memory:85 対流圏の異変

 初フライトも終えた翌日。

 早速とばかりに、ストラ・フォートレスのテスト運用を兼ねた偵察任務が三人へと課せられた。そこには宇宙の魔族側勢力である、魔軍天楼監査団ルミナーティル・マギウスからの情報提供も関係しており、偵察の叶う機体運用を伝達した事で共同の作戦を受けての今であった。


『なるほどそれが、君達地球勢力の新型……。だが、ロズが合同演習などで見たモノとは大きく異なるね。思っていたのとはだいぶかけ離れている。』


「ええ、その折にはお世話になりましたが、データでもご覧になりました通りの詳細です。」


 起動テストに航行テストは上々。しかし初任務となると、未だ機体慣れしない三人の少女には荷も重いと、聡明な令嬢麻流が緊急時の判断も兼ねて同行していた。


 その令嬢とやり取りする。魔軍監査団ルミナーティル温和な魔太子ロズも、人類の奇想天外な発想が生む巨大機動兵装のナリには興味津々である。


「あと、正式な挨拶と紹介がまだでしたね。こちらが現在ストラ・フォートレスと呼称する六機目を駆るパイロット達です。さあ、――」


「はうぅぅ……、ゆーちゃんで通すんですか?」


「いいからゆーちゃん、後がつかえてやがります。さっさと自己紹介に移るでやがります。」


『異星人と言う俗称は正しくはないな、地球側のお嬢さん。我らは、天楼の魔界 セフィロトに居を構える魔族……妥当であると言わせて頂くよ。』


 そして聡明な令嬢から振られた自己紹介ではあったが、まさかの星間交流規模でのゆーちゃん呼びには、さしもの健気な妹嬢雪花も嫌な汗に濡れ――


 そのまま恙無つつがなく、新たな機体パイロットらの面通しが執り行われた。


 時は夕刻。魔族側も参戦する偵察監視の任務は、成層圏にほど近い対流圏で、地上からおよそ10000mに達する高度。が、本来地球大気圏内では巨大人工施設が滞空すること自体不可能である。


 その不可能であるはずの空域へ、次元的な光学迷彩をともない存在するのはかの〈八塩折天元鏡やしおりてんげんきょう〉。アメノミハシラの異名を持つ、太平洋上の対魔絶対防壁を成すいにしえの技術設備である。


「これが、あの天元鏡とやらでありますな?麻流あさるさん。」


「これ……光学画像では目視できないでやがりますが、高次元の霊的振動を検知するセンサーで見る限り相当なデカさでやがりますね。」


「えっ? こんな大きな施設って、空中に静止できるモノなんですか?」


「……ゆーちゃん(汗)。、立派に不可能を可能としてるでやがりますよ?」


「はっ……はぅ。それはそうなんですけど。」


「ウルスラさんの言う通りね。この地球の重力圏に於いては大気圏の内外問わず、既存の文明に属する万物が必ず重力のかせを受けるのが常。その影響が極めて少ないのは、質量などが極小な粒子やエネルギーの大半。ですが――」

「そこにロスト・エイジ・テクノロジーが用いられる事により、巨大質量でさえもある程度の影響相殺の実現が可能となるのです。」


 全てが淡々と進むはずの偵察監視。そこへ見るものの殆どが未体験な健気な令嬢の持つ、、仄かなゆるふわ感が巨大な新型機のコックピットルームを包んでいた。


 一方その光景を、鋭い眼差しで施設を見やる傍らチラチラと、落ち着かない視線で盗み見する温和な魔太子がそこにいた。


「(全く……今までの光側の人類と違い、やたら毛色の違う面々が訪れたものだね。こんな雰囲気を纏う魔族は、高貴所にさえも存在は――)」


『なんじゃ〜〜? わっぱ、視線が泳いでおるぞ〜〜? さては、光側の見目麗しき令嬢方へ懸想けそうしたのではないかの〜〜?』


「……っ、し……紫水様!? け、決してその様な事は……、このロズが懸想などと!」


『喝ーーーっ! おのれわっぱ……麗しき令嬢を捕まえて、この様なとは何様じゃ! 例え霊的に種を違える存在であろうと、紳士たる心根で当たるがわらわ達魔族の――待て!』


 そうして魔太子の雰囲気を茶化す様に現れた、青銅乗機馬タナトスに乗る魔嬢の騎将ベレト・デモンズを駆る妖艶なる幼将紫水であったが――



 直後感じる気配により、警戒が一気に危険レベルへと跳ね上がる事となる。



 †††



 地球太平洋上の対流圏に存在していたのは、通常私達が光学的視界で確認できない、位相次元に設置された巨大施設でした。


 施設のサイズからしても、アメノトリフネを遥かに凌ぐ規模のそれは、大陸を宇宙へと転移させたとの伝承を裏付けるモノでもあったのです。そこが機能不全であるが故の、異形の魔の侵攻――


 ゆーちゃんはその時、そんな異常事態の最前線で危機を迎える事となったのです。


「ウルスラさん、至急アメノハバキリへ伝達! トリフネからストラズィールの発進準備を――」


 優しい雰囲気から、素早く凛々しい表情へと移り変わる麻流あさるさん。それを目の当たりにしただけでも、事態が急展開を迎えた事を察したのです。


「了解でやがります! アメノトリフネ、こちらストラ・フォートレス! たった今、八塩折天元鏡やしおりてんげんきょうより……っ!?で、でかっ! 敵のサイズが、今までの比じゃないでやがりますよ!?」


『落ち着くんだ、地球の君! これは上位擬悪魔エルダー・デミデーモン攻撃艦級クルージェル……例えるなら、地球の海洋航行型 巡洋艦相当と考えるんだ!』


「む……巡洋艦に例えられると言う事は、普通に人型を取る異形とは異なる対応が求められるであります!」


 矢継ぎ早に言葉を交わす皆さん。ゆーちゃんは機関所属の日が浅い事もあり、まだまだ学ばなければならない知識が山積みの身。けど――


 それが、ゆーちゃん達の住まう地球へ大変な事態を引き起こす事だけは、間違いなく感じ取る事ができたのです。


麻流あさるさん、同じのがまだ来ます! 総数で五艦の!」


『地球の同胞達よ、ミハシラを越えていないものはわらわらに任せよ! わらわはルミナーティル・マギウスの紫水と申す者ぞ! ロズは、わらわと共に三隻は抑えて――』


紫水しすい様、増援……いえ! 艦載機の如く、グレムリン級にガーゴイル級が溢れ出しております!』


『うぅむ仕方がない! それもわらわ達で押し止めるぞ!』


 そんな巨大な魔の勢力を確認した直後、新たにモニターへと映し出されるのは同型艦と言える艦影。総数五隻の侵攻を目の当たりにする中、ロズ君ではない声が響く事となり、紫水と名乗りを上げたそれがサブモニターへと投影されます。


 さらにそのタイミングで訪れた異変は、五隻の魔の船から無数の小型の異形が飛び立つ様。これは姫乃ひめのさん的知識で言う所の、航空母艦に搭載された艦載機相当である事実が叩き付けられたのです。


 そして――


「まずいでやがりますよ!? こいつらの目指すルートを算出したですが、これは! こんなのは、今までにない想定外の事態でやがりますよ!」


「えっ!? それじゃ、音鳴ななるさん達が間に合わないんじゃ……!」


 ゆーちゃん達を襲うのは今まで想定はされても、動きがなく警戒が下がっていた敵勢力の侵攻予測。何かしらの理由により、アメノトリフネが狙われていた事態から一転する、日本の本土を狙うと言う不測の事態が弾き出されたのです。


『これは非常事態だ! 地球の同胞達よ、その艦群を食い止めるんだ! さもなければ、君達の故郷が異形の砲火で焼かれる事になるぞっ!』


 すでに天元鏡に突入する寸前であった、異形の三隻への突撃に移行するロズ君と紫水しすいさん。天空を駆ける剛腕の機体と、青銅色の軍馬を駆る魔嬢の女神が敵勢力を分断する様に飛んだ時。


 彼らから発された言葉へ、咆哮を上げる家族達がそこにいたのです。


「行かせないであります……! 我が祖国を守るのは、自衛官たる自分の責務! 相手がどんな存在だろうと、その覚悟に変わりはない……力無き弱者を守るのは、自分達であらねばならないであります!」


「今回ばかりは、姫リーナに同感でやがりますね! 今までナルナルや奨炎しょうえん達へ、思う所もあったでやがりますが……同じ立場に立って初めて分かった事がありやがります――」

「力を与えられたからこその、使命があるでやがります! そう……この命を懸けて、弱者を守らなければならないでやがります!」


 左右で響く声。力無き者のために戦う覚悟の咆哮。ゆーちゃんは今まで、その守られる側でしかありませんでした。けれど今は違う。同じこころざしを抱く仲間と、弱者を救うための立場へ立ち、


 そう――

 今の今まで、おにーちゃんがゆーちゃんへそうしてくれていた様に……。


 心の中で弾ける想いに従う様に双眸を閉じ、そして見開くと共に覚悟を宿したその時、それは聞こえて来たのです。パイロットなおにーちゃんにおねーちゃん達が教えてくれた、機体がゆーちゃん達を呼ぶ声が。


 ――我を欲するは汝らか? 彼方より敵を穿つ、神代の力を欲する者よ――


 意味合いとしては、大輝だいきおにーちゃんが聞いたと言うイレギュラーに近しいタイプの文言。それが、



 、神代の機体の切なる願いの言葉が。

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