命の闇は世界を蝕みて

memory:66 新たなる家族は救世の巨人に見守られ

 宗家が準備してくれた宿泊施設で、いろいろ考えての宗家への協力。俺の身体はいろいろボコされた後だったが、早い方がいいとの判断だった。まあそこで、雪花ゆっかが着いて来ると言い出したのは想定外もいい所だったけど……それしか選択肢がなかったのも理解してる。


 俺達はすでに、頼れる親類も何もがなくなっていたんだから。


「条件……だったね。詳しく聞かせてもらおう。」


 いろいろと足早になった今。地球防衛への協力のため、俺と雪花ゆっかは守護宗家の輸送機内で揺られていた。そこで、昨夜の内に少し話に混ぜ込んでいた、俺からの宗家へ協力する条件についてを口にした。


 すると身体を乗り出して来た炎羅えんらさん。すでに何でも相談に乗る気概だが、むしろこれは彼ではない人物の力添えが必要な案件だった。それが可能か否かも含めて、思い切って口にしてみる。


「すまねぇ。俺はあの禍久まがひさって奴にいいようにされて、手も足も出なかった。今までフォイルのメンツを束ねて来れたのは所詮ガキの頭気取り、。だから、それを根本から叩き直したいと。」


「ふむ……言いたい事は分からなくもない。が、それを充分に熟せないと思うよ? と言う事は――」


「まあ、あんたの読み通りさ。俺みたいなはみ出し者を認めてくれたあの人……零善れいぜんって言ったっけ? あの人に戦いを教わりたいんだ。あの人が今まで潜り抜けて来た、危地での生き方そのものも含めて。」


 そして耳にした、八汰薙 零善やたなぎ れいぜんへ学びを請いたいとの言葉で、さしもの頼れる御仁も嫌な汗を隠さなかった。その反応だけでも、想像出来る。


 その人物から戦い方を学びたいなんて、正気の沙汰ではないはずだから。


 逡巡からの盛大な嘆息。どんな事でも力添えする算段な彼は、致し方なしと携帯端末を手に取った。通信先は言わずと知れた八汰薙 零善やたなぎ空をれいぜん。事をあらかた伝えた炎羅えんらさんが、端末を俺へと寄越して来た。


零善れいぜん殿だ。君と直接話したいそうだよ。」


「うっす。零善れいぜんさん……で、いいかな。代わりました大輝だいきです。」


 緊張が無いと言ったら嘘になる。俺をボコボコにした族集団を、。三神守護宗家でも比類なき武闘派。そして彼が口にした、表社会には生きた証さえ残せぬ影の人生で、ひたすら弱者の盾に徹した立役者。


 そんな存在と、端末越しに話すと考えただけで、この手の震えが止まらなかったのを覚えてる。


『おんどれ、正気けぇ? ワシの戦い方を学ぶとか、普通は考えんけぇのぅ。』


「正気です。けど、それぐらいしないと俺の受けた恩が返せねぇ……そう思ったから、あなたを頼る事にしました。」


 炎羅えんらさんへはなんとかタメ口をハッた俺も、この人の声を聞いただけで自然と目上への敬語が漏れ出てしまう。そうさせてしまう覇気が、零善れいぜんさんの言葉の端々から滲み出ていたから。


 僅かの沈黙。そして狂犬と呼ばれた人より、俺への覚悟を問う言葉と、彼自身の思う所の両方が語られる事となった。


『……本気のようじゃけ、まあ受けてやらん事もないわ。じゃがこれだけは言っておくけぇ、耳かっぽじって脳髄へ刻んどけ。おんどれ……大輝だいきがワシの力を、家族を守るため学ぶっちゅうなら、?』

『ワシのおる世界に踏み込めば、家族を守るどころではすまんけぇ……。光の世界で踏み止まれにゃぁ家族を守れん事だけは、死んでも忘れんな。これがワシの技を教える最低条件じゃけぇ。』


「ありがとうございます。キモに命じておきます。」


『カカッ!ええ心構えじゃ! これならおどれ、場合によっては!』


 それだけのやり取りを終えるや、ブツリと通信を切る零善れいぜんさん。炎羅えんらさんを見やると「それが彼だ」とのやれやれ顔。けど――



 俺の思考は、今までにないほどに明日を見据える余裕が生まれていたんだ。



 †††



 前日の嵐が嘘の様に晴れ渡る太平洋上。その風雨に晒された巨鳥施設アメノトリフネも名残を惜しむ様に、雨水溜まりと荒波で濡れた設備に陽光を反射させていた。


「いいか! 流石に昨日の洒落にならん! 乾いて塩害が出る前に、とっとと施設全体を洗い流すぞっ!」


「「「アイ、サー!!」」」


 が、巨鳥施設アメノトリフネ全体がことごとく被った大量の海水乱舞は、古代技術の塊である施設本体や入念な対海水処理が施された区画は兎も角、一部の施設への塩害の危険を孕み――

 施設内の浄化設備で濾過された真水による、大規模洗浄が行われていた。


『ナルナル、こっちは終えたから左翼を頼むっポイ!』


『はぁ……了解ですよ、サオリーナ。しかし……ちょっとロボット物の良い面ばかりに毒されてましたね。恐るべし、雑務作業。』


『同感だよ(汗)。ボクこそこんな機動兵装使って、施設の大規模清掃とかやるハメになるとは思わなかったんだけど?』


「いいから手を進めろよ〜〜。日が暮れちまうぞ〜〜!」


『『『なんでアイツだけ、作業指示側なのさ……。』』』


 しかし施設全長が2kmに達する事から、人海戦術にも限界があると、急遽霊装機神ストラズィールを借り出しての大規模洗浄任務が勃発していた。悠々声を上げる、見定める少年奨炎への恨めしい視線を機体から送る三人により、大量放水される真水が施設全体を洗い流して行く。


 そこへ響くジェット音に、子供達含めた機関員皆が視線を上げた。


 視界の先には、着陸態勢に映る宗家輸送機。それを視認するや、穿つ少女音鳴貫きの少女沙織に加え、贖罪の拳士闘真までもが放水ホースを勝手に止め機体をひざまずかせた。


「って、こらぁっ! ガキ共まだ、作業は終わっちゃいねぇぞっ! ストラズィール使わにゃ、この規模の海水洗浄が終わらねぇだろうがぁ!」


 思わず怒号を張り上げた頑固整備長一鉄を、嫌な汗のまま宥めるやんわりチーフ青雲。その視界の端で、黙々と作業に尽力する自衛官娘姫乃はお手本の様な自衛官の姿を体現する。


 怒りで地団駄を踏む頑固整備長を尻目に、緩やかにジェット音を撒きながら輸送機が滑走路へ近付くと、今度は輸送機側へ搭乗する子供達が驚く番であった。


「おにーちゃん、アレ! ほんとに巨大ロボットがいるよ!? 凄い……しかもこんな太平洋のど真ん中なのに、大きな島が!」


「分かったから落ち着け。にしても……マジもんだったのかよ。それにこのサイズ……俺はてっきり、かと思ってたぞ。」


 はしゃぐ健気な妹雪花を諌める優しき荒くれ大輝も、目にした光景には度肝を抜かれていた。ニュースで大々的に取り上げられるも、日常でそれをほとんど情報として得る事なき彼は、まさかの実物を眼前に捉えた今驚嘆を上げる。


 そしてふと思考へ引っかかりを覚えた優しき荒くれは、思い出した様に憂う当主炎羅へ質問を投げたが――


「そうだ……晴嵐せいらん炎羅えんらさん、俺の晴嵐せいらん――ああ、バイクの事なんだけど――」


「それは案ずる事もない。ウチのSPから、君が贔屓ひいきにしているモーターショップへ連絡させている。君の相棒は、責任を以って預かってくれるはずだ。どの道、あの辺りで放置されていた族のバイクは、大半が意味もない改造が施されている上、何台かは盗難車両と確認している。目の当たりにした店長も、流石に怒りが込み上げて来たそうだ。」

「そこで全てのバイクを押収保管のもと純正へと戻した後、盗難車両は警察経由の元、所有者への返還を買って出てくれた。残る所有者なき車両も、有志へレース車両として貸し出すとの事だ。」


 それも、憂う当主の言葉で杞憂に終わる事となる。


 彼の返答には二輪四輪関わらず、モータースポーツを愛する者たる情熱と配慮が多分に込められていた。己の生活を支え、時には心のモヤを晴らすために一肌脱いでくれた相棒が、同じくそれらを愛でるのをいとわぬ者の手で管理される現状。耳にした優しき荒くれも胸を撫で下ろしていた。


 程なく僅かな着陸のショックを感じ、座したシートの固定ハーネスを外す憂う当主が、二人をいざなう様に乗員用扉前へと歩み出た。


 そして――


「では皆樫 大輝みなかし だいき君、それに雪花ゆっか嬢……ここが我が機関 アメノハバキリ擁するアメノトリフネだ。、ここで二人を待っているよ?」


 放たれた労りの意味する所を悟った兄妹は、視線を交わし微笑んだ。同時に彼らを包んでいた暗雲へ、一筋の光明が差していく。



 二人が先も見えず繰り返して来た、耐え難き日々の先に輝く未来を導く様に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る