memory:74 絆繋ぐ、洋上歓迎会

 突貫の施設洗浄作業と今後を踏まえた作戦会議。双方案件がひとまず区切りを付けた翌朝。さらなる案件をぶち上げる者がいた。


 それはすでに朝食時間となり、手空きの機関員が代わる代わる朝食を取りに足を運ぶ食堂での出来事である。


炎羅えんらさんと麻流あさるさんに、すでに許可は得てるですの。なので今日のお昼……カタパルト中央の隔壁内ではあるけど、バイキングとバーベキューを複合させた歓迎会をと思ってるですの。」


「まああれだ……あたしも、お前達の事は買ってやがりますからね。べべ、別にお前達が好きとかは、言ってないでやがりますからね!?」


「おねーちゃん、未だに素直じゃないの(汗)。」


 並んで朝食を運ぶ双子のウチ、ツーサイド妹アオイが言い出しっぺとなり急遽予定された歓迎会の下り。賛同するポニテ姉ウルスラは、変わらずのツンデレを疲労しつつそっぽを向く。


 その言葉がかけられたテーブルには、五人の霊装機神ストラズィールパイロット――リモートによる機体内からの参加一名――と、さらに機体搭乗を待つ少女が集まって食事を取っていた。


「いんじゃね?乗った。大輝だいき雪花ゆっかちゃんも増えて賑やかになった事だし、炎羅えんらさん達の了解を得てるんなら、別にとやかくは言えないよな。」


「凄い……あたしこんなの初めてっぽい。友人と集まって、本格的な歓迎会とか……。」


『……それ、参加する方向ですか? 個人的には、このストラズィールから出たくは……ふぎゃっ何を――』


『いいから、双子嬢の気遣いを無駄にしない事であります! さあ、姫乃ひめのがついているから、そこから出て歓迎会の準備をするであります!』


「意外に彼女、アグレッシブだね……(汗)。ただ生真面目って訳じゃないんだ。あの引き篭もりな音鳴ななるさんを、まさかの機体から引っ張り出すなんて。」


「俺はそこまで望んではねぇんだが? それよりも零善れいぜんさんから、戦いの指導を――」


「メッ、だよ?おにーちゃん。皆の好意をちゃんと受け取らないと。」


「……雪花ゆっかが言うなら仕方ないな。」


「「「ちょろい……(汗)。」」」


 機関員でも彼らから歳の離れた大人組は、同世代で集まる子供達の自主性と自立心を重んじ遠巻きに見守る。つい先日までは、汚れた大人社会ですさみきっていた子供達の心が、日に日に透き通って行く姿を慈しむ様に。


「あのアオイさんにウルスラさんが、歓迎会と言い出した時には驚きましたが……これもいい刺激になっていると言う事なんでしょうね。」


「そうだね〜〜。ぶつかって成長して行く子供達には、逆にこちらまでいろいろ教えられる所もあるね〜〜。あ、零善れいぜん君もちゃんと歓迎会には参加してあげてよ〜〜?」


「ボケが……。闇の世界での生き死にが全てのワシが、どのツラ下げてぬるま湯に浸かれって? ワシにはそんな日向ひなたのイベントなんざ、全く向いとらんけぇの。」


 ただその雰囲気に馴染めぬ暴君分家零善だけは、一人空気が合わぬと食堂施設を後にする。教員分家御矢子やんわりチーフ青雲も、さすがに狂犬の扱いには多分な不慣れを感じさせ、男が去って行く姿を見送る他はなかった。


「ではでは、! 歓迎会準備に取り掛かるですの!」


「はあぁっ!? あ、あたしがお待ちかねとかふざけるなでやがります! これは歓迎するためのもであって――」


「おや? ボク達も含まれてるんだね?」


「……っ!!? だだ、だまりやがるです! このゲンコツ少年が!」


「呼び方……(汗)。まあしゃーなしっぽいね〜〜。んじゃあたしらは、歓迎する側とされる側の両方を兼ねてお手伝いだね!」


「俺も力仕事とか手伝うわ。料理とかは流石に無理だけど。」


「な、なら私もお料理できるから――」


「「「雪花ゆっかちゃんは歓迎されて下さい。」」」


「……はうぅ。」


『――……やめっ、引っ張らないでーーー!?』


 去る狂犬を尻目に、子供達は打ち解けた空気で歓迎会準備へと移行して行く。その中で――



 修羅の剣士大輝だけが、寂しく立ち去る



 †††



 朝食時間からまさかのさほど時間を置かない昼前時。機関に属する同級な奴らが、歓迎会と口走っての今に至る。眼前には、今までの雪花ゆっかお手製のささやかな家庭料理も霞む、豪華なバイキング料理とバーベキュー具材。


 俺もまさか、バイキングにバーベキューと言う食事に遭遇するとは思わなかった。


「では音頭を取るですの! 炎羅えんらさんに麻流あさるさんもご参加下さり感謝ですの! そして、アメノハバキリ機関設立と、新たなパイロット方の合流をまとめて乾杯しちゃうですの! かんぱーい!」


「「「「「かんぱーい!」」」」」


 やいのやいのと騒がしいメンツが、カタパルトでも施設に覆われ冷房も効く区画へと参集し、各々手にしたドリンク片手に声を上げる。


 同世代となるストラズィールパイロットの沙織さおり奨炎しょうえん闘真とうま、機体から無残に引き摺り出された音鳴ななるが居並ぶ。そこへ同じく近しい年齢だろう、機関のオペレーターを務めるウルスラにアオイ。そして、音鳴ななるを逃さない様に手綱を握る姫乃ひめのと。


 それを見守る様に参集するのは機関の大人方。炎羅えんらさんと麻流あさるさんに始まり、御矢子みやこさんや兵装全般一括管理の青雲せいうんさんに、姫乃ひめのの親父さんである自衛官の乱斗らんとさん。最後に無理やり突き合わされた感が半端ない整備長、一鉄いってつのおやっさんだ。


 乾杯が終わるや、それぞれが具材を手に取り数台準備される本格的なバーベキューコンロへ投入していた。やがて仄かに香り始める豚に牛のバラ肉やカルビ肉、鳥の胸肉から野菜へ至り、コーンにキャベツ、玉ねぎにもやしと――

 雪花ゆっかの手料理でもよく食した、お馴染みの食材が、色とりどりの音色で焼き音響かせ俺の鼻を楽しませた。


「あたしバイキング取って来る! なんか、ケーキとかスイーツ準備してくれてたっぽいから!」


「待て待て、まだ飯も食ってねぇのにデザートかよ(汗)。まあ……美味そうでは、ある。」


「あっ、私もご一緒して構いませんか? 沙織おねーちゃん。」


「さ……!? ぜ、是非ご一緒してあげるよ! ささ、雪花ゆっかちゃん行こ行こ!」


「むむ……これはヤベェですね。雪花ゆっかちゃんからのおねーちゃん呼び……なんと破壊力の凄まじい事か……。是非私もご相伴に預かりましょう。」


「……あの万年引き篭もりが、食い付いてやがるです。」


「ちょっとおねーちゃん! おねーちゃんにはアオイと言う妹が――」


 だが、そんな食の和やかさを弾き飛ばすお騒がせな奴らの狂騒は、嬉しくもあり……どこかまだ馴染めない自分も確かにそこにいた。と――


 ふと視界の端に映る人影が気になり、食欲をそそる焼色のバーベキュー具材と、ドリンクを載せたトレーを手に騒がしい場を離れる事とした。


 向かう先は、カタパルトでも死角になる建物外にほど近い場所。そこでどんちゃん騒ぎから距離を置く人が、焼けた甲板を見据えながら言葉を投げて来た。


「何やワシの方に来ても、おもろい事はないけぇ。あのガキどもとはしゃいでおけや。」


「あっちは雪花ゆっかがいるんで任せて来ました。俺もその、仲間はいいとしてもあの雰囲気はまだ慣れないもんで。」


「そうけぇ? まあええわ。座れや。」


 こちらを見ずに言葉を投げるは、八汰薙 零善やたなぎ れいぜんその人。俺が戦いの術を学び取るべく慕うと決めた、師匠とも言えるお人だ。そう――


 、俺の心が放ってはおけなかったゆえの行動でもあった。


 言われるままに傍へ腰を降ろした俺。それを見る事もなく、甲板を睨め付ける狂犬と呼ばれた男。守護宗家が誇る対魔討滅の志士にして、社会にその存在を残せない影の人生に終始する悲しき定めを生きる羅刹。


 多く語らずとも、彼の背負うモノがどれほど大きな業であるかは少しだけ理解し始めていた。


「……大輝だいき。おどれは自身の人生で、多く苦渋を舐めさされて来た様じゃが、それでもこの地球は……好きか?」


「……っ。俺は、今までそんな事を考える余裕もない中で、雪花ゆっかを護り続けて来ました。だから今までの俺なら、それを否定したかも知れません。けど――」


 ふいに投げられた問い。それが彼からの、覚悟を問う最終確認であると理解した。したからこそ、選ぶ言葉には慎重に慎重を期す事にする。


「俺の……俺達の事を見捨てない大人達がいた。それを受け入れてくれる社会の組織さえも存在した。それが守ろうとしている物も確認した現在なら、確信を持って言えます。俺は……この地球の人間社会が好きです。だからこそ、それを守り抜きたい。」


 と、俺の返答に満足のいった狂犬羅刹がカカッと短く笑い、傍に置いていた彼のためのバーベキュー具材を粗雑に口へと放り込んだ。


「……ワシは人が食す食べ物を、こんなにも上手いと思ったのは久しいけぇ。この人生もまんざらでない事も今知った。おどれに……皆樫 大輝みなかし だいきっちゅう仁義ある男に感謝するけぇの。」


 初めて会った時には見た事もない、きっと彼が普通の人生を送れたなら見せたであろう、大人の男のしたり顔を浮かべて笑う。俺について来いと言わんばかりに。


零善れいぜんさん、これから世話になります。このでっかい地球のちっさな人間社会を守るため、戦う御業のご教授を改めてお願いします!」


 ならばと立ち上がった俺は、讃えられた仁義のありったけを込めて懇願する。俺自身を高みへと導いてくれる、過ぎたる大人へ向けて。


「ワシの指導は厳しいけぇ、覚悟してついて来いや?大輝だいき。」


 そこで初めて返された笑顔は――



 俺と彼が、義兄弟の契で結ばれた事を意味していたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る