memory:96 古の技術を手にした責務

 重い空気のまま、対魔討滅機関アメノハバキリが置かれた状況への対応が話し合われる中。俺は炎羅えんらさんがかけらた言葉に、湧き出る憤慨を抑えられなくなっていた。


 当然俺は何も知らないガキで、対する相手は守護宗家と言う国家でも巨大すぎる伝説級の名家だ。そこへ口出しできる様な器じゃないのは分かってる。けど――

 

 兄貴以外で、初めて俺を対等の人として見てくれた大人が、良いように罵倒されるのは我慢ならなかったんだ。


「――と言う訳で、今後の対応としてアメノトリフネ内にあるロスト・エイジ・テクノロジーシステムでも、未だ厳重な制御下にある部分開放を以って――」


「あのっ! ちょっといいすか、炎羅えんらさん!」


「ああ、構わないよ奨炎しょうえん君。この対策へ質問があれば聞こう。」


 らしくなかった。少し昔なら、誰からも蔑まれる腫れ物扱いで、自分から誰かのために声を上げたりする事なんてないと思ってた。けれど気が付けば、炎羅えんらさんが伯豹はくひょうとか言う当主様から受けた恥辱だけは、どうにも我慢できず声を上げてしまった。


 いつしか俺は兄貴や炎羅えんらさんの様に、自分以外の者のために声を上げて怒りを掲げる心を手に入れてたんだ。


「ちょっと議題から離れるっすけど。さっき、伯豹はくひょうさんですか……その方が炎羅えんらさんへ酷い言葉をかけてたっすよね。その点で、俺から言及させて貰いたいと思ったんです。」


 心に灯った誰かのための怒りの炎は、自身を奮い立たせる様に声を紡がせた。それまでは良かったんだ。俺が上げた声に賛同する、すでに家族なパイロットの同世代達。少し疑念を向ける大輝だいきは兎も角、意外にも機関員方の視線は俺を後押ししてくれる。


 しかしその俺の心が直後、凍りつく殺気に貫かれる事になる。ゾクリと悪寒を覚えた俺は、そこから次の言葉を捻り出すのにも苦戦したんだ。


「君らがこの機関に救われ、すさんだ人生からの転機を迎えているのは聞き及んでいる。だがそれ以上は、。ケガではすまんぞ?」


 俺が身をすくませる眼光を放ったのは、他でもない八尺瓊 伯豹やさかに はくひょうその人。それは悪意がある敵対者とかとは全く異なる、極めて厳しい現実社会を生き抜き、その中にあって日本国家に於ける真の闇を知り得るモノよりの忠告。


 静かに発した言葉へ返すだけでも両足が震え出し、何度もイレギュレーダを相手取り築いた自信さえも粉々に砕けそうだった。それでも――


「……は、伯豹はくひょうさん。あんたがなんと言おうと、俺達は炎羅えんらさんにたった一つしかない人生を救われた。もちろん炎羅えんらさんの辛い過去とかは、俺達も詳しくは知らないし、出過ぎた真似しちゃいけないのは理解してる。だけどさ――」

。そんなの誰にでもできるものじゃない。そんな人に救われた俺達だからこそ、少しぐらい宗家内のやり取りへ、口出ししても許されるんじゃないのかな?」


 ミーティングルームを静寂が包む。対して俺の心は、感じた事もないぐらい熱く煮えたぎってる。思えば誰かへ、胸に抱いた自分自信の想いをこんなにも激しくぶつけた事なんてない。炎羅えんらさんが行った行動は、そうさせるだけの価値があるものだったんだ。


「悪いけど……これ以上炎羅えんらさんの今までを、貶める様な言動は控えてほしいっす。何ができる訳じゃないけど、炎羅えんらさんが頑張っても手に余る状況なら俺も協力するっすから。」


 熱い心が、覚悟を確固たるものへと変貌させて行く。相手が相手だ、口先だけでは通用するはずなんてない。そもそもその覚悟で、ストラズィールという超常の機体パイロットをやってるんだ。



 と、気が付けば俺を皮切りにした熱い援護射撃が、次々静寂を打ち破っていったんだ。



 †††



「テメェ奨炎しょうえん……そんなのは、ここにいるストラズィールパイロット全員思ってんだよ。一人で先走んな。」


 己を救った存在が侮辱される。それが我慢ならない見定める少年奨炎の言葉は、放つと同時に同じ境遇である同世代な子供達の……秘めたる心の正義へ次々点火していった。


「ここは族さんの言う通りですね。守護宗家の御家事情は確かに範疇ではありません……が、炎羅えんらさんはすでに私達を家族として迎え入れてくれた方。私達の置かれた境遇を何より鑑み、支え、その背を押してくれたんです。」


「そうです! あたしなんか炎羅えんらさんがいなかったら、頼れる人もいなくて……孤独のまま身を投げて死んでたんだから!」


「ボクは自分を心配してくれた同世代の子を、危うく殺しかけた……。それが助かったからと言って、背負った罪から逃れられる訳じゃない。けれど炎羅えんらさんは、そんなボクが社会復帰できる唯一の道を示してくれた。もう炎羅えんらさんは、ボクにとって掛け替えのない家族です。」


 熱き少年の啖呵を皮切りに、次々響く言葉は憂う当主炎羅を家族と慕って止まない子供達の声。無関係と切り捨てられるを良しとしない、若き世代の熾烈なる叫びである。


「おにーちゃんにおねーちゃん達の意見へ賛成です。ゆーちゃんはまだここに来て日も浅いけど、もう炎羅えんらさんがいなければゆーちゃん達兄妹は露頭に迷うしかありません。それを迎え入れてくれた炎羅えんらさんを悪く言うのは、ゆーちゃん達が許しません!」


 見定める少年に続く、修羅の剣士大輝穿つ少女音鳴貫きの少女沙織……贖罪の拳士闘真が親しき仲となった当主のために吠える。さらには、めったと強い感情を見せる事もない討滅の妹嬢雪花までもが言葉を荒げ、勾玉の当主伯豹一人がやり玉に上げられる様相を呈す。が――


「……この機関に属する子供達の意見は理解した。だがそれだけだ。だからと言って、宗家が背負う重責や定めが変わるものではない。それは当主 炎羅えんらの背負う途方も無い重責も含めて、だ。その一旦を担うと啖呵を切るなら見せてみるがいい。」

「近年世代の若年層にさえ絶望を禁じえないこの社会……そんな悪評を粉々に打ち砕くだけの真価をな。」


 発された炎羅派たる叫びさえ、軽々いなす勾玉の当主。子供達も理解している。相手は長き時代の表に裏で、国家を守り続けた伝説級の巨大組織にて責を担う者。何よりも、過ぎたる力を振るう意味を知り尽くした猛者なのだ。


 返された言葉に反論できぬ威圧を乗せられた子供達。それを見守った当事者が口を開く。やり取りはここまでとの含みを持たせて。


「互いに思う所はあるだろう。けれど今、それをぶつけ合う時ではない事も理解しているね? その件は一旦保留とし、今後の対応に於ける各員への指示に移って行こうと思うんだが……伯豹はくひょう殿もそれでいいな?」


「私の担当は、ここで話して終わりなモノばかりではない。概要だけならば君でも……いや、良い流れになるだろう。私はこの場を失礼して担当の対策に移る。」


 双方の胸中を察する憂う当主炎羅の言葉にも、弁解もないと話題をそらして場を後にする勾玉の当主。それを不満げな視線で追う子供達を他所に、憂う当主は聡明な令嬢麻流とアイコンタクトを交わし、令嬢も立ち去る当主を追う様に席を外した。


 そうして今後への対応が憂う当主指導の元行われる中、通路を足早に進む勾玉の当主を聡明な令嬢が呼び止めた。


伯豹はくひょう殿、子供達の件は申し訳ありません。ですが彼らも、ようやく自身全てを曝け出せる場を得ての今……彼らの想いもどうか汲んであげてはくれませんか?」


 今しがた飛び出たやり取りは、。しかし、機関の一員となった子供達の心情を何より理解するのが対魔討滅機関アメノハバキリの大人達であり、それを代表した令嬢から皆想いは同じと放たれる。声がかかるや足を止めた勾玉の当主は沈黙の後、僅かに視線を聡明な令嬢へと向け――


「私の役目は知っているだろう? 宗家のあれこれが起きれば即出向き、。そこへの配慮は無用……それが守護宗家は八尺瓊やさかに家と言うものだ。だが――」


 そこまで口にすると、改めて振り返り言葉を呈す。双眸は未だ鋭き歴戦の猛者……であるが、口元は僅かに上がり草薙宗家への惜しみない称賛を口にした。


新世代の草薙が得た力、と言う訳か。叢剣そうけん様が彼を推した理由に、今更ながらに合点がいった。よいパートナーに巡り会えたな、麻流あさる嬢。殿……。」


 贈られた言葉は、子供達こそが憂う当主の草薙の剣であると言うほまれ。それは父を悲劇で失った、聡明な令嬢の心へもしかと染み渡った。

 染みたこの上なき賛美は、過去の悲劇さえも優しく包み――



 非礼への謝罪と賛美への謝意を礼にて返す令嬢の、まなじりを熱く濡らす事となった。

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