memory:70 少年は仁義に猛る

 客間へ掲げられた大モニターで、俺は信じられない物を見た。


 炎羅えんらさんから聞き及ぶ異形の魔の者と言う存在は、確かにそこに映っている。けど。見た事もない異形の軍団の中央……望遠映像らしいそれで拡大されたそこには、俺をおびき出すため雪花ゆっかを拉致しやがった、あの禍久まがひさとか言う半グレの姿が映り込む。


 それも見るも無残な姿が突き付けられた事で、思考へ動揺が走ったのを覚えてる。


「おにーちゃん……あれ、禍久まがひさって言う人だよね!? なんであんな所に……!」


「いやいやおかしいだろ……奴は人間だぜ!? それが――」


 暗転する思考。俺達は異形の魔の存在と戦うために、ここへ集まったはずだ。


 そんな困惑に揺れる俺へ、モニター越しの通信が投げかけられる。それは俺が教導を乞うはずの零善れいぜんさんだった。


大輝だいき、よう見とけ……。アレが人類の、些末な欲望が齎す哀れな末路じゃけ。あそこに奴がいると言う事は、少なくとももう魂はこの世には存在しとらん。早い話が、存在した現実を依り代に使われるだけの、生ける屍言う事じゃけ。』


「生ける屍って……なんだよそりゃ!」


『展開が急すぎて炎羅えんらが教え損ねたようじゃけ、ワシが掻い摘んで教えといたる。あれこそが即ち、ワシら対魔討滅機関が駆逐して来た存在……。』


「……俺が、相手取る!?」


 そして語られる真実は、零善れいぜんと言われた男が何故口にしたかの真意。詰まる所、あの様な敵を数え切れぬほどに討ち滅ぼし、心も体も深淵へと堕ち行く彼と同じになるなと言う事だ。


 同時に俺も理解する。俺が学ぼうとした技は、眼前のそれを否応無しに相手せざるを得ない過ぎたる力。けど――


 今さらそれを投げ出す程の腰抜けには、決してなりたくはなかった。


『こいつ……めちゃ手強いぜ!? ナルナル、狙い撃て!』


『分かってます、けど……そこに人間がいるんですよ!?』


音鳴ななる君、アレは魂の抜け殻……先に話した通りの、命の負の面が構成するまやかしに過ぎない!』


『いやでも、人間の姿されたら……って!? 男爵級バロン・ガングの増援っぽい!?』


『サオリーナ、下がるんだ! ボクと連携して――』


 そしてあちこち通信で漏れ聞こえて来る、俺達を家族として迎え入れんとしてくれる仲間達の悲痛。確実に、異形の額へ張り付いた人間の虚像が影響して、戦況がジリ貧になって行く。


 見た事もない巨大なる機神と、同じく巨大な魔の異形との戦い。その目に映り込む、確実に形勢不利な状況を目の当たりにして、俺は無意識に言葉を漏らしていた。


「……だめだ。今のあいつらじゃ、アレを倒す事は出来ない。」


「……? おにーちゃん?」


 あいつらは、俺達を迎え入れる程に優しい心意気を持っている。だからこそ、たとえ異形が相手だろうと、人間の姿を晒した敵に手を出すなんてまかり間違ってもあり得ない。


 なら誰がやる?

 そんな相手を叩きのめせる奴は?


 〈俺がこれから相手取る真の敵〉……脳裏を掠める零善れいぜんさんの言葉。それを思い浮かべた俺の答えは一つしかなかった。すると――


「おにーちゃんは、いつも雪花ゆっかのために戦ってくれてたよね? だったら、雪花ゆっか達を受け入れてくれる人達も、助けてあげなきゃ。でしょ?」


「……雪花ゆっか。ああ、そうだな。フォイルの面々みたいに、ここの奴らはすこぶる気がいい奴らばかり。なら、俺が出張ってやらなきゃ無いって話だ。」


 、いつも俺が守っていたはずの雪花だった。


 もうその言葉を聞いたなら、迷う必要なんてない。そもそもここを守る事が、雪花ゆっかを守る事につながる今――



 ぶっつけ本番だろうと、俺の足は大格納庫と呼ばれる場所へと走り出していた。



 †††



 かつて両親に裏切られ、半グレの謀略の餌食とならんとした少年は、その双眸へ仁義と言う名の覚悟を宿していた。妹を己の手一つで守り続けた心意気は、いつしか大切な仲間との絆を生み――


 気が付けば、少年は同じスネに傷を持つ少年少女達が集う場所へと迎え入れられていた。


 優しき荒くれ大輝が、まだ慣れぬ機関施設を周囲の機関員からの情報頼りに駆ける中、それを察した寡黙な娘少尉姫乃が呼び止めた。


「こちらであります、皆樫みなかし氏!」


「言い難いだろそれ! 大輝だいきでいい! あんたは確か、参骸 姫乃さんがい ひめのだったな! 格納庫ってのは!?」


「自分も姫乃ひめので! 着いて来るであります!」


 まだ会話もままならぬ二人は、自己紹介も手短に目的地へと駆ける。が、格納庫で詰める大人からすれば、いささか早急なパイロット登場で疑問も辞さなかった。


「おやっ!? まだ大輝だいき君は、機関でのいろいろな紹介がまだだよ〜〜!? それにストラズィールの操縦は――」


青雲せいうんさんだっけか……分かってるよ! けど今のあいつらじゃ、アレは倒せねぇ……つか、手も足も出ないだろ!?」


「うむ……それは確かだね〜〜!」


 格納庫で優しき荒くれを引き止めるやんわりチーフ青雲であったが、ぐうの音も出ぬ正論にはタジタジとなる。そこへ機関員用携帯端末が鳴り響き、手にしたチーフが通信をオンにするや、乱暴な言葉が彼の耳をつんざいた。


『おう、青雲せいうん大輝だいきのガキに変われ!』


「……れ、零善れいぜん君、声……(汗)!耳がないなるよ〜〜!? 変わるから、声は抑えて欲しいね〜〜! ほら、大輝だいき君!」


零善れいぜんさんっすか! 俺です!」


『おう、よう聞け! お前今から出るつもりなら、ワシが援護したるけぇ安心せいや! このままじゃあのガキ共、すぐにでも大敗を期す恐れがあるけぇのぅ!』


「感謝するっす! すぐにでも、あのストラズィールとか言うロボットで出るっす!」


『カカッ! 気張れよ、少年!』


 次いで小型支援機体ヤクサイカヅチ搭乗を見た暴君分家零善提案により、予想だにしないタイミングで師弟共闘が叶う事となり、入門したてな弟子である優しき荒くれも力強く返答した。それを見やる頑固整備長一鉄が、暴君分家に負けぬ大声で荒くれへと確認の言葉を放つ。


大輝だいきとやら、乗るってんなら機体をすぐに出してやる! だが、こいつを扱うなら覚悟しろ……今戦場に出てるガキ共もそれはとっくに肝へ据えてるんだ! それをないがしろにするってんなら――」


「整備長……一鉄いってつさんだったよな! 覚悟なら当にして来た! 俺と妹の人生は、炎羅えんらって言う過ぎたる大人に救われたんだ……その恩義に応えるためなら何だってする! 以後よろしくっ!」


「……いいじゃねぇか! 機関の坊主に嬢ちゃん達並の気概は、充分備えてやがんな! なら炎羅えんらへの恩義に応えるってぇお前さんの仁義に免じて、次からしっかり整備してやる! 行きな!」


「うっす!!」


 巨大なる機体へと駆ける優しき荒くれへ、声を張り上げ覚悟を問う頑固整備長。それも杞憂に終わる事となり、憂う当主への恩義に報いるとの少年の言葉へ、感嘆と共に協力を宣言するおやっさんがそこにいた。


 そのまま機体コックピットへ上がる昇降設備まで、案内を成した寡黙な娘少尉が、起動に必須となる品を荒くれへと手渡した。


「これを! 麻流あさるさんから預かったであります!このキーである指輪がないと、ストラズィールは起動できないであります! 悲しい事に、自分にはこれが無い故ストラズィールへの搭乗権限さえ――」


「分かった。こいつの起動の仕方はわかんのか?姫乃。」


「それぐらいは、パパ一佐から指南されているであります!」


「お……おう、パパ一佐か(汗)。参骸さんがい一佐の事だよな? まあそれはいい……教えてくれ!」


「了解であります!」


 若干空気が緩い方向へ乱れるも持ち直し、一気にコックピットへと駆け上がる二人。やがて搭乗者を待ちわびる巨人コックピットの、開かれたそこが二人の目に飛び込んだ。


 未体験となるそれも、鑑賞に浸っている場合ではないと滑り込む優しき荒くれへ、寡黙な娘少尉が言葉を投げる。


「一つだけ……あの魔の異形には、人間を形取るモノが張り付いた状況。それをあなたは、打ち倒す事ができるのでありますか?」


「……多分そりゃ俺にしかできねぇ。違うな……。少なくともあの相手……デューク級だったか? ――」


禍久 狂路まがひさ きょうじ……俺がケジメを付けなけりゃならない相手だ。」


「……っ!? クソ……親。申し訳ないであります……自分は踏み入ってはならぬ領分へ……。」


「ああ、気にすんな。参骸さんがい一佐は姫乃ひめのにとって出来た親なんだろ? その胸に輝く、。んじゃ、起動方法を教えてくれ。」


 眼前の輩な少年の、正反対な人生に言葉を詰まらせる寡黙な娘少尉。だが時が時と、話を後回しに事を進める優しき荒くれ。気持ちを切り替え首肯する少尉も、急ぎ起動方法を伝達して行く。



 、人ならざる者が目覚めを待つその中で。

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