memory:63 闇から這い上がる少年の見た物

 宗家特区は愚か、国家権力の支配さえ及ばぬ社会の闇がうごめく地帯にて。


 爆音播く暴力の塊が集結する無法地帯の雑居ビル駐車場で、公開処刑さながらの体で鎮座する影が、支配下に置く暴走族集団を見やりながらグラスでウィスキーをグイッと煽る。そのかたわら――


 場違いな程に可憐な幼き花が、後ろ手を縛られガムテープで口を塞がれ、痛々しく横たわっていた。


「……う……っ!? ううっ、うううっーー!」


「あー騒ぐんじゃねぇよぉ、ガキ。まあその足じゃ逃げる事もできんだろうが、あまり叫ばれるとウチの仕事に差し支えるからぁ、少し黙ってろやぁ?」


「……っ!?」


 目覚めたと同時に、己の置かれた状況へ戦慄を覚えたのは優しき荒くれ大輝の妹 雪花ゆっか。が、それを舌なめずりしながら見下ろす影の言葉で、すぐさますくみ上がった。


 それは無理からぬ事であり、自身の二倍に届くほどの全身タトゥー塗れな大男が凄む様は、すでにこの世の地獄を垣間見たかの状況。辛うじて意識を保てるのは、彼女の兄含めた荒くれ者達を常日頃目にして来た故の幸いである。


 少女にとって、刹那が永遠の地獄かとも思える時が過ぎ、程なく響くエキゾーストノイズにハッとなり顔を上げる。響くそれが、聞き慣れた音であったからだ。


 その視線に答える様に風を切って現れたのは、疾風の愛機晴嵐に乗り馳せ参じた優しき荒くれ。だが双眸には、狂える憤怒を贄とした炎を煌々とたぎらせていた。


「テメェら……! 雪花ゆっかに手ぇ出しやがって……ただで済むと思ってんじゃねぇだろうな!」


「おおぉ……恐ぇなぁ、クソガキ。度胸だけは認めてやるが……てめえこそ、今の状況が分かってねえ訳ないよなぁ。」


 疾風の愛機から飛び降りるや、怒号に任せてタトゥーの不逞狂路を睨め付ける優しき荒くれ。普段妹を怖がらせまいと抑えて来た感情が、爆発していた。


 が――

 それさえも小鳥のさえずりかの如く受け流すタトゥーの不逞は、曲りなりにも闇夜でその身を生きながらえさせる半グレそのもの。彼の言葉を合図とし、周囲で傍観していた族連中が手に好き好きの得物を構えてにじり寄る。


 野卑やひた笑みと狂った殺気に包まれながらも、優しき荒くれは決して憤怒を手折たおらせたりはしない。彼とて、はみ出し者扱いであった友人に後輩を支えて来た族のトップ――


 彼は妹を拉致された事だけではない、


 己への憤怒の眼光を途切れさせぬ少年へ、少しばかり興が乗ったとタトゥーの不逞があぎとで合図すると、取り巻きの妖艶な女性が少女の口に貼られたガムテープのみを引き剥がした。


「おにーちゃん、助けて! おにーちゃんっ!」


「待ってろ雪花ゆっか! 俺が必ずお前を――」


 そして悲痛なる叫びが不自由な妹雪花より放たれるや、眉根を歪め声を上げる優しき不逞であったが、言い終わる前に囲む族集団の得物がその身を襲う事となる。


「おにーちゃんっ! やめて……おにーちゃんが死んじゃうっ!!」


 言うなればそれは公開私刑リンチ。得物はどれも殺傷能力が低く、身体へ打撃によるダメージを蓄積させる物ばかり。敢えてそれを選ばせた不逞は、そこからくる鈍い痛みで信念をへし折る算段であったのだ。


 妹を盾に取られた優しく荒くれは、不意打ちをもろに受けるも必死で耐え凌ぐ。己が倒れれば、妹へどれほどの恐怖が襲うか知れたものではないから。


 そして――

 一頻ひとしきり優しき荒くれへ痛みを与えた不逞が制すや、攻め手を収めた族集団も、少年を囲んだまま見下ろす様に壁を作り上げた。そこへタトゥーの不逞が言葉を投げる。


 しかしその言葉には、混ぜ込まれていたのだ。


「よく頑張ったほうだがなぁ、こっちもビジネスだぁ。正直ガキのお遊びにゃ付き合う義理はねぇんだが……仕事の依頼主との関係以前に、きっちり落とし前を付けにゃ割に合わねぇんだよ。」


「……なに、を……言って……ゴホッ!?」


「ああ、テメェらは知らねぇよなぁ……。話しちまえば、あの夫婦は自分たちの計画がバレちまうんだからぁよ。」


「……夫、婦……?」


 ニヤリと口角を上げたタトゥーの不逞が吐き捨てる。二人の兄妹へ向けた絶望の言葉を。


……ありゃ、。賭博で返しきれなかった多額の借金返済……保険金目当てのなぁ。」



 その時……兄妹の耐え続けて来た日常が、粉々に砕け散る音が響き渡った。



 †††



 頭のどこかで薄々は感じていた。だからそれほど驚きもしなかった。


 けれどそれを面と向かって……さらには計画に加担しているであろう第三者から聞かされるのは、正直耐えられなかった。


 ……


「……そん、な……お父さんとお母さんが……。そんな……――」


 ああ、雪花ゆっかはそうなるだろうな。失踪したのにも何か止むに止まれぬ事情があると。優しすぎるあいつはずっとそう信じてた。けど現実はどうだ……恐らくは、その金を貸した大元が口にした。もう疑いの余地なんてないんだろう。


 視界が暗転し、俺の中で貫いていた信念が揺らぎ始めていた。


 クソの様な大人に負けねぇため、今まで気張って来たのに。その大人達から、どうしようもない現実を畳み掛けられた。そんな俺を嘲笑う禍久まがひさは――


 さらにクソの様な言葉を吐き捨てやがったんだ。


「テメェらの両親が作った借金を、このガキに掛けた保険金で払う算段が……幸か不幸か助かっちまう事態。そこで慌てた奴らは、急いで夜逃げの準備を始めた訳だぁ。まあ当然、逃げられはしねぇんだがなぁ?」


「それじゃ俺らも利益も無いって訳で、ウチとグルの闇医者使って、そこから金を巻き上げられる手段を考えた訳だ。」


「ま、て……。そりゃどういう――」


「決まってんだろう? ……。あまり闇の世界を舐めてんじゃねぇぞ?ガキ。」


 もう言葉も出なかった。俺は……俺と雪花ゆっかは、こいつらに完全に踊らされてたんだ。


 視界に映った雪花ゆっかは、もうあの明るかった笑顔も輝く朗らかさもない……止めどない絶望が支配していた。


 俺の思考が、信念が……敗北って闇に飲み込まれて行く。


「まあここまで来た手向けに色々話してやったが、これを口外されるのは困るんでなぁ。おい……そのガキは連れて行け。残る残金の足しに、海外にでも売り払う準備だ。」


「いや……おにーちゃん……助けて……――」


 雪花ゆっかの声が遠くに感じる。けど今の俺には何も出来ない。絶望と敗北感が、俺の脳裏をどんどん闇のどん底へと引き摺り込んで行く。


 闇の深淵――

 もう絶望しかないその思考へ、


 ――『いつでも俺達宗家を頼ればいい。』――


 深淵を照らす希望の光が、俺の脳裏へと走り抜けた時。俺はただすがる様な思いで、力の限り咆哮を上げていたんだ。


「来るんだろう、あんたなら! 俺達のために! なら! 助けてくれよっ……草薙 炎羅くさなぎ えんらーーーーっっ!!」


 それしかすがるモノが無かった。クソの様な大人達の中で、唯一俺を信じ、頼ってくれたデカイ背中。三神守護宗家が草薙家の現当主、草薙 炎羅くさなぎ えんら


 もう、俺はあいつにしか頼る術がなかったんだ。


 虚しく響き渡る俺の声。けど……聞き覚えがあった。


 族が播くそれじゃない、調律された高周波サウンドは、あの白いガルウイングマシンのエキゾーストノート。やがて音の主が、勢いよく駐車場へと迫り来る。


 族共が慌てて散る中、ハーフスピンのまま後輪から白煙を上げ、戦場に躍り出た白馬の如きマシンが俺の視界を占拠した。程なく、真上にカチ上がるドアを潜り――


 見た事もない憤怒を宿して、あいつは大地へと降り立ったんだ。


「やあ、呼んだかい? まあ君達の行動の一部始終は、ウチの手の者が通信で逐一追っていた訳だが。こちらもすぐに動けぬ理由があったんだ……そこは容赦願うよ?」


「……草薙くさなぎ……炎羅えんらっ!」


 きっとそれは初めてだった。雪花ゆっかが事故に巻き込まれた時も、クソ親どもに見捨てられたと知っても流さなかった。


 そんな俺が、初めて頬を熱く濡らしてるのが分かる。


「なんだ?テメェは……。俺達の仕事の邪魔してんじゃ――」


 事態に困惑したのはあの禍久まがひさも同じだ。けどそれを制する様に、草薙 炎羅くさなぎ えんらからの、殺気孕んだ言葉が飛ぶことになった。


「君らは随分な事をしてくれたね。彼ら兄妹は、我が三神守護宗家にとっての大事な客人……それをこの様におとしめたとあれば――。」


 その時俺は――



 想像だにしない、デカイ背中を持つ大人に守られる瞬間を目撃したんだ。

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