memory:56 なけなしの日常と、忍び寄る不穏

 宗家特区から僅かに離れた一般都市区画との間。現在事情のもつれから、国家と宗家の治安支配が充分に行き届かぬ一帯にて。


 すでに巷へ流れるニュースの主役である、巨大なる機神を目撃する影があった。


「お兄ちゃん、アレ! ニュースに出てたロボットがいるよ!? 凄いね!」


 寂れたマンション一角の玄関先通路で、車椅子より乗り出すは皆樫 雪花みなかし ゆっか。出かける間際、兄を待ち惚ける視線が非日常を象徴する存在へ釘付けとなっていた。


「身を乗り出すなって言ってんだろ?雪花ゆっか。そんなのはいいから大人しくしてくれ。」


 そんな少女へ声をかけるは兄。マンション一室で、両親の影もない中、妹と身を繋ぐ暴走族のヘッドも務める皆樫 大輝みなかし だいきである。彼も、珍しいモノ見たさで身を乗り出す車椅子生活な妹を、嘆息ながらに制しつつ視線を投げた。


 その日は不自由な妹雪花を、定期の病院通いへと送るローテーション。しかし二輪しか持たぬ彼は、介護対応の特区バスを待つしか手段がない。通う医療施設が、半グレの渦巻く無法地帯付近にある故だ。


 それでもヤンキー少年大輝は心を殺し、妹の乗る車椅子を押す。自身の稼ぐ僅かな身銭でしか、妹を治療できないから。


 程なく訪れるバスへバス停から乗り込む二人。流れる「次は特区外縁、端浜区〜。次は端浜区〜――」のアナウンスを聞きながら、車窓を眺めるヤンキー少年は独りごちた。


「巨大ロボットとか、くだらねぇな。そんなアトラクションに金をつぎ込むぐらいなら、雪花ゆっかの治療代でも出しやがれ。クソが……。」


 眉根を寄せた鋭き眼光で、巨大なる人型のいたであろう方向を睨め付ける少年。彼はすでに、最も身近である両親に裏切られた事で、それが属する社会全てを憎悪する様になっていた。


 と、独り言に織り交ぜられた張本人が、車椅子からグンッと手を伸ばす。そのまま、剃り入りの赤みがかる兄の金髪頭を、ペシリと可愛く叩いて告げた。


「め、だよ?お兄ちゃん。またそうやって、いろんな事を悪く言ってしまうの。雪花ゆっかはお兄ちゃんがそんな顔してるの、好きじゃないから。」


 それこそ、傍目からすれば危険さえ感じる様相の金髪少年へ、お小言と共に可愛い一撃を加えられるのは彼女だけであろう。バスに乗り合わせた客も、視線を逸らしつつも賛美を送っていた。


「……悪かった。お前を悲しませるぐらいなら、我慢するよ。ああ……あと俺は、お前を病院に診せたらバイトがあるから、夕飯の時間が少し遅れる。」


「うん、分かった……。それに合わせて夕飯作っておくね?」


 二人の仲睦まじい様は、やがて乗客でさえも飲み込んでいく。少年がバスへと乗り込んで来た時のひりつく緊張感が失せた頃、二人の雰囲気に安堵しかのか、乗客も当たり前の日常へと意識を回帰させる。


 そうしてバスに揺られる二人は、特区外れの医療施設へ。しかしそのバスから十数m背後、


「……棟梁、追いますか?」


「今は探りだけ入れておけ。使。だが、ここは宗家の手の範囲……迂闊に動けば足が出る。」


「は……。ではその様に……。」


 黒塗りセダンベンツの運転手と思しきサングラス男が、後部座席に陣取る影へと言葉を投げる。それを受けた影は、双眸を卑しく歪め不穏な言葉をバラ撒いた。


 ……それもそこへの、反意をチラつかせる存在であると言う不穏を。


「あのガキ共はあくまでエサだ。それに釣られた欺瞞なる草薙当主が、首を突っ込んでくるのを待つとしよう。……奴の身で払ってもらおうじゃないか。」


 天月てんげつ家――

 8年前、草薙家前当主である草薙 叢剣くさなぎ そうけん殺害に加担し、守護宗家団から追放された天月 源清てんげつ げんせいを父に持つ者が私怨をたぎらせる。源清げんせいの実子である天月 烙鳳てんげつ らくほうは、彼の御家へドロを塗った草薙宗家への、尽きぬ憎悪に突き動かされる様に今を生きる。



 その憎悪は、向けられていたのだ。



 †††



 まだ全てが幼くて、何も知らなかった幼年時代。そんな俺の思考へ絶望を刻み付けた大人共は、腐敗の只中にあった。


 気が付けば転がすバイクも、特別それが好きと言う訳ではなく、そんな腐りきった大人社会へ向けた反抗心の現れであるのは自分でも理解していた。


 けれどいつしか、気の合う仲間が増えるたび思い初めたのは、憎悪に塗れた自身の姿は自分が最も嫌う大人達と同じではないかとの疑問。結局人は、憎悪を抱いた相手と同じ愚行を繰り返す。


 そんな事実に、幸いにも気付き始めていた。


 それを知った時、俺を慕い集まった社会のクズと蔑まれる後輩達を、放っておく事など出来なかった。腐った大人と同じにはなりたくなかったんだ。


「……長! 大輝だいき総長、来て下さい! ウチの新顔、〈F・H・Rフォイルバーニング〉に入るなら爆音にはさせねぇって言ってたのに――」


「あいつ、調子に乗ってバイクのマフラー直管にして来やがった!」


「ああ、聞こえてんよ。すでにご近所から苦情が飛んでる。俺がシメるからバイクもまとめて連れて来い。」


 ここら一帯は、夜になると他所のチームが周囲の幹線道路を我が者顔で走り抜ける。、延々コール決めやがるそれが、ご近所でも悩みのタネと聞いている。

 だが俺は、雪花ゆっかが怖がるのを嫌い静音マフラーで走るのが当たり前。早朝バイトの新聞配達時に至っては、爆音なんて響かせるのは以ての外だから。


 それを慕う仲間全体へ行き渡らせ、あくまで集まり、ダベるのが基本のバイクチームを作ったが、たまにこう言った


 チームでも初めから取り巻きだった四谷 真吾よつや しんごが、帰宅したばかりのマンションを強襲したのを見やり、雪花ゆっかを部屋へと押し込めつつ嘆息を零す。すでに響く爆音が、少しでも妹を脅かさない様に俺が先んじて出向く事とした。


 そして――


「大輝さん! 俺新しいマフラー入れたんすよ! どうっすかこれ、マジでイケて……おぐっ!?」


 イキリ散らかすチーム新参の新堂 高也しんどう たかやのボディへ、制裁待ったなしの一発をブチ込んだ。


「てめぇ、最初にチーム入る時言わなかったか? そういう、ご近所に迷惑のかかる行為は慎めって。」


「……けど、ゴホッ――大輝だいきさんも、これ聞いたら喜ぶと思って……――」


「覚えておけ。俺は雪花ゆっかが怯える様な事を、嬉々として受け入れたりはしねぇ。テメェは取り敢えず、そのバイクを今すぐ俺らのマシン見てくれるバイク屋へ預けて来い。音のしねぇマフラー入れたら、改めて頭を下げに来い。……いいな?」


 こんな俺みたいなヘッドを慕うのは構わない。だが、良かれと思って取った行動が雪花ゆっかに悲しい思いをさせるならば、こうして制裁をカマして道を正して来た。きっとその行為の行く先は、俺達を捨てた両親と同じ末路を辿ると朧げながらに理解出来るから。


 


 しょげかえる新参を尻目に、安堵した新吾しんごと遅れてやって来たチームの特攻隊長でもある佐野 功太さの こうたが嘆息していた。こいつらはちゃんと、俺がキレるであろう事を伝えた上で痛い目を見る新参を見守っていたんだ。


「すんません大輝だいきさん、俺達も止めたんですが。」


「誰でもイキリたがるのは仕方がねぇさ。けどそこから、道を元に戻せるかがそいつの真価。ウチのチームには、将来腐る事が目に見える奴はいらねぇ。ただ今を、間違わずに生きる覚悟のある奴だけ、俺のチーム〈F・H・Rフォイルバーニング〉へ集めて行く。」


 道を踏み外したいのは誰もが同じ。問題はその先にある人生だ。俺も何も知らないガキなら、外した道を突き進んでたんだろう。が――


 俺は腐った者の末路を目撃してしまったんだ。ならば慕う後輩を、そんなクソの様な存在に貶めさせてたまるか。俺が、こいつらを導いてやるんだ。


「お兄ちゃん、お友達が来てるの? ちょうど夕飯が出来た所だけど、お友達さんも食べて行く?」


「あっ! ゆ、雪花ゆっかちゃん大丈夫っす! 俺達はその――」


雪花ゆっかが食べろと言ってるんだ。いいから寄ってけ、お前ら。」


「……あー、ハイっす。総長に言われたら断れないっすわ。」


 マンション廊下から、また車椅子でひょっこり顔を半分覗かせる雪花ゆっかの声が、いい感じでその場を和ませる形となった頃。遠慮して帰ろうとする頼れる後輩を、羽交い締めして引き摺る様に――



 雪花ゆっか特性の夕飯をごちそうせんと、その日の少し遅い腹ごしらえに向かう俺がいた。

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