memory︰97 反意の刃は研ぎ澄まされて

 今後を踏まえた会議とか言うのに参加した、俺達ストラズィールパイロット。こちらとしては、そういった頭を使う何某なにがしは御免被りたい所だったんだが。必死にフル回転させていた、あの伯豹はくひょうって奴の言葉。会議前に漏れ聞こえた会話からするに、単純にかなり厄介な御家連中の類かとも思われたんだけど、俺の経験がそれを否定する故のモヤモヤだった。


 そんな所へ奨炎しょうえんがイキって啖呵を切るもんだから、思わず俺まで口出ししちまったじゃねーか。


「……お前よぉ、俺達の司令塔だろ? あそこであの伯豹はくひょうって奴が、言葉の裏へ色々含みを持たせてたのに気付かなかったのか?」


「う、うるせぇよ(汗)。つい熱くなっちまったんだ……俺もこんな事初めてさ。だからそこまで読みきれなかった。」


「はぁ……まあいい。俺の意見だけどよ、端的に言って俺達……? あいつは相当切れる御家の勢力だ。炎羅えんらさんがよく漏らす、お堅い重鎮老体どもとは訳が――」


 思考した全てを、忠告しておく。絶賛今後の対応検討最中だけど、俺は大半が難しい事だらけな訳で、あとからこの司令塔の役目な奨炎マブダチへ、全部丸投げのつもりで言及しておく。口にした意見は、無い頭の俺でも分かる直感的な意見でもあった。


「その通りじゃけ。流石は大輝だいきじゃ……あの伯豹はくひょうのプレッシャーの中で、それに勘付けるのは大したもんじゃの。」


 そこへ被せるのは、今しがた機械扉の排圧をバックに会議へ重鎮出勤した零善れいぜんさん。この人ほどになれば、あの伯豹はくひょうの威圧すらも軽く流してしまうのは想像に難くなく、それでいて俺達の行動を今見た様に称賛して来た。


 つか師匠、あんた重鎮出勤だからな?それ。


「取り敢えず零善れいぜん……君にも時間にはここへ出頭する様伝えたはずだが。お陰で、殿。」


「やかましわい。おんどれあいつが、ワシと犬猿の仲と知って言うとるじゃろが。奴がワシを視界に止めた日には確かに口撃は止もうが、今度はワシへの視線が面倒くさいぐらい痛いんけぇのう。」


 重鎮出勤な点へ言及したかったが、炎羅えんらさんの注しに返す言葉で納得がいった。なるほど、あの勾玉の当主殿は言わば表向きで、宗家のいざこざを一手に請け負う汚れ役。対する師匠は、それとは異なる闇の暗部の汚れ役を担うってとこか。けれど本質的に真逆なこの人に対しては、奴も個人的な思想や信念へ思う所あり、と。


 確かに奴いわくくケガではすまない点には、大いに同意せざるを得ないな。万一この人の逆鱗に触れた日には、容赦なき地獄の全面抗争とか考えただけでも命が足らないぜ。


 そんな俺の思考を他所に、空いた席へどっかと座すや大あくびをかます師匠の、なんと自由奔放なことか。けど、同時に気付いた点もある。それは師匠となった男の一挙手一投足が、俺のあらゆる学びになっている事。恐らくそれは、彼が意図して見せてくれているモノとも感じていた。


 それこそ昔の職人気質かたぎが、若輩へ学び取らせるため見て覚えよと豪語する行為そのもの。それは、現代社会では時代錯誤な考えかも知れないけれど、俺の歩む道はそもそもマニュアルなんて存在しない修羅の道。


 テメェの身体を張って学び取らなければ、命を取られるのは自分自身なんだ。


 知能面での難事は、きっと奨炎しょうえん達が何とかしてくれるだろう。けど、こいつらでも役不足な事態は必ず訪れる。ならばその時こそが俺の出番。師匠からあらゆる戦い方を、現実を、そしてそれへ対処する術を学び取ってやる。



 そして俺の決意を他所に、小難しい会議は重要点の洗い出しに対策へと移っていった。



 †††



 対魔討滅機関アメノハバキリが、身内の不逞の巻き起こす謀略対応に急ぐ中。その当事者である天月てんげつ家代表の天月 烙鳳てんげつ らくほうは同時刻、海洋航行・潜航大型メガフロート〈海峰ガイホウ〉内に陣取っていた。


 内部に広がる広大な空間。その一区画、無機質な機械装飾からなる内装は、おおよそ現代文明の範疇から外れた古代技術に包まれる。本来然るべき存在からの許可無くしては、使用さえままならないはずの光景が広がる施設。そのドックとなる場所へ入渠する、二隻の大型艦を見やる反意の愚家烙鳳が薄ら笑いを浮かべて口を開いた。


「ようやくお目見えか、。本来この国にはない動力で動く、我ら天月てんげつ家の懐刀ふところがたな――」

「天月式・戦略原子力潜水艦 黒龍型、その壱番艦〈黒龍こくりゅう〉と弐番艦〈轟龍ごうりゅう〉……ククッ。古代技術の巨大兵装か何か知らんが、。」


 その口から漏れ出た言葉は、同国の民が聞き及んだなら戦慄を、そしてとめどない憤怒を覚えてもおかしくはない禁忌の名。技術レベルこそ古の超技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーに遠く及ばぬそれは、常軌を逸する。


 あまつさえそれが、私欲にまみれた争いに用いられるは言語道断とも言えた。


 同ドックへすでに鎮座する、数隻のステルス・ミサイルフリゲートにも劣らぬ艦影は全長170mほどか。それを眺める反意の愚家は恍惚の中にあった。


 そんな愚家を視界に止めた影が数名、かしこまる様に声をかける。


「これは烙鳳らくほう代表、ドックまでのお越しに感謝します。いよいよあの、草薙の鼻っ柱を叩き折る時が訪れましたな。」


「ああ、これはこれは。、日本国民の外れ者……海上自衛隊二佐の篠井 魁静しのい かいせい殿ではありませんか。」


「お戯れを……もはや昔の事。それに裏切ったなどと穏やかではない。私はそもそも、この国家……引いては政府官僚の成れの果てに嫌気が指した。それだけであります。」


 数名の影を代表する者が一層へりくだり、皮肉めいた言葉で迎える反意の愚家へ苦笑のまま、両手を上げ降参宣言を返納した。


 愚家眼前の初老は、見かけの歳に似合わぬ筋骨隆々を地で行く体躯。頬からあごにかけて蓄える白ひげは、へりくだる毎日で色艶が落ちた姿か。しかし元海上自衛隊二佐と称された男の双眸は、紛う事なき自衛官時代を生き抜いた眼光が宿っていた。


 そこからは無言でドックを見やる者達。不意に言葉を発したのは、篠井と呼ばれた不逞の従者であった。


「しかしあちらは、古の技術をうたう化け物です。この程度の戦力で迎え撃つなど――」


「おや? 元自衛官ともあろう方が、敵の戦力を技術格差から来る優劣で図ると? 我々は何も、あの古代の化け物共と事を構えるつもりなどありませんよ。――」

、あなたもお分かりでしょう。どれほどキレイごとを並べ立てた所で、人の本質など飾り立てる事はできない。脅しに屈した方が、勝利者の前にひざまく……それが全てです。」


 ツラツラと語る口元から、醜悪な人の本性が吐き捨てられる。されど現代社会、あらゆる人の対立を構築する本質はそれである。


「かつて聖なる書物で記された光と闇の争いは、即ち霊長類を謳う生命の精神面に於ける葛藤を指すのですよ。脳幹奥底に眠る獣としての本質を、抑制するために生まれた理性と言う生物学的霊防壁を失った時――」

「人は止めどない強欲のまま他者を淘汰し、蹂躙し、己こそが頂点と吠えて闊歩する。そうやって、霊長類が崇高へ至るために得た生物学的ギフトを、何を履き違えたのか、使。それほどまでに堕ちた民すら守護しようと言う宗家機関など、もはや不要の存在と言えるでしょう。」


 横行に両手を開いて語る反意の愚家は、哲学めいた言葉の羅列を一頻りのたまうやきびすを返す。すでにドックに居並ぶ複合艦隊へ、野望の全てを乗せる様に。


「あの草薙 炎羅くさなぎ えんらと言う男は油断できないが、あちらが。この期に乗じて、裏社会の統率を進めて行きましょうか。まあ――」


 愚家に引き連れられる影の集団。歩きざまに語られる公開演説を、否応無しに聞かされる彼らはただ無言でそれを耳に刻んでいた。


「事を一気に進めるためにも、あの草薙当主は邪魔以外のなにものでも無い。ならば奴を表社会の法律による裁きにかけると見せかけ、ヒットマンを差し向け命を奪うとしようか。その後でゆっくりと、神世の技術とやらでも拝見させて頂こう……ククッ。」


 吐き捨てられた言葉の羅列は、もはや宗家を名乗っていた頃の格式など欠片も存在していなかった。正しくその姿は、人の闇が集約した強欲の権化――



 だが、訪れるであろう機関最大の危機を、憂う当主を始めとした者達はまだ知らずにいたのだ。

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