memory:64 真の闇を穿ちし暴君

 人生の多くを大人社会に裏切られ、その果てに社会の闇の餌食となりかけた兄妹がいた。だがその兄妹の力添えをと望む、日本国の誇る伝説の守護宗家が動いたのだ。


 高周波のエキゾーストノートを播く、鋼鉄の白馬RX-8より降り立つは現草薙表門当主の草薙 炎羅くさなぎ えんら。その登場に、優しき荒くれ大輝は涙し、それを貶めたタトゥーの不逞狂路は苛立ちをあらわとした。


 そこへ――


「おどれ……ワシを御する役目じゃなかったんか……。それが、。」


「ああ、済まないな零善れいぜん殿。さすがにあの状況では、居ても立ってもいられなくてね。」


 響くドスの効いた声が憂う当主炎羅とやり取りするや、不自由な少女雪花を運ばんとしていた不逞の雑兵二人がガクリと崩れ落ちた。


 己のすぐ側で起きた異変で、さしものタトゥーの不逞も事態把握に時間を要する事となる。


「……仕方ない無いけぇ。まあ、、ワシも付き従ごうたりはせんけぇのぅ。判断としては及第点じゃけ。」


「はは……それはどうも。」


 ゆらりと現れた影との会話は、不逞に加えた五十に上る族の集団が囲んでいるにも関わらず、涼しげな弄り合いに終始する。唖然とする族集団……対するタトゥーの不逞は、爆発する様な怒りをぶち撒けていた。


「テメェもあの走り屋ヤロウの仲間か? 俺達に楯突くたぁ、正気を疑うぜぇ?」


 歪んだ眉根で、憤怒宿し睨め付けるタトゥーの不逞であったが、視界に映る自分より僅かに小柄な体躯の男へ、。対するその男……三神守護宗家の分家が誇る狂犬 八汰薙 零善やたなぎ れいぜんは、不逞の播く憤怒などなかった様に怯える少女を抱き上げた。


「すまんがのぅ……ワシは嬢ちゃんの様な者の相手は苦手じゃけぇ。少しだけ、あの草薙の当主の所でじっとしとれや?」


「……あ、あの。あなたは――」


「オイ、このクソヤロウ。。勝手に……待ちやがれぇ、クソがぁ!」


 、暴君分家は悠然と、少女を憂う当主の元へと運んで行く。状況を目の当たりにした優しき荒くれも、地面に這いつくばりながらも安堵のまま見守っていた。


炎羅えんらよう……ガキどもは任せるけぇの。」


「ああ、承知した。だが零善れいぜん殿……?」


「カカッ!」


 短いやり取り。しかしそこに込められた内容は互いが充分理解している。


 が、その置いてけぼりの様な現状へ、遂に醜悪な憤怒を爆発させたタトゥーの不逞が怒号を上げた。


「ジョーダンじゃねぇぞ、このクソカス共! こちとらビジネスの邪魔されて黙ってられるか! ただでさえそこの族のガキに、使! オイ、お前ら! そのクソカス共を――」


 半グレと呼ばれた男は、一喝で手下の族を動かした。族の少年らが、言い知れぬ恐怖に駆られていようと、その怒号には従うしかないのだ。しかし直後――


 タトゥーの不逞が混ぜ込んだ言葉へ、烈火の如き反論が返される事となる。


「今何てぬかした? このガキの戦いが無駄じゃてぇ? ふざけるんも大概にせいや、この有象無象が。この大輝だいき言うガキは、己の家族のためにたった一人でおどれら闇の権力に抗った――」

、千年かかっても出来へん事を……この大輝ガキはやり遂げた。それを侮辱するっちゅうなら、相応の痛みを与えんといかんけぇのぅ!」


 そして……不自由な少女を憂う当主へ預けた暴君分家が、ゆらりと不逞なる一団へと向き直った。


 その向き直る表情は修羅か。はたまた羅刹か。

 日本国家へ災い齎す、人ならざる巨大霊災を数多討伐して来た地獄より出し裁きの鬼神が、双眸へ万物を射殺す憤怒を込める。


皆樫 大輝みなかし だいき……ワシがおどれの強さを認めてやるけぇ感謝せい。テメェの力を誰かのために使える者は、紛う事無き強者きょうじゃよ。勝負では敗北したかもしれんが、おどれの行動は何よりも誇れる義の行いじゃけぇ!」



 優しき荒くれへの賛美を放った暴君分家は、あたかも巨大霊災を相手取るが如く、不逞の集団へと切り込んで行く。



 †††



 目にした惨状は酷いものだ。

 手加減する算段だったはずが、零善れいぜん殿のたがが外れる寸前……冷や汗物だった。


「ちょっと失礼? これは流石に、君の目には毒だろう。」


「わわっ!?」


 そして起きる惨状が、まだ幼き雪花ゆっか嬢には酷だろうと慌てて彼女を地面へと下ろし、両手でその目を覆う。、この子も卒倒間違いなしであったから。


「動けるかい?大輝だいき君。雪花ゆっかさんを連れて物陰へ離れよう。彼女にはこの状況……刺激が強すぎるからね。」


 苦悶の表情で痛みに耐えていた大輝だいき君も、伊達にケンカで家族を守って来てはいなかった。こちらの言葉へ首肯し、うめきながらも立ち上がる姿には、頼もしき力強ささえ感じた所だ。


 そうして木霊する鈍い音に怒号と悲鳴を背にし、駐車場の遮蔽物のある一角で二人を座らせる事とする。まあ、零善れいぜん殿に任せておけば惰弱な不良共の制圧など、時間も要さぬ事は承知済み。


 全ての生命を飲み込み深淵の果てまで追い迫る、数多の巨大な霊災をことごとく討滅して来た彼が、ただのケンカでのし上がった有象無象に負ける道理などないからだ。


 そんな思考でふと見やった兄妹。あまりの急展開で、事態が飲み込めずポカンと口を開けたままの雪花ゆっか嬢と、不覚にもまなじりを濡らしてしまった大輝だいき君が映る。彼も、助けを懇願した相手が申し合わせた様に現れた現実に、安堵よりも恥の方が上回った形なのだろう。


「……草薙くさなぎ。あんた、?」


「当たらずとも遠からず、と言う所だね。当初君達の件は、遠巻きの定時調査で済ませていたのだけど……残念な事に、。さっきも言ったけれど――」

「それらが暗部へと身を隠す、社会の闇集団と化している状況だ。故に、動く機を見誤れば事を仕損じると……そうした警戒から、巻き込まれた君達周辺の監視を強化しようとした矢先の事だった。結果、我ら守護宗家でもノーマークだった、半グレに族集団を用いた蛮行を許してしまったんだ。」


 早々に雪花ゆっか嬢までも巻き込んでしまった手前、最初に接触のあった大輝だいき君へは包み隠さず……まあ根幹はまだ開かせぬ所もあるが語っておく。少なくとも彼は、今視界の端で散々な目に合わされている烏合の衆など比べるまでもなく、心根と理知を備えた子供だ。

 故に真実を正確に伝えれば、決して判断を誤ったりしないとの確証を持っていた。


 すると――


「あの……守護宗家さんがなぜ私達を助けてくれたのですか? おにーちゃんとは知り合いみたいですけど――」


「俺が頼んだんだ……。何かあった時は力になると、最近この人の世話になった所でな。」


 ようやく停止していた思考が回り始め、疑問の踊るお嬢様へ向け、大輝だいき君がこちらへの視線を寄越しつつ……ボヤかす様に事情を明かす。その視線へ「合わせてくれ」との意を感じ取ったため首肯で対応した。


 目にした少年の行動が、すでに社会へ身を置き他人との協調性を重んじる、正しき大人そのものの姿であるとの感嘆の中で。


 落ち着いた彼らを確認したオレは、同じ頃静かとなった阿鼻叫喚の地獄絵図と化す乱闘場所へと向かう。あの零善れいぜん殿が、やり過ぎていないかを確認しておく必要もあった。


 五十人ほどの死屍累々に埋め尽くされた駐車場最奥で、零善れいぜん殿と、彼に首元を捩じ上げられた禍久まがひさと呼ばれた半グレがいた。零善れいぜん殿の方がタッパとしては低いはずが、足を引き摺る様に締め上げられる大柄な半グレは、見ているだけでも痛ましい状況ではあった。


「……てゃ……てゃひゅひぇひぇ……――」


「おうおう、お決まりのセリフじゃのう。じゃがおどれら悪党が、弱者を前にし助けてと懇願されて、助けるような事をしたか? それが、テメェが勝てねぇと知るやてのひら返すたぁ、あの大輝いうガキの足元にも及ばんけぇ。」

「普通に考えても、そんな懇願でおどれが助かろうなんざ筋違いじゃけ。じゃが……ワシも後ろで、草薙炎羅っちゅうお目付け役がおるけぇ無慈悲も出来ん所なんじゃが。そうじゃろ?炎羅えんらよぅ。」


「ふぅ……殺ってはいないようだが、それでもやり過ぎ感は拭えないぞ? まあ、そもそも対人暴動鎮圧が専門外の零善れいぜん殿としては上々なんだが。」


「やかましわい……。で、この半グレはどうする?」


 正直ギリギリ意識を保てているかどうかの不逞を吊り上げ、涼し気な顔で淡々と語る零善れいぜん殿には空恐ろしささえ感じるが、彼なりに手加減を加えた物と見なし逡巡する。周囲の気配を十分探ったが、差し当たって口封じの様な動きが無いのも確認した。

 我ら宗家も、あまり目立つ行動は避けたい事情もあり、すでに宰廉ざいれんから警察へも連絡させている。


 周囲へ鳴り響くサイレンから察するに、じき国家権力も到着すると見ていた。


「その禍久まがひさと言う男は放置しても一行に構わない。だいたいの情報は、こちらで探りを入れてあらかた掴んでもいる。わざわざそいつの口を割らせる事もないだろう。」


 諸々の状況を耳に入れた零善れいぜん殿も、おおかた怒りは覚めたのか。掴む手を緩めるや、不逞がドサリと地へと落下する。そのまま無様に尻尾を巻いて逃げる様は、とても大輝だいき君を見下していた者とは思えぬ醜態でもあった。


 むしろ逃走する不逞よりも、危険な目に会わせてしまった兄妹を安全な場所へ移動させる方が優先と、視線で零善れいぜん殿とアイコンタクトの後二人を愛機へ乗せる事とした。


「今日は夜も遅い。宗家で宿泊出来る場所を準備している。大輝だいき君の傷の手当も含め……ここは素直に、我が宗家の配慮を受け入れてくれると助かるんだが。」


 こちらが提示する言葉に、もはや異論を述べる理由もない大輝だいき君は驚くほど素直に――



 雪花ゆっか嬢を抱え上げると、我が愛車のガルウイングドアを潜るのだった。

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