memory:68 対魔討滅の力継ぐ者

 俺と妹へ訪れたまたとない人生の転機。今まで大人達に翻弄されて来た先の見えない道のりが、希望で照らされたそこへと続いて行く。けど、もまた必要なのは分かってる。それでも――


 足を踏み入れた地で俺達兄妹を迎え入れた暖かさは、感じた事もない柔らかさを孕んでいた。


「んで、こっちが機関員全員が集合する食堂で、この階層を上に上がれば私達個人に当てられた部屋があるよ?」


「うわぁ〜〜凄いよ沙織おねーちゃん! 私、こんなに広い食堂初めて見た!」


「ふふふ……それで驚いてはいけませんよ、。この整備窓のある廊下からは、下層の大格納庫も一望出来るのです。ああ、こんな高い所からゲイヴォルグを眺められるなんて……ブツブツ。」


「う、うん……凄いね、音鳴ななるおねーちゃん。けどっての事?」


「こら。どさくさで訳分からんあだ名使って、幼気なお嬢様を呼び捨てるなでやがります。」


「まだそのヒッキニトを引き摺りますか、この。サオリーナが余計な事を言うからですよ?反省して下さい。」


「いやいや(汗)。ナルナルこそ、そのサオリーナと言うのを止めてほしいっぽいんだけど? ブーメランを盛大に投げ返してもいいかな?」


「は、薄……!? あたしにまで訳分からん呼び方をっ!」


「あっ……おねーちゃん、らしくもないですの。見て下さい、耳がまっかっかですの。ほらほら。」


「ギャーーーやめるでやがります!?」


 賑やかな雰囲気は、雪花ゆっかも味わった事のない愛情に満ち溢れ、会話を交わす度にその笑顔が明るくなって行く今は俺が望んだ物でもあった。


「あっちは女子陣に任せた方がいいかもね。じゃあ大輝だいき君、ボク達はこちらへ――」


「つか、いつまで表情固くしてんだよ。まあその……最初のは悪かったよ。俺にもいろいろあって、どうもお前さんみたいな奴との会話には、変な先入観が入っちまうんだ。」


「……俺は別に、馴れ馴れしくしろとは言ってねぇぞコラ。雪花ゆっかはあれで構わねぇが、俺にまでどさくさで指図すんじゃねぇ。」


「ああっ!? テメェ、こっちは謝ってんだぞ! ふざけんなよ!?」


「やるか?コラ。」


「やんのか、テメェ!」


「あー……(汗)。そこまでだよ二人共。大輝だいき君も、この機関にいる者達と慣れるのにも時間がかかるだろう。奨炎しょうえん君は、それを鑑みた上で気遣っているんだ。仲良くしてくれるかい?」


 ただ、その労りがこちらに向けられると、何故か素直に受け入れられない自分がいる。今の今まで、あらゆる周囲から散々裏切られ続けて来たんだ。そうそう仲間が出来からと言って、ハイそうですかと馴染めるものでもなかった。


 それでも――

 そんな俺の心情すら見抜いたこの奨炎しょうえんって奴は、そっちも慣れねぇクセして俺へと接触して来やがる。反射的にケンカ売っちまう所だった。


 変わって、時間も立たぬウチから再度の一触即発を目撃した闘真とうまとやらは、本質的な所で強い実力を感じるけど、いたずらにそれをひけらかす事はせずに一歩引いてこちらを見ている。結果、事態を予想したかの様な炎羅えんらさんに制止された訳だが――


 唯一、逆らえるだけの不義は存在していなかった。


「……うっす。炎羅えんらさんにそう言われちゃ、俺も引き下がるしかねぇ。」


炎羅えんらさんの言葉は聞くのかよ(汗)。まあ、俺達もそれは同じなんだけどな。」


 炎羅えんらさんの声が響くや俺がアッサリ引いた事で、奨炎しょうえんは一気に冷めた様な顔を見せたが、恐らくこいつも同じなんだろう。この草薙 炎羅くさなぎ えんらと言う男に、人生の厳しい状況から救い出された一人って事か。そう思考した時――



 この機関にいると言う協力者達とも、少しだけ馴染んでいける様な気がしてたんだ。



 †††



 騒がしい対面を果たした子供達であったが、そこからほどなく皆が、率先して兄妹への機関施設案内を買って出る。


 しかし、巨鳥施設アメノトリフネ大規模洗浄が後回しにされた状況。それに対して怒り心頭な頑固整備長一鉄の怒号が響くや、バツとして予定以上の区画洗浄を言い渡される子供達がそこにいた。が、さしもの機関が初の兄妹は、別途憂う当主炎羅による諸々の説明を受ける方向となり――


 施設の客間へ案内された二人は、彼らの今後を聞き及ぶ事となった。


「現在、この四機の霊装機神 ストラズィールを運用中だが、搭乗者の彼らが成長段階である事に加え……敵勢力となるデヴィル・イレギュレーダに新手の個体を確認した所。そこで機関施設の対防衛システム増強も視野に入れた、対抗戦力強化が不可欠な現状だ。」


「これ、おにーちゃんが乗るの? すご〜〜い! でも私も、このパイロットに選ばれてるんでしょう?草薙さん。」


「そうだね。しかし今は、その個体もロールアウト待ちであり――そちらは実質後方での支援に援護が主体となる予定でもある。さらには、個体サイズにシステム運用面を鑑み、搭乗するパイロットはメインへ君……雪花ゆっか嬢を据える。加えて――」

「各種サブオペレーターを担当する、残り二名の搭乗を予定しているが……今はそちらの選考待ちの状況だ。メインとは異なり、サブに該当する者は子供である点のみが適合条件なんだが。」


 兵装データ一覧で、各自が担当する神代の機体を目にする兄妹。人生でも到底目にする事もないであろう映像で、健気な妹嬢雪花は目を爛々と輝かせていた。対し――


「分かっちゃいたが……やっぱり雪花ゆっかも戦場に出るんだな。」


「でもこーほーしえん、だよ?おにーちゃん。むしろおにーちゃんの方が危険じゃない?」


「敵対勢力と戦うんだ……狙われれば、後方とかあまり関係ないぞ?雪花ゆっか。相手は何かしらの理由を持って、この地球を襲撃して来てるんだからな。」


 嘆息のまま危険の度合いを語る兄へ、小首を傾げながら愛らしい返答で対応する健気な妹嬢。優しき荒くれ大輝も、その危機感のなさには繰り返しの嘆息も辞さなかった。


 二人のやり取りを見やる憂う当主も、今までの子供達と同じく彼らを戦場へと送り込まなければならぬ現実に、眉根を寄せて押し黙る。少なくとも眼前の兄である少年が、その危険を朧気ながらに理解している節を悟るや、申し訳ないとの想いを増幅させていた。


 妹とのやり取りから視線を戻した兄が、続けてくれと即すのを確認し、同席していた聡明な令嬢麻流が引き続きの連絡事項伝達に移って行く。


「では続いて……皆樫 大輝みなかし だいき君が搭乗予定である機体についてですが、こちらは少々特殊な条件が関係し、ロールアウトが先延ばしでもあった個体です。機体NoにしてⅤを冠するこれは、近接戦闘……主に白兵戦を主体としたシステムを有します。」

「さらにその白兵戦闘の幅を広げるべく、。故に、、純粋な戦闘能力を秘めた個体という所ですね。ところで――」


 理路整然と機体データを語る凛々しき女性に、健気な妹嬢が目を奪われる中、マルチウエポンによる純戦闘機体との言葉を脳裏へと刻んだ優しき荒くれへ――


 聡明な令嬢から、機体にとっても必須な内容が告げられた。


大輝だいき君……あなたはこの機体に、どの様な名を与えますか? すでに搭乗を見た子供達は、皆同様に脳裏へ浮かんだ機体の名を、そのまま名付けたとの事でしたが。」


「機体の名前? 俺がそれに付けるのか? つか……それを突然聞かれても――」


 唐突な振りへ困惑を顕とする優しき荒くれ。だがその時点では、名付けろと言われても浮かんで来ないと首を横に振る。あらかたを想定した憂う当主も、聡明な令嬢と視線を交わして急かさぬ旨を提示した。


「急ぐ事もないさ。共に戦う相棒だ……いずれ機体に相応しい名も自然と浮かんで来るだろう。ではあらかたを伝え終わったと言う事で――」


 と、憂う当主が話を締めて、兄妹にとっての新たな生活空間へ案内をと模索していた矢先。少し想定外な通信が飛ぶ事となる。


『おう、草薙! ワシじゃ、零善れいぜんじゃ! 今あの宰廉ざいれんから預かった、施設防衛兵装と共に輸送艦で海上を渡っとるけぇ、そちらから誰か護衛でも付けられんか!? この海域はいつ現れてもおかしはないんじゃろ!?』


「ああ、宰廉ざいれんがそんな事を言っていたな。分かった、殿。」


『何じゃて!? ワシは今、護衛を付けろて言わんかったけ!?』


「個体能力の高い、デヴィル・イレギュレーダ出現が頻発しているんだ。使える即戦力は使わないに越したことはない。もちろん護衛もすぐに出させるから――」


 社会派分家宰廉からの届け物に加え、優しき荒くれの師となる申し出を受けた暴君分家零善が、搬入予定であった小型機動兵装を引っ提げ馳せ参じていた。太平洋の荒波の先で、昼下がりの陽光を煌めかせる様に輸送艦が海洋をひた走る。


 優しき荒くれは、技を学ぶ事を願い出た手前引き締まる面持ちでその通信へ耳を傾けていた。ところが直後……、再び彼らへの危機を呼び込む事となる。


『草薙さん、こちら御矢子みやこです! たった今、零善れいぜん殿の通信へ謎の電波干渉が! 恐らく、デヴィル・イレギュレーダの仕業と思われるのですが――』


「落ち着いて話せ、御矢子みやこ。詳細を。」


『はい、失礼しました! そのイレギュレーダのノイズへ……人間のものと思しき音声が混じり込んでいたのを感知しました!』



 その時より、対魔討滅機関アメノハバキリの戦いが、新たな展開を迎えつつあった。

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