memory:63 闇から這い上がる少年の見た物
宗家特区は愚か、国家権力の支配さえ及ばぬ社会の闇が
爆音播く暴力の塊が集結する無法地帯の雑居ビル駐車場で、公開処刑
場違いな程に可憐な幼き花が、後ろ手を縛られガムテープで口を塞がれ、痛々しく横たわっていた。
「……う……っ!? ううっ、うううっーー!」
「あー騒ぐんじゃねぇよぉ、ガキ。まあその足じゃ逃げる事もできんだろうが、あまり叫ばれるとウチの仕事に差し支えるからぁ、少し黙ってろやぁ?」
「……っ!?」
目覚めたと同時に、己の置かれた状況へ戦慄を覚えたのは
それは無理からぬ事であり、自身の二倍に届くほどの全身タトゥー塗れな大男が凄む様は、すでにこの世の地獄を垣間見たかの状況。辛うじて意識を保てるのは、彼女の兄含めた荒くれ者達を常日頃目にして来た故の幸いである。
少女にとって、刹那が永遠の地獄かとも思える時が過ぎ、程なく響くエキゾーストノイズにハッとなり顔を上げる。響くそれが、聞き慣れた音であったからだ。
その視線に答える様に風を切って現れたのは、
「テメェら……!
「おおぉ……恐ぇなぁ、クソガキ。度胸だけは認めてやるが……てめえこそ、今の状況が分かってねえ訳ないよなぁ。」
疾風の愛機から飛び降りるや、怒号に任せて
が――
それさえも小鳥の
彼は妹を拉致された事だけではない、仲間を甚振られた事にも同様の怒りを覚えていたのだ。
己への憤怒の眼光を途切れさせぬ少年へ、少しばかり興が乗ったとタトゥーの不逞が
「おにーちゃん、助けて! おにーちゃんっ!」
「待ってろ
そして悲痛なる叫びが
「おにーちゃんっ! やめて……おにーちゃんが死んじゃうっ!!」
言うなればそれは公開
妹を盾に取られた優しく荒くれは、不意打ちをもろに受けるも必死で耐え凌ぐ。己が倒れれば、妹へどれほどの恐怖が襲うか知れたものではないから。
そして――
しかしその言葉には、少年の耐える心を粉々に打ち砕くほどの悲痛が混ぜ込まれていたのだ。
「よく頑張ったほうだがなぁ、こっちもビジネスだぁ。正直ガキのお遊びにゃ付き合う義理はねぇんだが……仕事の依頼主との関係以前に、テメェら兄妹からきっちり落とし前を付けにゃ割に合わねぇんだよ。」
「……なに、を……言って……ゴホッ!?」
「ああ、テメェらは知らねぇよなぁ……。それを話しちまえば、あの夫婦は自分たちの計画がバレちまうんだからぁよ。」
「……夫、婦……?」
ニヤリと口角を上げたタトゥーの不逞が吐き捨てる。二人の兄妹へ向けた絶望の言葉を。
「このガキの交通事故……ありゃ、テメェら両親の依頼で仕組んだんだぜぇ。賭博で返しきれなかった多額の借金返済……保険金目当てのなぁ。」
その時……兄妹の耐え続けて来た日常が、粉々に砕け散る音が響き渡った。
†††
頭のどこかで薄々は感じていた。だからそれほど驚きもしなかった。
けれどそれを面と向かって……さらには計画に加担しているであろう第三者から聞かされるのは、正直耐えられなかった。
俺達兄妹は……あのクソ親どもに裏切られたんだ。
「……そん、な……お父さんとお母さんが……。そんな……――」
ああ、
視界が暗転し、俺の中で貫いていた信念が揺らぎ始めていた。
クソの様な大人に負けねぇため、今まで気張って来たのに。その大人達から、どうしようもない現実を畳み掛けられた。そんな俺を嘲笑う
さらにクソの様な言葉を吐き捨てやがったんだ。
「テメェらの両親が作った借金を、このガキに掛けた保険金で払う算段が……幸か不幸か助かっちまう事態。そこで慌てた奴らは、急いで夜逃げの準備を始めた訳だぁ。まあ当然、逃げられはしねぇんだがなぁ?」
「それじゃ俺らも利益も無いって訳で、ウチとグルの闇医者使って、そこから金を巻き上げられる手段を考えた訳だ。」
「ま、て……。そりゃどういう――」
「決まってんだろう? このガキが歩けなくなるよう薬をイジらせ、その治療費をテメェからボッタクる……。あまり闇の世界を舐めてんじゃねぇぞ?ガキ。」
もう言葉も出なかった。俺は……俺と
視界に映った
俺の思考が、信念が……敗北って闇に飲み込まれて行く。
「まあここまで来た手向けに色々話してやったが、これを口外されるのは困るんでなぁ。おい……そのガキは連れて行け。残る残金の足しに、海外にでも売り払う準備だ。」
「いや……おにーちゃん……助けて……――」
闇の深淵――
もう絶望しかないその思考へ、たった一つの言葉だけが引っかかった。
――『いつでも俺達宗家を頼ればいい。』――
深淵を照らす希望の光が、俺の脳裏へと走り抜けた時。俺はただ
「来るんだろう、あんたなら! 俺達のために! なら助けてくれよっ、俺達兄妹をっ! 助けてくれよっ……
それしか
もう、俺はあいつにしか頼る術がなかったんだ。
虚しく響き渡る俺の声。けど……それをかき消す様に聞こえて来た爆音には聞き覚えがあった。
族が播くそれじゃない、調律された高周波サウンドは、あの白いガルウイングマシンのエキゾーストノート。やがて音の主が、勢いよく駐車場へと迫り来る。
族共が慌てて散る中、ハーフスピンのまま後輪から白煙を上げ、戦場に躍り出た白馬の如きマシンが俺の視界を占拠した。程なく、真上にカチ上がるドアを潜り――
見た事もない憤怒を宿して、あいつは大地へと降り立ったんだ。
「やあ、呼んだかい? まあ君達の行動の一部始終は、ウチの手の者が通信で逐一追っていた訳だが。こちらもすぐに動けぬ理由があったんだ……そこは容赦願うよ?」
「……
きっとそれは初めてだった。
そんな俺が、初めて頬を熱く濡らしてるのが分かる。多くの大人に裏切られてきた俺達を、この男は裏切らなかったんだから。
「なんだ?テメェは……。俺達の仕事の邪魔してんじゃ――」
事態に困惑したのはあの
「君らは随分な事をしてくれたね。彼ら兄妹は、我が三神守護宗家にとっての大事な客人……それをこの様に
その時俺は――
想像だにしない、デカイ背中を持つ大人に守られる瞬間を目撃したんだ。
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