memory:56 なけなしの日常と、忍び寄る不穏
宗家特区から僅かに離れた一般都市区画との間。現在事情の
すでに巷へ流れるニュースの主役である、巨大なる機神を目撃する影があった。
「お兄ちゃん、アレ! ニュースに出てたロボットがいるよ!? 凄いね!」
寂れたマンション一角の玄関先通路で、車椅子より乗り出すは
「身を乗り出すなって言ってんだろ?
そんな少女へ声をかけるは兄。マンション一室で、両親の影もない中、妹と身を繋ぐ暴走族の
その日は
それでも
程なく訪れるバスへバス停から乗り込む二人。流れる「次は特区外縁、端浜区〜。次は端浜区〜――」のアナウンスを聞きながら、車窓を眺めるヤンキー少年は独りごちた。
「巨大ロボットとか、くだらねぇな。そんなアトラクションに金をつぎ込むぐらいなら、
眉根を寄せた鋭き眼光で、巨大なる人型のいたであろう方向を睨め付ける少年。彼はすでに、最も身近である両親に裏切られた事で、それが属する社会全てを憎悪する様になっていた。
と、独り言に織り交ぜられた張本人が、車椅子からグンッと手を伸ばす。そのまま、剃り入りの赤みがかる兄の金髪頭を、ペシリと可愛く叩いて告げた。
「め、だよ?お兄ちゃん。またそうやって、いろんな事を悪く言ってしまうの。
それこそ、傍目からすれば危険さえ感じる様相の金髪少年へ、お小言と共に可愛い一撃を加えられるのは彼女だけであろう。バスに乗り合わせた客も、視線を逸らしつつも賛美を送っていた。
「……悪かった。お前を悲しませるぐらいなら、我慢するよ。ああ……あと俺は、お前を病院に診せたらバイトがあるから、夕飯の時間が少し遅れる。」
「うん、分かった……。それに合わせて夕飯作っておくね?」
二人の仲睦まじい様は、やがて乗客でさえも飲み込んでいく。少年がバスへと乗り込んで来た時のひりつく緊張感が失せた頃、二人の雰囲気に安堵しかのか、乗客も当たり前の日常へと意識を回帰させる。
そうしてバスに揺られる二人は、特区外れの医療施設へ。しかしそのバスから十数m背後、黒塗りのトライアロー輝くセダンが追従していた。
「……棟梁、追いますか?」
「今は探りだけ入れておけ。いずれは半グレ共を使って事に及ぶ。だが、ここは宗家の手の範囲……迂闊に動けば足が出る。」
「は……。ではその様に……。」
己が宗家に関わる者……それもそこへの、反意をチラつかせる存在であると言う不穏を。
「あのガキ共はあくまでエサだ。それに釣られた欺瞞なる草薙当主が、首を突っ込んでくるのを待つとしよう。我ら天月家が貶められた8年前の落とし前……奴の身で払ってもらおうじゃないか。」
8年前、草薙家前当主である
その憎悪は、憂う当主が救いを齎さんとしている子供達にまでも向けられていたのだ。
†††
まだ全てが幼くて、何も知らなかった幼年時代。そんな俺の思考へ絶望を刻み付けた大人共は、腐敗の只中にあった。
気が付けば転がすバイクも、特別それが好きと言う訳ではなく、そんな腐りきった大人社会へ向けた反抗心の現れであるのは自分でも理解していた。
けれどいつしか、気の合う仲間が増えるたび思い初めたのは、憎悪に塗れた自身の姿は自分が最も嫌う大人達と同じではないかとの疑問。結局人は、憎悪を抱いた相手と同じ愚行を繰り返す。
そんな事実に、幸いにも気付き始めていた。
それを知った時、俺を慕い集まった社会のクズと蔑まれる後輩達を、放っておく事など出来なかった。腐った大人と同じにはなりたくなかったんだ。
「……長!
「あいつ、調子に乗ってバイクのマフラー直管にして来やがった!」
「ああ、聞こえてんよ。すでにご近所から苦情が飛んでる。俺がシメるからバイクもまとめて連れて来い。」
ここら一帯は、夜になると他所のチームが周囲の幹線道路を我が者顔で走り抜ける。クソみたいに抜けまくったマフラーで、延々コール決めやがるそれが、ご近所でも悩みのタネと聞いている。
だが俺は、
それを慕う仲間全体へ行き渡らせ、あくまで集まり、ダベるのが基本のバイクチームを作ったが、たまにこう言った他所のバカ共に感化されたのが出て来ちまうんだ。
チームでも初めから取り巻きだった
そして――
「大輝さん! 俺新しいマフラー入れたんすよ! どうっすかこれ、マジでイケて……おぐっ!?」
イキリ散らかすチーム新参の
「てめぇ、最初にチーム入る時言わなかったか? そういう、ご近所に迷惑のかかる行為は慎めって。」
「……けど、ゴホッ――
「覚えておけ。俺は
こんな俺みたいな
慕う後輩ぐらいはせめて、そんなクズ極まりない大人の道を歩ませる訳にはいかなかった。
しょげかえる新参を尻目に、安堵した
「すんません
「誰でもイキリたがるのは仕方がねぇさ。けどそこから、道を元に戻せるかがそいつの真価。ウチのチームには、将来腐る事が目に見える奴はいらねぇ。ただ今を、間違わずに生きる覚悟のある奴だけ、俺のチーム〈
道を踏み外したいのは誰もが同じ。問題はその先にある人生だ。俺も何も知らないガキなら、外した道を突き進んでたんだろう。が――
俺は腐った者の末路を目撃してしまったんだ。ならば慕う後輩を、そんなクソの様な存在に貶めさせてたまるか。俺が、こいつらを導いてやるんだ。
「お兄ちゃん、お友達が来てるの? ちょうど夕飯が出来た所だけど、お友達さんも食べて行く?」
「あっ! ゆ、
「
「……あー、ハイっす。総長に言われたら断れないっすわ。」
マンション廊下から、また車椅子でひょっこり顔を半分覗かせる
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