memory︰98 小さな輝き集うアメノトリフネ

 緊急会議ともいえるそれを終えたボク達は、それぞれの学生ルーティンを熟しつつ、その間に対策となるあれこれのためバラバラに駆り出される事となっていた。けれどもう、絆繋いだ家族宣言をした様なもの……当てられた仕事へ文句をつける者は誰もいなかった。


「このアメノトリフネに、天月てんげつ家の手引きによる万が一があった場合の対応……か。人間ってなんで、危機が迫る中でも争いを止める事ができないのかな。」


 ボクの担当は、トリフネ施設に内包されるロスト・エイジ・テクノロジー上の物理制限解除。霊量子イスタール・クオンタム的解除の後必要な生体認証解除の役目を奨炎しょうえん君と共に任されていた。


「……闘真とうま、唐突な哲学的命題来たな(汗)。けど、俺もなんとなく分かるわ。俺達は未だイレギュレーダとの戦いの最中。けど天月てんげつ家ってのはそんな事お構いなしに、このトリフネへちょっかいかける気満々だろ? 頭イカれてんじゃね?」


 思わず溢れた言葉に反応する奨炎しょうえん君は、やはり頭脳明晰で切れる思考をしていた。それこそ家庭の事情さえなければ、良い大学を出て専門分野で活躍もできただろう。その点でも、彼を信頼するには十分過ぎる所でもあった。


『うぉい! おめぇーらちゃんと、シュリリンたんの指示は聞いてるんかぁ!? その物理解除システムは、二人が息を合わさねーと開かにぇーんだよぉ! しっかり呼吸を合わせるにぇ!』


「うおっと、激おこだ。さっさと済ましちまおうぜ。」


『やべぇねーさんってシュリリンたんの事ぉ!? でゃまれよぉ、オメェ!』


『そうです、でゃまれよぉ!』


「ナルナル便乗してるし(汗)。そうだね、さっさと済ませよう。これ以上刺激したら後が怖いよ……。」


 施設の生体認証は、この時代のストラズィール搭乗の叶った子供達の物である事が必須と聞いてる。その経緯から、成人未満で生物学的にロボット操縦を成せる世代と言う制限の中、選ばれたボク達。なるほどどうりで、大人達が安易にシステム掌握できないのだと納得がいった。


 きっと炎羅えんらさん達の様な、素晴らしい方々ばかりじゃないのが今の現代社会であり、そういった人間の持つ負の面にいにしえの超技術を奪われない様にするための厳しい制約なんだ。ボク達の様な子供であれば、まだ人生の修正が容易であると言う面も少なからず含まれているんだろう。


 今まで考えた事もなかった思考に占拠されるも、生体認証は速やかに進める必要ありと、巨大な設備の前にある古代超技術の光り放つ承認ウインドパネルへと手を置く。


 後方では、が到着を見た途端に静かになった一鉄いってつのおやっさんが、モクモクと作業にふけってる。これはシュリリンたんさんの高速システム掌握能力が、彼の職人魂へ火を点けた感じかな。苦言も辞さない所だけど。


「でもこんな交流がいつまでも続けば、きっと楽しいんだろうな……。」


「んあ? 何か言ったか?」


「ああ、ごめん……なんでもない。すぐこれを終わらせよう。」


 そんな非日常の、和やかに刻まれる光景を他所にポロリと漏れた言葉は、きっとボクにとっての成長の証。自分が今まで味わって来た苦しみが、心の底から払われて行く様な感覚と共にそれを感じていた。


 だからこそボクは、解除パネルへ手を添えた時決意したんだ。こんな日常を脅かす脅威があるなら、その時こそこの技を、そして拳を正しき事に振るうと。ボクを心配してくれた友人と、父さんの誇りにかけて。



 けどそんな想いが、僅か時を置いてまさか同胞へ向けられる事になろうとは予想もしなかったんだ。



 †††



 おにーちゃんにおねーちゃん達が、トリフネ施設各所でのアップデートに駆り出されていた時。シャルーアの機体調整を終えたばかりの私は、沙織おねーちゃんやウルスラさん達姉妹と共に、皆さんへ食による支援をするため食堂へと陣取っていました。


「……あの、御矢子みやこさん? これは流石にあたしも想定外っぽい(汗)。」


「こればっかりはサオリーナに同感でやがります。まあウルスラ達は、すでに周知の事実でやがりますが。」


「ですの……。確かに現在、アメノトリフネ内では人員不足による任務兼任が必須の状況でありますが――」


「そこのお嬢方、愚痴っている暇があるなら手伝え。トリフネアップデートのために人員が割かれている今、手空きの人員を余す時間はないと思え。」


「あの……伯豹はくひょうさん、ギャップが大変な事になってます(汗)。」


 の、ですが――

 その私達へ、まさかの想定外が襲っていたのです。なんと機関大厨房でたすき掛けと共に、先の厳しい視線のまま炊きたてごはんを手に取るや、こんまりとしたおにぎりを握り続ける伯豹はくひょうさんの姿があったのです。


 何が凄いって、当然ギャップも大変な事になってるのですが、塩加減と豊富な具材にごはんの適切な配分に加え、ふんわり柔らかでいながら手にしても崩れないほかほかおにぎりが整然と、あっという間に大皿へ乗せられて行く光景。しかもどう見ても、ただのおにぎりではない至高の絶品が、高級料亭の食事の如く生成されていたのです。


 目を疑うとはまさにこの事でした。


「さあさあ皆、伯豹はくひょう殿の気が立ってない内に手伝いに入った入った。彼が……もとい、使。」


「それってどういう――」


「サオリーナにゆーちゃんは知らないでやがりますから、ウルスラが説明するでやがります。あの方の社会に於ける体裁は、でやがります。」

「調理師免許に栄養士資格所得は当然で、それでいて他人のあれやこれやにうるさいたちの人間が厨房に立てば……分かるでやがりますね?」


「あ〜〜(汗)。今の施設は人手不足だもんね。いろいろ理解したよ、ウルスラおねーちゃん……。」


「……宗家って、イロモノ集団っぽい。」


 ウルスラおねーちゃんが言う事には、つまりそういう事なんです。語彙力がなくなりそうですが、とても凄い板前さんの出生で、相手構わず諫言かんげんを飛ばす伯豹はくひょうさんが、人手不足で厨房に立った結果がこの状況……って事なのです。


 イロモノは確かに聞こえも悪いけど、言い換えれば特定の能力に特化した精鋭が集結してるのが守護宗家であり、きっとその誰もが協力を惜しむのをいとわない。


 それこそが、草薙 炎羅くさなぎ えんらと言う当主様が率いる現代の守護宗家……と言えるのです。


「あなた達ならば気付くでしょうけど、これこそが炎羅えんらさんの目指す未来の宗家の形。けど彼は、それを良しとしない反意あるかつての同胞に狙われている。それが、私達宗家の内状と言う訳です。」


 そんな私の思考を察した御矢子みやこさんがアルコール消毒の後、渋々大きなIH釜から片手分のごはんをラップ広げた手に取りつつ、声のトーンを落として説明してくれます。炎羅えんらさんを慕い、彼の目指す未来を賛美しながらも、結果置かれた状況へ憤りを乗せる様な声音で。


「アオイ嬢、具の分量が多い! それでは崩れるだろう! ウルスラ嬢はそもそも力を入れすぎだ! 作るつもりか!」


「「おっ、おにぎり奉行〜〜!?」」


 まあそんな重い空気を、笑ってはいけない伯豹はくひょうさんからの迫真の怒号が払ってしまい、悲鳴をあげる双子のおねーちゃんを見ながら失笑を零す、御矢子みやこさんに沙織おねーちゃん。私まで、それにつられて笑い出してしまいます。


 大輝だいきおにーちゃんと、いつ見えるかも分からない希望を手探りで探してた時ではありえないほどに、今の私が目にする世界は輝いていました。同時に、それが未知の敵との戦いの最中と言う状況であれ、守りたい物であると確信したんです。


 失いたくない、手放したくないと思える仲間と家族。笑いでこみ上げる涙は、。楽しくて、嬉しくて……そして幸せに満ち溢れた私達兄妹の新しい人生――


 それを奪おうとする人がいるならと、私も覚悟が決まったんだと思います。


 そうしてアメノトリフネで、天月てんげつ家と言う炎羅えんらさんを狙う存在への対応が慌ただしく終えて日をまたぐ頃。動き出していたのです。



 短い間だけれど、私達が手にした大切な全てを脅かす非常事態が――

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