memory︰93 人の呪い、電子の大海より

 蒼き大地へ異形の魔生命が襲い来る――

 確かにその不穏な気配は、瞬く間に日本国は愚か世界へと情報が巡る事となった。


 だが、ある時期を境に別の情報が電子の大海ネットを賑わす事となる。それは出処不明の情報群。三神守護宗家に対する、事実無根のデマ情報拡散であった。


『守護宗家は子供らをさらってるワラ』


『宇宙外からの敵へ攫った子供ぶつけるとかイカレてるし草』


『いやそもそもテキトーな事でっち上げて、ニッポン裏で操ってるのあいつらじゃね?大草原不可避』


 どこから出たか分からぬ情報拡散は、すぐに守護宗家の誇るネットセキュリティに捉えられるが、一度拡散した情報を全て消去するのは至難である。それらを踏まえての対応が、宗家本丸で話し合われる事となっていた。


『だからあの天月てんげつ家を野放しにしておくのは、リスクがあると言ったのじゃ! 筋も確かではないこのデマ情報拡散……どう責任を取るつもりだ、あの若造は!』


「ええ、そちらの対応はすぐに炎羅えんら様へと通している所です。が、何分あちらも対する異形の勢力が強化されている事で、それを相手取るためになんぎしている模様。お察し下さい。」


 業を煮やす宗家のお堅い重鎮へ、冷静に対処するは社会派分家宰廉。彼としても対応は十二分に取っている状況ではあるが、そもそも御老体方はこの期に乗じて憂う当主炎羅 をその座から引き摺り下ろす思惑さえチラつかせていた。


「全く……叢剣そうけん殿が今の宗家の惨状を見れば、さぞお嘆きになるだろうな。そもそもあの天月てんげつ家の暴虐を許したのは、お堅い御老体どもの動きの遅さが要因だったはず――」

「この国は一体いつまで、あの様な過去の栄光の呪縛を引き摺る化石達の意思一つで、社会を疲弊させ続ければ気がすむのだ。」


 掛けた伊達メガネの奥で、変わらぬ国家体制へ悲観を漏らす社会派分家。それは宗家と言わず、あらゆる組織に場所にと蔓延る国家の闇そのものである。


 本来その闇を払うべき国家機関こそが、三神守護宗家と言う伝説級の名家のお役目であるのだ。


 一頻ひとしきり嘆息を零した社会派分家は、相棒である銀嶺の弾丸スープラの運転席でタブレットを叩き通信回線を開いた。そして――


祀彌まつりやお嬢様、進捗の方は――」


『名字で呼ぶな、このゔぁか。必ずシュリリンたんの事は、素敵可愛いシュリリンたんと呼ぶにぇ。』


「……はぁ。」


『今、ため息吐いたにぇ? これはシュリリンたんも激オコだにぇ。とまあ冗談はさておき、あらかたの情報は追跡済みだにぇ。けれど、これをあからさまに消して回っていては、冤罪をホントの罪と認める様なもの。なんで――』

『シュリリンたんがちょっと細工して、さらりと天月天月家の裏情報へ繋がるコードを交えた、暗号文を混ぜて情報を泳がせたにぇ。』


 社会派分家が通話を始めた声色の主は、どことなく舌っ足らずでありながら、ネット拡散したデマ情報へ細工をすると言うとんでも攻撃を得意とする者。されどクセの凄さが一級のそれは、三神守護宗家が誇るネットセキュリティのかなめ


「では三神守護宗家は八咫やた家……その分家筆頭であるあなた〈祀彌 朱吏々まつりや しゅりり〉嬢に、その情報面での対応をお任せ――」


『でゃまれ! 名前をフルネームで呼ぶんじゃにぇえ! はぁ……宇宙に飛び出さなければ、シュリリンたんはネット社会で安寧を過ごせたはずだにぇ。それがどうして……はぁ。』


 社会派分家も手を焼く奔放さが災いし、その手の能力を活かす場面でも扱いに苦しむ彼女は、八咫やた家の分家筆頭……〈祀彌まつりや家〉を継ぐ当主。本来その立ち位置には正統分家である神倶羅かぐら家と、その姉妹家でもあった咲宮さきみや家が名を連ねていた。が、とある事件から両家当主の所在不明から来る御家断絶により、結果筆頭分家へ押し上げらた経緯となる。


 分家筆頭に相応しい、電脳面に於けるセキュリティ能力は本物である彼女――



 現在の宗家に於ける、電子戦を司る戦神とも言われていた。



 †††



 夜も暮れ、日をまたぐ頃には交友会も終わりを告げ、魔界勢力は宇宙へきびすを返しての今。すでに深夜二時は回ろうかと言う時間に、宰廉ざいれんに即された宗家の誇るハッカー娘が通信して来た。


 元々彼女が、夜型人間である事も関係しての深夜とつだ。


『――っとまあ、やれと言うから仕方なく、に連絡とった次第にぇ。ほんと、あんたは8年前からご苦労な事だにぇ。』


「わざわざ済まないな、シュリリン……で良かったかな?」


が抜けてる。まあいいにぇ……ともかく、ネット情報にはしばらく注意が必要だにぇ。シュリリンたんが天月てんげつ家に悟られない感じに、奴らの真実をコード化しバラ撒いてるにぇ。一般人は気付けないとしても、その筋の人間には奴らの情報が筒抜け。けど――』

『奴らが動くとなると、。だから備えは万全にしとくにぇ。』


「重ね重ねすまない、恩に着るよ。ではそちらの首尾は宰廉ざいれんと君に任せるとしよう。」


 夜分の通信と言うのに、目がチカチカする程に、モニターで踊るまばゆいばかりのピンク色は彼女の部屋のコーディネイトらしい。ピンク一色となるそこで、さらに淡いピンクをベースにカラフルなアッシュの入る、前髪が斜めカットのおかっぱ頭な童顔女性。ワンポイントの赤い下縁角メガネの奥で、不敵に笑うピンクハッカーは、舌っ足らずなハデ系当主。


 オレが宗家に参入したての当時に、亡き叢剣そうけん殿の鶴の一声で、神倶羅かぐら家に準える末端分家へ召し抱えられた実力のある御家の次代だ。


 当然お堅い御老体連中が猛反対する中、綾凪あやなぎの先代からもその実力を評価され、ネットセキュリティ全般を任せてはいる。まあこの代の彼女を任された宰廉ざいれんは、その独特すぎるクセに頭を悩ませまくってはいるんだが。


 程なくチカチカした目をしばたかせつつ、彼女が含みを持たせたアメノトリフネ施設が今後抱えるリスクを洗い出す。それは言わずと知れた、天月てんげつ家の特殊部隊を用いた何かしらの妨害へのものだ。


「今、やり取りしていた様ですが、彼女は元気でしたか?」


「ああ、麻流あさるか。元気だったよ、君の心配も杞憂なほどにね。」


「それはなによりです。で、やはり内容は天月てんげつ家が絡むもので?」


 一呼吸置きデータ端末を開いたオレへかかる声。夜分の宗家絡み通信に、不穏を感じた麻流あさるが部屋へと足を踏み入れる。その手に、冷たいアイスコーヒーを二杯準備して。


 そのまま事の確認を取った彼女は、デスク脇へ「どうぞ」とアイスコーヒーを置き、「ありがとう」と返すオレもそれを軽く喉へと流し込む。そのまま視線を彼女へと流し、通信記録を憂い見やる彼女へ声を掛けた。


天月てんげつ家の因縁は、オレ達も忘れようがない片を付けなければならない事案……その進捗しんちょくの様なものだ。それは兎も角として、君が気になっているのは、じゃないのか?」


「……ふふっ、お見通しですね。流石は炎羅えんらです。気にならないと言えば嘘になりますが、風の噂では彼女……神倶羅 綾奈かぐら あやな元当主は今、宇宙の社会の何処かに身を寄せているとかなんとか。あくまで噂の域を出ませんが。それより――」

「今はシュリリンたんが元気な事を喜びたいと、そう思っています。彼女もまた、私達アメノハバキリに属する者達同様の、悲しき境遇から這い上がった者ですから。」


「きっと綾奈あやなは元気にしているさ。彼女の、世界各地での活躍は知っているだろう……宗家でも数少ない武闘派で、あらゆる悪逆な非合法組織にテロ屋共を、国家の枠組みを超え根こそぎ叩き潰して来た歴戦のつわものだからな。」

「口では文句を言う朱吏々しゅりりも、その強さに憧れていたからこそ、神倶羅かぐら家不在の地位へ名のりを上げたんだからな。」


 宗家でも、オレ達に協力的な勢力は往々にして、過去へ様々な悲しみや因縁を背負う者がほとんど。けれど持ちうる能力が特筆したその勢力を、叢剣そうけん殿の意思を継ぐ形で結集させたのが、今のオレ達――


 その現代式守護宗家陣営こそが、


 そこまで思考したオレは麻流あさるとアイコンタクトの後、来たるべき戦い到来の前の望まぬ争乱を鑑みた対応に移って行く。天空より襲い来る異形との戦い……その足元をすくう様な――



 過去より続く、怨恨の戦いとの決着をつける準備を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る