memory:84 試験運用、巨大なる翼〈ストラ・フォートレス〉舞う

 アメノハバキリの立ち位置も安定し、世界の名だたる国家へ提示するだけの名目も揃う頃。我が組織でも、六機めにして特殊任務兵装となるストラ・フォートレスの試験運用開始時間が差し迫っていた。


「それではフレームの発進準備に移るが、現在その機体は指輪の感応も起きてない素の状態だ。こちらでは、今までと違い三人の意識共有がキモと読んでいるが――」

「我が機関での暮らしで、友人としての絆を深めた君達ならば、その時もすぐ訪れると想う。」


『分かりました。では、ゆーちゃんは……あっ!?』


「はは、構わないよ。友人との関係も大事だが、機関員みなとの関係も大事だ。友人の間でその呼び名が定着しているなら、我々もそれで対処しよう。」


『よかったでやがりますね、炎羅えんらさんから、ゆーちゃん呼称を認められて。』


『ウルスラ、あまりを虐めるなであります。自分もの呼称は、とても愛らしくて良いと思っているでありますゆえ。』


『どーでもいいけど、。その呼称なあんたも、大概でやがりますからね?』


 そしてこの機体では三人の搭乗者が求められ、それに選ばれる事となった皆樫 雪花みなかし ゆっか君、ウルスラ・浜路はまじ・オプチャリスカ君……そして参骸 姫乃さんがい ひめの君がパイロットルームとなる区画で応答する。当初はいろいろと衝突もあったウルスラ君に姫乃ひめの君であったが、仲介役のポジションで見た目以上の大人ぶりを発揮する雪花ゆっか君が混ざる事で、想像以上に良い関係を構築できたのは僥倖ぎょうこうとも言えた。


 その三人が醸し出す空気が、初試験運用となる機体への不安を和らげる事にも成功し、終始リラックスしたムードのままフォートレス初フライトの定刻が訪れる。


 そう――この機体は、最初から地球大気圏内はおろか宇宙空間運用をも視野に入れた、恒星間航行を可能とするロスト・エイジ・テクノロジーの産物でもあったんだ。それら技術を内包する機体サイズの関係上、第一格納庫下部へ秘密裏に建造されていた第二格納庫より、海中射出カタパルトからの発進となる。しかしそれを考慮しても、このアメノトリフネが有する規模が、いかに巨大であるかが想像に難くない。


 全容さえ明らかでない機関施設の件を置いておく事とし、定刻通りに試験運用を実行に移す事とした。


「これよりストラズィールの六機め特殊枠となる、ストラ・フォートレスの発進準備に入る。御矢子みやこ君、第二格納庫と密閉大通路を開放。」


「了解です。密閉大通路扉開放……第二格納庫より、ストラ・フォートレスをハンガースライド。各部、耐圧耐水センサー良好。周辺海域の船舶航行及び、海中側への忌避音波発生による、海洋生物の回遊状況クリア。」


「よし、ハンガースライドを終えたら第二格納庫を閉鎖。耐圧耐水確認を怠らない様に。」


 アメノトリフネは太平洋上に浮かぶ島要塞型施設であり、海中下部は常に海水の耐圧耐水性能が求められる。さらには塩害に対する防御能力も必須であるが、それを可能にするいにしえの技術の一端で外隔壁に使用される人工オリハルコンは、宗家の文献にも登場する神代の金属を模した物。


 現代技術水準の攻撃や物理事象などではびくともしないが、内包される様々な機器に設備は全てがそれに耐えられる訳ではない。それらを踏まえた、施設運用手順も同時に求められるんだ。


 ほどなく、200mを超える機体がハンガーごと大通路へ移動するや、海水注入が始まり海洋との圧力差を減少させて行く。ストラ・フォートレスの構造上海洋での戦略運用も可能とする、海中射出の時が迫っていた。


「アメノトリフネ……ストラ・フォートレスとの通信リンク良好。おねーちゃん、そちらはお任せするですの。」


『了解でやがります。アオイはトリフネの方、任せたでやがりますよ?』


 各員の気概は良好。全ての準備は整った。


「試験運用定刻。ストラ・フォートレス、発進せよ。」



 そして、未知の戦力とも言える機体テストが開始される事となった。



 †††



 与えられた翼は想像を遥かに超える大きさで、それを目にするだけでも、これから自分がなさねばならない事の重要さを理解しました。


「き、緊張しますぅ〜〜。ゆーちゃんはこんな、機械とかは詳しくないんですが……。」


「そこは自分がサポートするであります。ゆーちゃんも落ち着くであります。」


姫乃ひめのさんにまでゆーちゃんって言われる……。」


「今さらでやがりますね、ゆーちゃん。さあ、始まるでやがりますよ? メインパイロットはあんたでやがりますからね。しっかり最初を決めるでやがります。」


 不安がないなんて言えません。正直不安だらけです。それでも同じ場所に、素敵なおねーちゃんな姫乃ひめのさんにウルスラさんがいるからこそ、なんとか耐え凌ぐ事ができるのです。


 そうして発進準備を終えたストラ・フォートレスが、射出カタパルト前大扉を満たす海水に沈んだ頃。圧力を伴い轟音響かせるそれが、新しい門出を祝う様に開かれたのです。


『試験運用定刻。ストラ・フォートレス、発進せよ。』


「はい! ストラ・フォートレス……発進します!」


 炎羅えんらさんの声に背を押され、引き締まる面持ちで発進の号令をかけるや、200mもの巨体が恐ろしい勢いで海中カタパルトより射出。けどそこで、加速により発生するはずのGをほとんど感じないのは、これが本来宇宙航行さえも想定しているシステムを有しているからとかなんとか。


 気がついたら宇宙へ行ける乗り物の中なんて、ゆーちゃんの人生史上初の吃驚仰天びっくりぎょうてんです。


 コックピットルームは光学映像を扇状に映し出す構造。カウンター状のそこへ、ゆーちゃんが車椅子ごと収まる形。パネル操作と、生体信号感応パドルによる神経反射操作がメインシステムを制御する感じです。


 そして――


「射出確認であります。海中での耐圧、耐水負荷は安定域で推移。これより、速度を維持したまま海上へ上がるであります。」


 右後方から聞こえる頼もしい声は、現役自衛官三尉である姫乃ひめのさん。手にした知識を駆使し、流れる様なパネル操作を淡々と熟す様は、国家を守る自衛隊と言う組織の有能さを感じさせます。さらに左後方では、同じくパネル操作でアメノトリフネとの通信管制を成すウルスラさんが、これまた見事なパネル捌きで熟れたお仕事をやってのけています。


「通信管制、良好でやがります。アオイ、こちらの機体運用状況はちゃんと把握できてやがりますか?」


『問題ありませんの。施設側通信も良好。機体運用データは随時、御矢子みやこさんの担当セクションでリアルタイムリンク中ですの。』


 沙織さおりおねーちゃんや音鳴ななるおねーちゃんから聞いた話では、お二人はいつも喧嘩している様に見えて、その実はとても信頼しあってると聞いています。だからこそ、機関施設側とこのフォートレスの通信管制で阿吽の呼吸が見込める……そういった経緯からの、ウルスラさんのサブパイロット起用であるとも。


 そう……ゆーちゃん達は素敵な大人達の有り余る期待の中、こんな巨大な機動兵装への搭乗を許された者なんです。


「メインシステムは正常に作動中です。では、海上へ向けて浮上。アップトリム20……ストラ・フォートレス、飛びます!」


 二人のサポートを受け、心が決意と覚悟を宿したゆーちゃん。おにーちゃんと助け合いながら生きて来た、先の見えぬ永遠の悪夢とも思える数年が思考へと浮かび、しかしそれを超えて行くため飛翔の咆哮を上げたのです。


 ……、討ち倒すための飛翔の咆哮を。


「……行くよ?フォートレス。あなたにゆーちゃんが名前をあげる。君はこれから、シャルーア……ストラ・フォートレス シャルーアだよ。」


 脳裏へ浮かんだ、何のことはない言葉の羅列。けれどそれこそが相応しいと、思うままに名付けたフォートレスの真名まな。海上へと一気に競り上がる機体の動きを感じつつ、同じ空間にいた二人も、それを耳にし笑顔と首肯をくれました。


 、機体を操縦するためのキーとして渡されていたヒヒイロカネの指輪が、鈍く光を放ったのを確認した時――



 海洋の壁を突き破る様に、私達の翼である〈シャルーア〉が眩き陽光を受けて空を舞ったのです。

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