memory:77 男子たるもの拳で語れ

 女子陣が各部屋へ散る中。同じ部屋へ住み込む事となる暴君分家零善修羅の剣士大輝は、憂う当主炎羅許可のもと二人で巨鳥施設アメノトリフネ地下部にある施設へと降りていた。


 そこは格納庫もほど近い開けたホール。しかし殺風景且つ近未来的な隔壁のせいもあり、一見すれば異質な空間に感じられた。その隅へ据え付けられる大型コンテナ前で、暴君分家が軽く操作パネルを弄ると、中身があらわとなるや口笛が鳴る。


「ヒュゥ……こいつは中々、ええ得物を待機させとるけぇ。とりま訓練用のようじゃが、実質はっちゅう所け。まあそれはええ――」

「ほれ、大輝だいき。生身でまず、そいつ扱ってワシへ一撃入れてみろや。最初は手加減しちゃるが、悪く思うなや?」


「うっす。自分の未熟ぐらいは心得てます。手合わせ、お願いします。」


 目にした得物へ軽く興奮を覚える暴君分家は、その中でも銃器に属するモノをさて置き、訓練用にあつらえられた模造刀を二振り手にした。鞘ごとそれを修羅の剣士へ寄越す暴君分家……手加減との言葉にも自重のまま従う剣士は、受け取るや刀身を抜き放ち鞘を投げ捨てた。


 二人が許可を得て行うは、修羅の剣士が暴君分家より習い取る特殊訓練である。


「知らんじゃろうから今のは不問にするが、鞘を投げ捨てるはご法度じゃけ。かつて武士は刀を魂とし、鞘も合わせてその魂宿るモノと捉えていたと言われとる。たとえ訓練用の模造刀じゃとしても、大輝だいきが刀を扱い戦うっちゅうなら、そこは忘れん様心掛けておけ。」


「……うっす。配慮不足でした。では――」


 立ち会う意気込み十分の修羅の剣士であったが、日本に古く伝わる武士のならいは範疇の外。しかしそれを暴君分家……からとがめられれば即座に理解し己をいさめる。その心意気は師範へも伝わり、彼の上がる口角へ愉悦さえ浮かばせた。


「古く武士と言われる者らは、己の振るう得物を手掛ける刀匠が魂を込めて打ち鍛えた事を知ってたけぇ。それは現代でも伝わる刀剣制作にも受け継がれる。例え模造刀という非殺傷の刃じゃろうと、同じ心意気で作られとるんじゃ。」

「さすればそれを一度手にしたらば、刀剣に宿る魂を重んじ、畏敬の念を持ってそれを振るえ。忘れるんじゃないけぇ……本来刀剣は、。」


 改めて、丁寧に拾い上げた鞘をホールコンテナ窪みへと預ける修羅の剣士。背後に響く師の言葉へ耳を傾けながら、再びホール中央へ戻り構えを取った。


「ワシらの相手は霊災じゃけ。流派や構えよりも相手を如何に討滅するかが重要……とは言ったものの、大輝だいきがこちら側に踏み込まんためにも流派ぐらいは必要じゃの。という事で――」

「おんどれはとりあえず打ち込んで来い。ワシが身体の特性に合わせた流派を、基礎程度は叩き込んでやるけぇ。」


「ありがとうございます零善れいぜん……いえ、師匠ししょう。俺の全身全霊を以って、それを習得してみせます。」


「カカカッ! 気持ちのええ礼儀じゃけぇ。期待しかないけぇ。……来い、大輝だいき!」


 修羅の剣士が見せる礼儀には、さしもの荒ぶる師匠零善もご満悦。そこから一瞬の静寂を切り裂く、高周波播く鍔迫り合いが幾度と響き渡った。


 すでに時間は深夜。子供達が就寝を言いつけられた時間帯。そんな時間になぜか、ホールの入り口となる一角で剣士の訓練を様子見る影が二つ、小声のやり取りを交わしていた。


「さっきトイレに行こうと部屋出たら、まさか大輝だいきのやつ訓練とか……。あいつ新参だろ?」


「ふふっ、気になるのかい?奨炎しょうえん君。なんならボク達も混ざる――」


「ばっ……クソ。まあお前もさ、だいぶ機関には馴染んだんじゃね? そんな言葉が簡単に出る様になったんだ……。あの大輝だいきとはいろいろありそうだけど、仲良くはしていけそうな気がする。」


 見定める少年奨炎贖罪の拳士闘真。二人が就寝の決め事をぶっちぎる、同僚の後をつけていた。が、ただつけていた訳ではない――



 共にあろうと言った家族の、心のウチを確かめんがための行動とも言えたのだ。



 †††



 直感でヤバイと思う師匠へと、俺は訓練と称して挑んでいた。


 そして直後、挑んだ事を後悔したくなるほどの実力差を見せ付けられる。いや……もうそんな次元の話じゃなかったな。


「おう、手元がお留守じゃけ! よそ見すんなや!」


「……うっす! ……くっ、おりゃああっっ!」


「掛け声だけで敵は倒せんけぇ! 相手をよく見ろ! 相手の動きの先を、心の動きを、殺意の行く先をっ!」


 模造刀でなければ、接近する事もなく俺を斬り殺せる彼の殺意は、人間ではない超常の存在に向けたもの。瞬間に叩き付けられるそれで、何もされていないはずなのに絶命しそうな危険の中。俺の心に眠る闘争本能が修羅を呼び覚ます。


 きっと彼がそうさせているのだろう。手に握る模造刀を落としそうになるほどの、人智を超えた恐怖すら覚える時間。同時に――


 それを持ってしても、世界から浄化し切れぬ無限の闇がある事実を薄々理解し始めていたんだ。


 故の対魔討滅機関アメノハバキリ、故の三神守護宗家。日本国家はいにしえより、こんな化け物じみた存在に守られ続けて来た現実が脳裏へと刻まれて行く。


 鍔迫つばぜり合いとはよく言ったものだ。迫り合っているにも関わらず、俺の必死の表情など意に介さぬ零善れいぜんさんの涼やかなしたり顔は、絶望的なまでの実力差を突き付けられている様なもの。


 それを相手取るだけで、神経どころか魂まで削られて行きそうだ。


 がむしゃらに、いつもフォイルメンツを守るために振るう戦意でなんとか食い下がる俺を尻目に、余裕すぎる彼の視線が無機質な大ホール入り口付近を見ていた。


「おう、大輝だいき。ちと攻撃を止めろ。どうもおんどれの仲間のガキ共が、この訓練へ水を差しに来た様じゃけの。」


「……?奨炎しょうえん闘真とうま? 何してんだこんな所で。」


 師匠からの停止の合図で、ここから巻き返すはずの俺は思わず二人を睨め付けたが、バツの悪そうな奨炎しょうえんに対する闘真とうまの表情は生気に満ちあふれていた。


「すみません、八汰薙やたなぎ……零善れいぜんさんでしたよね。大輝だいき君もゴメン。ちょっと君の訓練が気になってしまって。」


「いや、俺は全然気になってねーけどな。」


「はぁ……素直じゃないなぁ、奨炎しょうえん君は。」


「ワシは別に構わんのじゃが。こいつが訓練を邪魔されて機嫌が斜めじゃけ。ならついでにおどれら……いや、奨炎しょうえん闘真とうまじゃったけ?ここで一汗かいて行けや。炎羅えんらにはワシがナシつけちゃるけぇ。」


「俺までっ!? おい闘真とうま、巻き込むなよ! 俺は格闘技はからきしで……おい!?」


 そうして出た言葉から、どうも格闘少年な闘真とうまは訓練そのものに興味がある感じらしい。少しの自己紹介の中で聞いた、DMの親のいいなりでやっていた格闘技も、その素の所では自身が知らずに好んで取り組んでいたんだろう。


 今それを、何の気兼ねなく奮える相手がいるんだ。そこへ希望を見出したのなら、それは良い事のはずだ。


「しゃーねぇな、零善れいぜん師匠がこう言ってるんだ。二人とも今から、ここで組手でもやってろや。俺もあとで相手してやるから。」


「テメェこら大輝だいき……なんで上から目線なんだよ。」


 そう思考し言葉を降れば、満面の笑みな闘真とうまに対して、それに引き摺られるて来る奨炎しょうえんはケンカ越しの表情。つくづくこの新しい家族達は飽きねぇな。


 乗り気な仲間と、渋々な仲間が拳でやり合う構え。けれど、ド素人相手にしっかり流派にのっとった構えを見せる闘真とうまは水を得た魚になる。


 俺も通って来た道。口でどうこう言うより拳で語るしか脳の無い外れ者は、こうして絆を繋ぐしかない。けれどもそれが、デヴィル・イレギュレーダと言う存在と戦うための一つの手段になるなら、身に付けるに越した事はないだろう。


「ちと時間を食ったが、これはこれで炎羅えんらも願ったり叶ったりじゃろ。さあ、ワシらはワシらの訓練を続けるけぇ、しっかりついて来い!」


「うっす! お願いします!」


 再び構え直す模造刀。同時に零善師匠を睨め付け……地を蹴った。



 これから俺が歩むべき、修羅の道をまっすぐに見据えて。

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