memory:62 繰り返されるは人類の闇

 零善れいぜん殿の計らいで、オレは暫し別の案件対応に移っていた。

 子供達の監視も任せられる彼ならばと、こちらでそのバック……天月てんげつ家の今を洗い出しにかかる。


 彼から羽を伸ばせと言われた所だが、流石に宇宙よりの驚異を前にした、足元のグラつきは目に余る状況。しかし、宗家切っての武闘派の意見は蔑ろにできぬと、両方を程よく交えての行動に移っていた。


 そんなオレを見越したのか、きっと何処かで見ていたであろう者が、親近感さえ纏って眼前へ姿を現していた。


「やあ、炎羅えんら。調子はどうだい……と言っても、君はとても忙しい身空であるのは理解しているからね?」


「ふっ……粗方は見ていたんだろう?紫雲しうん。人ならざる者ならば、その程度は造作もないはずだ。けど……君がここに現れたのも、オレにすれば良い刺激となる。またこの相棒の、助手席で揺られてみるかい?」


 暗雲から小雨がパラつき始めた頃。相棒の車内で情報を纏めていたオレへ、車窓越しに声をかけてきたのは紫雲しうん。そして、……今の今まで存在を感じさせない中での顕現。


 それだけでも彼が、人類の知覚が遠く及ばない存在である事を感じさせられた。


「いいね。生憎ボクも、この低次元社会で楽しむと言う概念に乏しいのは君も周知の事実。それぐらい……いや?これこそを求めて君に声をかけたまであるよ。」


「そうか、なら話は早い。時間的な余裕から大したドライブとは行かないが、そこは勘弁してくれよ?」


 初めて言葉を交わした当初は警戒から大きく距離をおいていた彼だったが、まさかの愛車による高速ドライブをお気に入りと聞くや、一気に友人としての距離を近付かせた感があった。


 それは彼が望んだものであり、オレも重く苦しい当主と言う計り知れない重圧の中での、唯一心を真っ白に出来る刹那――


 そんな瞬間を共有出来る友と過ごせる時間いまさえ、自身には有意義なものとなっていた。


 けど――

 関係浅くも心を通わせ合うオレ達をあざ笑う様に、足元のグラつきは極めて危険な今を刻んでいた。それを最初に感じ取ったのは、


 RX-8での高速ドライブで幹線道路から、宗家特区管轄の人工島へ入った矢先であった。


「……せっかくのドライブ、こちらが誘っていて申し訳ないのだけど。炎羅えんら……君はすぐに。本当に口惜しい所だけど、。」


「……っ!? 紫雲しうん……オレが関与する何かしらへ異変を感じたのか? それは一体――」


 人ならざる存在からの、有意義な一時を置き去りにする啓示は、相手がそういう存在でなければ最重要と感じる事さえ叶わないだろう。しかし彼がぼやかす様に告げたそれは、オレでも範疇の出来事でもあった。


 それが……そこを確かめんとした時、鳴り響いたのは宰廉ざいれんからの報。その時点で、ではなくの憂いと悟ってしまう。


『当主炎羅えんら……事態に動きあり。今零善れいぜん殿を張り付かせておりますが……天月てんげつ家が早々に動いた模様。しかし――』


「簡潔に説明しろ宰廉ざいれん。何があった。」


 響く報の中、続けろと見やる紫雲しうんへ謝罪の首肯を返し、やり取りを開始するなり言葉を濁した宰廉ざいれんへ簡潔な状況確認を行う。だが――


 後に続いた言葉は、未熟なオレ自身が憤怒に塗れて先走ってもおかしくはない、事態招来を告げる物だったんだ。


『はい、では。我ら宗家が天月てんげつ家の裏を取るため動いていた矢先、彼らが手足となる暴走族集団を用い……あの皆樫みなかし兄妹へ狙いを定めたと。』


「なっ……!? それで大輝だいき君達は!?」


『はい……大輝だいき少年が夜バイトへと向かった最中、手足の半グレ率いる族グループが、その……。恐らく、大輝だいき少年をおびき寄せるための罠かと。』


「……なんて事だ……!天月てんげつ家は、あの8年前の非道から何も変わっていないでないかっ!」


 打ち震える怒りで視界さえ暗転するオレを尻目に、紫雲しうんが憂いの視線に染まって行く。程なく――



 暫しの一時を過ごすはずであった友人を置き去る様に、オレは愛機へ怒りのムチを入れ、相棒も怒る爆音を上げ怒涛のスキール音を撒き散らしたのだった。



 †††



 一段落の夜バイト。

 その日は残業だったが、働き詰めはよくないと休憩をくれた職場のひとクセある須野原すのはら棟梁には感謝だ。


 俺の事情を聞いても否定せず、こんな学校もいけないはみ出し者のために定期の仕事を回してくれる人柄は、明らかにとも言えた。


「おう大輝だいき、妹さんは大丈夫なのか? 残業もいいが、ちゃんと帰ってやれよ?」


「あざっす。それは心配ないっすよ。ウチのフォイルメンツが交代で顔見せしてくれてるんで。雪花ゆっかもウチのメンツは家族ぐるみなんで……その辺はお気遣いなく。」


「そうかい、そりゃ安心だ。ワシも昔やんちゃした頃は、よく面倒事に巻き込まれたもんだ。だからちと、おせっかいが過ぎたか。んじゃ休憩終わったら、次の段取りに進むから準備忘れんな?」


「ういっす。」


 経験者と思考した側から昔の黒歴史的な話題が飛び出し、けどそれを苦笑のまま語る棟梁は、やはりもうカタギの世間で立派に生活を熟してる人の顔だ。こんな腐った大人社会の中で、俺が頼れる数少ない先達でもあった。


 そんな棟梁の背中を見やる俺は、最近の出来事がフィードバックしていた。それはあの、突然俺に接触を計った草薙 炎羅くさなぎ えんらと言う雲上の存在の事だ。


 数少ない頼れる先達の配慮を、感じたそばからあいつが浮かんだ事で、自身でも心が動きつつあるのを悟っていた。他でもないあいつは、眼前の棟梁と同じ物……違うな――


 揺れる脳裏のあれこれを振り払い、休憩後に待つ仕事のための安息に浸る。なにせ一週間の間に、いくつも掛け持ちバイトを成してからの、土方な夜バイト。体力的にもそろそろ限界が来ている所だが、弱音を吐く訳にもいかなかった。


 俺の働きで出る報酬は、雪花ゆっかの治療費に直結するからだ。


 雨も上がり、濡れた路面を幹線道路を行き来する車両のライトが眩しくチラつかせる。それを呆けた様に見やっていた俺の視界へ、そこに来るはずのないメンツ――


 それも、功太こうた高也たかやを引き摺り現れた真吾しんご達、フォイルの面々が映り込んだ。


「……おい、何があった! なんで今日、雪花ゆっかを見守るはずの二人が――」


 休息の安寧も吹き飛ぶ光景で、弾かれた様に声を荒げた俺は、想像したくない最悪の展開をいくつも巡らせた。しかし奇しくも、


大輝だいきさん、マジすんません。立ち向かった二人は怒らないでやって下さい。やられましたよ……ここいらで幅を効かせる赦亜躯朱しゃあくすってのが、突然大所帯で大輝だいきさんのマンションへ押しかけて――」


「……待てよオイ! ウチのマンションって……雪花ゆっかはどうしたんだよっ!」


 焦燥と憤怒が入り混じり、荒げる声が怒声に変わる。自身でも抑えられないほどに昂ぶる情念が、激しく身を焼き焦がす音が聞こえるほどに。


 俺の怒声で、どれだけの怒りに塗れているかを悟る真吾しんごが、力なく首を振り――

 直後、視界が暗転する様な宣告をして来たんだ。


赦亜躯朱しゃあくすのトップらしい、禍久まがひさって奴から二人が伝言を……。その――雪花ゆっかちゃんの命が惜しければ、三番街外れの雑居ビルへ大輝だいきさん一人で来いって……。」


「……ざっけんじゃねぇぞ!! あのクソヤローっっ!!」


 爆ぜる怒り。爆発するそれが蹴撃となって、近場にある看板へと突き刺さる。もはや俺の心を包む憤怒を抑える事なんてできなかった。

 が……それを少しだけ冷静にさせる声が、響いたんだ。


「おい大輝だいき……分かってんだろうな。オメェが面倒に巻き込まれるなら、ワシらはお前さんに協力する事はできねぇ。だろ?」


「……そうっすよね。すんません……俺は今日この場で仕事を辞めさせて――」


 それは至極当然。須野原すのはら棟梁はすでにカタギで、会社を持ち、従業員を養う立場だ。それが俺の様な、社会の落ちこぼれを手助けする様な事があれば、


 これだけはやっちゃイケねぇ社会のルールだ。


 なのに棟梁は、俺の言葉を遮る様に口にする。冗談も大概にしろと言わんばかりの心持ちで。


「それ以上口にすんじゃねぇ。やんちゃの経験があるって言ってんだろ? だからお前さんの状況は分からなくもねぇ。って事で――」

「お前さんはたった今から長期の休暇に入れ。んでもってその休暇は、お前さんの大切な家族のために使え。ワシの方で、全て事が済んだ時に戻れる場所を開けといてやる……いいな?」


「とう……りょう!? 俺は……――」


 想像だにしない言葉。俺はその時、


 誰もが俺達兄妹を遠ざけ、両親には裏切られ……それでも二人で行きて来た俺達へ向けたとてつもない大恩。そんな物を向けられた俺は――


 初めて自分のまなじりが熱く濡れていたのを感じた。


須野原すのはら棟梁! この御恩は一生忘れないっす! あとせめて、このウチの仲間に救急車の手配を頼むっす!!」


「おう、任せとけ。行って来い……若造!」


 頼もしき大人の声援を受けた俺は、もう止まれない。例え一人だろうと、妹を放っておく事なんてできないから。


 すぐさま俺は、晴嵐せいらんのエンジンへ火を入れアクセルを吹かす。相棒も俺の怒りを感じ取った様に、エキゾーストと言う咆哮を上げた。



 そのまま相棒と風になった俺は、疾風の勢いで妹が拉致された雑居ベルへとはしり出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る