memory:73 八塩折天元鏡

 進化のとどまる所を知らない、異形討伐を終えた夕暮れ。だが太平洋はすでに、厚い雲で覆われ暗闇が包みつつあった。その暗闇を切る様に伸びる光源は、巨鳥施設アメノトリフネから現場を照らす大型照明群。明々と照らされる先には霊装幾神ストラズィール――


 それも、五体の巨人であった。


「ちくしょうめ! バケモン共のせいで洗浄が全く進みやしねぇ! おい、ガキ共! 機体運用の鍛錬のつもりでしっかり働けぃ!」


 地球を幾度も守護してきた巨大なる兵装が、こぞって放水設備で洗浄を行う姿はシュールであり、しかし人の役に立つ巨人の様相は、それらがただ争いに酷使される人形ではないという証でもあった。


一鉄いってつのおやっさん、激おこだ……(汗)。』


『まあ施設洗浄放り出した手前、文句もいえないけどね。』


『ふぁぁ……疲れた。眠いっぽい〜〜。』


『つか、どさくさで新人イビリが入ってないか? 気が付けば、洗浄に加わってんじゃん。』


 そして各機体で、異形討伐直後の重労働という名の鍛錬を積むハメとなる機関の子供達。疲れと不満で投げやりな、すでに機関で過ごす四人に対し、新参である修羅の剣士大輝破断の戦騎フォイル・セイランで一人黙々と洗浄に励んでいた。


「やっぱり大輝だいき君は、こういう面で抜きん出ているねぇ〜〜。見習いとは言え社会人として、さらには妹を一人で養うためと、身を粉にしていたのは伊達じゃないみたいさ〜〜。」


大輝だいき君だけを養護する発言は、よくありませんよ?青雲せいうんさん。しかし彼の行動は、四人とはまた違う直向ひたむきさを感じます。であれば今後、子供達の得意とする長所を伸ばす方向への、教育方針シフトも考慮しなければ。ブツブツ――」


御矢子みやこ君? お〜〜い、御矢子みやこく〜〜ん。ああダメだこりゃ(汗)。こちらはこちらで、すでに教鞭を取れる機会がツボにハマっているあれだね〜〜。」


 機関員総出と言う、半ば強引な整備長の一声で駆り出されるやんわりチーフ青雲教員分家御矢子。が、教員分家の脳内はすでに、己が与えられた教鞭を取ると言う立場でご満悦。気が付けば。組み上げた子供達の教育カリキュラム予定を口走るほどに、適材適所を体現していた。


 その生身洗浄組に、堅物一佐乱斗のご息女たる寡黙な娘少尉姫乃も混じり作業へ没頭する。職務上の特殊性から来る生真面目さばかりが目立つ彼女だが、作業の合間にチラチラと巨大なる兵装を見やっていた。


「皆と仲良くやっていて安心したぞ?姫乃ひめの。」


「……パパ一佐。恐縮であります。」


「はぁ……ここは自衛隊内部ではないんだ。せめて一佐は――」


「機関配属も、職務に関わる重大責務であります。ここでは私の事も、三尉と呼称するのが適切と考えるであります。」


「融通の利かない所は変わらずか。ならば……参骸 姫乃さんがい ひめの三尉、見た通り彼らがこれより、この機関で活躍する子供達である。その彼らが前線で活躍できる様務めるのが、我々自衛官の責務。見事その責務を熟して見せよ。いいかね?」


「了解であります!今後も指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いするであります!」


 作業が疎かになるほどに巨人が気になる娘を気にかけ、否……、想像通りでもあった自衛官としてのバカが付くほど真面目な返答が飛び嘆息する一佐。されど彼女が明らかに、、一応の上官と部下のていを取り繕う。


 そこから夜通し続く洗浄作業は日付の変わる頃に終了となり、労働に励んだ子供達が泥の様に眠りこけるその間。機関重要どころに位置する大人達は、ミーティーング用の大ホールへと参集した。


 すでに確認された、頭部へ人間の成れの果てを貼り付け現れると言う異形の変化と――



 今後の機関動向を話し合い、担うべきバックアップに尽力するために。



 †††



 日付をまたいだ夜の太平洋上。巨鳥施設アメノトリフネが申し訳程度の照明で、暗がりの中ぼんやりとその姿を海面へと写していた。近海に船舶の航路が存在しない海域ではあるが、洋上施設として周囲へ存在を示すための役割を持つ。


 その中央辺りに位置する塔型の施設中腹が煌々と明かりを播く。そこでは子供達が寝静まった頃合いを見計らっての、現状までに確認された詳細のすり合わせが行われていた。


「――この様に……異形の存在であるデヴィル・イレギュレーダは、未だ目的の本質がはっきりしない中、この地球への襲撃を敢行している状況です。そして、宇宙の同胞である魔族方から齎された情報では、異形は実質との事。が――」

「彼らが地上へと侵攻するにも、ほぼ地球の大気圏を抜けられぬ現状との報告が受けております。」


 大ミーティーングホール中央へ浮かび上がる立体スクリーンへ、報告にある異形の魔生命デヴィル・イレギュレーダに関する現状が表示され、聡明な令嬢麻流の凛々しい声が淡々と響いていた。


 一堂に会する憂う当主炎羅聡明な令嬢麻流やんわりチーフ青雲教員分家御矢子堅物一佐乱斗。自衛官としての責務を宣言した寡黙な娘三尉姫乃も同席しており、さらには合流したばかりの暴君分家零善も居合わせる陣営。


 現状の機関側戦略面に於ける、主要バックアップ陣営が顔を揃えていた。


 令嬢の現状説明を区切りとし、変わって言葉を紡ぐは憂う当主。実質このすり合わせが、暴君分家への事情説明を兼ねているとの視線を送っていた。


「彼らのデータから弾き出された結果と、地球……それもロスト・エイジ・テクノロジー関連施設の分布を重ねた事で分かった事だが――これは魔族方より提供された状況通りの結果となっている。これを見てほしい――」

「今この地球は旧き時代より、一般の民には視認出来ない不可視化された古代超技術の産物によって守護されている。それがこの宗家由来の名称〈八塩折天元鏡やしおりてんげんきょう〉にして旧きは〈アメノミハシラ〉と称される、惑星規模の超対魔防衛次元障壁だ。同時に、当該施設はかつて超々規模の物体を宇宙へと送り出す、ゲート式のマス・ドライブ・サーキットの役目も果たしていたものだ。」


「超々規模っちゅうんは、一体どれほどの規模かお教え願いたいけぇ。」


「ああ、宗家に伝わる古代文献の情報から鑑みるに、恐らくは、宇宙へと運んでいたと推測している。ムー大陸にレムリア……アトランティス大陸が一夜で消失した例は、その証拠とされているな。」


「……マジけぇ(汗)。さしものワシも常識がぶっ飛んだわ……。」


 そしてどさくさに紛れる地球防衛のかなめ古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーなぞらえる設備〈八塩折天元鏡やしおりてんげんきょう〉の下りは、初耳である機関員面々へと壮絶なる驚愕を生む。すでに自分達が属する機関の技術でも相当である所に来て、大陸さえも宇宙へと誘う事の叶う途方も無い古代技術情報は青天の霹靂であった。


 驚愕も已む無しとの視線を、聡明な令嬢と交わす憂う当主は続ける。その防衛施設が置かれた状況と、異形の魔生命デヴィル・イレギュレーダ侵攻に関わる重大な点についてを。


「観測上では現在、天元鏡は稼働状態であるのだが……その一個が問題でな。稼働休眠状態でも防衛障壁としての効果を持つそれらは、休眠期でも防衛障壁能力を発輝する。しかし――」

「残る一個施設は、地球の次元の間へ滞空していると計測された。即ち……それが、この太平洋上 上空に存在する天元鏡であると言う訳だ。」


 語られる点へ、機関でも宗家に直接関わる者は直感で理解した。地球と言う惑星規模で発動する超広域対魔防衛障壁が、損壊により施設不全におちいると言う事は、正しく星の絶対防壁へ致命的な穴が生じている事実に他ならなかったから。


 それは対魔討滅に於ける志士からすれば非常事態。生じた穴から際限なく負の存在が流入すれば、世界の安寧にさえ綻びが生まれかねない、危険な状況であるのだ。


 家族としての日々を得た子供達が寝息を立てる中、それを支えるバックアップ陣営たる者達は焦燥する。今世界が置かれているのは、想像以上に悪い現実であると目の当たりにしてしまったから。


 そこから、今後の対策を捻り出すために数時間を要し――



 ようやく彼らが就寝を見た頃には、すでに洋上水平線の彼方へ明るみが差し込んでいた。

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