memory:54 大気切り裂く正義の剛腕

 一般人の奇異の目を置き去りに、膝を付く霊装の機体へ駆ける居た堪れぬ拳士闘真。コックピットとなる胸部装甲付近より降りる昇降ワイヤーへ、その身を預けるや瞬く間に機体へと吸い込まれて行く。


 それを確認した応える戦騎フラガラッハ貫きの戦騎ガングニールきびすを返し、通信を飛ばした。


『あとは、機関で聞いた通りの手順で機体を動かせ! ナルナル達だけじゃもう限界だろうから、俺達は先に戻る!』


『待ってるよ……闘真とうま君! じゃ、また後で!』


「うん、ありがとう二人とも! ボクもすぐに追い付くよ!」


 気炎纏い、見定める少年奨炎貫きの少女沙織が苦戦を強いられる仲間の元へと飛ぶ中。すでに覚悟で満ち溢れた居た堪れぬ拳士は、機体コックピットで浮かぶモニター群を睨め付けた。幸いにも、臨時合同演習で用いたシュミレーターと変わらぬ操作方法が、彼の戦いへの一歩を後押しする事となる。


 そして先の子供達の如く、コンソール中央には問いかける言葉の羅列が浮かび上がり 主の返答を待ちわびる様に明滅していた。


――我は打ち砕く兵器か? ――


「これが皆の言っていた、霊機が持つ意思の……問いかけ。そうらしいね……君は何かを壊す兵器だ。」


――我は滅びを齎す者か? ――


「……うん。君の言いたい事が、手に取る様に分かるよ。けど、使い方次第で結果は変えられる。ボクは父さんからの暴力支配の中、自分の持つ力で過ちを犯してしまった。きっとそれは、使い方を誤った兵器が齎す結果と同じはずだ。」


 機体の問いかけへ、己の過去を振り返る様に答えて行く居た堪れぬ拳士。だがそこには、過去に押しつぶされる様な悲壮感は欠片も無かった。あったのは――


――あなたは、我を正しく扱えるか? ――


「正しく扱わなければならないよ。ボクが君へ搭乗するために見言い出した覚悟は、自分の罪を償っていくと言う事。そのボクが、君を正しく扱えないなんて本末転倒だからね。」


 己が持つ力で相手を傷付けてしまった後悔と、その事実を受け入れ贖罪を果たさんとする覚悟が、霊装の機体へ力のほとばしりを与える事となる。


『ゴオオオオオオオオオーーーーーッッ!! 』


――あなたはこれより我が主なり。共に往こう、己の罪を償い、邪なる存在を打ち砕く戦いへ――


「ああ、行こう! 君の名はこれからミョルニルだ! ストラズィールⅢ ミョルニル……贖罪果たす覚悟乗せた剛腕で、全ての不逞なる悪鬼を打ち砕く者だっ!」


 咆哮と共に立ち上がる荘厳なる出で立ちは、すでに間に合わされた両腕部を備えた完全なる状態。その御姿は、他の子供達が駆る霊装機神ストラズィールから一線を画す。備わる豪腕が、他のどの機体よりも硬く、打撃性を考慮された形状を持っていた。


 言うなれば、搭乗者の居た堪れぬ拳士――近接格闘戦と一撃必殺の破壊力を兼ね備えた機体シルエットである。


 それらをモニター群で確認した拳士の想いに反応し、打ち砕く戦騎ミョルニルが身をひるがえした。貫きの戦騎ガングニールで蓄えられた航空戦闘データを、システムへと反映させた汎用巡航フライトシステムが程なく稼働。背部のフライトシステム〈霊量子重力相殺推進機構アンチ・グラビテック・イスタール・スラスター〉が未知の粒子光を大気へとバラ撒いた。


 大気にさえ循環回帰する未知の粒子が、30mを越える機体を軽々と天空へと押しやるや、その勢いのまま日本本土から風の様に飛び去った。


宰廉ざいれn、後の事は任せた! 念の為宗家へと連絡の後、特区含むトウキョウ一体への緊急警報発令を! こちらへの被害は現状無いと思われるが、今後を鑑み警戒を厳に!」


「心得ました! 当主炎羅えんらもお気を付けて! さあ、笹島ささじま君の親御方は避難を! 私が安全な場所へ案内します!」


 拳士の戦いへの一歩を見送る憂う当主炎羅は、後詰めを社会派分家宰廉へと任せて一路巨鳥機関アメノトリフネへ。



 そうして戦いの舞台は、再び太平洋上へと移る事となる。



 †††



 覚悟と共に得た力は、想像を遥かに越えていた。

 シュミレーターで操作する感覚など比ではないほどに、リアルな感触がボクの五感全てへと伝わって来る。それは機体が搭乗者の脳波信号を読み取り、あたかも自分の身体の様に操作できる点も関係してのもの。


 その時から、ボクが贖罪を果たしていくための戦いが始まったんだ。


 機体の速度は一般の航空機を上回る速度。サオリーナのガングニールに比べれば劣るも、既存の航空戦闘機とのドッグファイトも熟せる巡航速度。それをこんな巨大な機体で体現できている現実に、改めて草薙さん……が全権を委任されたロスト・エイジ・テクノロジーの凄さを見せ付けられた感じだ。


「ミョルニル、アメノトリフネでは狩見かりみさん達が苦戦してるはずだ! 奨炎しょうえん君もすぐ駆け付けるだろうけど、それでも今回は危機的状況が迫っている……急ごう!」


 けど今は技術云々に圧倒されている場合じゃない。それを脳裏へ刻み、相棒となった巨大なる剛腕の戦騎へ言葉を投げれば、コックピット内をはしる蒼の電光ラインが一際輝き――


 さらに出力を上げた、フライトユニットの粒子光を撒きながら加速した。


 やがて光学モニターへ映るのは戦場。それも画像を交えて聞いていた異形の襲来者と比べるまでもなく、巨大な個体を複数確認した。同時に、それを相手取る機関施設防衛組の狩見かりみさんにロズ君と、合流するや敵迎撃に当たる奨炎しょうえん君とサオリーナを視界に入れる。


 皆シュミレーター越しで見た限りでは、とても器用に機体を操り、戦いにも慣れた感が伺えたけど……そこに存在したのは


「あれは数の問題じゃない……敵勢力の質の問題! データにあるこの男爵級と言う個体は、とても防御が厚い! 奨炎しょうえん君の砲撃や狩見かりみさんの狙撃では簡単に抜けない感じだ!それに――」

「ロズ君が前線で相手取ってるあの個体……公爵級は、強い! 単純な個々の質量的側面じゃない、純粋な戦闘レベルが段違いなんだ!」


 繰り広げられる戦場を客観的に見られる自分に驚きながらも、戦況を把握して行く。航空支援機に対空装備などの攻撃面と、特殊フィールドと聞いた防御障壁による機関施設の防衛面を把握し、今討つべき者を見定める。


「ボクはストラズィール本体の操縦は確かに始めてだけど、やれそうな気がする!ミョルニル……君がボクの思う、格闘技に於ける動きをどれだけトレースできるかが勝負だっ!」


 そして相棒へと概要を伝え、モニターで了承のシグナルを確認したボクはすかさず、この戦況を打開するための一手を放つ事とした。


「ならば行くよ、ミョルニル! 君の剛腕の出番だ! 最初の狙いは、後方に陣取る公爵級……君が与えられた正義の拳を叩き付けてやろう!」


 咆哮と共に急停止。そして滞空しつつ公爵級とやらの死角であるのを確認。そこから構えるは、機体でも一際輝く特殊装甲を幾重にも纏う剛腕。さらにその周囲へマイクロ・スラスター・システムを搭載するそれは、敵目標を捉え射出と共に追撃する。機関を去る間際に聞いたその詳細から、


 そこから得られた攻撃手段を頭に描き、地球は対魔討滅機関……これからボクが所属する仲間達の、反撃の狼煙を上げてやる事にしよう。


「ミョルニル……右腕部接続解除準備! 量子無線誘導システム機動! 腕部サークル・マイクロ・スラスター点火! この蒼き天空を切り裂け……トール・ナックル・ブレイカーーーーーっっ!!」


 ボクの心とミョルニルの魂が重なり合い、剛腕が激しい光塵を撒き放たれる。機体速度を遥かに上回る速度は、超音速ミサイル以上の域に達するべく音速の壁をぶち破る。衝撃波が太平洋を激しく揺らし、天を裂く爆裂音が敵へ攻撃の襲来を悟らせた。


 けど、遅い――

 あの公爵級は、超音速に達する攻撃という概念が存在していない。だから、それを回避するだけの速度も有してはいなかった。


「これがボク達の、反撃の狼煙だーーーーーーっっ!!」


 ボクとミョルニルの覚悟乗せた一撃はやがて、避けきれぬ公爵級へと直撃し――



 アメノハバキリ機関の戦いが、新たなフェイズへと突入していった。

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