memory:59 陰り募る高位なる者

 ルミナーティル・マギウスの全面的な協力を漕ぎ着けた我がアメノハバキリ。確かにその交流会議では戦慄を叩き付けられたが――


 この機関に属する子供達の順応力には驚かされたものだ。


『ああ、ロボットモノな展開だとばかり思ってたら、そこに魔族とか絡んでくるとは……。私も想定の遥か彼方でしたよ。』


「……うん。私全然分からないっポイからね? そこんとこ、ウルスラさんにアオイさんはどうなんですか?」


振るなでやがります(汗)。あたしだって、あんな展開は青天の霹靂でやがりますよ。でさえ理解に苦しむ所、マシーテー??ルシファーとか、一体何なんでやがりますか。」


「おねーちゃん、魔神帝ましんていですの(汗)。でも、ではないですの。」


「各世界に魔王を配してとか言ってたから、その頂点に君臨する神であり魔王……って事じゃねーか?」


「皆、順応力高すぎない? ボクはまだ、事の触りにも着いていけないのだけど。」


 その順応力もさる事ながら、食堂施設で朝食を囲む彼らはすでに打ち解けた空気に包まれる。そこへウルスラ君にアオイ君……さらには正式に機関へ加わったばかりの闘真とうま君まで揃うのは、流石に出来すぎとも思えるほどだ。


 加えて――


「こちらと聞いて伺ったであります! 不肖ながらこの参骸 姫乃さんがい ひめのも、ご一緒して――」


『「「堅い〜〜。」」』


「なっ……何をするで――ひゃひひょひゅるひゅへひゃひひゃひゅひゃ何をするでありますか!」


「「「ブフッ……!?」」」


 交流のためと、同世代の集まるテーブルへ足を運んだ姫乃ひめの三尉。そこからまさかの、真面目すぎる堅さへ難色を示す子供達からの――それを代表した沙織君によるを受けるハメとなる。唐突な弄り攻撃は、残る双子とまだ機関生活も浅い闘真とうま君にまで笑いを呼び、先日刻まれた戦慄さえも吹き飛ぶ雰囲気が食堂へ広がっていた。


……。やはりあの子を、この機関へ呼び寄せて正解でありました。」


……ですか(汗)。初対面から弄り倒されている様に見えますが。」


 その風景は、実の娘を何より案じる参骸さんがい一佐の心にさえ安堵を呼ぶ事となり、彼女を送り届けたこちらとしても一つ荷が下りたと胸を撫で下ろす。


 食堂へ代わる代わる足を運ぶ機関員も、目にする光景を慈しむ様に、子供達への気さくな声がけをして行く風景。それだけでもあのロズ君が口にした、デヴィル・イレギュレーダを生む原因が我ら人類にあると言う現実を忘れさせてくれる。


 そう……それを忘れさせてくれるのだ。


 朝食時間に子供達の状況確認を終えたオレは、そのまま再び日本本土へのフライトとなる。事態が混迷を極め始めた事もあり、アメノトリフネで事の取りまとめに当たりたい所だったが……すでに通信で、あの殿臨時の報を受けた所。


 天より襲い来る異形へ対する我等ををあざ笑う内紛問題……言わば身から出たサビが、事態へ急変を齎しつつあったからだ。


「すまないな、麻流あさる……事が事だ。ストラズィールは、子供達の搭乗する四機を中心に整備を頼む。それと各機体での航空機動戦力充実のため、全機体へのIGESアイギスフライトシステム搭載も怠ならいでくれ。」


『皆まで言わずとも了解していますよ、炎羅えんら。けれどお気を付けて……私も耳にしましたが――?あの天月てんげつ家が……。』


「……ああ。零善れいぜん殿からの報告ではそうと。さらにそこへ、次の霊機搭乗候補である大輝だいき君達兄妹さえも絡んでいる。ならばオレは、行かねばならない。オレ達の過去へ、消えぬ傷を刻んだ過去の亡霊……天月てんげつ家と相対するために。」


 程なく離陸を見る輸送機で、麻流あさるとやり取りする空気が重いのは、零善れいぜん殿から齎された何に置いても捨て置けぬ情報に端を発していた。


 天月てんげつ家――

 かつて宇宙よりの来訪者を、人道的に救済した我が義父たる草薙 叢剣くさなぎ そうけん殿を亡き者とした不逞。天月 源清てんげつ げんせいと呼ばれた男の嫡男となる、天月 烙鳳てんげつ らくほうが動いていると。



 逃れられない8年前の悲劇が、オレ達の今を蝕み始めていたんだ。


 

 †††



 何気ない日常が包む日本国本土で、闇から闇を伝う様に陰謀が渦巻いていた。だがそれをつぶさに感じ取れる者は、人類の中には存在していない。


 そう……、である。


「下っ端の族共から定時連絡は届いているぜぇ、烙鳳らくほうのダンナよぅ。だがまだ、動くなってとこかぁ?」


『話が早いな。迂闊に動けば、宗家の手が回る。あの憎き草薙家は、腐っても対魔討滅機関……己の本丸内で事が置きたとあれば、問答無用で私設の特殊部隊を差し向ける。歯がゆい事この上ないわ。』


 先に族のナンバー2よりの連絡を受けた男が、烙鳳らくほうと呼ばれた男も利害の一致から来るビジネス的会話を進めて行く。


 そこは廃れた雑居ビル。辺り一面の壁へ、スプレー文字による他者への罵詈雑言が書き殴られる風景。一般人も恐れて近寄らぬそこで、破れた長いシートへどっかと足を投げ出し座す男がいた。


 上半身から顔の半分までタトゥーを入れた風貌に、耳と言わず唇に鼻と、至る所に毒々しいピアスやカフスを飾る姿は一目でアウトローと判別出来る。体躯もむき出しの筋繊維の鎧に包まれた、身の丈でも180cmに届く影は禍久 狂路まがひさ きょうじ。族のナンバー2が、マガっさんと呼称した半グレである。


「ああ、分かった分かった。あんたの要件通りに動いてやるから、時が来れば連絡頼むぜぇ? っと――」


 ギラつく双眸に薄ら笑いを浮かべる男が、協力者との連絡を終えると、手にした携帯を投げる様に側へ居座る取り巻きへ渡す。取り巻きには女性も含めた数名が並ぶが、何れも身体の其処彼処へタトゥーを入れたアウトローであった。


 すると乱暴に連絡を終えたタトゥーの不逞狂路が、見下す様に視線を落とした先には、今しがたしこたま殴り倒されたであろう下っ端らしき者がうめきと共につくばっていた。


「おめぇはよぅ……この俺っちが指示した通りに、動けなかったらしいじゃねぇかぁ。」


 無意味に間延びした語尾とは裏腹に、言葉へと込められる殺意で、変形するほど殴られた男の顔が一層恐怖で竦み上がる。それを一瞥するや、タトゥーの不逞は興を削がれたと嘆息を漏らした。


「はぁ……腰抜けがぁ。おいお前ら、この能無しの始末は任せるぜぇ。なあに……、安心しろやぁ?」


「ひぃぃっ!?」


「分かりやした。こいつはこっちに任せて下せぇ。」


 程なく、引き摺られて行く腰抜け下っ端の姿も見えなくなった頃、タトゥーの不逞が取り巻きの準備したウイスキーをぐいっと煽り舌なめずりする。直後漏れ出た言葉には、対魔討滅機関アメノハバキリが協力を取り付ける予定である子供達の、未来にさえ暗雲を齎す不穏が混じり込んでいた。


「フォイル・バーニングとか、ふざけた名前のチーム作ってやがんなぁ……あの皆樫 大輝みなかし だいきとかいうガキはぁ。まあウチの、赦亜躯朱しゃあくすに比べれば極小もいい所。ただ潰すのは簡単だがぁ……それじゃつまらねぇなぁ。」


 ウイスキー入りのグラス片手に、遠くへ視線を移すタトゥーの不逞は、顔はそのまま視線だけを取り巻きへと移し――


。面白れぇ……烙鳳らくほうのダンナからゴーサインが出た暁にやぁ、奴を釣り上げるかぁ。」


 ケケケと野卑た笑みを浮かべる不逞に、同調する取り巻き。その不穏なる発言は、雑居ビルの喧騒に消え誰にも届く事は無い。そう……ただの人間の耳には――



 タトゥーの不逞も想像だにしない存在が、それらのいる雑居ビル屋上で立ち尽くす。双眸には、以前にも増した憂いを刻んだままで。


「ああ……こうやって人の悪意が世界を歪めて行くのか。ままならないものだね。我ら魔の者が、堕落した人の悪意が止めどない怨嗟と不穏をバラ撒いて行く。」

「これではもはや、。」


 憂う双眸で語るは憂う当主炎羅と友人としての一時を過ごした紫雲しうんである。だがその思考に、当主と接していた時の穏やかさが薄れた、湧き上がる深淵の狂気が見え隠れし始めていた。


「我が定めは、。そこへ異常が生まれれば、ボクは遥かな深淵へとこの身を委ねる他はない。それが輪廻の番人たるボク――」

天楼の魔界セフィロトは七大宰相が一人にして、、〈魔王 ヴェルゼビュード〉の定め……。やはり彼に……炎羅えんらとその希望達に、全て任せるしかないのかな?」


 深淵の狂気が、魔王 ヴェルゼビュードをうたう存在を静かに包んで行く。だが――



 定めを思考に描いた輪廻の魔王紫雲は……まなじりへ浮かべた一筋の煌めきに濡れていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る