memory:82 繋がれた救いの力

 自分が機動兵装への搭乗を許可される――


 当初は陸上自衛隊からの出向と言う立ち位置で、かの三神守護宗家への移動が決まった事で、また自分の存在を嫌った上層からの嫌がらせかと思った。すでに配属されていたパパも、実質は自衛隊内部の一部上層幹部指示による強制出向……詰まる所の厄介払いであるのは聞いていた。


 それでもパパは、自分が地球防衛の最前線に立てると意気込んでいたのだが。自分はなぜパパが、一部幹部からの不当な扱いを受けながらも、自己犠牲の精神を貫けるのかが理解できなかった。


「それでは雪花ゆっか君、姫乃ひめの君、ウルスラ君はあの機体ハッチより内部へ。まずはコックピットへと向かい、起動シュミレートを熟して見せてくれ。」


「はい! あ ……姫乃ひめのさん、ありがとうございます。」


「ちゃんとハッチまでのハンガー通路が、バリアフリーで安心であります。ウルスラも――」


「おい、姫リーナ。とりあえず一緒の機体に乗るんだから、そのウルスラ嬢とか言うのはやめるでやがります。」


「む……ではウルスラと。行くであります。」


 炎羅えんら殿から聞き及んだこの、200mに及ぶ巨大な機動兵装へのハンガー通路を、雪花ゆっか嬢の車椅子を押し進む私。そこまでの道のりで、今までの過去が次々溢れ出したのを覚えている。


 最初はパパの背を追い進んだ自衛官の道。けれど現実はあまりにも過酷で、衛生兵への道を選ぼうとその過酷さは何ら変わらず――否。


 その道はさらに過酷さが跳ね上がるものだった。


 そもそも衛生兵であろうと、いざ国際支援へ出向けば血で血を洗う戦場の真っ只中。そこで救うべき弱者は愚か、仲間さえ守れぬ様では本末転倒。だからこそ、前線での戦闘に絶えうる戦闘力にサバイバル術が衛生兵にも求められるのだ。


 衛生兵を目指しながら、その手には銃を持ち、数十Kgの荷物を背に草むらをほふく前進のまま全速で進む毎日。そして訓練を達成できなければ、上官よりの叱咤しっせきが飛ぶのが現実。


 その上で衛生兵に必要な医療知識まで網羅するなど、もはや地獄の過程とも言えた。


 それでも進んだ自衛官としての人生。努力が認められ、胸に輝くエンブレムが一つ、また一つと昇格を見る頃――


 そこで想像もしなかった誹謗中傷が、私を襲う事となった。


『そのコックピットは、三人用とは思えねぇほどだだっ広い! 全部を把握するには、三人でも時間を要するだろう! けどな、! 忘れんなよ、嬢ちゃん共!』


「……確かにこれは、想像を絶する広さ。人型のタイプとはまるで異なる様相であります。」


「でも雪花ゆっかの車椅子が、そのままコックピットシートに連結出来るって凄いよ!」


「あー雪花ゆっか? たしかアオイの話だと、雪花ゆっかはゆーちゃんで行くと言う事じゃなかったでやがりますか?」


「はうぅぅ……忘れててよ、ウルスラさん。」


 目の前ではしゃぐ二人を尻目に、自分の思考には過去の悲劇が渦巻いていた。


 誹謗中傷は当然、陸上自衛隊内部の一部にもささやかれてはいた。けれど問題はそこではない……自分が住まう家の近隣住民からのモノこそが、鋭利な牙を向いてこの身を襲ったんだ。


 パパはそれでも、家に戻るたび「気にしなくていい」と明るく振る舞っていたけど、自分は理解が追いつかなくなっていた。


 なぜ自衛官として、弱者のために立ち上がった私達がさげすまれるのか。

 なぜ……女性の立場で自衛官を目指した自分が、あらぬ誹謗中傷に晒されなければならないのか――


 答えは一向に出る気配もないまま、自分はある初の実践任務へ付く機会が訪れる事となる。それは近年増加の一途を辿る極めて危険な、自然災害時の救難活動任務。



 全てがひっくり返る出来事で、私は……今の自分を形成するに至ったんだ。



 †††



 増加の一途を辿る自然災害。人類社会は、地球規模の局地災害に見舞われる時代へと突入していた。


 数多の国や地域を尽く破壊していく大自然の猛威は人類にとって恐るべき驚異であり、故に古来よりそういった人智を超えた厄災は、見えぬ高位の存在が齎す怒りだのたたりだのとうそぶかれていた。しかしその実は、巨大なる大地へ当たり前に存在する物理事象であったのだが――


 その事象を深刻化させたのは他でもない、人類自身であったのだ。


 だが人類全てが悪ではない。そこへ立ち向かう人類も存在し、大災害の元となる誤った文化の有り方を正す者や、大災害の驚異に怯える力なき弱者のために己もいとわぬ者も存在した。


 日本国が誇る自衛組織〈自衛隊〉――

 多くの国家が、他国侵略からの防衛手段として備える軍とは大きく異なる、専守防衛に特化した組織。その任務の大半は、国家を襲う自然災害被害の最中、身を賭して国民を守る国家の守りの要である。


「要救助者がまだ、十名以上取り残されている! 救助隊及び警察隊との連携を密にせよ!」


 それはある日の地方での事件。降り続くゲリラ豪雨と呼ばれる災害で、決壊した河川から溢れ出した濁流が流域の町々を飲み込み、賑やかな住宅街に、繁盛していた商店街全てが氾濫したそれに飲み込まれた時の事。


 数百名に及ぶ市民が濁流の中取り残され、二階近くまで迫る水の驚異から逃れる彼らへの救いの力として、急遽自衛隊への出動要請が発されていた。


 しかもその際、全国で類を見ぬ程に巻き起こる災害の中、各所へ自衛隊員が同時に派遣された事により、末端の隊員にも出動要請が届く事となる。


「参骸隊員! 君の任務は、救助された市民への臨時処置だ! 災害が同時多発的に起きた事で、君の現場での初任務が難事となったが――」

「遅かれ早かれその時はやって来る! この任務でしかと経験を積み、より多くの市民救済に役立てよ!」


「了解であります!」


 救助隊の人員不足を補う自衛隊の出撃。陸自ヘリを飛ばし向かうそこに、上官と同僚数名に混じり一人……女性自衛官の姿があった。当時衛生班としての実務訓練中であった、娘三尉姫乃が乗り合わせていたのだ。しかしその頃はまだ三尉の座にはおらず、訓練生止まりの身分であったのだが。


 本来ありえない彼女の現場出撃の裏では、現在処罰対象となった一部の上層幹部による不手際がささやかれていた。


 それを押し付けられる形となった上官は、幹部の指示に従う他ない中、彼女の未来こそを願い救出部隊への受入れを承諾していたのだ。


 だが運命の歯車は、彼女へ悲痛なる因果を齎した。担当した区画の市民救助に当たっていたそのチームは、陸自ヘリが強風に煽られた事で濁流の中へと着水し、ありえない事故が起きる事となる。


 そして――


「――ここ、は? ……私は、こんな所で!? 皆は……私が搭乗していたヘリは――」


「気が付いた様ですね。ここは駐屯地の、臨時医療班テント内です。よく無事で帰って来ました。我らも安堵しましたよ……救出チームのヘリが墜落して濁流に飲まれたと聞いた時には……。」


「そん……な、私だけが? あのヘリには、上官殿含めた五名が搭乗していたのに……!?」


「現在捜索活動中ですが……あの濁流で奇跡的に助かったのは貴女だけと、上層部は仰っております。ヘリが流されずに建物の間へと挟まった所、と、報告も上がっています。」


「……っ!?」


 濁流に飲まれる中……彼女の未来を案じた上官は、己の命さえも捨てて彼女の命を優先していた。意識を失いかけるその身を、流される可能性が低いと察したヘリへと繋ぎ止め、そこで力尽きた上官は残る者達とともに激流へ――


「思い出しただけでも、自分が如何に恵まれていたかを思い知ったであります。」


「……なんでやがりますか?姫リーナ。そんな唐突に。」


「ああ、失敬。こちらの話であります。」


 悲しき過去へ思考が囚われていた娘三尉は、ポニテ姉ウルスラの声でふと我に返る。悲劇はすでに過去。そして今は、そうやって繋ぎ止められた命が、今度は多くの命を救う助けになれる舞台に上がっている。


 その現実を噛み締めた娘三尉は、己を救い命を落とした上官へ……そしてその彼女をそこまで育て上げた父へ誓う様に視線を前へ。



 これより信頼に足る友人と共に操る事となる、巨大なる機動兵装コックピットを一望する彼女がそこにいた。

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