memory:61 不逞の魔手は幼き少女を蝕みて

 優しき荒くれ大輝憂う当主炎羅の勧誘を断ったその日。昼下がりの首都圏南方から洋上にかけて暗雲に包まれていた。


 降り出した雨の中、太平洋上特有の暴風雨に見舞われる巨鳥私設アメノトリフネでは、打ち付ける荒波への不安の中過ごす子供達がいた。


「太平洋の天候が変わり易いのは聞いた事があったけど……これがその実態っポイね……。」


『宗家特区から見る湾とか、もはや比べ物になりませんよ。』


 古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーなぞらえる機関の施設周囲さえ、その先端部を軽く舐めていく荒波高さは実に数mに上る。施設自体が、荒波を打ち消す流体設備を海中へと備えるも、海上から襲い来る高波の乱舞は子供達の心をざわつかせるには充分であった。


 洋上と打って変わる宗家特区――

 そこも首都圏が近い事から、その後方に位置する山々の気候と海上の気候が影響し、頻発する天候変化にも富む状況。


 そんな特区にほど近いマンションでは、止まぬ雨に憂鬱を爆発させる幼き少女がいた。


「もう……またお洗濯が部屋干しだよ、おにーちゃん! この雨さん、雪花ゆっかを虐めて楽しんでるでしょ!」


「それを俺に振るなって。どうしろって言うんだ。部屋干しでも構わねぇから、さっさと干しちまうぞ?」


 癇癪かんしゃくの主は他でもない、優しき荒くれのできた妹 雪花ゆっかである。部屋の中で前後にギコギコ車椅子をゆすらせるのが、彼女定番のお怒りアクション。その仕草を目の当たりにする優しき荒くれも嘆息しつつ視線を送ると、止まぬ可愛げな怒りを和らげる様に、手渡された洗濯物を手際よく室内物干しへとかけて行く。


 車椅子生活が常の不自由な妹雪花が、出来る範囲の家事を熟し、手に余る部分を兄が受け持つ。ともすれば、生活するのが二人の日常であった。


 貧しく不自由であろうと続くささやかな日常が、収まらぬ雨足で夕刻まで暗雲を引き摺った頃。夜バイトの時間と、優しき荒くれが濡れる身体も厭わず疾風の愛機晴嵐へ火を入れんとした。


「おにーちゃん! ちゃんとカッパ着ないと、風邪ひいちゃう!」


「バイク飛ばすのにカッパなんて着てられるか。なるべく早く職場に着くから、お前こそ雨に濡れて風邪引くな。」


 そこで不自由な妹が、マンション廊下から雨に打たれながら声を上げる。愛機に跨る優しき荒くれも、妹が雨に濡れる事を気にかけ返答した。互いに案ずる想いは同じと、思わず笑みを交わし合う兄妹は、様々な苦難も逞しく越えて行く未来の希望そのもの。

 そんな二人を察したかの雨は、そこから少しの間小康状態となり――


 優しき荒くれが夜バイト職場に着く頃には、フワリと舞う霧雨へと変わりつつあった。


 天候に恵まれたと感じた妹は、その日も当たり前となった家事のスケジュールを熟して行く。兄のいない間の彼女は、一人で住まいを切り盛りするタフな女性であった。


 しかしそんな彼女に万一が及んではと、優しき荒くれ不在の際は、走り系族ファミリー達フォイルが空いた時間で代わる代わる彼女を励ます算段としていた。


 彼らはまさに、貧しくも逞しい兄妹との家族ぐるみの付き合いを成していたのだ。


 だが――

 気の知れた素敵なファミリーを地で行く彼ら。彼らにとっての、悪夢の様な悲劇が訪れようとは、その時誰も想像などしていなかった。


「なんだ高也たかや……今度は静音マフラーで良いの決めて来たな。」


「当然っすよ。これ以上大輝だいきさんにぶん殴られるのはゴメンっす。それに雪花ゆっかちゃんが怖がるとか言われたら、俺もわがままは通せねぇって奴ですよ。」


 ファミリーのウチ、立派にも定時制へと通うメンツである特攻隊長功太お騒がせな後輩高也が、マンションへ向けて愛機を飛ばす。当然静音マフラーからの、静かなアクセルワークで近隣住民を慮った運転で、である。


 彼らはその日の分担とし、優しき荒くれの妹を訪問し安否を確かめる役回り。二人にとっては、少女の笑顔を拝む事もささやかな楽しみ。それこそ彼らの妹の様に少女は愛でられていたのだ。


 霧雨を切って走る二台のバイク。やがて目的地であるマンションが視界へと映ったのだが――



 彼らはそこで、想定だにしない事件を目撃してしまう事となる。



 †††



 優しき荒くれ大輝が夜バイトに行くか否かの時間。それと前後する様に、タトゥーの不逞狂路の元へ一本の電話が届いていた。


『宗家どもの動きを確認したが、夜がふけるほど奴らの動きが活発になっているフシがある。ならば敢えて、人通りの多い時間帯を狙う。どの道あの地域は特区から距離もある事だ……使。』


「エゲツねぇなぁ……。確かにここいらの地方警察はあんたらを恐れて動けねぇがぁ、まさかそれが幼気けなげなガキを巻き込んでるたぁ思いもしねぇだろう。乗った……ウチの手合いをすぐに動かすぜぇ?」


『任せる。経過報告は忘れるな。』


 そしてやり取りされる不穏は常軌を逸する。仮にも


 すでに国家を守護し続けた威厳など、欠片も存在してはいなかった。


 やがて反意の愚家烙鳳の一声が、タトゥーの不逞を動かした。声に従う総勢50台にも及ぶ改造バイクが、爆音と言う弾幕を撒きながら幹線道路を我が物顔で集団蛇行で走り抜ける。その目標とされたのは――


 貧しかろうと逞しく生きる、兄妹が住まうマンション……一人家事に勤しむ不自由な少女の元である。




 兄妹と家族ぐるみでもあるF・H・Aフォイルの二人は目を疑った。

 彼らの眼前には、総長である優しき荒くれの住まうマンション。だがそれを囲む様に集結する改造バイクの集団が、近隣住民も逃げ出す程に猛烈な爆音を上げ息巻いていたのだ。


 だが、彼らはそんなものに意識を持っていかれたのではない。その集団の中で、決して見紛う事なき一人の少女が、力なく抱えられて拉致される瞬間こそに衝撃を受けたのだ。


「テメェ、クソ野郎! 雪花ゆっかちゃんに何してやがる!!」


 見るが早いか、F・H・Aフォイルのケンカ屋である特攻隊長功太 が動いていた。今まさに連れさられる寸前の、敬愛する総長が愛でる妹へ向けて。が――


「……ああ、雑魚は黙ってやがれよぉ。オイタが過ぎんぜぇ?」


「がぐっっ!?」


 愛機を捨ててまで駆けた特攻隊長の横合いから、砲弾の様な蹴撃が飛ぶや、まともに受けた特攻隊長が弾け飛ぶ。瞬間響いた鈍い音と共に、族集団脇で構える取り巻きの方へ転げるや、そのまま横たわった。


「こ、功太こうたさん!? ……オボェ……!!?」


 次いで反応したお騒がせ後輩も、死角から飛来した拳がボディへとめり込み、胃にある物をぶち撒けながらうづくまる事となる。


 その惨劇をニヤニヤと嘲笑しながら、攻撃を放った影が口を開いた。


「やっぱり口先だけだったなぁ、フォイルとやらはぁ。まあ赦亜躯朱しゃあくすを相手にすりゃ、どんな族共もこうなるのは分かってるんだがなぁ。なんせここには俺がいるんだ……ケケケッ。」


 ゆらりと打ちのめされた二人を見下ろす体躯は、不逞の手足となるタトゥーの輩 禍久狂路まがひさ きょうじ。嘲笑のまま舌なめずりした醜悪なる視線が、確実に甚大なダメージをもらった二人へ注がれる。そして――


「オメェら、あの皆樫 大輝みみなかし だいきに伝えとけや。、町外れ三番街の雑居ビルまで一人で来いってなぁ。念の為に言っておくが、この町のサツはアテにならんぜぇ? ウチのバックにビビリ散らかしてやがるからなぁ。ケケケッ……ケーーーッケケケケッ!!」


 何かを嗅がされたのか……意識を飛ばした不自由な妹雪花を抱える取り巻きへ、視線で合図を送りきびすを返すタトゥーの不逞。取り巻きも、マンション側に止めた黒塗りのワンボックスへ少女を運び込むと、手足を縛り口元へガムテープを巻いて念を入れていた。周囲で爆音を撒き散らす輩の行為がカモフラージュとなり、醜悪極まる蛮行はすんなりと運んでしまう。


 全てが予定通りに運んだ頃、タトゥーの不逞の合図で赦亜躯朱しゃあくすと名乗る族集団は、爆音の荒波を立てて幹線道路の先へと消えて行った。


 世間の闇で行われる陰惨にして外道極まる蛮行。それを成した者共は


天月てんげつ家の動きの方が早かったのぅ。クソが……見てるこっちのはらわたが煮えくり返るわ。宰廉ざいれんよぉ……俺が奴らを見張るけぇ、草薙へ連絡頼むわ。」


「分かっています。そちらはくれぐれも、タイミングを謝らない様に。でなければ、背後の天月てんげつ家が我らよりも先に勘付き動きを――」


「わーっとるわい、じゃかましのぅ。はよ行けや。」


 言葉を交わすは、族の集団背後で事を監視していた社会派分家宰廉暴君分家零善。共に監視下としていた対象が、合流した事で急遽連携を取った形である。


 念押す社会派分家へ、シッシと払う様な仕草で促す暴君分家は直後、鋼鉄の野獣ダッジのアクセルを煽るやスキール音を撒きながら族集団の後を負う。


 それを視認した嘆息の社会派分家も、銀嶺の戦闘機スープラへ鞭入れ憂う当主への連絡を急ぐ。



 時間にして数分の後……事件は憂う当主の耳に入る事なったのだ。

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