memory:81 正義のヒロインに憧れた少女

 あの惨状は忘れもしない。自分達からは、遠く遥かな外国の出来事と思って止まなかった日々。それは突然訪れたんだ。


 町を包む当たり前の日常が、降り注ぐミサイルによって瓦礫と化し、未来が一瞬にして絶望へと塗り替えられて行く――地獄。そんな中ママは、ある一つの決断をしていた。


「あの人はどの道、露軍の上官の誰かにつかなければならない運命。ならあたし達は、何としてでも逃げ延びる……それがパパへの愛のカタチよ?」


「ママ、にげるの? おクニから、いなくなるの?」


「こわいよ、ママ……。」


 物心着いた頃の記憶で、他国への亡命を画策するママの、覚悟宿る表情が焼き付いて離れない。それから程なくして、ウルスラ達はママが逃げ延びる先に選んだ日本国……三神守護宗家へと身を寄せる事となったんだ。


「ママ……なんでそれを、早く言ってくれなかったでやがりますか。」


 すでにママの意思を継ぐ形で出向する、宗家擁するアメノハバキリ施設内。そこで祖国どころか世界さえも救わんとする同年代との、相部屋と言うシチュエーション。今はトレーニング中のサオリーナに、聞かれる事もないとの油断の中ひとりごちていました。


 と、気付いたあたしはいつも使う事のない私物の携帯へ、何件か着信があるのに気付き、思わず発信者の名を凝視します。


「しまったでやがります……(汗)。ここに来て携帯なんて使う事もないから、思いっきり放置してたでやがります。」


 直前で自分の吐露を思い出し、少し恥ずかしくなりながら発信元へ電話をかけ、やっちまったと零してしまうのでした。


……でやがりますか。着信が届いてるって事は――」


 嫌な汗に濡れながら、二・三度響いたコール音の直後、あたしをつんざいたのです。


『やっと出たーーー! こるぁーーウルスラーー! ママが電話してんだから、ちゃんと出んかっつーの!』


「無いなる……耳が無いなる(汗)。……ごめんでやがります、ママ。自室に携帯放置してそのままだったでやがります。」


『……あんたまだ、その口調でしゃべくってる訳? はぁ〜〜どこで育て方間違ったかなぁ。っと、そんな事はどうでもよくて!』


「どうでもいいでやがりますか(汗)。」


 電話に出たと思えば、耳を強襲した声。けど、あたしとアオイの心を、あの戦禍に包まれた日々からずっと支え続けてくれたかけがえのない肉親のモノ。携帯へいくつもの着信履歴を残していたのは他でもない、あたし達双子のママ――


 あのが口にした、ストラ・フォートレス建造に関わる守護宗家の古代技術研究機関 日本本部所属、ハルミ・浜路はまじ・オプチャリスカ博士の声だったのです。


 ただママ……と言うにはあまりにも幼さが残る声質で、日本で言う所のJKの如き口調で語る感じは、パパとママの馴れ初めが発端でもあるのです。そう――

 ママは若年飛び級で大学へ到達した秀才で、成人する頃には海外にある大学教授からのオファーが来るほどの有能人材。な上に、感覚がJKのまま大人になってしまった人でもあるのです。


 そのオファー先にいた事により、偶然ママと若い身空で良い仲になった人こそが、露国研究機関所属のパパ。露国軍人だったのです。


 そんなママがまくし立てる通話ののち、少し落としたトーンで語り始めたのです。


『フォートレスの件はそっちへあらかた伝えてるし、今さらあんたにとやかく言う事でもないんだけど……少しだけパパの情報を得られたから、連絡しようとしてた訳。』


「パ……パパのでやがりますか!?」


 唐突に告げられたパパの情報との下りで、思わず心が動揺の中で飛び跳ねるあたし。けれど語られるそれは、とても手放しでは喜べない内容でした。


『どうもあの人、すでにこのいないらしいの。守護宗家に関わるくらいだから、宇宙に同胞……同じ人類が居住してる事ぐらいは知ってるだろうけど。要はそこへ向かった露国の上官で、。』


「……ウソで、やがりますよね? パパが宇宙にいるとか……。」



 パパが生きている真実が霞む様な衝撃の中で、話も中途半端に流していた自分がいたのです。



 †††



 健気な妹嬢雪花専用機の旨が伝えられた日の午後。快晴から曇天へと移り変わる洋上の変化は、年頃の子供達が醸し出す雰囲気の様に変容し、やがて通り雨を経て厚い曇を陽光が切り裂いて行く。


 霊装機神ストラズィールパイロットである子供達は訓練に明け暮れた後、遅めの昼食へと進んでいたが、今はまだ機体が存在しない三人とその他メンバーが一堂に会する。


 場所はゴタゴタが一段落ついた大格納庫のデータ室。そこへ健気な妹嬢、娘三尉姫乃ポニテ姉ウルスラが面を合わせ、さらに機体データの閲覧のためにツーサイド妹アオイを始めとしたやんわりチーフ青雲真面目分家御矢子に、憂う当主炎羅聡明な令嬢麻流が詰める。


 そこへさらに、機体お披露目の下準備を終え、下部格納施設から頑固整備長一鉄が上がって来た。


「大型格納庫地下層のシステムは起動させたぜ。この格納庫の中央区画が一部開放されっから、そこから下を見ればやっこさんとのご対面だ。」


「ああ。ご苦労さまだ、おやっさん。では雪花ゆきか君に姫乃ひめの君……それにウルスラ――ウルスラ君?」


「うひゃっ!? ななな、なんでやがりますか!? べべ、別にアオイがハブられてとか……――」


 そうして話題を振られた憂う当主の言葉へ、覚悟を決めた様な二人の少女に対し、上の空であったポニテ姉だけがなぜだか慌ただしく言い訳を口にする。が、その内容を察したツーサイド妹が、姉を制する様に言葉を続けた。


「おねーちゃん、余計な心配はいりませんの。どの道アオイは、前線で戦うとか得意ではないですの。それにストラ・フォートレスに通信管制担当が必要であるならば、おねーちゃんとアオイの連携も重要と考えてるですの。」


「……アオイこそ、余計な気を回すなでやがります。まあ通信管制のやり取りで息が合うのは、あたしウルスラとアオイがあってこそでやがりますからね。」


「ウルスラさん、妹思いなんだね!」


「同感であります。」


「あ、あんたたちは五月蝿うるさいでやがります!」


 そして妹に回された配慮へ返せば、これから運命を共にする二人からのポニテ姉へと降り注ぎ、彼女でもまずないほどの紅潮のまま動揺を顕とした。


「仲が良いのは、今後の機体運用上でもメリットとなるだろう。では、麻流あさる――」


「ええ。格納庫の中央区画まで参りましょう。」


 共にある少女達の意気投合ぶりへ微笑を送る宗家夫婦は、アイコンタクトののち皆を格納庫中央区画へと誘導する。その端部……近付くと迫り出した機械格子の囲いが、中央全体を覆い排気音が鳴り響いた。


 一同が見守るその中で、今まで一層と思われていた大格納庫がさらなる地下部を曝け出し、その区画全体へ陣取る巨大な機影が少女達の双眸へと飛び込んで来た。


「おおっきい〜〜!!」


「いやこれ……生で見ると想像以上でやがりますね(汗)。」


「……これほどとは。腕が鳴るであります。」


 メイン及びサブパイロットへ選ばれた少女達の、三者三様の言葉が飛び交う姿は正しく、巨大な機動兵装を目の当たりにしてのもの。すでにデータ上で確認した巨大さはもとより、今までの人型から大きく意とするシルエットにこそ、驚愕を覚えていたのだ。


「これが全長、約200mに達する〜〜君達の搭乗する機体だね〜〜。多目的航空・航宙 特殊兵装支援機動霊装機神……現在仮機体名称を、ストラ・フォートレスと呼称するんだよ〜〜。」


「詳細は先程詰めた通りですが、この機体はかなり特殊な運用方法を考慮し設計されています。メインパイロットへ皆樫 雪花みなかし ゆっかさん。機動兵装管理運用及び、有事兵装実使用計画担当とし三骸姫乃さんがい ひめのさん。そして――」


「機体の武装全般に於ける、火器管制と通信管制担当とし、ウルスラ・浜路はまじ・オプチャリスカさんを要する六機目。この一機が揃う事で戦況の幅も広がり、これまで以上に過酷な戦いが予想される今後も、頼もしい援軍となるでしょう。」


 凛々しい面持ちも、自分が教鞭を取り受け持った子供達の活躍を想像してか、満面の笑みで語る真面目分家がそこにいた。そこまでを聞いたポニテ姉が、自分でも思わぬ言葉を零していたのだ。


「まるで小さい頃見た、〈仮面怪盗団〉みたいな展開でやがりますね……。」


 呟かれたのは、彼女が小さな頃偶然母と見たジャパニメーション作品の名。社会から弾かれた少年少女達が、謎の力を召喚出来る仮面を手にした事により、社会のクズの様な大人達の心を盗む力を得ると言う、痛快怪盗アクションアニメ。その中には、主役級であるも前線ではない後方支援で大活躍するヒロイン達が描かれていた。


 幼き頃に夢見たそれは心の底へと刻まれ、彼女の正義の原動力となっていたのだ。


「あ、おねーちゃんあのアニメ、ずっと見てたですの。良かったですね、夢が叶って!」


「ば、ばばば、バカを言うなでやがります! 誰があんな変身ヒロインなんか――」


「ウルスラさんが変身ヒロインアニメ好きですとーーーっ!!? そこんとこクワシク!!」


「ど……どっから湧いたでやがりますか、この万年引きこもりスナイパーはっ!?」


 遅い昼食を終えたパイロット組。中でも、アニメの話へ食らい尽き襲いかかる、穿つ少女音鳴の餌食となったポニテ姉。



 騒がしくも微笑ましい、追加霊装機神のお披露目が続いて行くのであった。

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