memory:78 動く高貴なる魔と、暁国家の守護陣営

 地上で、対魔討滅機関アメノハバキリへ五人目の霊装機神ストラズィールパイロットが仲間入りしていた同じ頃。地球衛星軌道上でも動きを見せる高貴なる魔の者がいた。


 遥かな深淵より訪れる、増援とも言える複数の小型魔導外郭を従える影。それが別宙域へ発生した異形の群れを蹴散らして行く。だがその到来は、現在地球で宇宙側の防衛線を張る魔の若集からすれば想定すらしない状況であった。


紫水しすい様!? 早すぎます! まだイレギュレーダ共の群体状況が把握し切れぬ今、貴女様が訪れるのは――』


「んん? なんじゃ……わらわの参陣が不服なのかえ? ほほぅ……あのロズウェルのわっぱが大きく出たものよのぅ。……さっきから邪魔ばかりするの、このイレギュレーダ共。こうしてくれる。」


 何より、訪れた存在へ驚愕を向けるは温和な魔太子ロズウェル。言うに及ばず、本来の計画を前倒しにして参じていたから。


 かの天楼の魔界セフィロト知識の世界ビナーを統べし者。紫水しすいと呼ばれる幼女とも取れる存在が、温和な魔太子へお言葉を投げた。


 駆る機体は、細身でしなやかな女性を思わせる体躯の上半身へ、二対の有機機械翼を備える。それが魔導印を全身へとあしらう甲冑に身を包む青銅色ブロンズの巨大馬へ跨がる勇壮な出で立ち。女傑と言う言葉が似合う高貴さがそこかしこへと溢れ出ていた。


 が、温和な魔太子が魔導式通信でやり取りする姿は、矮小で、ともすれば幼女とも取れるわらべが映り込む。しかし浅黒い肌艶の体躯の頭部へ、下巻きに生える細身の双角が、幼子の様相さえも人外たらしめる。


 天楼の魔界セフィロトで言う所の、〈色欲の魔王 ベレト〉と言う姿が紫水しすいと呼称される幼女の本性である。


 魔嬢の騎将は〈ベレト・デモンズ〉。湧いて出る異形の魔生命を、長大な魔槍を振り回し撃退する様は威風堂々。さらには追い打ちとばかりに、青銅乗騎馬〈タナトス〉各所から放たれる超小型マイクロミサイルと思しきそれが、弾幕となり宙域を焼き焦がす様は正しく禁忌。伝説に準える古の神代の機体がそこにいた。


「待っていたぞ紫水しすい天楼の魔界セフィロト、七大宰相が一柱……魔王 ビレトたるよ。」


『なんじゃ……もうその魔印を踏む名を口にしておるのかえ。なるほど、紫炎しえん大兄者がいておられたのに合点がいったの。』


紫炎しえん大兄者が!? 紫水しすい様、それはまことで!?』


『……シザ? お主もわっぱから脱却した様な面構えじゃが……わらわの言葉が信に足らんというのかえ?』


『めめ、滅相もありません!』


 待ち人来ると通信を投げる堅牢な魔将紫雷と、妖艶な幼将紫水より齎された言葉へ反応する魔の貴公子シザ。そんな貴公子さえも震え上がらせる幼将の剣幕は、多分にもれず魔王の風格であった。直後――


 高貴なる魔の軍勢集結を皮切りに、深淵の彼方よりの通信が彼らへと届く事となる。それが放つ遥かな距離さえも無き物とする膨大な魔の霊力震……マガ・イスタール・ヴィブレードと呼ばれる高次元を揺るがす力が宙域全体を包み込んだ。


『地球圏の対魔防衛に携わる皆の者、揃った様だな。すまない……私はこの王冠の世界ケテルを離れる訳にはいかないのでな。通信でのやり取りを許して頂きたい。』


 だがなんと、あらゆる魔を屈服させてもおかしくはない力を放つ存在が、。されどその空気に驚愕を覚える魔の若集も、膨大な力に圧倒され二の句が継げない状況。


 それほどまでに、眼前の存在の持つ力は想像を絶していた。


『改めてみなに伝えておこう。この天楼の魔界セフィロト最上層世界の頂きを統べし私、紫炎しえんこと……。我らの真の体躯が封ぜられし母なる地獄、旧魔界である太陽系 影の惑星〈ニュクス〉にて――』

『その最深部たる地獄階層〈ジュデッカ〉へ、不穏な力の流入を感じた。恐らく目を覚まし始めている。我が兄弟にして、七大宰相が一柱……魔王 ベルゼビュードの魔導外郭が。』


『『……なんですって!?』』


 魔の若集が驚愕を覚え、魔王に準える二柱は苦虫を噛み潰した様に押し黙る。望まぬ事態到来――



 死と再生の魔王たるベルゼビュードの、深淵への堕落が始まったのだ。



 †††



 世界は宇宙と地上を交え混迷へと進んで行く。そんな中、暁の大国日本でようやくと言える動きが進め始めていた。


「では、賛成多数を以ってこの議題を終了したいと思います。」


 そこは政府高官が集う大会議の場。そして今しがた終了を見たのは、日本国政府主導で動くための法案議決閣僚会議であった。


 二時間余りの時間を緊張と共に過ごした関係官僚が散って行く中、一人の中年男性へと声がかかる。


聖眞ひじりま長官、お時間よろしいですか?」


「ああ、これは鼓原つづみはら統合幕僚長殿……すみません。お待たせした様で。」


 声をかけるは自衛隊を纏める統合幕僚長を頂く男。名を鼓原 幸尚つづみはら こうしょうと言い、今しがた呼び止めた長官となる男性とは酒を酌み交わす程の良友である。


 そして長官の座を頂く者は聖眞 清宮ひじりま せいぐう。日本政府防衛省長官にして、現在の国家に於ける三神守護宗家と言う組織容認派のトップである。


 アイコンタクトから、要人応接室へと向かう二人。辿り着いた部屋の周囲を確認後、閉ざされた扉にはロックがかけられた。それだけでも、交わされる会話の重要性を物語っていた。


「守護宗家の草薙くさなぎ当主が、あのアメノトリフネを指揮して以来……宇宙から訪れる異形の侵略者への対応はなっておりますが――」

「施設自体の損害は蓄積しており、突貫修復作業も人手が足りぬと、参骸さんがい一佐よりの打診を受けております。」


「ああ、それは分かっている。だからこその、此度の法案可決だ。明日には正式に通達がなされるだろうが、そこからはそちらに任せるから対応のほど、よろしく頼む。」


 豪勢なテーブルを挟み、ソファーへ浅く座す二人の男の双眸は、地球外より訪れる驚異にさえ後ろ向きな他の官僚とは異なっていた。宿す信念は熱くたぎり、次代の若者の未来こそを憂う彼らは、双方が称賛を送る守護宗家と言う組織の取り組みへ惜しみない支援を送る腹積もりなのだ。


 故に、彼らへ迫る不穏の足音にも敏感であり、それも踏まえた熱き官民代表が面を合わせての会合であった。


「時に……宗家の方でも動いている様だが、調進んでいるかな?」


「はい。警察組織で手の出せぬ面では、我ら自衛隊から選りすぐった精鋭を担当させております。奴ら……反宗家組織代表の天月てんげつ家を初めとした者達の、今後の動きにも目を光らせている所。そちらもお任せ下さい。」


「ああ、よしなに頼む。」


 要人を迎える部屋とは表向きに、完全防音とあらゆるスパイ行為に対するセキュリティシステムを完備した一室。そこで交わされる内容に、あの守護宗家を陥れんとする反組織の言葉が混じり込んでいた。


 それはまさに国家混乱の要因にさえなりかねない、反世界勢力とでも言う存在への対策でもあったのだ。


 一連の話し合うべき内容伝達を終えた二人は、どちらからとなく要人応接室の窓を見やる。防弾防音の多重特殊ガラス窓越しに見える空が、昨今の国内……引いては世界の混乱を一時忘れさせる快晴の青空を映し出す。


「あの対魔討滅機関……アメノハバキリと名付けた組織には、この地球の守りとして子供達が矢面に立っているのだな。」


「はい。」


「君達自衛隊の武装に精鋭を持ってしても、敵わぬ敵勢力がこの地球へと魔手を伸ばすか。そこへいにしえより伝わる、神代の巨大霊災が関わると聞く――」

「そんな危険な存在へ、子供達をぶつけなればならない彼……草薙 炎羅くさなぎ えんら君もさぞ、やるせないであろうな。」


「……はい。その通りです。」


 平和であるはずの青空の先で、異形の魔生命デヴィル・イレギュレーダとの戦いにおもむく子供達を憂う国家代表者達。彼らもまた、自分達があまりに無力である現実と戦っていた。だからこそ、子供達へ全て押し付ける訳にはいかぬとの、並々ならぬ決意で相対していたのだ。


「通達がなされた暁には、我ら自衛隊からの支援人員に必要物資をかの機関へと移送し、可能な限りのバックアップに当たらせます。なにぶん度重なる自然災害多発に紛争に関わる国家間支援と、限界がある状況ではありますが――」

「子供達ばかりに事を振るを良しとしない、名乗りを上げた志願者を中心に支援部隊を組織し、任務に当たらせる予定です。」


「心同じくする同志を募る、か。それしか今の我々にできる事がないのなら、そこへ全精力を注ぐとしよう。わざわざの出向……感謝するよ、幸尚こうしょう。」


「……っ。まだ任務中ではあるのですが……気にするな、清宮せいぐう。これが私の仕事だ。」


 決意新たに、対魔討滅機関アメノハバキリへの支援を決意する二人は、最後に盟友らしい締めの言葉を投げ合った。その時を境に、国家が後ろ盾となる対魔防衛構想が推し進められる事となる。



 、かの天月てんげつ家の陰謀の憂いを残したままで。

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