memory:75 暗き深淵は馴染む足元から

 多くの難題を越え、五人の子供達をストラズィールパイロットとして迎えられた現在。オレはそこまでの軌跡を懐かしむ様に振り返っていた。


 最初あの観測者 アリスより、地球古代に存在していた古の技術……その管理使用権利を譲渡された時は不安でしかなかった。


 そもそもオレは守護宗家のお堅い重鎮からすれば厄介者。当主としての立場がなければ、こんな状況を導ける素養がないのは理解していた。しかし、それらと異なり多くオレを支えてくれる者もいる状況――


 それを頼りに今を迎えられた事に、地球防衛への微かな希望を見言い出せたのも事実だ。


「あの! ……炎羅えんらさんのために、これ焼いて来ました! 食べて下さい!」


「ああ、ありがとう沙織君。では頂くとしよう。」


 いろいろ思考へぎらせていた所へ、希望の一欠である少女から声をかけられ現実へと戻る。車に飛び込む寸前にオレが助けた事で、あらぬ方へ感情の高まりを見せ始めている沙織君。思わず横目で麻流あさるを見やれば、こちらは大人の器かパートナーである余裕からか「おかまいなく」との視線を頂戴した。


 思えば彼女の支えこそが、この成り行きで任された古代施設をアメノハバキリ機関へと昇華させる事が叶った最大要因。オレは、彼女と共にあるに相応しい存在を目指してここまで来た。


 地球と言う世界へ忍び寄る、異形の魔を討滅せしめる三神守護宗家は一家……草薙家の当主としての誇りの元に。


 隣り合う様に簡易椅子へ座り、はにかむ沙織君へ笑顔を送りつつ視線を歓迎会会場へ。そこではすでに馴染む感のある、パイロットの子供達の姿があった。少しチクリと痛むこの胸のウチも、今はそっと置いておくとしよう。なぜならば――


 彼らは、、若き希望達なのだから。


「おう、炎羅えんら。ちいと時間かせや。」


「はうっ!? れれ、れ〜〜……なんてお名前でしたっけ。」


「っと、嬢ちゃんの邪魔したけぇ。また後にするわ。」


「いや、重要な事だろう?零善れいぜん殿。沙織君、すまないね。またこの埋め合わせはするから、今日は皆と過ごしてくれるかい?」


「はいっ! あたしは全然構わないっぽいんで! それじゃ!」


 若き希望の未来を思い描くオレの聴覚へ、無遠慮に響く声は零善れいぜん殿のもの。さすがにほぼ初対面な沙織君も慌てふためくが、基本気質かたぎには義理堅い彼……沙織くんへの対応もぎこちないながら熟していた。


 そこで助け舟を双方へと出しておく事とする。


 沙織君が子供達の輪へ戻る頃、オレと麻流あさる零善れいぜん殿が居並び面を突き合わせる。彼の語らんとしている内容はだいたい想定内だったが。


「しかしなんじゃ、おんどれ。まさかワシを機動兵装のパイロットに抜擢するたぁ、さしものワシも慌てふためいたけぇ。そもそも自衛官がここに詰めとるんじゃけ、そちらに任せたら良かったんじゃないけぇ?」


「彼らとしても、安易に国の所有外の兵装は運用したがらないさ。ただでさえお国柄、あの様な兵装は戦争行為を助長すると言う大衆の反感を買い易いんだ……正規で配属された自衛官にそれを任せるのは酷だろう。自衛隊の存亡にさえ関わりかねないからな。」


「それはワシら守護宗家も同じじゃろう? ただでさえ脳天が石で出来た老害共は、今のおどれが運用する宗家の体制を良くは思うとらんけぇ。」


「分かっているさ。それはすでに、先の事件でも明らかだからな。」


 零善れいぜん殿は、すでに社会で生きる権利を放棄した立場ゆえ、身の振り方は全て彼自身に委ねられる。しかし我が守護宗家は、この日本……引いては世界との折り合いの中存在し続ける必要があり――


 必然的に、それらの中で周りを意識しながらの行動指針が求められるんだ。


 零善れいぜん殿からの忠告を脳裏に刻みつつ、彼の搭乗する支援機体を踏まえた防衛構想を思考へ描き、残る案件での話し合いに応じる。



 これからこの地球が向かう、未来の防衛を成すための重要な会議の一つとして。



†††



 洋上と言うまれに見る環境下でのバーベキュー歓迎会は宴もたけなわ。すでにあらかたの食材は、キレイに子供達を中心とした参加者の胃袋を満たす様に消えていた。


「ヤベェよ……肉が旨すぎんだろ。どんな高級肉仕入れてんだよ、守護宗家。」


「侮れませんね……この私を終始、バーベキュー会場へ釘付けに出来る食材を準備出来るなんて。」


「そう言えば音鳴ななるおねーちゃん、ずっと引き篭もってたの? だめだよ? 身体に悪いから、ちゃんとお外にでないと。」


「……ぬあっ!? ゆゆ、雪花ゆっかちゃんの言葉が私のお胸にグサリと刺さる! お外に出ろと轟き叫ぶぅ!?」


「ナルナル、大丈夫かそれ(汗)。異端の白いゴッドフィンガー混じってんじゃねぇか。」


 そこで目を疑う事に、すでに巨鳥施設アメノトリフネでも引き篭もり姫で通っていた穿つ少女音鳴が終始歓迎会へ出席しており、その驚愕の事実には他の参加者も驚愕を隠せずにいた。


「あーうん。ナルナルがずっと外に出てるって。これどんな非常事態?」


「そうだね(汗)。。」


「違いないでやがります。アオイ、こちらでも異形の襲来がないかチェックしとくでやがります。」


「おねーちゃん失礼ですの。でも……今回ばかりは、アオイも同意ですの。」


「ひひ、酷くない!?皆、いくら私が引き篭もりだからといって、その扱いは――」


「自業自得でありますぞ、ナルナル嬢。」


「……にまで言われた……。」


「姫……リーナ?とは、自分の事でありますか???」


「「「「ぶふっ……!?」」」」


 引き篭もり姫の珍事態からの、唐突な娘三尉姫乃へのあだ名が飛び、不意を突かれた一同が噴き出した。そのまま賑やかに響く笑い声には、彼らが背負った悲しき人生の因果を吹き飛ばす程の希望さえ混じっていた。


 支える大人を中心とした機関員達も、その光景を目に焼き付ける様にお昼時を過ごす。程なく――



 成功と相成った歓迎会の後片付けが始まるまでは、希望に浸る歓喜の声が海洋の波音に混じり、澄み渡る空へと突き抜けて行く事となる。



†††



 対魔討滅機関アメノハバキリへ、予定した五人全ての子供達が揃った頃。希望を浸蝕する様に暗雲が立ち込める。そこは日本国本土でも、地図に記されぬ海洋移動型拠点と思しき場所。


 宇宙からの脅威などなかったかの様な、浅ましい人類の闇がうごめき始めていた。


禍久 狂路まがひさ きょうじ……半グレなどと言われ増長しておきながら、そうそうに負の浸蝕に飲まれるとは。全く使えない駒で困ったものだ。」


 何処かの海洋を見渡す事の叶う高層建造物が、仮初の大地とも言える洋上施設へとそびえ立つ。と――


 暗がりに、僅かな明かりを灯す部屋の窓から一望出来る、施設カタパルトのヘリポートへ一機の輸送ヘリが到着した。それを視界に止める男が歪んだ眉根で一瞥するや、きびすを返し部屋を後にする。


 それに続く黒服数名を従え、男は輸送ヘリから降り立つモノを心待ちにした様に足を早めた。


「お待ちしておりました、 ……加乃下 典成かのもと のりなり様。」


「そのと言うのはよし給え。今はあの、成り上がりの聖眞 清宮ひじりま せいぐうに座を明け渡した身。国民からの支持も得られず、奴に古巣を奪われた時点で、私は内閣官僚と言う職を放棄したのだ。口惜しい事この上ないがな。」


「いえ……、我が天月てんげつ家も日の目を見るチャンスを得た様なもの。さあこちらへ……共に日本国の古くより守護宗家へ巣食う、忌まわしき仕来しきたりを打ち砕くべく案を出し合いましょう。」


 輸送ヘリから降り立つは、現在辞職済みではあるが、紛れもない日本国の元内閣官僚を頂いた者。そしてそれを迎えるは、あの草薙家前当主である草薙 叢剣くさなぎ そうけん暗殺に加担した天月てんげつ家を率いる男。


 現天月家棟梁 天月 烙鳳てんげつ らくほう……禍久 狂路まがひさ きょうじを使い、皆樫みなかし兄妹を陥れた諸悪の根源であった。


 不敵な笑みを浮かべもてな反逆の狂人烙鳳と、移送され客人としてもてなされる元内閣官僚典成。程なく彼らが足を向けた先で、不穏なる策略が張り巡らされる。だが――

 未だ憂う当主炎羅は、それらが己の足元をすくわんと画策している事を知らなかった。



 天空より魔の異形襲来が危ぶまれる中。内紛とも言える、元宗家お家の復讐の牙が研ぎ澄まされていた。

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