memory:88 幼将…蒼き地に降り立つ

 対流圏の異常発生を通信を受け、対魔討滅機関アメノハバキリは事前打ち合わせ通り巨鳥施設アモノトリフネ側へと発現した物質移送相転移ゲートへ向け、三機の霊装機神ストラズィールを出撃させた。さらには援軍の必要性も鑑み、残る二機……応える戦騎フラガラッハ打ち砕く戦騎ミョルニルの待機も並行し望んだが――


奨炎しょうえん君に闘真とうま君、出撃待機から準警戒体勢へ移行してくれるかい。どうやら対流圏の異常は方が付いた様だ。そして今回は、雪花ゆっか君の活躍が華々しかったと報告が届いている。』


「分かったっす。ふぁぁ〜〜今回は出る幕がなかったなぁ。」


『それは良いことじゃないかな。あと炎羅えんらさん……雪花ゆっかちゃんが活躍と言うなら、ウルスラさんに姫乃ひめのさんも……――』


『ああ、その通りだ。あのストラ・フォートレス……たった今届いた正式名称でシャルーアは、正しく雪花ゆっか君、ウルスラ君に姫乃ひめの君が心を一つにする事で力を得る。三人がいてこその勝利と言えるだろう。』


 司令室より響く憂う当主炎羅の言葉で、緊張を解き盛大に息を吐く二人の男子。同時に、機関の誰もが後方でのバックアップで関の山とも考えていた車椅子少女の、華々しいデビューを脳裏へ鮮烈に刻んでいた。その心身が不自由など物ともしない活躍は、神代の機体あっての物であるが。


 さらには、共にあった二人の少女のサポートもおざなりにはできない事態に、司令室に詰める当主も多いに学ぶ物があったと首肯していた。


 ほどなく、残る古代施設の観測を経て討滅の大翼シャルーアを初めとした三機の機神が帰路に着く報告が飛び、施設側の異常もないと判断した当主による機神格納が通達される。それを聞いた整備チームが慌ただしく格納庫を走り回る中、パイロット陣営は家族の出迎えに。警戒体勢を解いた機関重鎮は、小ミーティングルームへと足早に移動していた。


雪花ゆっか君達のデビューは喜ばしい所だが、事はそう単純ではないな。青雲せいうん……すぐに戦闘で得られた敵イレギュレーダのデータから、詳細の解析に入れるか?」


「了解だよ〜〜。これは由々しき事態でもあるから〜〜こちらも早々に準備は進めていたよ〜〜。」


「助かる。御矢子みやこは子供達のケアに回ってくれ。表面上は確かに、優勢の戦況で事なきを得たが、それで彼女達の心情によどみが生まれているとも限らない。特に、注意が必要だ。」


「ええ、その通りですね。彼女の、出生から日本亡命に至る経緯を鑑みた場合、下手をすれば心の奥に致命的な綻びを生みかねません。、彼女に影響を及ぼさなければよいのですが。」


 向ける足を並べる三人。憂う当主から、次々指示を受け対応をと双眸を細めるはやんわりチーフ青雲教員分家御矢子。そこに含まれる杞憂は、敵勢力側の〈外〉と機関家族側の〈内〉に関する物である。加えて特にと注釈を加えられたのは、生まれ落ちた祖国が、ついぞ戦禍に飲まれたばかりのポニテ姉ウルスラの心情への配慮である。

 少女の戦いの前線に出たと言う現実が、後方の憂いの影響で悪い方へと転がるのを防ぐための対応でもあった。


 そこには、如何な神代の機動兵装を用いた戦いであろうと、搭乗するのは子供達であり……だからこそそれを全力でバックアップせんとする機関大人達の熱き労りが垣間見えていた。


 時をまたぎ、夕刻の陽光が水平線へと消える頃――

 古代施設の調査と、宇宙は高貴なる魔族勢力との僅かな対話を終えた討滅の大翼シャルーア帰還に合わせ、巨鳥施設アメノトリフネの第二格納庫へと繋がる後部カタパルトが大きく浮上。そこへホバリングを経て大翼が着陸を終え、追従していた三機の霊装機神ストラズィールも格納庫入りとなる。



 そして、大空を舞った三人の少女の長い一日が終わりを告げていった。



 †††



 時を僅かにさかのぼり――

 子供達率いる機関主力が、敵勢力である異形の魔生命デヴィル・イレギュレーダの艦隊成す事態対応に当たる中。その間、宇宙側戦力である魔軍天楼監査団ルミナーティル・マギウスは、早々と討つべき雑兵を叩き伏せ、同胞への援軍をと地球は対流圏空域へと降りて来ていた。


 しかしそれも杞憂と言える光景に、温和な魔太子ロズウェルはささやかな高揚を覚え、妖艶なる幼将紫水も感嘆を覚えていた。


「ふむ、ロズのわっぱが危惧しておった故、有象無象を手早く片付け参ったが……まさに杞憂で終わった様じゃのう。」


『はい……。六機目に搭乗する者達が後方支援を生業なりわいにすると聞き、もしやとは思いましたが……ことのほか光の勢力に属する子共らは、成熟してなお些末な人生でくすぶる大人種よりも、可能性に満ち溢れているかと。無論、かの機関の大人方は別でありますが。』


「ほほう。お主もよう見ておるの。中々によい観察眼じゃ。」


 魔嬢の騎将ベレト・デモンズ剛緑の重戦騎ラルジュ・デモンズがモニターで見やる先には、少数ではあるも艦隊を成した敵へ、見事な一撃を放ち状況終了を見た機関側の機体。程なくそれらが、八塩折天元鏡やしおりてんげんきょうのある次元空域まで引き返して来る姿であった。


「ルミナーティル・マギウス方、今回も宇宙側での共闘に感謝します。今後はさらに、事態も深刻になろうとは思いますが――」


『なぁに、気にするでない! このロズウェルが認めた光の勢力にならば、わらわとて力添えするもやぶさかではない。じゃが一先ずは、古代技術施設のデータ解析後詰めが優先じゃろう。こちらも少し引き返すまでの時間を伸ばすゆえ、その警戒の中で速やかに事に当たるがよいぞ!』


「重ね重ね感謝致します、魔界の麗しき魔将閣下。それでは……。」


 空域に到達するや、討滅の大翼シャルーアに便乗する聡明な令嬢麻流による謝意が、魔軍側へと返される。そのあまりにも凛々しく、且つ気品に溢れた対応には、妖艶な幼将も感服したとばかりに返答した。


 何よりも彼女は、地上人類が持つ浅ましき行為……容姿や行動の奇異へ浴びせる差別と言う罵倒を耳にしており、だがそんな腐り果てた人類の負の面など吹き飛ばす高潔さを目の当たりにした。その事がいっそうに、彼女の中にある光の人類への興味を増幅させる事となったのだ。


「時にロズよ……お主、懸想けそうをしておったの。」


『ぶっ……!? な、ななな、何をおっしゃいますか……! ロズは、紫水しすい様の事をお慕い申し上げている次第で――』


のとはまるで違うわ、愚か者。それに高貴なる魔族であるならば、その程度は堂々と宣言してみせよ。と、言うわけで……じゃ。ちと外郭を近う、もっと近う。」


『いえ……魔導式通信で十分聞こえるのですが(汗)。』


 ぶり返した様な幼将の問いで、焦りと共に返答を返す温和な魔太子。されど彼らにとって、それはむしろ日常であるかの空気を醸し出していた。


 そして、魔導外郭で何やら手招きする幼将。そのどさくさで、彼女が思い付いた提案を耳にするや、魔太子が驚きのあまりひっくり返る勢いで声を荒げる事となる。


『な……なんですとぉ!? 紫水しすい様はその……彼らの故郷である世界を、ささ、さ……散策したいですってぇ!?』


「……こんの馬鹿者がっ! わらわの耳がないなる所だったじゃろ!? 少しは声を抑えて驚かんか!」


 対魔討滅機関アメノハバキリ側で、状況観測と根を詰めていた子供達にさえも筒抜ける会話が、まさにだだ漏れのまま空域へと解き放たれてしまったのだ。


『……あちらの魔将さんとやら、あんな幼女でわらわな一人称で、角があってこれでもかって要素ぶっこんでますが――』


「ああ、ナルナルと相性が良いかも知れないでやがりますね。では。」


「ウルスラおねーちゃん、それ以上言っちゃだめだよ(汗)。あの人は、魔軍側のなんだから。」


「そうでありますぞ、ウルスラ。上官にあたる方には、それ相応の礼節を持って対応せねば――」


「そりゃ、自衛官のあんたの場合でやがります。ウルスラは、そこまで堅っ苦しいのは苦手でやがります。それになにやら、、アレは。」


「だめだって、ウルスラおねーちゃん! そんなお口聞いちゃ!」


 漏れ聞こえる会話で、壮絶な機関の日常デジャブを感じてしまう子供達が、相次いでその延長上の様に弄り合い……挙げ句はその対象を魔軍の将にまで広げてしまった。


 ところが直後、、まさかの幼将閣下から放たれてしまう事となる。


『なんじゃ? お主らは、わらわの事が気になっておる様じゃの。しかし残念……そのの点は改めさせてもらうとしよう。これは魔界魔族の特性でもあるのじゃが――』

わらわ達は、光の人類の様に。なんなら、どちらにも属さぬ無性意識の種も存在するくらいじゃ。まあ早い話が、わらわでも、お主らの文化で言う所のと言う訳じゃな。』


 そして沈黙。今まで異形と命懸けの死闘を繰り広げたとは思えぬ、嫌な汗が流れる静寂の後。たった一人、その手のネタに敏感な少女の絶叫が木霊するのであった。



『お……男の娘ですとーーーーーーーっっ!!?』



 †††



 時は戻り、巨鳥施設アメノトリフネの近海空域。今後の詰めと、小ミーティングルームに参集した大人達が嫌な汗に濡れた。それは、モニターへと映し出された想定外が影響していた。


「ああ〜麻流あさる? この状況は一体、どういう流れだ?」


『ええ……(汗)。詳細は後で説明しますが、端的に言えば彼女……ルミナーティル・マギウスの一将であらせられる紫水しすい様が――』


『うむ! ちと主らの故郷散策をと、頼み込んだ次第じゃ! 良きに計らえ!』


『も……申し訳がない、炎羅えんら殿。ウチの魔将閣下がお世話になります……。』



 ポニテ姉ウルスラの想定通りな、、機関側を襲撃する顛末と相成ってしまうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る