memory:67 引かれ合う因果

 巨鳥施設アメノトリフネへと集う六人の少年少女。その何れもが、社会の闇に蝕まれ、居場所を無くし藻掻き苦しんだ者達である。その人生へ光明を見い出した、三神守護宗家は草薙家を纏めし草薙 炎羅くさなぎ えんらは、彼ら彼女らへ地球救世の役目を託す事となったのだ。


 その最後の機体搭乗候補であった二人が、洋上施設へ到着を見た頃。すでに太陽が太平洋を煌々と照らし出す、真昼を少し過ぎた頃の暑い日中であった。


「……皆樫 大輝みなかし だいきだ。まあ、よろしくたのむわ。」


「なんだ? やけに態度の悪い奴が来たな。」


「あぁ? やんのか、コラ。」


 しかし彼らの出会いは、まさかの一触即発。それも当然……少年の中でも、他人への警戒心が先に立つクセのある見定める少年奨炎と、町中を改造バイクで駆け回っていた族のヘッドである優しき荒くれ大輝は、険悪極まる相性であったから。


「ぞ、ぞぞぞ……とかって!? 聞いて無いですよ炎羅えんらさん!?」


「ああ……、ナルナルがコックピットから出て来たのに。またこれ、へ逆戻りっポイ……。」


「略し方!? 訳分からない略称で呼ばないで下さいよ、このサオリーナ!」


「あたしもサオリーナ、ではないぞ? ナルナルさんとやら。」


 予想外の相手で縮み上がる穿つ少女音鳴と、貫きの少女沙織。それを置き去る様に、二人の少年も睨み合って動かない。持ち前の格闘精神で、心が成長しつつある贖罪の拳士闘真だけは、嫌な汗を流しつつも静観に徹していた。


問題児でやがりますか……。この機関らしいでやがりますけどね。」


「おねーちゃん、言い方……。これから仲良くして行かなければいけない方ですの。もう少し態度を改めないと――」


 洗浄作業を放棄したパイロットな子供達につられ、人海戦術へ駆り出されていた双子までもが集まる最中。険悪な二人の後ろから響いた声が、その場を一変させる事となった。


「お、おにーちゃん! 家族になってくれる人達との面会なんだよ!? こんな所でケンカしちゃだめだよ!」


 場を沈めた可憐な声の主が、憂う当主炎羅に車椅子を押されながらの登場を見た刹那。男子陣営をブッチ切る勢いの、絶叫にも似た感嘆の声が響き渡った。


「「「「か、可愛いーーーーーーーーっ!!」」」」


「ふえっ!?」


 直後風になった穿つ少女と、貫きの少女に加え、淡色の双子が瞬く間に健気な妹少女雪花を取り囲む。さしもの憂う当主も、あまりの勢いに負け後ずさる程に。


「あなた、お名前なんて言うの!? 車椅子もマジでオシャンティー! なんか色々ありそうだけど、ここでは……って、ナルナルは!」


「いえこれは、解せぬ事態ですよ! そんな訳分からない人に、なってる場合ではないですね! この、、こんなにも惹かれる容姿はまさに! さあさあお嬢さん、この私に自己紹介を……ハアハア。」


「このヒキニートはキモいでやがります! こんなメスガキの相手などしていたら、可憐なその容姿が穢されるでやがります! さあこのウルスラと、二人で素敵な会話に洒落込むでやがりますよ!」


「もう、おねーちゃんもナルナルさんも! ! それにちゃんと自己紹介しなければ、この方が怯えてしまうですの!」


「わわわ……あのあの!」


 訪れた嵐の様な惨状は、機関側の男子陣営へも呆れを呼び、いつの間にか険悪な空気さえ霧散していた。当の険悪さを生んでいた優しき荒くれが、眼前で撒き起こる事態に目を丸くしていたのだ。


 目にした光景は、それこそ己を慕い続けた族のメンツが醸し出す様な……自分の妹を決しておとしめない暖かな空気その物であったから。


「どうだい?大輝だいき君。悪くない仲間達だろ?」


 想像だにしない展開に呆然となる優しき荒くれへ、ここぞとばかりに憂う当主が口角を上げる。彼をして自慢にたる、機関のほまれある若き未来を紹介出来た故に。


「ああ……悪くない……。」


 それに答える少年の心が晴れ渡る。気が付けば、その心から自分達兄妹を散々苦しめた、大人社会への憎悪が残らず吹き飛ばされていた。その双眸へ――



 誰にも見せた事のない、穏やかな優しさが広がって行く中で。



 †††



 優しき荒くれ大輝よりの思わぬ弟子志願。それを受けた、当の守護宗家武闘派 八汰薙 零善やたなぎ れいぜんは頭を抱えていた。社会の堕ちた闇の底で、人知れず弱者を守り抜ければ良いとの思考で生きていた彼。


 そんな中訪れた思わぬ邂逅は、他との協調を断って来た彼にとっての試練となってしまう。


「いかん……あのガキがあまりにまっすぐ過ぎて、思わず技の師を買って出てしもたけぇ。じゃからワシは、表の社会と関わりとうなかったんじゃ。」


「その辺は、当主 炎羅えんらも見越してますよ?きっと。それで敢えて、彼の依頼をあなたの耳へ入れたのでしょう。」


「迷惑な話じゃけ。」


 日に日に昇る太陽の播く熱波も増し、ひたいへ踊る雫が滝を作る程の季節。冷えた缶コーヒーで涼を取りつつ、訪れた事態で思考が袋小路に入りかける暴君分家零善を、ハンドタオル片手に汗を拭う社会派分家宰廉が諭していた。


 馬が合わぬ様でいて……守護宗家でも類まれなる、理論派にして知略に富む草薙の新たな新進気鋭を信じる二人。その根底に宿す共通理念があるからこそ、噛み合わぬ関係を超越した共闘が叶うのだ。


 吐いたツバは飲めぬと、暴君分家が少年を如何に鍛え上げるかを思考する中。思い出したとばかりに、社会派分家が一つの提案をぶち上げる。


「ところで零善れいぜん殿。彼へ技を指導すると言う事は、ゆくゆくあの機関への参加も必要となるでしょう。ならば、宗家側で準備した、持っていってはくれませんか? 」

「……と言っても、あのストラズィールとは比べるまでもなく小型で、戦力も大きく劣る個体となります。しかし現状、彼ら以外の施設防衛網には一抹の不安を感じた所、臨時で準備させていた次第です。」


「おい、待たんかいおどれ。それはアレか? その機動兵装へ、このワシが乗れとか言う算段じゃなかろうな。」


「それ以外に回答は準備していません。それらは、ストラズィールの様な機体が使えなくなった未来……そこで万一魔が跋扈ばっこし始めた場合の保険です。いかな対魔討滅を生業なりわいとする守護宗家でも、巨大化・凶暴化が顕著な魔の異形を相手に、いつまでも生身で相手取るには無理もあろうと言う結論からの準備ですよ。」


 放たれた言葉で、盛大に嘆息する暴君分家。実質彼の様な者しか適任者がいないとは言え、辿り着いた答えには項垂れるもやむ無しの状況。対し、そこで淡々と、今後の霊的防災対策も見越して語る社会派分家は、暴君分家にとっても苦手な存在である。


 それを表すかの様に、暑い日差しの中天を仰ぐ様に嘆息を繰り返す暴君分家へ、かけたメガネをクイッと直し、端末情報をツラツラと読み上げる社会派分家がそこにいた。


「機動兵装のサイズは10m手前であり、今後展開予定であるタケミカヅチ及びヤタガラスシリーズの母体となる試作機。機体固有名称に〈ヤクサイカヅチ〉と臨時仮称を与え、輸送艦による移送を予定しています。」


「ヤクサイカヅチ……日本神話に於けるイカヅチの神の総称けぇ。また大層な名を付けたものじゃけ。」


「守護宗家は代々、日本神話になぞらえる神々の御力を宿すお家柄……機動兵装の様な魂宿らぬ無垢なる騎兵にも、霊言宿す名を宛がうべきとの判断ですよ。。」


「カカッ!その点は大いに気に入った! ワシがあやまつ事があれば、日本神話の神々が直々に黄泉比良坂よもつひらさかへの道案内をしてくれると……ならば民のために、この命を張り続けた価値もある言うもんじゃけぇ。」


 社会派分家から語られる守護宗家の習わしは、元を辿れば日本国の神話に於ける陰陽の関係へと辿り着く。世界の全てが陰と陽で成り立つ真理と、たたる存在も、まつあがめれば鉄壁の守護者となる摂理。森羅万象が因果応報のもと息づく現し世こそが、三神守護宗家の守護すべき現代社会であると。


 故に力ある者は、過ちを犯すは神罰下りて絶命すると同義であると言う、覚悟の元その力を振るうのだ。力ある者……即ち、世界に於ける存在価値と引き換えに魔を穿つ力を宿した、宗家切っての狂犬は――



 義宿る力を振るう権利を与えられた事への、歓喜に満ちた高笑いを響かせていた。

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