memory:55 贖罪の少年拳士

 曇天が覆い始めていた洋上のど真ん中。その暗雲さえも切り裂く一撃が、爆炎纏いて天をはしる。


 音速の壁を越えた衝撃波が届くか否かで、公爵級デューク・デュエラと称された異形の魔が弾き飛ばされた。それを成したのは剛腕。それも、気炎吐く正義の一撃。


 紛れもなき正義の剛腕は、打ち砕く拳士の霊装機神ストラズィール〈ミョルニル〉から放たれたモノである。


『んなっ……なななっ!? ろ、ろろろ、ろ、ロケットパンチキターーー!! 闘真とうま君それ、ロケットパンチですよね!? マジで……って、今熱いロボットネタをやり取りしてんだ! 邪魔すんなし、この異形がーーーっっ!!』


『っ……ナルナル、今戦闘中だからな!? それは後にしろよっ!』


『ここ、闘真とうま君参戦の熱いシーンだよ!? むしろそっちを――』


 穿たれた公爵級デューク・デュエラ。それを察した男爵級バロン・ガングも、一瞬の間を置き攻撃を再開する。が、謎の怒りに点火された穿つ少女音鳴が放つ、怒涛の速射狙撃が異形の勢力有利に待ったをかけた。


亜相 闘真あそう とうま……行けるのかい!?』


「うん、そのつもりでここに戻って来たんだ! 君に……ロズ君に手合わせしてもらったのが、無駄にならずにすんだよ!」


 舞い飛ぶや、魔軍監視団ルミナーティル・マギウスよりの助っ人である剛緑の重戦騎ラルジュ・デモンズの背を守る様に陣取る砕く戦騎ミョルニル。それは言わば、異形に対抗する勢力へ


 神々しき勇姿を目の当たりにした巨鳥施設アメノトリフネからも指示が飛ぶ。緊急入電で憂う当主炎羅からの報を確認した聡明な令嬢麻流が、迷わず総指揮者としての号令を解き放った。


「各員、これより亜相 闘真あそう とうま君は我が機関の正式な一員です! そしてたった今確認した彼の機体……ストラズィールⅢ号機となるミョルニルが、今から巻き返しを図る――」

「ロズ君のラルジュ・デモンズが最強の盾ならば、ミョルニルはこの機関の誇る最強の矛! それを中心に、敵対勢力であるデューク・デュエラを初めとした討伐作戦へと移行します!」


 未知の新種勢力を目の当たりにし、浮足立っていた機関が一つになる。例え憂う当主が不在であろうと、対魔討滅機関アメノハバキリは揺るがない。それは、正統に草薙宗家の血脈継ぎし女性がそこにいるから。


「んじゃま、気を取り直して攻めてくぞ! 沙織は俺と陽動だ! バロン・ガングとか言う奴らを引きつける! ナルナルはそこから、闘真とうま達へ4……俺達へ6の割合で支援頼む!」


『分かり易い指示です。さっきは興奮して失礼しましたね。ではこのまま支援に徹します。私的に!』


『あたしはこっちだね! んじゃ行くよ、ガングニール! バロンなんとかさんを、ぶち抜くっポイっ!』


 聡明な令嬢の言葉は、子供達の闘志さえも燃え上がらせる。すでに現場指揮官さながらの見定める少年奨炎が纏め、穿つ少女音鳴貫きの少女沙織が連携を成す。そこへ――


『防御はロズに任せるといい! 今デューク・デュエラを制する事が出来るのは、君のミョルニルとか言う愛機だけだ! 派手に行け!!』


「分かった……! 皆の支援、受け取ったよ!」


 闇なる温和な魔太子ロズウェルが防御を成し、光なる贖罪の拳士闘真が攻撃を成す。

 そう……少年は己の過去に巣食う負の闇を打ち払い、光と義を翳す拳士となった。


 その拳士の想いへ応えるは砕く戦騎ミョルニル

 拳士の咆哮と戦騎の咆哮が今、一つとなる。


「デヴィル・イレギュレーダ! お前達がなぜここへ攻め入るかは、まだ分からない! 分からないけど、ここには守るべき人達がいる! だからボクは、この剛腕を翳すんだ! さらなる強力な一撃を受けて見ろ――」

「正義を込めたこの剛腕……対魔討滅拳法! ミョルニル・アクセルパイル・バスター……打ち砕けーーーーっっ!!」


 無線誘導で元の鞘に収まる剛腕。その隙を補う様に、剛緑の重戦騎ラルジュ・デモンズが盾となりて公爵級デューク・デュエラを足止める。剛腕の力比べでは、機体サイズ差のある敵をも抑え込む重戦騎。そこへ支援狙撃が狙い打たれ、重戦騎が素早く避けた所へ叩き込まれる。

 が、対魔狙撃弾と言えど、上級に位置する異形を簡単に傷付ける事は出来ない。


 それを討つは拳士の駆る砕く戦騎ミョルニル。飛ぶ剛腕を元に戻した機体が、今度は機体諸共気炎を纏う。そのまま剛腕を突き出し、公爵級デューク・デュエラめがけて最大出力で天空を疾駆した。

 動きを封じられた異形は――



 爆炎纏う機体が放つ剛腕の激突に、深々と身体を貫かれ爆散して行くのであった。



†††



 打ち砕く拳を手に入れたボクは、愛機となったミョルニルと共に非日常へと躍り出た。


 デューク・デュエラと呼ばれるそれが爆散したのを確認した頃、周囲を囲むバロン・ガングと呼ばれる個体の掃討に移るロズ君。その戦闘能力は圧倒的で、きっとボク達が束になっても勝つ事は出来ないだろう。

 けど、先の合同演習で薄々感じていた点が、彼の能力に制限をかけていたのはなんとなく分かってはいたんだ。


『これで最後だ……異形よ! 大人しく冥府へと堕ちるがいい!』


 最後のバロン・ガングを剛腕で鷲掴み、双肩に構えた超集束火線砲をゼロ距離で叩き込む姿に、末恐ろしささえ感じ取る。早い話が、演習と言う名目ゆえその強さの本質を封じ込めた戦いに、終始していたと言う訳だった。


「ロズ君を初めとした魔族は、そんなにも強い者達ばかりなの? 演習ではかなり、手を抜いていた様だけれど。」


『勘違いしないでくれるかい?亜相 闘真あそう とうま。ロズ達魔族は、元来天楼の魔界セフィロトなくしては存在出来ない種なんだ。魔界は宵闇に包まれる世界……そして我らは、その闇に満ちる魔霊力マガ・イスタール・エイテルが活動原であり。まあ――』

『この地球の種で例えるなら、吸血鬼や狼男と言った夜にこそ真価を発揮する種族がいるだろう? アレはロズ達魔族の中でも、下等魔種と呼ばれる地球原住民。その彼らの様に、夜でなければ力を発揮出来ない制限をロズ達も有しているのさ。』


 敵の気配が無い事を確認しつつ、ロズ君は語る。ボク達の知らない、ボク達と異なる生命が世界に存在する経緯を。するとそれを静聴していたアメノハバキリの、確か炎羅えんらさんの奥さんである麻流あさるさんが会話へ割って入る。


『ロズウェル君、今回もルミナーティル・マギウスのご協力に感謝します。そして今ちょうど口にしていた件は、まだ子供達も知らぬ情報。できればそのまま機関へと立ち寄り、情報提供をと思います。』


『そうだね。まだまだ、地球の皆が知らぬ世界の真実は山程ある。こちらとしても、戦う敵を知らない者に背を預けるのは心許ない所。承知した。』


 ボク達の知らぬ世界――

 そうだ……きっとボク達は、この世界の事を何も分かっていないんだ。文明を築き、当たり前の平穏を謳歌する人類は、それを許容してくれる世界の本質の殆どを理解していない。


 だから現在訪れる未知の脅威へ、驚愕の中足掻いている事しか出来ないんだ。


 ボクの人生は高々十年とそこら。けれど今、人類が知らぬ世界の真実の一端が暴かれる時に立ち会っている。ならば毒を食らわば皿まで……どの道自身の贖罪を果たさなければならない身。そう思考しながら、最上陸となるアメノトリフネへと機体を向けた。


 そんなボクへ、モニター越しの通信が送られる。改めての想い乗せた、三人の友人達からの物だった。


『なんつーか……ようやくお前と一緒に戦えるな。んじゃま、これからよろしく。闘真とうま……。』


『まあ、こうなる事はなんとなく想像してましたけど……。さあ闘真とうま君、帰還後のミーティングが終わり次第、そのミョルニルとやらに搭載された花を咲かせますよ?』


……(汗)。ナルナルのこれは、今さらだからしゃーなしっポイわね〜〜。闘真とうま君も、あんましこの子に流されなくていいからね?』


 交わすは明るい言葉と、本当の友人として歩む最初の一歩。ボクの悲しい過去を、輝きで塗り潰す……一歩。


「ふふ……ボクが望む望まない以前に、無理やり流されそうな気がしないでもないけど。ありがとう……これからよろしく。」


 同時に、生み出してしまった贖罪を共に背負ってくれる、素晴らしい友人の差し出した手をそっと掴む様に――



 望んで踏み入れた非日常へと、人生の道を切り替えて行く。

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