memory:89 男の娘閣下、日本へ

 対魔討滅機関アメノハバキリでも驚愕と嫌な汗が飛び散る顛末。まさかまさかの魔軍天楼監査師団ルミナーティル・マギウスより訪れた幼将閣下が、なんと日本散策をぶち上げる事態が強襲していた。いつ異形の襲来があるか分からない中での提案に、身内である温和な魔太子ロズウェルは引き止めるも押し通されての現在となる。


 そこで、足早に巨鳥施設アメノトリフネへと乗り込んだ妖艶な幼将紫水は、許可が降りるや魔嬢の騎将ベレト・デモンズから飛び降りる勢いで施設へと降り立った。


「ふむ! 大気成分に関しては、天楼の魔界セフィロトと比べるまでもなく魔素の薄い所は致し方ないが、まあわらわが無理をせねば問題なかろう!」


「し、紫水しすい様! 迂闊に地上へと降り立ってはなりません! そもそもこの光量子エネルギーに満ち溢れた世界は、我ら魔族にとって劇物に飛び込む様な――」


「やかましい奴じゃの。わらわをその辺の下等魔族と同列に扱うなら、このままわっぱ簀巻すまきにして海洋とやらに放り込むぞ?」


紫水しすい様〜〜!?」


 機関側の子供達に隊員と、慌てて幼将閣下出迎えと駆け付ければ、モニターで確認したよりもやたらと視線が低い事に気が付いてしまう。それこそ、地球文化で言う所の学童レベルのタッパ……であった。


 だが、その艷やかな黒光りする肌は妖艶にして高貴。頭部に生える細身の双角からしても、到底人類とは似つかぬ御姿で、やや露出の多い黒衣を踊り子の如く纏うは色欲の魔王。


 紫水しすいこと魔王ビレトが、蒼き地球の宵闇に降臨していた。


「ああ……あれって、ギリセーフな感じですね(汗)。あれがだったら、この機関……問答無用でポリ様の御用になる所ですよ。」


「珍しくナルナルと意見が合ったわ(汗)。ガチヤバっポイ。」


「なんだぁ? 魔王様は偉く身の丈が低くてらっしゃるな。まあ、気配だけでもやべぇのは伝わって来るんだが。」


「貴様! 確か大輝だいきとか言ったな! それ以上紫水しすい様を侮辱する様な――」


「喝ーーーーっ!! このわっぱ……器が小さい! 、いちいち恫喝する高貴なる魔族があるか! なんならすぐにでも、簀巻きにして海洋へ叩き落としてやるぞえっ!」


「し、紫水しすい様っ!? それはご勘弁をっ!」


「「あれ、ほんとにロズ君??」」


 のだが、同族であるシザに紫雷しらいの荘厳にして厳格な雰囲気など吹き飛ぶ弄り合いには、幼将を総出で出迎えた機関側皆が盛大に疑問符で溺れてしまった。


紫水しすい閣下、一先ずそこまでで。儚き短命種の、我ら人類にとって時間は貴重です。ゆえに早速でも、閣下を日本本土へとご案内致します。しかしながら――」


「おお、すまぬのぅ。今が宵闇であるウチにそれは成さねばならぬ所じゃ。構わぬぞえ?お主……麻流あさると言ったか。そちが言いたい事は理解しておる。わらわも、いきなり祖国全土の行脚などと無理は言わぬわ。そちの許す行動範囲で堪能するとしよう。」


「ご配慮、痛み入ります。」


 そんなわがまま暴君さながらな幼将も手厚く迎える聡明な令嬢麻流は、憂う当主炎羅に並ぶ外交手腕を見せ付ける。その見事な対応には、天楼の魔界セフィロトに於ける一魔王に君臨する幼将閣下も、思考を改めざるをえないと自重する。


 己が口にした、高貴なる魔族を体現するかの見事な応答によって。


 そして、巨鳥施設アメノトリフネへと降り立つ幼将閣下を嘆息と共に出迎える憂う当主は、手元の端末ですでに残る宇宙側勢力――厳格な魔将紫雷との後詰めを終えた所。そのまま視線を聡明な令嬢と交わし、遥かな魔界より訪れた幼将閣下の歓迎として、許す範囲での宗家特区関係各所行脚の手回しを図る。画して――



 予想の遥か斜めを行く、魔界の一魔王閣下を迎えた特区巡りが開始される事となった。



 †††



「えっ!? 私が紫水しすい様の案内を頼まれてもいいんですか!?」


 その言葉は唐突に。妖艶な幼将紫水閣下行脚の数分前、討滅の妹嬢雪花へと告げられる。しかしそこには、体躯の近しい幼将とのシナジーが関係していた。


「すまないね、雪花ゆっか君。今諸々の事情もあり、彼女を置くのが一番有効と判断したんだ。加えて君が、特区の一般居住区画概要も把握してる事を考慮してのもの。お願いできるかい?」


 輸送機には、妖艶な幼将の特区行脚に同行する子供達が搭乗するが、そこに加わる大人の機関員は敢えての二人だけとしていた。裏方で先回りし各所で調整を試みる憂う当主と、いざという時の護衛を務められる暴君分家が乗り込み、巨鳥施設アメノトリフネ側では異形の魔生命デヴィル・イレギュレーダ襲来に備える体勢である。


「うむ! よしなに頼むぞ、雪花ゆっか……いや、ゆーちゃんと呼称すればよいのじゃな! しかし何じゃ……この光の人類側の衣服はなんとも動き難いのぅ。このわらわも落ち着かんわ。」


「はぅ……魔王さんにまで、ゆーちゃんて言われてるぅ……。」


「何を仰しゃいます、この魔王閣下! 幼女……ゴホン! 女性に男の娘にを問わず、ヒラヒラフリフリのゴシックロリータドレスこそが華! 今の貴女様に、これほどまでにお似合いな衣装はこの世界に存在しておりませぬ! デュフ……。」


「おい……(汗)。誰かこの、暴走引きニートをなんとかしろって。なんだよ最後の「デュフ」って。リアルで初めて聞いたぜ。」


「だからあたしは、ナルナル専属のお付きじゃないっぽい(汗)。それにここは百歩譲って、、この子の今を喜ぼうよ。」


「……ったく、それも今だけだろうが。このニート娘はよ。」


「おーい、皆。ロズ君がドン引きしてるよ〜〜(汗)。」


 ところが、輸送機内の子供達のやり取りはカオスを極めていた。

 最も問題であった、幼将閣下の容姿カモフラージュとして準備したドレス。が、それを準備した張本人でもある穿つ少女音鳴が、彼女の本質と言えるオタク知識の十字砲火をバラ撒いた。すでに「女子高生」から「ロリ好きおいたん」へと変貌を遂げた少女は、を暴発してその場を凍りつかせる始末。


 それに慣れてしまった機関側の子供達は兎も角としても、魔界で高貴を生業としていた温和な魔太子ロズウェルは、完全に置いていかれる有様となってしまう。


 すでに出立から混沌極まる空気を内包した輸送機は、一路機関側受け入れ地点とも言える臨時施設区へと飛び立った。計画としては、その一夜の許される時間内で特区の要所……それも臨時営業が叶う宗家傘下の、社会一般企業店舗を観光と称し回る算段とした。


 それをタブレットで案内するは、機内へ車椅子ごと固定された討滅の妹嬢雪花。そして隣り合い説明へのめり込むのは妖艶な幼将。さらには、後方でそれを羨望の眼差しで見入る温和な魔太子ロズウェルと言う風景がそこにあった。


「では紫水しすい様、これをご覧下さい。本来は地球側でも、日中にしか営業していないアミューズメント施設を、特別に回る方向で――」


「おい、ゆーちゃん。堅っ苦しいのはなしじゃ。確か今、お主とわらわは友人同士のはずじゃろ? 遠慮など無用……友人の様に接してくれれば、わrわもそれで対応するぞえ?」


 しかし相手は魔界魔王の位置に立つ者。失礼のない様にとした討滅の妹嬢の配慮へ、逆に居心地の悪さを感じる妖艶な幼将は砕けて話せと詰め寄った。もはや彼女の可憐な美少女と違わぬ姿に、堪らず機内で鼻から赤いモノを噴出させた役一名を置き去りに、視線を憂う当主と交わした妹嬢は改めての案内に入った。


「じゃあ、紫水しすいちゃんでいいかな? このアミューズメント施設を回ったら、夜限定で開いてくれるフードコートに行こう。そこで、ゆーちゃんお勧めの甘々な蕩けるスイーツを堪能しよ?」


「よし来た! わらわも光の人類側の食事は、一応食す事が叶うが、正直それと出会う事などまずないと思うておった所じゃ! ロズ、このとやらを食す時は、ちゃんとお主も便乗して食すのじゃ! よいな!?」


「はひっ!? ……し、失礼しました! しかし私めまでその様な――」


「喝ーーーーーっっ!! 今このゆーちゃんが、わざわざ友人として接してくれているのじゃぞ!? わっぱも空気を読んで、共に友人としての一時に甘んじぬか! このれ者めっ!」


「ひーーーーっっ!?」


 異界の高貴なるモノとの謁見から一転する、友人との交流を深める光景へと移り行く機内。そこで目聡く、仄かに舞う空気感を読んでいたのは女子陣である。それは討滅の妹嬢をうらやむ様に見やる魔太子と、仲介に入り友好を結ばんとする幼将閣下の思惑。


 それは二人の関係性から見え隠れする、淡い恋慕の空気感であった。


「え? この空気は何でしょう。確かに閣下改め、紫水しすいちゃんは私達の国に世界を、見て回りたい感で溢れてますが……?」


「ははーん、あたしは読めたぞ? うんうん、これは分かり易いねぇ。ロズ君たら、まさかまさかのそう言う事かぁ。けどさ――」


 顔を見合わせる穿つ少女音鳴貫く少女沙織。引きニートと呼ばれたオタク娘さえも、温和な魔太子に生まれた感情を読み取ってはいたのだが、流石に相手が相手と二人は顔を見合わせ嘆息した。そのまま視線を、最後尾のシートで足を組み、どっかと座した荒くれを地で行く修羅の剣士大輝へと向け再び盛大な嘆息を零した。


「「これは……難関だねぇ〜〜。」」


 嫌な汗の中シンクロする二人と、睦まじい光と魔の交流が機内で紡がれる。やがて輸送機のジェット音が下降のために音量を下げ行くと――



 程なく日本本土へ、魔界の幼将閣下が上陸する事となった。

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