謀略の天月家

memory:92 死と再生の因果に囚われし魔王

 その日の洋上は、異界の魔王を歓迎する様に晴れ渡り、雲一つない漆黒の夜を彩るは満天の星空と三日月の共演であった。


 それを天の装飾とし、珍しいほどに穏やかな太平洋へぽつんと存在する巨鳥施設アメノトリフネは、それこそ満天の夜空を映し出す様に仄かな灯りで照らし出される。宇宙より訪れた魔族側勢力の生態を鑑みた、機関側による淡い光を星々に例えるにくい演出でもあった。


「地球側勢力の皆、此度はボク達魔族勢力を盛大にもてなしてくれた事に感謝するよ。ここにいる家族を代表し、ボク……彼らからした長兄である紫雲しうんがお礼を述べさせて頂く。ありがとう、同志達よ。」


 施設後部カタパルトデッキを開放し、淡いランプを其処彼処へと敷き詰めたバーベキューセット群を囲むは、対魔討滅組織アメノハバキリに於けるパイロットの子供達と魔族勢力。さらには、その者達を歓迎する機関員が、準備された簡易チェアへ好き好きに座していた。


 それを一瞥し言葉を発した高位なる者は、己含めた魔像側の事情を敢えて伏せ、筆舌に尽くせぬ感謝を解き放つ。が、そんな堅っ苦しいのを早々にすませよと、コンロ網の上で暴れる食材達が、香りと旨味汁の狂喜乱舞を叩き付けていた。


「――と、君達が準備してくれた食べ物が、早く食べて欲しいとねだっているね。ならば前置きはこのぐらいにしようか、炎羅えんら。」


「もういいのか? まあ君がそれでいいと言うなら、すぐにでも人類側の用意した、バーベキューイベントへと移らせてもらうよ。、ウチの機関員の何名かが腹を空かせて、飢えた狼よろしく食材へ襲いかかりそうな勢いだからな。」


「はは……だろうね。では、光の同士と闇の同士の巡り合わせたこの瞬間に――」


「「「「かんぱーーーーい!」」」」


 そんな食材の気持ちさえもおもんばかったかの至高の存在紫雲が、やがて光側の儀式開始合図とも言える乾杯合図を促し――


 今しがた崇高なる挨拶を頂いたとは思えぬ、


「私はその鶏肉ジュージューを頂きますよ! ああ、このなんと香ばしい香りと、肉汁の共演か……って!? パシリさんそれ、私のだと!」


「それは残念だったな! ここにあった鶏肉は、俺が最初から目を付けてたんだ!」


「……んもー。二人とも、それじゃ紫雲しうんさんの挨拶が台無しっポイ。」


沙織さおり嬢の言う通りだ。全く、これだから光の種族が持つ欲望のたがには我らも――」


それが気に入らないのなら、シザの目の前にあるギュウニクとやらのカルビヤキはロズが頂くよ? なんともこれは旨そうな、シザには勿体ない事だ。」


「ロズっ!?貴様!」


 食の饗宴を前にしたならば、もはや光も闇もなかった。機関員側ではパイロットの子供達が烈火の如く食材を奪い合う中、交じる魔の貴公子シザ温和な魔太子ロズウェルまでもが、光の食文化に完膚無きまでに打ちのめされていた。


「うむ、天晴よ! ロズにシザも、ようやくこの光の俗世にある倣いを理解しつつあるようじゃな! よいよい、それでこそ光と闇の交流ぞ!」


「ふふ……紫水しすいちゃんが楽しそうで何より。あ、紫水しすいちゃんの食べる分はゆーちゃんがよそってあげるね!」


「お前もお前で、魔族に馴染みすぎだな雪花ゆっか。」


「それはそれで、いいんじゃないかな?大輝だいき君。君も零善れいぜんさんとは、とても心を打ち解けさせてるみたいだけど。」


「……魔族との関係性が、俺とあの人との立ち位置に似てるってか?闘真とうま。まあ、言い得て妙ではあるんだが。」


 訪れた一時は、騒がしくも和やかな交友会。未来あふれる子供達の、異界よりの監視者になんの壁もなく寄り添う姿は、機関員誰もの目に僅かな明日への希望さえ呼び起こす。が――


 視線のみで合図を交わしあう至高の存在と荘厳な剛将紫雷は、双眸へ深き憂いを讃えて言葉少なくそれを見守っていた。


 そこへ敢えて割って入るは憂う当主炎羅。自分が言い出した手前、大切な友人への粗相はあるべきではないと、手にした皿へ焼けたいくつもの肉に野菜を乗せ歩み寄る。



 その間に至高の存在が心に刻んだ、宇宙の深淵の如き覚悟も知らぬままに。



 †††



 機関では定番となりつつある、歓迎会と称した洋上バーベキュー大会。皆もそれを当たり前に受け入れ初めていたのには安堵を覚えた。


 そこでせっかくの主役を起きざる訳にはいかないと、我が友人となった紫雲しうんにその弟分となる紫雷しらいのための食べ物をよそい、二人をもてなした。なんの心変わりか、零善れいぜん殿も魔族側勢力に興味津々の中。まずは一礼とともに無骨なる魔王が食事を口にする。


「では兄者、私から失礼する。……うむ、なるほど。これは……。」


「ああ、紫雷しらい殿すまない。焼けたばかりだから、気を付けてと忠告すべきだったよ。」


 2mに及ぶ体躯を折り曲げ、器用に串を掴んだ彼は正しく巨人。同じ人類でもいるはずの背格好だが、それを遥かに大きく見せるのはやはり、魔王と呼ばれる者の撒く何かしらの力が要因なのだろう。

 これは紫雲しうん紫水しすい嬢からも感じられるものだが、さらに魔王個人個人がそれぞれの異なる力として顕現している感が伺える。


 それはある意味、日本神話を代表する八百万の神々に近しいものと言えた。


 焼けた肉の熱さで一瞬眉をしかめるも、その後は要領を得て器用に食する姿。まさに文化や教養に長けた、高位種族であるのは疑い様のない事実。紫雲しうんの視線でも、それをやって退ける彼への畏敬の念すら感じられた。


 子供達に混ざる紫水しすい嬢らとは一線を引く、厳かなバーベキューも乙なものとなり、そこで場を楽しんだ紫雲しうんがようやく口を開いた。


「何の因果か、こんな光の種との交流が図れたのは、我らルミナーティル・マギウスとしても僥倖ぎょうこうだね。少なくとも、眼前の者達にある確たる希望の根幹を感じる事はできた。ただそれだけに――」

「今後、この蒼き星を狙う異形がどのように変容を来すかは、もはや判然としなくなったよ。この様な希望の根幹を持つはずである人類が、何故にあそこまで膨大な負の深淵を有し、浸蝕されているのか……ね。」


 ドリンクの入ったプラコップ片手に、世界を憂う最強クラスの魔王と言う、あまりにもシュールな絵面すら忘却する彼の発言。オレ達はその紫雲しうんが言う恐るべき深淵の存在より、この蒼き母なる大地を守らねばならないんだ。


 そこまで思考したオレも、覚悟と共に彼へと宣言しておく。この後もう、紫雲と言う存在へ二度と出会えなくなるかもしれない不安の中で。


「こんな危機的状況で君達との交流が図れたのは、オレ達にとっても本当に得難き経験だった。けど紫雲しうん……少なくとも君は、もうオレ達の前に現れる事ができなくなる可能性があるんだろ? だから宣言させてくれ――」

「オレ……草薙 炎羅くさなぎ えんらは、。オレは決して君を裏切らない。」


「……っ! やはり君と言う人間は、本当に素晴らしい。ありがとう、ボクにとっての光の友人……草薙 炎羅くさなぎ えんら……。」


 オレの言葉で感極まった魔界の王の一欠が、憂いを残すも笑顔のまままなじりを濡らしていた。その彼と固く握る手は、オレと彼に永遠の友としての契を交わさせるもの。隣でその一部始終を目撃した紫雷しらい殿も、驚愕の後片膝を付いて平伏した。


 これがオレと紫雲しうんの、最後の言葉――



 えんたけなわなオレは、後に訪れる想像を絶する悲劇を知る事はなかったんだ。



 †††



 対魔討滅機関アメノハバキリによるもてなしからほどなく、天楼魔軍監視団ルミナーティル・マギウスが全員まとめて地上を後にしていた。そして時はすでに、地球は衛星軌道上での出来事――


 憂う高位なる存在紫雲が、彼らへと一時的な再合流を果たし、航宙魔艦で魔王の座にある者のみ一同に会していた。


「君達は彼らと共に、素晴らしき生命の可能性を理解したね。だがそれを脅かす深淵は、すでにこの地球の絶対防御を抜く勢いで増長している。よって我らも覚悟を決めねばならない……運命を辿るか――」

「対する深淵を拡散せぬようにまとめ、運命を辿るかの覚悟を。」


 告げられた宣言で、荘厳な剛将紫雷妖艶な幼将紫水共に、悲痛なる面持ちで眉根が歪む。彼らが深淵に最も近く、魔を導く存在であるがゆえに。


「……紫水しすいはロズらと共に、地球側につくがよい。私は紫雲しうん兄者を、お一人にする訳にはいかぬ。」


「ば……バカを申すな! わらわとて魔王の端くれぞ! 黙って兄者方だけにその定めを――」


見届けてはいないだろう? その口で言い出したのならば、見事それを果たして見せよ。」


「それ……は、そう……じゃが。」


 揺れる覚悟。しかし残される時間は皆無。双眸へ悔し涙を讃えた妖艶な幼将は、己の言葉の責を取るため、そして荘厳な剛将は一人残される一つ上の兄を慕うため。


 静かな決断の時が流れ、双眸を閉じた高位なる存在は、それを開け放ち遥か深淵を見つめた。


「もはや我らが、その体躯を無理やり縛り続けていられるのは、ごく僅かの時間と心得てくれるかい。いかにあの、反逆の徒を封ずるために生まれた、魔界数億年の牢獄〈万魔殿パンデモニウム〉も、これ以上……超極蝿魔業王ヴェルゼヴュード・デモンズを抑える事は叶わない。」


 彼の視線に呼応し、魔艦内のモニターへ映し出されたのは巨鳥施設アメノトリフネすらも軽々飲み込む巨大なる影。その背に有機機械製と思しきスラスター型の昆虫翅を携え、至る所へ無数の突起とも棘とも思われる武装を宿し、六本の手足が歪に伸びるは巨大なる蝿の王――


 紫雲しうんこと魔王ヴェルゼヴュードの本体となる姿が、禍々しき世界の中ではりつけにされる異様な光景。



 その時より……光と闇の同志達の未来が、急激に暗転を初めていたのだ。

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