memory:60 不良な少年と荒ぶる暴君
汗水流し、妹の治療費捻出のため日銭を稼ぐ毎日に、少しの変化が訪れたのはある日の昼間バイトを終えた頃の事。雲行きが怪しくなり始めた矢先、ささやかな雨音舞う景色の中……霧と言う
まあそのマシンには、世間でも知られる守護宗家の家紋を堂々掲示してるため、おおよその推測は立てられたんだが。
「はじめまして、
「ああっ……? あの特区を牛耳ってる奴? その宗家様が、社会不適合代表の俺に何の用だよ。」
向こうからした俺の印象は最悪だっただろう。こちらとしても、欠片も信用していない大人よりの声掛けで、苛立ちが先に出てたのは充分理解してる。けど――
宗家当主である
それは俺にとっても初めての経験でもあった。
「申し訳ない……君の機嫌を害するつもりは無いよ。そこは理解してくれるかい?」
次いで語られる言葉の羅列で、さらに驚愕したのを覚えてる。
昨今の大人社会は、テメェのしでかした不始末をあろう事か無かったかの様に振る舞い、挙げ句他人のせいにする稚拙なクズ大人が
だから大人はテメェの真実を偽って生きる。
だから大人はテメェではない他人へ、平然と責任を擦り付ける。
だから……テメェのしでかした事に責任も持てず、謝罪の一つを口にする事さえできない。
けれど
人生初の事態で言葉を失う俺へ、決して急かす事なく反応を待つこいつは、ようや思考の回り始めた俺を視線で誘導。近くのファミレスへ、雨宿りの体で足を向けた。不思議な事に、こいつの雰囲気に飲まれていた俺は、導かれる様に凛々しい背中を追っていたんだ。
「わざわざの同行に感謝しているよ。ならば、本題から切り出させて貰うとしよう。
少し濡れた服も構わず空いた席へ陣取る俺達。気が付けばドリンクバーを二人分注文し、進んでそれを淹れて来たこいつは、話し出すや単刀直入に案件をぶち上げて来る。それも想定なんざ遥か彼方の、巨大機動兵装などと言う話題についてだ。
「バカにしてるのか? あんなアトラクションみたいなモンの話題を、一々俺へ語るために訪ねたんじゃ――」
「アレは現在、この地球外より訪れる厄災を相手取る対向戦力だよ。ただのアトラクションなどではない……扱いを誤れば世界さえも崩壊させる過ぎたる武力だ。」
「ちょっ……はあっ!?」
そして――
こいつはいけしゃあしゃあと口にする。思考が停止どころか、開いた口が塞がらない様な
今この世界が置かれた、危機的な真実って奴を。
「我ら三神守護宗家は今、この巨大機動兵装……固有名称をストラズィールと呼ぶロボットへ、適合・搭乗出来る子供達をスカウトしている所さ。あいにく、成熟した者には全く反応しないと言う機体システム上の、止むに止まれぬ制約があってね。」
すでに状況把握するだけの頭が回らない俺へ、詰まる所のパイロット勧誘を告げて来たこいつ……草薙。彼から放たれた言葉は、俺の脳内を嵐の如く吹き抜けた。これまでの腐った社会で泥水を
それを思い留まらせたのは、脳裏へ刻まれた、
†††
「悪いけどお断りさせてもらうぜ、草薙さんとやらよ。俺には支えてやらなけりゃならない妹がいる。その妹を放り出して、テメェの好き勝手生きる訳には行かねぇ。すまねぇな……。」
それは即決即断であった。
社会から弾かれた不適合者のレッテルに足掻く彼は、何を置いても妹の幸せを優先したのだ。今までの子供達の様に、居場所を追われ、己さえ見失い、機関に拾われる事で初めて生を見出した例とは明らかに違う……すでに社会人としての苦行に身を置いた者の判断である。
が――その回答を予測していたかの
「いいさ。守るべき家族がいて、その家族のために生きる事を選んだ君を、悪く言う事なんて誰にも出来はしないよ。ただ忘れないで欲しい……今の君がいる場所は、とても危うい立ち位置だ。だから――」
「もしその身に危険が及ぶと察したなら、遠慮なくオレ達三神守護宗家を頼ってくれるといい。その時は、この草薙家 現当主たるオレの声で、我が宗家の信頼所がすぐに駆け付ける。それだけは、心の片隅に刻んでおいてくれ。」
実の両親に見捨てられ、頼るは暗部にどっぷり浸かる不逞の輩しかいない。その日常がいかに危ういかは、彼……
脳髄を撃ち抜かれた様に放心する
逡巡の後、優しき荒くれは奢られた手前と置かれたドリンクを飲み干し席を立つ。確かに憂う当主からの勧誘を断った彼だが、迷う様に視線を泳がせつつ律儀な礼を返す。
「すまねぇな、力になれなくて。けど、あんたら宗家の支援は前向きに考えておく。それと……ドリンクごっそさん。」
不慣れながらも僅かに返す会釈が、優しき荒くれの素を見せ付ける。
身形は誰もが近寄らないグレた不良……だがその実は、心の中へ紳士なる心根と礼儀を宿す少年。全てを一連の動作で見抜いた憂う当主は、一つ収穫を得たとばかりに礼へ返答した。
「いや、こちらこそ時間を取らせたね。それにドリンク程度、安いものさ。これからもバイトがあるんだろう? 身体に気を付けて、無理しない程度で励むといいさ。」
傍目からしても、兄弟を案じる家族の様な当主の姿は、荒くれがいるはずの空間にさえ柔らかさを生んだ。
その空気は――
荒くれにして、社会不適合者のレッテルを貼られた少年へ、後ろ髪を引かせる事となったのだ。
優しき荒くれの愛機が、雨足の強まる幹線道路を静かに切り裂いて行く。その光景をファレス入り口から見やる憂う当主は、止めた視界で入れ違う様に駐車場に入る荒ぶる爆音の使者を捉えていた。
意外にも駐車スペースへご丁寧な停車を見せるは、
そのまま濡れた全身にも構わず、憂う当主には視線を合わせぬまま、隣り合う様に大窓へと
「あのガキ……なかなか見どころあるのぅ。あんなナリの割に、頭を下げられる礼儀を心得とるけぇ。清々しい奴じゃの。」
「聞いてたのか。まあ、そうだな。その礼も取り繕う物じゃない……心からの感謝を込めたものだ。逆に一般人でも、あそこまで礼儀を通せる若者は少ないんじゃないか?」
携帯した小型通信機越しに漏れ聞こえた、優しき荒くれの姿へ称賛を口にする暴君分家。同意と応える憂う当主と交わす賛美の嵐が、雨の中消えて行った少年の背へと、余す事なく贈られる。
一頻り少年を賛美した二人は、変わって眉根を寄せつつ本題へ。そこへ希望を見い出す様に言葉を紡ぎ出した。
「あの様な子供こそ、これからの時代には必要とされる。己を偽り、他者を利用し……自分が不利と知るや屁理屈並べ立て、自己保身のために周りさえ傷付ける様な社会人など言語道断。誰かのために己を懸け、過ちあればそれを省みた謝罪を口にし、再び同じ過ちを繰り返さぬ様邁進できる者こそが世界を正しく動かして行く。」
「高い理想じゃけぇ。じゃが……若輩だろうとあんな心根を持つなら、その理想の一歩になるのぅ。そう考えれば、失いたくはねぇガキじゃけ。」
高い理想と語る暴君分家の言葉は、対岸から見る他人事ではない。彼は国家の裏で暗躍する、あらゆる不逞を返り討ちにし、その理想実現のために人生さえも捨てた存在である。
故に彼には人権も、戸籍証明も……さらには彼が生きていると言う社会的な証すら皆無なのだ。
即ちそれは、いつ巨大なる霊災に命を蝕まれようとも、他を巻き込まぬための熾烈なる覚悟。そんな暴君分家の覚悟を知る憂う当主である故に、社会の白と黒の狭間で藻掻き苦しむ少年監視と保護を任せていたのだ。
「あのクソ
だからこそ、痛み入る配慮を受けた暴君分家も大恩を抱く憂う当主へ、心ばかりの礼を送る。
暴君分家と呼ばれる彼もまた、その心根に仁義礼智信を宿す者であったのだ。
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