五つ目の力は野獣の咆哮

memory:53 ストラズィールⅢ、打ち砕く者 ミョルニル

 居た堪れぬ拳士闘真が、日本本土は宗家傘下の一般病院へ向かうと同じ頃。地球衛星軌道上では溢れ出る野良魔族生命デヴィルイレギュレーダへの対応とし、風の堕天騎将エリゴール・デモンズと共に巨大な存在が立ちはだかっていた。


 先に力を開放した天楼の魔界セフィロトは七大宰相になぞえる者、紫雷しらいの駆る〈アスモデウス・デモンズ〉である。


 堕天騎将を二回りも巨大にした体躯は、荘厳にして高貴。それが魔の軍勢と告げられなければ、それこそ光が齎した神の軍勢かとも思えるほどである。だがそれは決して大げさな比喩ではなく、元来 いにしえより光と闇に属した者達が駆って来た巨大なる化身は、搭乗者たる存在の写し身であり――


 実質霊的高次元の意思を形成する肉体を、低次元へ定着させるためのでもあるのだ。


紫雷しらい様、そのお姿は!?』


「うむ、この様な事態だ……貴君だけでは手に余るであろう。だが決して、貴君の力を過小評価している訳ではない故、今は眼前の異形共殲滅に力を注ぐのだ。」


『……はっ!心得ました! ではシザは、地球下降軌道に移る不貞の討伐に当たります!』


 己の能力を過信していた訳ではなかった魔の貴公子シザだが、堅牢な魔将紫雷がその写し身である力を開放した現実に動揺する。しかしそれほどに、現状が差し迫った事態であるのは確実であるため、貴公子も速やかなる異形討伐へと転じた。


「すでに大気圏を抜けた異形はロズウェルが追っている故、地球の勢力との共闘で対応できよう。ならば我らはこの、現在巨大なる障壁の抜け道となっている地点の死守に務めねばな……。」


 冷静に事を見定める堅牢な魔将。だが視線の端にチラチラと映る、何かしらの反応を確認しながらの行動は、課せられた厳しい制限の中でのものである事実をうかがわせる。


 一方――


 すでに数体の男爵級バロン・ガングを従えた公爵級デューク・デュエラ一体が、対流圏を抜け地上に降り立つ頃合。それを後方から追いながら、阻む男爵級バロン・ガングの異形を相手取る温和な魔太子ロズウェルがそこにいた。


 奇しくもその追撃行動を優先した事で、対魔討滅機関アメノハバキリへの連絡が遅延する事態となっていた。


「くっ……このバロンの硬さでも難義すると言うのに! こちらロズ……アメノハバキリ機関よ、応答願う! こちらの情報を受け取り次第、緊急対応に移られよ!繰り返す――」


 すでに先行した公爵級デューク・デュエラまでの軌道を塞ぐ様な、二体の男爵級バロン・ガングの挟撃に足を止められる剛力の重戦騎ラルジュ・デモンズ。その剛腕が生む破壊力を持ってしても、複数の男爵級それを相手取るには時間を要する。


 さらに航空性能に劣った事で、距離を詰め切れない彼としては、後を地上の勢力へと託すしかなかった。


 そんな彼の緊急通信を傍受した対魔討滅機関アメノハバキリでは、司令室に陣取る双子が通信と同時に齎された情報を解析していた。そして――


「報告を! ウルスラさん、アオイさん……状況はどうなっていますか!?」


 司令室扉を慌ただしく潜る聡明な令嬢麻流へ、弾き出されたデータを目にしたポニテ姉ウルスラが絶句するもなんとか理性を保ち、詳細説明を飛ばした。


麻流あさるさん、これはちょっとヤバいでやがります! あのロズウェル氏から送られたデータを解析したでやがりますが……敵の総戦力が、今までの雑魚とは比べるまでもなく高いでやがります!」

「今までの、グレムリン級やガーゴイル級はそれこそ様子見の小手調べ……! それぐらい、今こちらへと下降して来ている個体は危険でやがります!」


「……分かりました。至急子供達の出撃準備を――」


 鬼気迫るポニテ姉の表情を見るや、霊装機神ストラズィールの出撃と並行して、子供達との詳細共有の必要性を感じた令嬢が決断する。と……そんな状況下、格納庫より頑固整備長一鉄から緊急通信が入る事になるのだが――


 それは、訪れた事態対応の最善策を導き出した。


『おい、麻流あさる嬢ちゃん!格納庫より連絡だ! これは今までにねぇ事態……四機目の、今ロールアウトを終えた直後の機体が強い反応を示してんぞ!』


「四機目が!? ……分かりました! ではどう転ぶか分かりませんが、その機体が出撃できる様緊急スクランブル準備を許可します!」



 蒼き大地の危機に反応する様に、新たな霊装の巨人も主を求め動き出していた。



 †††



「よくこんな所へ、その顔を出せましたねあなた。私達がどれほど息子の容態で心が折れそうになったか、想像できるのですか?」


 病院施設の面会室で、予想通りの怨嗟渦巻く言葉を受け取った。ボクはその怨嗟に対し、反論の言葉なんて持ち合わせてなかった。

 その原因がボクである事実に、なんら代わりはないのだから。


 草薙さんが仲介してくれたから、それこそいきなり掴みかかられる様な事態はなかったけれど、事件の顛末を考えれば誰もがそういう行動を取ってもおかしくはない。


 自分の子供が、死の淵を彷徨うまで痛めつけられたのだから。


 でも……だからこそ、たける君の親御さんには伝えなければならない。ボクが草薙さんに保釈された理由を。そうまでして、ボクに命運を託さなければならない世界の置かれた状況を知ってしまったから。


 何より、たける君の親御さんの表情を見た時、心の中で激しく動いたものがあったから。草薙さんから命運を託される以前に……


 直前の、ボクに対する信じがたき厚遇からの今。それが大きく天秤の上で揺れ、そしてたける君の親御さんの表情を視界に入れるや、そちらへと傾いた。

 今のボクが受けるべきは厚遇ではなく、贖罪を果たして行く試練であると。


 その思いが思考を支配した時、自然と言葉が漏れていた。まだ草薙さんへその決意は語っていなかったから、彼も少し目を見開いていたのは傍目でも分かったけど。


「それは……仰る通りです。ボクが起こした事件に弁解の余地などないのは分かっています。けど……だからこそたける君のために、ボクが今成すべき事があるのをご理解下さい。ここにいる草薙さんは、そのボクが成すべき事を為せる場を提供するため、宗家の名の下に保釈を買って出てくれたんです。」


「……成すべき事? あなたが成すべき事は、ウチのたけるに対して罪を償う事でしょう? だから拘置所へ送られて、相応の裁判を受けてしかるべき罰を――」


 迷わずたける君の親御さんを見れば、一層強まった怨嗟の瞳で声を荒げ、ぐうの根も出ない正論が返される。と――


 そんな状況を動かしたのは、草薙さんへ届いた携帯端末からの通信。それも明らかに、緊急的な内容の籠もるものだったのです。


「……こちら炎羅えんらだ。また奴らに動きが……な、ん……!?それは本当か! ……ああ、分かったそういう事か。ならばすぐに、こちらでも対処しよう。」


 確かに緊急の通信ではあったのだけど、会話の最後で冷静さを取り戻した炎羅えんらさんが、ボクの方を一瞥してやり取りを終了し……そのままたける君の親御さんへと向き直って語った。


 今この地球に迫る危機の……その一端を。


たける君の親御様方は、未だ納得の行かぬ所でしょう。しかしながら事態急変に付き、この亜相 闘真あそう とうま君はこれより、赴かなければならぬ所があります。」


「拘置所に裁判所……それ以外に一体なにがあると――」


「この地球を守るための……敗北すれば、人類滅亡も危惧されるです。」


 語られる言葉で絶句したのはたける君の親御さん。けど、草薙さんは構わずそれを言い切った。それはボクがたった今、あの機動兵装に搭乗する意思を宣言して見せたから。


 さらに呆然とする親御さんらを置き去り、ボクへと言葉が投げられる。草薙さんの……対魔討滅機関を纏める指令としての言葉が。


「いいかい闘真とうま君。今地球へ下降して来ている異形の個体は、先に相手取った物を凌駕すると言う非常事態だ。が……同時に、それに反応した様に現在ロールアウトしたばかりの機体が、突然自立稼働を始めたと報告があった。そう――」

「自立稼働……我らの人智を越える意思が、君の搭乗こそを待ちわびている。反応を示したのは、。」


 運命がボクを包んで行く。きっとこれは、最初から定められていたんだ。だってボクは――


「三号機……そうですか。あの機体が……〈〉が――」


 無意識に発していた機体名。それはアメノトリフネ内で、自身が何となしに口にしていた……機体の名前。


 その名を耳にした草薙さんがさらに目を見開いた時、そこへかけられる言葉がボクの心へと突き刺さったんだ。


「……ニュースで持ち切りとなっているため、私達もうろ覚えですが知り得ています。たけるもそれを目にしており、そこに関わる機関へ亜相あそう君が保釈の後連れられたとも。その息子からの伝言があります――」

「「もしあのアメノハバキリという機関で、亜相 闘真あそう とうま君が戦いに身を委ねる事があるならば、自分の分まで頑張ってほしい」と……。あの子はとても優しく、正義感に溢れる子ですから。」


 親御さんは怨嗟に満ちた瞳でボクを見た。けど……たける君は、そんなボクを応援すらしてくれていた。そう刻まれた時、もはや考えるまでもなく身体が動いていたのです。




 たける君の親御さんへ一礼の後、素早く病院施設を出たボク達の眼前。すでに交戦状態にあるアメノトリフネから、臨時の機体曳航が行われ――

 病院施設の大きな駐車場区画へ、稼働状態のそれが運ばれる事となった。


 それを曳航してくれたのは、アメノトリフネ防衛を音鳴ななるさんと宇宙から合流したロズ君に任せた二人。機体が飛行を可能とする奨炎しょうえん君とサオリーナだった。


『事態が急を要したからな! 麻流あさるさんの指示で、お前の機体……運んでやったぜ!』


『でもナルナルとロズ君だけじゃ、あのガチ強な野良魔族相手に、長くは持たないっポイから! だから闘真とうま君……力を貸して!』


 普段ではあり得ない状況。一般市民の眼前へ舞い降りた巨大なる機動兵装。その頼もしき姿を見たボクはもう、全ての過去なんて吹き飛んでいた。あったのは――


「うん!ボクもこれから君達と行くよ! 傷付けてしまった友達からも、掛け替えのない応援を受けたんだ!だからボクは行く……ボクが犯してしまった罪を償うために――」

「そして! これからこのストラズィール・ミョルニルと一緒に、命を守る正義を貫いて行くよっ!」



 視界を占拠する巨大なる相棒と、命を懸けて贖罪を果たすと言う想いだけだったんだ。

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