memory:83 御家確執の闇

 地球の地上と宇宙共に、異形の魔生命デヴィル・イレギュレーダ侵攻が僅かな陰りを見せる頃。嵐の前の静けさとも取れる最中、対魔討滅機関アメノハバキリは子供達受入れを確実に進め、地球防衛の基礎を固めつつあった。


 しかしその動向をよく思わない者が暗躍し、防衛の中心的存在である守護宗家……それも 狙いすます。宗家特区外に位置する社会統制空白地帯。国家の治安維持はおろか、宗家の支配からも逃れる闇がそこにあり――


 満ちる闇へ巣食う国家の病巣は、御家の異端児追放を狙う者達との癒着が顕著となっていた。


『――そうだ。草薙 炎羅くさなぎ えんらがこれまでしでかしてきた、国家法に抵触する事例を片っ端から収拾拡散せよ。守護宗家と言う閉鎖された組織内ならばともかく、市井の民がそれを目にすれば噴き出す批判の嵐は避けられまい。』


「ああ、そこはアンタ達に従うぜ。だが……おたくらも似たような事を、これでもかと繰り返してきたんじゃねぇかい?」


『口を謹んだ方がいいぞ?情報屋。それを事実と認識しているなら、そちらの命をいかようにもできる。』


「怖えぇ怖えぇ……。分かってんよ、んなことは。アンタらに不利が及ぶ事はしねぇさ。」


 先に半グレが起こした騒動が、無かったかの様にもみ消される治安空白地帯にて。あの宗家転覆を狙う、天月てんげつ家の息のかかる者が携帯越しで、不穏なるやり取りを行っていた。


 一見して町のゴミ収拾を担当する作業員の体の男は、携帯先の依頼主へ剣呑と萎縮した演技を披露する。そんな彼を利用せざるをえない宗家不逞も、注し以降はいたずらにそれを言及する事もなかった。


 携帯通話が切れるや、血なまぐさい都会の喧騒に紛れるゴミ収集車の運転席で、まさに人の世のゴミを見る様な視線の男が嘆息のまま毒づいていた。


「俺達市井の民は、あんな雲上の輩共のやる事なんざ知ったこっちゃねぇが……話は別だ。」


「ヒロっさんの口座、えらい額が振り込まれてたらしいっすね。ゴチんなります。」


「テメェ……調子よくたかってんじゃねぇよ。それよりもWNSワールド・ネット・ソーシャル開け。そうだな……金を積めば何でもやる連中に、宗家と草薙の闇情報を流させとくんだ。百人サクラがいりゃ、あっと言う間に拡散して大炎上……天月てんげつ家からの依頼以上の成果は期待できんぜ?」


「うっす。すぐに反応する奴らに、情報流させときます。」


 そして助手席から、裏仕事上発生する莫大な報酬へたかるハイエナか、共犯であろう後輩が卑しく口角を上げて吐き捨てた。三神守護宗家は草薙家、現表門当主である憂う当主炎羅をネットワーク上で炎上させんとする旨が。


「今世間を賑わせてる宇宙からの化け物か? んなもんは、自衛隊か米国軍にでも任せておきゃなんとかなんだろう。それが古代技術か何か知らねぇが、そんじょそこらのガキども捕まえて、ロボットごっこでタマの取り合いさせるとか、頭おかしいんじゃねぇか?」


 ほどなくゴミ収集車が、始動と共にディーゼルエンジンの排気音を奏でて場を後にする。その中で醜悪に歪めた不満顔で愚痴りを零す男がそこにいた。


「流す情報どれを取っても、あちこち法に触れるのは確認済みだ。それを表沙汰にされりゃ、あの草薙とか言う奴は逮捕もまぬがれねぇだろ。そして奴を裁判沙汰でムショへブチ込む事ができりゃ、あとは天月てんげつのダンナの天下も同然。」


「そっすね。そして俺達は、破格の依頼料を手に国外へドロン……ウハウハっすよ。」


「だからたかんじゃねぇって言ってんだろ、ホリ。ま、世の中情報握った者が勝つって寸法だ。俺らはそこへ便乗させてもらうとしようじゃねぇか。」


 情報屋ヒロネット後輩ホリが醜悪な笑みを交わし合う。それは地球存亡がかかる戦いの中巻き起こる、低俗にして下劣なる人類社会の闇の出来事。



 対魔防衛組織アメノハバキリで自分を見つける事の叶った子供達を、嘲笑うかの如き大人社会の業欲そのものであった。



 †††



 健気な娘嬢雪花専用機が公開されて数日。思い出した様な異形の魔生命デヴィル・イレギュレーダの襲来が機関へ降り注ぐ。


 公爵級デューク・デュエラに加えた男爵級バロン・ガングを中心に、強襲小悪魔ガーゴイル級と小悪魔グレムリン級が群れなす襲撃。が、ようやくの充実を見た対魔討滅機関アメノハバキリの戦力は、その程度ではひるむ事などなかった。


『敵デヴィル・イレギュレーダらは、こちらを真っ直ぐに狙って来ている! 行けるかい!?音鳴ななる君!』


「言われるまでもありません……。すでに私のゲイヴォルグの狙撃射程範囲内。落としちゃいます、私的に……!」


「しっかり狙えよ、音鳴ななる! オレと大輝だいきで突撃する空間を作ってくれ!」


「……おいテメェ将炎しょうえん、俺に指図してんじゃねぇよ。やるぞコラ。」


「っせえな! お前単独じゃ、無謀に突撃して台無しにすんだろが! この!」


「ああもう! あんた達、ケンカは後にしなさいなっ! 闘真とうまも何か言って——」


「サオリーナ……任せた。」


「ちょーーっ!? アタシに丸投げって、どういう事っポイ!?」


 五機の霊装機神ストラズィール――穿つ者 ゲイヴォルグを始めとする、貫く者 ガングニール、応える者 フラガラッハ。そして、打ち砕く者 ミョルニルに仁義なる者 フォイル・セイランが、日々の訓練を経て展開する戦術は魔の軍勢さえも一蹴する。


 宇宙で防衛線を張る高貴なる魔軍も、目を見張る活躍ぶりであった。


「ふむ……そちらから聞いた地球人類の現状から、不安しかなかったのじゃが。これならばまあ、戦力として数えるだけの及第点は提示できるのぅ。」


『そうだ。そこへ我が誇りある魔の子らが関わり、少しは時期を早められた事も付け加えておく。よくやったな、シザ……そしてロズウェル。』


『ありがたきお言葉! しかし我らは、魔軍としての誇りの元、なすべき事を成したまでです!』


『シザに同意。しかしそれ以上に、彼らの研鑽……未だ愚行の限りを尽くす不逞など足元にも及ばぬ、純粋にして気概溢れる心持ちこそが要因となっています。』


 今しがた、溢れる宇宙側の異形を叩き伏せた高貴なる魔の将達。

 荘厳なる出で立ちの紫雷しらいこと、魔王 アスモデウス。その配下となる貴公子 シザ・ビュラ。そして後に合流を見た、幼子と老齢なる雰囲気が同居した妖艶なる魔嬢……紫水しすいこと魔王ベレト。さらに彼女の配下である魔太子 ロズウェル・J・フェンベルドが集結する。


「何じゃ? そち達すらも見惚れる素養を有しておるのか、あの地球の子らは……。それは相まみえるのが楽しみな所じゃの。しかし――」


 現在対魔討滅機関アメノハバキリとの、宇宙と地上に於ける共同戦線を張る彼らは、地球の惨状を憂いそこに参集している。魔の異形がいつ手に負えぬほどに溢れ返り、最も危惧する事態へと進み行くか分からぬ今――


 対抗勢力は多いに越した事はないとの見解で一致する魔将らがそこにいた。


 しかし一方……魔将らは元来、人類も有する欲望を司る存在であり、さらに凝縮したそれらを併せ持つ種である。故にその欲望に染まらぬ自我を保つことこそが、魔の高貴さを損なわぬための唯一の策であり、それを怠った者は負の深淵に浸蝕されるのだ。


 その中でも、妖艶な幼将紫水の持つ愛欲に関しては最も歯止めの聞かぬ業欲であり、魔導外郭内モニターで一つの映像を見やる彼女へ、それが少なからず顔をもたげていた。


「この草薙 炎羅くさなぎ えんらと言う男……なかなかに男前じゃのぅ。いかん……わらわの情愛が顔を覗かせて困った事になりそうじゃ。」


『し、紫水しすい様!? いけません、その業欲に身を委ねては! それにあなたは、であらせられます! 地球地上の、男女に於ける関係を築くには無理が――』


「なんじゃ?ロズ。お主、妬いておるのか? 全く……初いやつよのう。そもそも人類の文化でも、性別の壁を超えた真理を体現する地域はあろう? 問題はないはずじゃ。」


 そして漏れる欲情と共にカミングアウトされる言葉は、魔軍では何のことはない常識である。霊格的に見ても、人類と大きく異なる文化形態を有する彼らにとって、見た目と内面で性別が異なるのは問題にもならない。


 火急の事態が迫る中、導かれた魔軍監視団ルミーナティル・マギウスでも珍しいほのぼのな雰囲気は、妖艶な幼将の為せる技。彼にして彼女は、ただ見境いなく愛欲をばら撒く存在にあらず――



 かつて光に属した折には、未来溢れる恒久的な平和を導く愛欲の女神であった事が由来するのだ。

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