memory:72 修羅の剣士

 幾重の雷鳴が天を焦がす太平洋上。その機影は現れる。


 対魔討滅機関アメノハバキリの誇る霊装の機体へ搭乗する子供達であったが、異形の魔の存在が頭部へ晒す人間の姿に萎縮し、決め手を欠いた状態でジリ貧と化していた。


 その間にも、公爵級デューク・デュエラの攻撃は休まる事がなく、さらには男爵級バロン・ガングの増援が一体、また一体と到着を見る中――


「おいっ、奨炎しょうえんだったよな! 俺が、零善れいぜんさんと前に出るから援護しやがれ!」


『……ちょ、零善れいぜんて誰の事……て!? それよりお前、なんでストラズィールに速攻乗ってやがんだ! そもそもその機体、まだロールアウトもしてなかっただろ!』


『え、マジですか!? それこそ私の時みたいな、ぶっつけ本番のいきなり出撃とか!?』


『それはあんまし、皆も大差ないっぽい! それより……戦えるっぽい!?』


皆樫大輝みなかしだいきだ、覚えとけ! そっちの徒手空拳のやつもいいな!」


『……策があるのかい!? あるならば、この状況打開をお願いするよ!』


「ああ、俺が出てあの変異型公爵級だとかを相手してやる! お前達には他を任せる!」


 手にした巨大長刀ムラマサの鞘より、刀身を抜き放つ五畿目の機神が天空を睨め付ける。そして、間一髪間に合った汎用航空戦闘用背部ユニットが気炎を撒くや、一気に機体が天空へと舞い上がった。


 そこへ合流するは、輸送艦護衛を熟しながら距離を詰めていた、疑似霊格兵装 ヤクサイカヅチ……宗家が誇る狂犬、八汰薙 零善やたなぎ れいぜんである。


『上々じゃの、機体の首尾は良好けぇ!?』


「うっす! 機体側がなんとか、俺の足りない部分を補佐くれてるんで! じゃあ零善れいぜんさん!」


『カカッ、良い気概じゃけ! ワシはあくまで支援のみじゃ! どのみちこの機体では援護射撃が関の山……じゃが、それに気を取られた隙ぐらいはしっかり突いて見せろや! おどれも喧嘩で、日頃から慣らして来とる口じゃろ!?』


「支援了解っす! 炎羅えんらさん……今からストラズィール フォイル・セイランは、変異型とやらへ向けて!」


『殴り込む、か……いいだろう! この状況打開を君に……我が機関の新たなる剣たる大輝だいき君に任せる! 各員、たった今より五畿目のストラズィール名称をフォイル・セイランとする!』


「うっす!」


 合流する新たな戦力である疑霊兵装ヤクサイカヅチを加え、修羅の戦騎フォイル・セイランを中心に反撃体勢が整って行く。攻勢を覆された異形の魔の物達も、勢い増した霊装の機体が奮う攻撃に押され、戦線が後退していった。


 そこへ躍り出るは変異型の公爵級デミ・デューク・デュエラ。さらにその異形の公爵級は、頭部へ張り付いた哀れな輩の肉体から僅かに解する事の叶う人語を喚き散らしていた。


『チ……カラ! オレハ、チカラを……! コレガ、コノチカラガァァァ!!』


「哀れだな、禍久まがひさ! 俺達兄妹を散々苦しめておいて、てめえがそんな姿になってりゃ世話もねぇって話だ! なんでそうなったかは知ったこっちゃねぇ……だが――」

「ここで会ったが何かの縁だ! 俺がお前を、きっちり冥府へ届けてやるからかかって来やがれ!」


 見るも無残な魂さえ消え入る抜け殻へ、仁義の限り声を上げる少年……悪鬼悪辣を討滅する技の教導を申し出た修羅の剣士大輝が咆哮を上げ――


 ギラつく刀身が眩い、巨大刀剣を機体胸前へ構えて突撃した。


『カカカッ! 自身が好き放題して来た相手に言われ放題……じゃが感謝せいよ!? 大輝だいき言うガキは、おどれなんざ足元にも及ばんデカい器を持っとるけぇのぅ!』


 その突撃を支援する様に飛ぶ疑霊兵装ヤクサイカヅチが、弾幕を播くや太刀もついでに見舞って行く。当然その攻撃では変異型公爵級デミ・デューク・デュエラへ傷を付ける事などできはしない。しないが、本命となり突撃していた。


「持って行け……これは選別代わりだ! 妖刀ムラマサ……対魔討滅 妖宴閃極断ようえんせんごくだん! ……滅っっ!!」


 疾風と化す機体が雷鳴さえも味方に付けて、変異型の本体へと激突し、雷轟の一撃が本体を水平に一刀両断した。



 それは修羅の剣士が対魔討滅の志士として踏み出す、過酷なる明日への一歩でもあった。



 †††



 轟く絶叫が俺の聴覚をつんざいた。だがそれも、人間としてはすでに死した抜け殻からだ。それに奴がなぜそんな経緯を辿ったかは、その時の俺には分からなかった。


『グギャァァァ!! カラダガ、カラダガヤケルーーーッッ!? タスケ、タス……――』


「足掻くなよ、みっともないぜ? せいぜい今まで、あんたが苦しめて来た弱者の痛み……煉獄の果てで味わって来るといいさ。」


 それでも俺の眼前で、異形の胴体ごと炎に包まれた禍久まがひさは哀れでしかなかった。因果応報の摂理の元、これまで重ねて来た悪行が獄炎となりて、その身を轟々と包んでいたのだから。


大輝だいき、手を貸せや。有象無象が悪党か否かに関わらず、、そういう手合いを払う事こそがワシら討滅志士の役目じゃけ。じゃがこのヤクサイカヅチでは、ここまでバカデカい霊質量討滅を成すには無理があるけぇ。』


零善れいぜんさん……分かりました。で、俺はどうすれば?」


 背後であらかたの異形を討滅して行く、機関の仲間にならんとする奴らを一瞥し、炎に焼かれる哀れな半グレを見やる俺へかかる声。自身の初陣でもあるこの戦いを、見事に支援してくれたこれからの師匠……八汰薙 零善やたなぎ れいぜんさんが通信を寄越す。


 以降は、彼の……否――だった。


 彼の乗るヤクサイカヅチと言う機体は、言わば純粋な機械兵装であり、俺達が搭乗する霊装機神とは根本的に異なる個体だそうだ。言うに及ばず、霊装と呼称される機体には高次霊的な何かしらを有するのは何となく理解できた。


 即ち零善さんがこれより執り行うなにがしは、その様な大きな霊格を備えた力を依り代にし、執り行う儀であると言えた。


大輝だいきは機体ごと、そこへ滞空しとけや。ワシがそれを通じて、対魔討滅に於ける負の深淵を滅する大霊術式を施すけぇ。ワシも、ここまで巨大な霊的質量を相手取るは初めてじゃけ、ストラズィールの霊格を利用させてもらう。』


 言うが早いか、ヤクサイカヅチがフォイル・セイランの背へと飛来するや、見た事もない五芒術式陣が機体を包みこむ。フォイル・セイランの機体を通し放たれるまばゆい霊質の光帯こうたいは、半グレヤロウが今も張り付く変異型公爵級を光の幕で覆って行く。


神戒かむいましめたりや、この悪鬼悪道の輪廻の果てへ煉獄の沙汰下したりて、一切の悪意たばかれぬ業の縛鎖施し、封じとなせ。』

八尺瓊やさかに流 対魔討滅・縛鎖封絶煉獄陣ばくさふうぜつれんごくじん……成敗!』


『……ウゴァ、ァァァ、……ッ――』


 全てが光に包まれた異形を前に、零善れいぜんさんから発されたものとは思えぬ討滅術式の祝詞のりとが周辺へと響いて、暗雲が御光に切り開かれる様に晴れ渡って行く。そして――


 両断された異形と共に、あの哀れな半グレ 禍久 狂路まがひさ きょうじは己が死した事すら理解できぬままに、地球と言う母なる星の大気へと霧散していった。


『敵勢力の増援は確認されないでやがります! 状況終了……各員は直ちに、格納庫へと機体を戻すでやがりますよ!』


 程なく届く、特徴的な語尾で話すあの露国ハーフ姉の声が、俺の初陣勝利の余韻を吹き飛ばし、コックピットモニターへ映り込んだ四人の同世代が視界に入った。


『まあ、初めてにしちゃ上出来なんじゃね?』


『上出来どころの騒ぎじゃないよ? ボクは凄い活躍だと思った。』


『か、かかか……カックイィィ!! まさか刀剣で魔の存在を一刀両断なんて! それはどんな、妖怪魔境退魔師の活躍ですか!? そこんとこクワシク!』


『あーごめんね? 大輝だいき君だっけ。この子はこんなだから、軽く流してくれていいっぽい。』


こんなとは失礼ですね、サオリーナ!』


 騒がしく、けれどフォイル・バーニングにいる頃の様な絆さえ感じるこいつらは、俺がこれから共にある仲間。そして、俺の妹を受け入れてくれる大切な家族。


『おにーちゃん、お疲れ様! すごくかっこよかった! でも怪我とかしてない?大丈夫?』


 仲間の声へ一体感を覚えた俺の聴覚を揺らす、この世でたった一人の血縁の労り。雪花ゆっかが主だった機関員と共に映ると、俺はようやく永遠とも思われた暗き人生に光明が差した気がしていた。


「ああ、問題ない。雪花ゆっかにも怪我がなくてなによりだ。なあ雪花ゆっか……こんな場所なら、俺達も安心して心を預けられる――そう思わないか?」


 思考によぎる想いを、そのまま妹へとぶつけてみる。けどもう、返される答えなんて分かっていたんだ。


『うん! やっと私達の、……おにーちゃん!』


 今まで見た事もない屈託のない笑顔が、俺の心を許して行く。



 、俺達兄妹の人生全てを背負わなくても構わないのだと――

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