memory:80 遠き祖国の悲劇を胸に

 憂う当主炎羅やんわりチーフ青雲が残る霊装機神ストラズィールの個体概要説明に移る中。一人悔しさのあまりきびすを返したポニテ姉ウルスラは一人、展望窓のある通路へとおもむいていた。


 視線は窓外の洋上へと向けられるが、その想いは遠き祖国へ思いを馳せるものだった。


「仕事が残っていると言っていたので、司令室へ向かったらいなかったので探したであります。ここでありましたか。」


「……なんでやがりますか? お説教とかは間に合ってやがりますよ?」


「いえ、気になったので赴いたであります。」


「変わってるやがるですね。」


「お互い様であります。」


 そのポニテ姉を追い足を運んだ娘三尉姫乃も合流すれば、憎まれ口もどこかとげの抜けた様に和らぎ、視線だけで娘三尉を一瞥した彼女は再び窓へとそれを戻す。娘三尉もそこへ突っかかるでなく、ただ寄り添う様に窓際へと居並んだ。


「なんでやがりますか、気持ち悪い。さっさとあの残る機体説明概要とやらでも――」


「自分は自衛官勤務の際、カウンセラーの資格を所得したであります。そしてそれを活かすためにはまず、相手と同じ立場へ並ぶ必要があると考えているでありますので。」


「……それはってことじゃ、ないでやがりますよ(汗)。なんでやがりますか、全く……。」


 そのまま零す娘三尉の天然とも思える言葉に、ポニテ姉も盛大に項垂れた。が――


 少女はなぜか、その行為で本当に自分と同じ立場に立たれた様な感覚に駆られる事となる。


「あたしとアオイは、父が露国人……そして母が日本人のハーフでやがります。そして祖国の古代技術研究機関欧州部門に所属し、その間にあたし達が生まれたでやがりますが――」

「当時はあの国……知ってやがると思うけど、大変過酷な時代だったでやがります。」


「そうでありますか。」


 そして気が付けばポニテ姉は、本人も無意識のウチに己の過去話を零す顛末となる。


「幼かったあたし達は記憶もほとんどないでやがりますけど、当時は国民に軍への強制出向などという事態が巻き起こっていた時。当然パパは、軍部出向を已む無きとし、聞く所によれば……それ以降は消息が分からず仕舞いでやがります。」


「……そうで、ありますか……。」


 同じ立場との言葉が、あながち間違ってはいなかった娘三尉。正しく、父や母を慕う娘と言う立場での身の上話が静かに進んで行った。


「パパは消息が分からず、研究機関にいては戦火が飛び火する可能性があると考えたママは、ウルスラとアオイを連れて日本へ渡航する事にしたと。幸いにも、研究機関が守護宗家出資であった事で、晴れてこのアメノトリフネ前進機関への、任務名目の出向が決まったでやがります。」


「ママ殿が所属していたから、その流れで所属……と言う事でありますな?」


「ご明察でやがります。勘も鋭いでやがりますね、自衛官殿は。」


 そこで少しだけ視線を寄越したポニテ姉は、包み込む様な娘三尉の面持ちで口元が和らいでいた。そこから――


 身の上を聞かされた礼とばかりに、今度は娘三尉が語り始めたのだ。


「ウルスラ嬢とアオイ嬢の生い立ちから現在の、簡単な概要が知れたのは僥倖ぎょうこうであります。ならばそのお礼と言うのもアレですが……自分の自衛官としてのアレコレを聞いて頂けると、何かの助けになるかと思うであります。」


「しかたない、いいでやがりますよ。あたしにこんな話をさせた礼分は、きっちりこの耳で聞き届けてやるでやがります。」


 いつしか僅かな微笑みを交わし合う二人。



 そこからは娘三尉が、自衛官として過ごした過酷な日々がつづられて行く。



 †††



 同世代な少女だけの静かな時間が過ぎて行く。


 ポニテ姉ウルスラの身の上話に感化された娘三尉姫乃が、礼とばかりに語るは同じく、彼女の今までに関わる話であった。


「自分の家系はそれなりに血筋もあり、いくつもさかのぼった大日本帝国は、海軍時代からの軍家系でありました。すでに亡くなった祖父を継ぐ様に父が自衛官の道を歩み、それを見て育った自分も自衛官の道を歩む――」

「けれどそれが要因で、周囲からどれほどのさげすみを受けて来たかは分からないであります。」


「確か日本は、未だに男性至上主義がまかり通る遅れた時代背景でやがりますね。」


「それだけに留まらないでありますね。、その要因でもあります。」


 ポニテ姉に変わるように溢れる自分語りは、ただ自衛官を目指すと言う現実が如何に過酷であるかがまぶされる。彼女の様な女性が自衛官を夢見るのが、社会の禁忌とさえ思わされる様に。


「けれど自分は、パパ一佐の背をずっと追ってここまで来たであります。他の男性と同じでは決して這い上がれぬのは百も承知……ならばと――」

「他の候補者さえ選ばぬ道を、行く決心をしたであります。それが衛生兵と言う、後方支援の道でありました。」


 視線を窓の外に。しかし淡々と、それでいて自信に満ちた面持ちで語る娘三尉に、ポニテ姉は思わず言葉を零した。


姫乃ひめのも同じでやがりますね。目指したのは誰かを助ける正義の道。けど……。ストラズィールの操縦はナルナル達がいるでやがります。ウルスラは所詮脇役で――」


「ウルスラ嬢がならば、自分などはでしかないであります。脇役にさえなれない、裏方で支える立場。けど……その脇役を、自分は誇りに思っているであります。」


 視線を落とし溢れた言葉へ、予想だにしない返答が返され呆けるポニテ姉。己を敢えて下に置き、自分を鼓舞せんとする同世代に驚愕を覚えていたのだ。さらに直後――


 娘三尉から、想定すらしなかった言葉が放たれたのだ。


「けれど、これからでありますよ?ウルスラ嬢。。」


「……っ? 何を言ってやがるですか? 今、脇役に黒子と自分で――」


「あの六機目に当たるストラズィールは、確かに雪花ゆっか嬢専用と言う名目であります。が……あれほどの機能を備え、且つ超大型の機体を完全に掌握するには負担が大きいと。そのために準備されたプランが存在するであります。」


「じゅ……準備されたプランって……?」


 含みを乗せた娘三尉の言葉で、盛大に首を傾げるポニテ姉。そして語られる事実で、彼女の中の正義の意思が点火される事となる。


「機体識別コードは〈ストラ・フォートレス〉。それがあの六機目の暫定的な呼び名であります。役割として、航空・航宙多目的支援兵装と銘打ち、様々な作戦行動を可能とする機体――」

「あの機体だけで機体移送・補給・修復に加えた、偵察・後方支援を中心に、陽動戦術支援まで考慮し整備されているであります。さらには、本体以外のユニットが分離独立運用を実現し、各ストラズィールに合わせた強化戦術兵装へと変化すると。」


「ちょ、ちょちょ……あの一機でそんなに機能があるでやがりますか!? そんなの、全然聞いてないでやがりますよ!?」


 それは今まで双子姉妹にも伏せられていた事実。詰まる所、まさにその概要が語られるか否かで、姉が立ち去ったため聞き逃す形となっていたのだ。


炎羅えんら殿はこう言っておられました。「欲する状況が揃わねば開示ができぬ機密でもあり、そこに必要な者が揃えば遅からず開示する算段だった。」と。それを自分達へ向け仰られたであります。」


「必要な……者? 自分って……雪花ゆっかだけじゃ――」


 信じられぬモノを見る様な、双眸見開くポニテ姉はすでに悟っていた。だがそれを目の前で、確実に聞き届けねば信じられない。


 ゆえに、恐る恐る問い返していた。


 一呼吸を置いた娘三尉は語る。眼前の少女を見据え、との想いを乗せて。


「あのストラ・フォートレスには、。アレ程の機能を活かすに必要な、兵装関連有識者に加えた、火器及び通信管制担当となる者――」

「加えて、あの機体に関わる者より伝言も残されていると。フォートレスの建造に関わる女性……。」


「……っ!? ま……ママ……!」


 明かされた真実。衝撃の言葉を耳にしたポニテ姉は直後、気が付かぬ内にまなじりを熱く濡らしていた。



 自分の母が、自分を表舞台に立たせられる様尽力していた現実に。

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