……。が……本当によろしいのですか?」


 そこへ状況確認を発した不逞な元自衛官であったが、己が口にし、実行した言葉には流石に戸惑いを隠せずにいた。


「言っただろう、それはだと。そんなものを撃てば、我らが後々有効利用せんとする機関にまで甚大な被害を被るからな。奴らもそれは理解の範疇だ。ただ、それ以降であの機関の誇るロボットだかなんだかが出張るなら容赦などない――」

、我ら天月てんげつ家の正当性を知らしめるデコイにでもなってもらうさ。」


 並ぶ言葉のどれもが傲慢で、卑劣にして陰惨極まる男は歯に衣着せぬ物言いを崩さない。それを耳にした元自衛官は、「了解しました……」と答えると深々と帽子を被り視線を隠した。、愚家棟梁に悟られぬ様に。


 そうして海上を悠々と進む愚家棟梁の私設部隊は、彼の口にした通り国家が異常に際し、動かすはずの海上保安庁の気配無き航路を進む。目指すは草薙 炎羅くさなぎ えんらが託された希望。対魔討滅機関 アメノハバキリ本拠地である。しかし――


 その愚家の行動は、同時刻にある権威者達の元へと伝わっていたのだ。


天月てんげつ家が動いた模様です、聖眞ひじりま長官。そして情報通り、奴らの息がかかった海上保安庁員による存在隠匿を確認。それに――」


「ああ、聞いているよ鼓原つづみはら幕僚長。そしてこちらでも嫌な情報を入手した所。あの天月てんげつ家がこうも簡単に動きを早められる要因である、裏で繋がった人物に辿り着いた。――」


「……それは加乃下かのもと 元長官の事、ではないですか? やはりきな臭いと思っていましたが……これは国家の威信に関わる事態と察します。」


「うむ……守護宗家はほとほと、現代へ蔓延る事なかれ主義にしがみつく者に嫌われている様だ。その宗家によって、これまで巨大霊災から幾度も国家が守られて来た事実も知らぬ者達にな。」


 官邸の一角に存在する極秘施設で、恐れていた事態到来を知らせる幕僚長幸尚。その言葉と、別ルートから飛び込んだ案件が指し示す危機を悟るや、苦虫を噛み潰した表情の現防衛長官清宮


 その会話を挟み思案した現防衛長官は、すでに決定した法案に基づく動きを幕僚長へ向けて指示する。可及的速やかな実行のために。


「これより君たち自衛隊は、すぐに動ける有志を引き連れアメノハバキリへの協力のために動け。装備に設備もありったけを総動員しろ。さらにはこの本土で起きるであろう、草薙家を狙う天月家勢力……そこへ宗家勢力に加えた、国家警察との連携連絡の元に事態へ対処だ。」


「はっ! これより、有志協力の元対応に当たります!」



 その日を境に、日本国を揺さぶる動乱が訪れようとしていた。



 †††



 その日も公爵級デューク・デュエラ男爵級バロン・ガングの襲撃は確かにあった。

 だがそこから驚くほどの敵兵力減少が始まり、ストラズィールを三機も出撃させればお釣りが来る戦果を上げる事ができた。が――


 それは同時に、嵐の前の静けさの様に思えてならなかった。


 当然子供達にもその疑問は過ぎっていた訳だが、施設突貫作業から二日経過した施設内では、それどころではない感情の爆発が包む事となっていた。


 事は今後への対応と、パイロットである子供達を集めたミーティングルームから。


「それってどういう事ですか?炎羅えんらさん。場合によっては、私達も黙ってはいられません。」


 珍しいほどに最初の啖呵が冴え渡る音鳴ななる君。ハバキリ内の子供達でも、特定の面に能力が特化した彼女は、朧げながらにオレが口にした言葉の裏を察していた。


「ナルナルに同感だぜ。今後万一、天月てんげつ家がこのトリフネを襲撃……の下りは、いろいろ聞いて耳タコだけどよ。そこでってのが納得いかねぇ。」


 次いで、他人の言葉から相手の本質を察する事の叶う奨炎しょうえん君が、音鳴ななる君の言葉を理詰めで補完して来る。実質この機関でも、現場指揮を任せられるほどに切れる頭脳と洞察力を持つ彼を言いくるめるのは、すでに無謀がちらつき始めるほどだった。


「それ、私達も納得がいきません! なんで炎羅えんらさんが……!」


「落ち着いて、サオリーナ。けど……流石に今回ばかりは、ボクもあなたの言葉に賛成しかねます。」


 そしてこちらは、頼もしき義理人情が身に付き始めた沙織さおり君に闘真とうま君。彼らはまさに、この機関へ命に人生を救われた立場で、それに対する恩義は相当であるのも実感している。だからこそ、オレの言葉に一つ返事で頷く事などできないと理解していた。


「おにーちゃんやおねーちゃん達の想いも分かります。けど……これって何かあるんだよね?大輝だいきおにーちゃん。」


「ったりめぇだろ。おい、お前ら雪花ゆっかの言う通りだ。少し頭冷やせ。で……それをこれから話してくれんだろ?炎羅えんらさん。」


 そこへ来て、子供達でも一番社会面で人生経験豊富と言える兄妹が、場を鎮めにかかるのは本当に素晴らしい成長と歓喜さえ覚えたものだ。彼らは当然、それぞれ得意もあり不得意もある。それを補い合う事ができるのは、正しく人としての真っ当な成長だからだ。

 すでに彼らは、オレ自身にとっても掛け替えのない家族となっていた。だから――


 だからこそオレは、彼らへその事実を告げて置く。オレが背負う途方もない重き定めの一端を。


大輝だいき君もすまないな。彼も言った通り、少しだけ落ち着いてオレの話を聞いてくれるかい。恐らく天月てんげつ家は、オレと……そしてオレが賜る事となったこの機関施設の、実質的な権利譲渡を要求して来るだろう。そして――」

「当主の座から引き摺り下ろすために、君達の命保証を条件に法の元への出頭を提示して来るのは想像に難くない。これは草薙家が行う超法規活動の、すでに時代に合わなくなってしまった点を逆手に取った、彼らの描く用意周到な策略だ。」


 超法規活動――

 それはいにしえより、巨大霊災を相手にして来た守護宗家の専売特許にして、国家のあらゆる縛りを超越する活動を指す。しかし現在は巨大霊災の大半が、表では成りを潜め闇の中で増殖・肥大化を続けている状況。けれどそれを、明確且つ論理に基づいて社会へ説明しなければならない世代へと移った現代いま、なんでも超法規活動と言ってまかり通るものではない。特に、


 眼の前さえロクに見ようとしない現代社会は、霊災対応の必要性を説明する事さえ困難なんだ。


 オレの語る言葉で絶句する子供達。彼らの恩義を感じるからこそ、その視線が痛くてたまらない。そんな空気を察してか、すでに嫌われ役が定着して来た伯豹はくひょう殿が敢えて言葉を呈す方向に動いてくれた。


「奴らは草薙家の転覆と、そこにある古代技術そのものの独占を狙っている節がある。古代技術に関しては、当主炎羅えんらがあの観測者より託されたもので、そう易々と奪えるものではないが――」

「ここで彼が下手に抵抗すれば、奴らはここぞと言わんばかりに手回ししているであろう国家権威を振り翳して来るだろう。あちらに、元官僚が付いていると言う噂まであるぐらいだ……今も異形の脅威に晒される現在、国家を敵に回して事態悪化を招くのだけは避けねばならない。それが彼の、白旗を上げ敵方へ下る経緯だ。」


 伯豹はくひょう殿の気迫と、突き付けられた現実に言葉を失う彼ら。確かに子供達は、敵に回った大人達に苦しめられて来た。だがオレ達大人……――



 社会の規律と国家からの目と言う、巨大なシガラミと戦い続けていたんだ。

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