memory:58 嘆きのアウトローライダー

 世界はこんなに広いのに。俺は今日も妹のためにただ、己に鞭打ち狭すぎる町の片隅で日銭を稼ぐ。誰も俺達を助けちゃくれないし、誰の世話にもなる訳にはいかねぇ。


 世の大人なんざ信用ならねぇから。

 平気で俺達兄妹の人生を奪うから。


 そんな俺は週に一度のF・H・Aフォイルバーニング集会に向かう。当然愛機のマフラーは静音タイプ。この前ボディに一発かました高也たかやも、今は静かなマフラーにしてると聞いた。


 元々ライダー気質の俺は、無意味に爆音散らかすなんざ反吐が出る口。それこそ峠を走るライダーを、風になって追う方が性に合う。まあそれを、町中でバイク転がす方が好きなメンツへ強制も出来ない故の、フォイル集会でもあった。


 当然この集会に来ている事だけは雪花ゆっかに内緒にしている。きっと心配するだろうから。


大輝だいき総長、おつかれさまっす! 高也たかやの奴も、ちゃんと静音マフラーにして万事オケっす!」


「すまねぇ、待たせた。工事現場の夜バイトが長引いちまった。で、今日は走る奴はいるのか?」


「そうすっね……山を走りたいメンツが今日の中心なんで、大輝だいきさん先導頼んます!」


「いいじゃねーか。ならそいつら引き連れて、宗家とやらが関係する人工島を流しにでも行くか。」


 俺達フォイルの走りは、町中を迷惑極まり無い暴走で終わる事はない。だが近くで走れる所が、宗家管轄の海上へ突き出た建造中の人工島ぐらいしかない訳で。そこは大した距離でもないんだが、ちょっとしたコネで自由に走る許可を貰っているのは内緒だ。


 何でも行き付けのバイクショップが、宗家の傘下にあるらしく、加えて元請けとなるのが宗家お抱え大企業のヤタナギ・オート・モーターグループY・O・Gだとか。それが影響してか、ショップ店長も二輪四輪問わず、愛機を愛でるモーター・スポーツ好きには人一倍サービスを乗せてくれる。

 もちろん。結果、俺達の様なならずでもバイクへ本当の愛着持つ連中のみが、ショップの常連と相成る訳だ。


 そんな訳で――

 フォイルでも数少ない走りメンツ数名を引き連れ、宗家管轄の人工島入り口へとバイクを走らせる。ウチのやつらはそれぞれ既存のメーカー車を、いろんな手段で手に入れ乗り回すが、俺はショップ店長オススメでもあるYOG二輪部門製の400ccの得物を転がす。


 詳しくはまだ勉強中だが、確かYOG製のV4エンジン可変バルタイ機構の4サイクルだったか。すでにバイクさえもハイブリッドに電気が主流の時代に残る、バイオフューエル使用デュアルフューエルエンジン車両。名称はY2V−400SR〈晴嵐セイラン〉……かつての大戦時、潜水艦搭載を想定し作られた格納式水上攻撃機の名を頂いたと聞いている。


 個人的にも、その名を体現した様な風を味方に付ける流線型ボディは好みでもあった。


「やっぱ大輝だいきさんのセイランはやべぇっす! 下からのトルク立ち上がりが、パネェ!」


 隣でがなる様に褒めちぎる声が、風の音にかき消されて行く。

 真吾しんごはダベるのも走るのも受け入れる、ウチのナンバー2でもある。こと走りの面では、二人で山に出向くやバイクを転がすのもザラだ。今俺の意思でもあるフォイルのスタイルを継げるのは、この真吾しんご以外にいないと考えている。


 そんなダチ公含めたメンツを引き連れ向かう人工島では、すでに馴染みの顔パスで、海岸線と島を隔てた出入り口を通過する。


「やあ、フォイルの面々だね。くれぐれも事故には気を付けなよ。」


 宗家傘下雇いであろう中年の監視員お墨付きで、そのままゲートを越え周回路へと、アクセルをひねり風の壁を突っ切って行く。


 妹の治療費を稼ぐための忙しない日々から、一瞬だけ自由となれるその時を、ダチ公と共に走り抜けるのが俺の楽しみでもあった。



 背後へと忍び寄る、外道の卑劣な魔手が俺達へ狙いを定めているのも知らないままに。



 †††



 宗家管轄下にある人工島は、ただの人工島にあらず。

 周囲が2km前後のサイズを有するそれは、傍目からすれば自然に形成された島とさえ取れる。


 だが、そこはトウキョウ湾から太平洋へと繋がる航路上。さしもの日本政府に国民も、生活を害する様な巨大建造物の許可なき建設設置など許すはずはない。


 それは島を纏う人工施設。それも宗家が国家との協力の元生み出された、。日本国各地の海域へ建造を予定する、である。


『あーあー、聞こえますか? こちら島型ドックゲート監視担当です。重要対象他数名が、島の観覧道路に入りました。監視は続行で構いませんか?零善れいぜん殿。』


「おう、ワシじゃ。そっちは監視でかまんけぇ、ガキ共には好きに遊ばせてやれや。」


 そんなただの人工島にしか見えぬ島周回路を、風になり走り抜けるアウトローな少年達。彼らの動向を見守る監視員が通信を送る先は、あの暴君分家零善である。人工島入り口周辺の物陰へ、アイドリングする鋼鉄の野獣ダッジと共に臥す彼は、見やり返答した。


「あの半グレの下っ端連中……こっちには気付いとらんようじゃけ、泳がしておくとしてじゃ――流石に宗家の本丸には出て来とらんのぅ。。」


 凍り付く様な殺気を隠す事さえしない暴君分家は、少年達を追って来ていた複数の影を視界に入れていた。が……形こそ一般市民も震え上がる出で立ちなそれらを、生まれたての雛を見る様に流す彼は、警戒を張っていた。


 ――宗家の名を汚すクソムシ――

 彼が警戒を向ける相手は言わずと知れた、現草薙宗家の転覆と、それへの成り代わりを狙う不逞の輩である。


 三神守護宗家の最大の汚点と忌み嫌われた、天月てんげつ家の手の者が起こさんとする大事への警戒線に他ならなかった。


 守護宗家随一とも言われる狂犬の見やる先。けたたましい爆音を響かせ、到底尾行として成り立たっていない輩の集団が、周囲の一般車両を妨害するように幹線道路を占拠していた。


「ひゃひゃ! あのフォイルの大輝だいき……性懲りもなく山を走って族とかほざいてやがるぜ!」


「あーマジ調子こいてやがる! この爆音コールこそが、バイクの醍醐みだろうが!」


 爆音に交じる野卑た会話は、他人を見下す様な下劣なる視線の者から吐き捨てられる。市井の民も、恐ろしさの余り意図して避ける状況下。射殺す様な殺気で、暴君分家だけがそれを視界に止めていた。


 すると一台のバイクが大きくターンし一堂を見渡すポジションへ。一際ド派手に装飾されたシートの目立つバイクの輩が、一先ずの撤収を告げる。


「マガっさんにはいつも通りと報告しとくぜ。あの人が、なにやら危険な方々とつるんで悪巧みを計画中……俺らはそれに従うだけだ。とりまあの大輝だいきのヤロウと、フォイルとか言うマガっさんに任せる。」


「「ういーーっす!」」


 一団でも大将格らしき者の名を出すは、族のナンバー2か。その声に意義なしと、他の輩集団も一斉に返答するや再びアクセルを煽り爆音を播く。


 そして一団がコールと称する、洗練された排気音から遠く及ばぬそれが街道を切り裂いて行く。個々では聞くに堪えない騒音が、一団の中へ混ざると音程を奏でるのは彼らのスタイル。


 その夜も騒がしい喧騒が幹線道路を包み、遅れて響くサイレンがすでに時遅しの状況で、虚しく空を切っていた。


「ポリ共が……。そのバックを恐れて、わざと遅れて来おったのぅ。首都圏のと違い、地方警察はクソの役にも立たんけぇ。」


 そんな遅すぎるサイレンへ盛大に嘆息する暴君分家は、事の静観の後、己の職務へと戻って行く。彼としては、市井の民護衛と言う慣れぬ任務遂行なれど、そこへ世界の未来が懸かる少年少女が関わるなら致し方なしと諦めを覗かせていた。


 宗家内でも恐れられる対魔討滅の狂犬は、決して表には出ぬ時代の闇である。だがそれは、守護宗家はおろかその背後……日本国とそこに住まう数億の民の安寧を願うからこその代償なのだ。


 それを知る憂う当主炎羅は、彼をその役割へ抜擢していた。正しくそこには、憂う当主の器と采配が活きているのだ。己の人生へ、僅かでも光を齎さんとした草薙の新世代当主へ――



 感謝と気遣いから、暴君分家は渋々であろうと任務全うを誓うのであった。

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