memory:69 襲い来る人の情念

 暗き、いと暗き闇の底。

 幾重にも伸びる腕に絡まれた魂は、声にならぬうめきを上げていた。


『があぁぁ……ヤメロ! 俺は……俺はニンゲン……ダ――』


 それを見やる影が強大なる魔の気配を撒き、呻く声の主を蔑んだ。憂いを乗せ、絶望に暮れたその声は……失望と哀しみさえ宿していた。


「ああ、理解しているよ?君は人間だ。そう……。しかし、。だが――」

生み出したのは君達の様な、不逞にして傲慢、不埒、醜悪、傲岸不遜なる悪意に染まった有象無象だ。彼らは今、ついにそれらに浴びせられた無限とも言える絶望を、余す事なく叩き付けられる目標を見つけたんだよ。」


 その体躯は、神々しくも禍々しい四枚のはねを羽ばたかせる存在。この世のあらゆる魔を平伏せさせる威厳宿す、……を司る蝿の王。


 天楼の魔界セフィロトは七大宰相が一柱、魔王 ベルゼヴュードである。


『ヤメロ……ヤメロ……近付くな……――』


「怖いかい? 恐ろしいかい? だが君達不逞なる有象無象は、そうやって恐怖に怯えた力なき者を、小さな虫を踏み潰す様に蹂躙してきたはずだ。これは因果応報、受けるべき報いが帰って来たに過ぎないんだよ。」


 氷の如く冷たい情念と、炎の如き憎悪が籠もる輪廻の魔王ベルゼヴュードの言葉は、すでに負の深淵に沈みかけた命を冷たく切り刻む。


 藻掻くニンゲンであった者…… 、深淵で魂の根源までも食い尽くされようとした時――


 僅かな情が籠もる、魔王よりの最後の言葉が投げかけられた。


「ならば一つ賭けをしよう。もし君が、あの若者達に……対魔討滅機関アメノハバキリにて霊装の機神を操る資格を得た、この時代の光の救世者に勝利できたなら――」

「君の魂を救い、我が故郷たる天楼の魔界セフィロトへ至る資格を授けよう。彼らに勝てたら、の話だけどね?」


『……ウガァ……ウガァァーーーーーーーーーッッ!!』


 僅かな望みを与えられた狂路きょうじの精神が弾ける。苦しみから脱するためならば、なんでもするとの意識を宿して。それを見やる輪廻の魔王は、双眸から赤く、いと赤く染まる雫を流しながら独り言ちた。


「ああ、すまないね炎羅えんら。ボクはやはり、因果のくびきからは逃れられない様だよ。君とは友人でいたかったのに……君の心を痛めつける事しかできない今のボクを、どうか許して欲しい……。」


 止めどなく流れ落ちる鮮血の雫が、赤く赤く、深淵を染め上げて行く。やがてそこへ、一体の公爵級デューク・デュエラに位置する異形が生み落とされた。さらに――


 今しがた、救われる望みを与えられた不逞の輩が飲み込まれるや、公爵級の異形が変貌を遂げて行く。体躯を形取る外郭へ、無数の情念宿す有機体の鎧が纏われ、腕部脚部を構成するそこへ赤き鮮血の如き光をほとばしらせ、異形が塗り重ねられた憤怒と憎悪の化身へと変貌していく。


 程なく、その頭部となる場所へ矮小な体躯……


『チカラ……チカラ、チカラ、チカラーーーーーーッッ!!!!』


 深淵で塗り潰され、湧き上がる復讐と憎悪だけで半物質化を成した禍久 狂路まがひさ きょうじであったものが、有機物と機械の融合した巨兵と一体となる頃。高次元より降り注ぐ漆黒の帯が、それを別次元へと誘って行く。


 ほどなく闇の底で、先の気配が嘘の様に霧散した輪廻の魔王が取り残された。双眸から静かに溢れ出る血涙に濡れながら――



 やがて魔王も、その姿を深淵へと静かに溶け込ませて行った。



 †††



 巨鳥施設アメノトリフネへ到着を見た兄妹が、救世の使命帯びた子供達を含む機関員と交流を育む最中。鳴りを潜めていた異形が、思い出したかの様に襲撃を敢行する。だが――


 襲った状況は、今まで以上の過酷な試練の予感を感じさせるものとなっていたのだ。


「イレギュレーダの反応へ、人間の声音ノイズが……だと!? まさか……!」


 通信で響く異常に、いち早く反応した憂う当主炎羅が司令室へと駆ける。それを見た聡明な令嬢麻流は、事情説明が充分でない兄妹へ少し待つ様合図を送ると、当主へ続いて司令室へと急ぐ。


 彼らが血相を変えた事で、優しき荒くれ大輝健気な妹嬢雪花も何かが起きている事を悟り身を守るに徹した。


零善れいぜん殿、すぐにそちらの機体を起動させろ! すぐにストラズィールを発進させるが、イレギュレーダが輸送艦を直接狙わないとも限らない! 頼めるか!?」


『ちぃっ……! 結局護衛も間に合わんまま、ワシが出撃とか……これは埋め合わせ案件確定じゃけぇの、炎羅えんら!』


「承知している! 兎も角、その守護宗家の今後に必要な機体も、今失う訳にはいかない! 任せる!」


 司令室への道すがら、携帯端末越しに無理難題を振る憂う当主。振られた暴君分家零善も盛大な嘆息のまま了承した。


 そして、輸送艦カタパルトへ走り出した暴君分家は、霊装機神ストラズィールとは比べるまでもなく小柄な、しかし守護宗家に於ける隠し玉でもあるそれへと辿り着く。すると瞬く間に、疑似霊格搭載型 汎用対魔戦略兵装と称される機体のハッチ開放と共に、コックピットへその身を滑り込ませた。


「少しは時間稼ぎしてやるけぇ、子供らをさっさと戦線へ上げろや! 疑似霊格データ送信、機関出力を戦闘レベルまで上昇! ヤクサイカヅチ、ライズアップじゃけぇ!!」


 己が搭乗すると聞かされてからの暴君分家は、慣れないながらもその機動兵装の運用方法を脳髄へと叩き込み、初めてとは思えぬオペレートで機体を起動させた。


 機関始動と共に電子の帯が機体へとはしり、双眸が怪しく煌めくと、元来宗家で運用予定である地上型白兵戦機動兵装〈タケミカヅチ〉と航空機動型強襲戦術兵装〈ヤタガラス〉の性能をあわせ持ったそれが立ち上がる。


 背部へ航空高速機動スラスターである〈ヤタノアマゴロモ〉と、近接白兵戦術兵装〈ムラマサブレード〉にマルチプル・アサルトライフルを備えた、小型機動兵装〈ヤクサイカヅチ〉が海原の光を反射させた。


 それが航空を見上げる。そこにはすでに異形の部隊が迫っていたから。だが……今まで小悪魔型グレムリンタイプ強襲小悪魔型ガーゴイルタイプを主体に戦列を組んでいた魔の異形が、公爵級デューク・デュエラ男爵級バロン・ガングを全面に押し出す陣営で群れ成していた。――


 周囲の異形を上回る気配を見せ付ける、姿を現した。


「草薙さん、たった今零善れいぜん殿がヤクサイカヅチで出ました! こちらもすぐに、各ストラズィールを発進させます!」


「了解した御矢子みやこ! 聞こえたな皆……今回はゲイヴォルグにガングニール、そしてフラガラッハにミョルニルを加えた防衛戦だ! シュミレートで熟した通りの連携を――」


「……ちょ、待つでやがります、炎羅えんらさん! こいつは……これはヤバイでやがりますよ!?」


 敵対勢力を目にした憂う当主が、異常を察して大格納庫へ駆けた子供達へと通信を飛ばす。ようやく機動兵装を駆る者として見られる様になった彼らは、精度と速度を増した反応で、火急の事態にあわせた迅速な対応を熟して見せた。


 ところが、その彼らの成長を嘲笑うかの様な異変へ、双子の姉ウルスラが気付いて声を上げた。戦慄を浮かべた彼女が見やるその先に、拡大された光学映像が映り込む。対象は魔の異形デヴィル・イレギュレーダ群中央へ躍り出た、今まででも見た事もない異変宿す個体。


 双子の姉は、その頭部へと張り付いた何かしらへこそ、ただならぬ異変を感じ取っていた。


「お……おねーちゃん、アレは!? 待って下さいですの……あの公爵級は……そんな――」

姿!」


 双子の妹アオイが、信じられぬものを見た様に絶句した。否――信じられるはずもなかった。


 変異した公爵級デューク・デュエラ頭部に上半身のみ生えていたのは、人間の体であったから。それは客間で身を守るに徹する兄妹へもモニター映像で届く事となる。


「おにーちゃん、アレ! そんな……そんな事ってあるの!?」


「なんだ、ありゃ! ざけんな……俺達が相手にするのは、じゃねぇのかよ! アレはどう見ても、 !!」


 対魔討滅機関アメノハバキリに属する子供達へと降り注ぐ、新たなる脅威の一端が――



 ついにその本質を現し始めたのだっだ。

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